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第三章 お掃除で暇つぶし

 

 

 

 

同日。市村高校美術室。

「ひーまー。ひまーひまひまひま、暇っ!」

だだっ広い空間に、電気も付けず机に突っ伏している生徒が1名。

足をパタパタさせたり、時折飛び起きたりしていた彼女は、

おもむろに立ち上がって不満そうにこう呟いた。

「まさかここまで暇だったなんて。

レイ先輩の言う通り、無理矢理にでも付いていけば良かったのかな……」

そこまで呟いて、彼女は大きく首を振った。

(ダメダメダメ! 

そんなこと考えたら、先生に迷惑かけちゃう。

先輩達との旅行はまたいつかチャンスがあるはず!)

「……ていうか、それもこれも自分もちゃっかり付いて行った新井先生が悪いっ! 

ずるい! そんな話、私聞いてない!!」

ほんの前日まで、一切行く素振りを見せていなかったので、

小明はてっきり彼女も留守番だと思い込んでいた。

だから暇を持て余した時は、構ってもらおうと思っていたのだが……。

当てが外れて理不尽に当たり散らす。

「暇だなぁ……。これが明日まで続くのかぁ……」

昨日に引き続き孤独な時間を過ごしていた彼女にとっては、

たった2日でさえもとても長い時間のように感じられた。

実際、ほとんどの部員が修学旅行に行ってしまってるため、

小明がここに居なければいけない理由はどこにも無かったのだが。

彼女は何故か律儀にも、毎日美術室に足を運んでいた。

(それにしても、何かで暇を潰したいなぁ。うーん、やっぱりこういう時は――)

「レッツ掃除!」

用具入れから一通りの掃除用具を取り出し、

自前の軍手とマスクを身に着けて、彼女は美術室を見渡した。

どこかのクラスが定期清掃を行っているからか、特に汚いというわけではないこの教室。

恐らく床一面を掃いても、ちりとり一回で済むくらいの埃しか取れなさそうだったが、

それはあくまで見えてる範囲での話。

自他共に認める掃除好きの彼女にとっては、掃除が必要な所が大量に存在した。

(……。棚の裏はもちろん、普段触らない美術品。

いつか教卓を覗いた時は物が散乱してた気がするし、窓も多分汚い。

この際だから、ついでに電気回りや水回りも綺麗にしておきたいな……)

「ふふふ。掃除のしがいがありますねぇ……!」

彼女は敵が多いほど燃えるタイプである。

早速手の届く範囲から始め、恐ろしいスピードでありとあらゆる箇所を掃除していく。

しかし……。

(1人だと効率悪いなぁ……)

ふとそんな事を思ってしまう。

最近は彼女が掃除を始めると、その時手が空いている誰かしらかが、色々と手伝ってくれていた。

寂しさを紛らわすために始めた掃除が、かえって先輩達を思い出すきっかけとなってしまった。

「早く帰ってきてくださいよ……」

そう呟いた時、美術室の扉をノックする音が聞こえた。

(? 誰だろう?)

「はーい。どうぞー」

返事をすると、ゆっくりと扉が開く。

マスクと軍手を外し、彼女は手に持っていた箒を無造作に投げ捨てた。

そうして迎えた扉の先には、彼女のとても見知った人物が立っていた。

「あ、ここにいた……」

「あれ、楓? どしたの?」

楓と呼ばれた女の子は、小明を見て安堵の表情を浮かべた。

手には何か封筒のような物を持っている。

「こ、これ。先生から小明に渡すように頼まれたし……。なんか急ぎだって言ってたんだな」

そう言って、その子は不安げに小明へ封筒を渡す。

何かから逃げ出したいように腰を引かせている彼女を、

小明は特に気にすることもなく、その封筒を受け取った。

「そのためにわざわざ? まぁ、ありがと」

「じゃ、じゃあ私は帰るし……。ま、また明日……」

おずおずと帰る素振りを見せる楓。

彼女が振り返った所で、小明は彼女の腕を取り、強引に引っ張って美術室に連れ込んだ。

「え? え、小明……な、何をしてるんだし……」

「楓、この後暇でしょ?」

「……えっ?」

困惑する彼女を尻目に、小明は扉を閉めた。

そうして楓の方へと向き直り、笑顔を浮かべながらもう一度問いかける。

「ひ・ま・で・しょ?」

「あ、小明……? 目が、怖いし……」

あまりの迫力に楓は腰を抜かしてしまう。

尻餅をついてしまった彼女に、小明はじりじりと距離を詰める。

恐怖からか、どうにか逃げようとする楓だったが、立ち上がることは出来なかった。

顔をずいと近づけ、小明は返事も聞かないまま話を続ける。

「丁度、人手が欲しかったんだ。楓が来てくれて助かったよ」

「ま、まだ手伝うなんて一言も――」

「大丈夫。ちょっと掃除するだけだから。すぐ終わるよ」

「ぜ、絶対それだけじゃないし……! だ、誰かたすけ――」

「さぁ始めようか。夕ご飯までに帰れるといいね」

周囲に声とも言い難い悲鳴が響き渡る。

日も落ちかけ、誰もが帰り支度を始める中、

固く閉ざされた美術室の扉の奥では、終わることのない地獄の労働が続いていた。

 

 

 

 

 

 

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