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第六章  素敵な思い出

 

 

 

 

場所は戻って、倉崎たちの居る旅館。

ようやく落ち着いて話が出来る環境を作れた僕は、

せめてもの罪滅ぼしをと、レイ君への誤解を解いていた。

一通り説明し終わった所で、今まで紙筒を口に当てながら首を傾げていた鈴本さんが喋りだす。

「ということはつまり、レイ君は巻き込まれただけってこと?」

「そういうことです」

大変に面目ない……。

「なーんだ。じゃあ早く誤解を解いてあげなくちゃね。裕子怒ってたよ〜」

良かった。鈴本さんからの誤解は解けた。

というか、鈴本さんはそもそもあまり怒っていなさそうだった。

言葉では柊さん達と同じくしていたが、

いわゆる殺気にも似た怒っている雰囲気は感じなかったのだ。

意外と気にしてなかったのかな?

僕が胸を撫で下ろしていると、鈴本さんはおもむろにバッグを引き寄せて、何かを探していた。

気になって聞いてみる。

「? 何してるの?」

「携帯〜。探してるの」

「携帯? なんでまた」

「だってー」

鈴本さんはバッグから視線を離さないまま、僕の疑問に答えた。

「隣がどうなってるか分からないし、入るのも怖いでしょ? メールでもいいかなぁって」

あー、なるほど。

その答えに納得した僕は、短く言葉を返して大人しく待っていることにした。

それにしても鈴本さん、器用だなぁ。

片手では紙筒を持って口に当て、もう片方の手でバッグの中を探している。

相当探しにくいはずだが、彼女は慣れた手つきで携帯を探していた。

「あった。ってあれ?」

「? どうしたの?」

「メールが二件と、電話が……八件!? 由里ちゃんからだ……どうしよう」

携帯の画面を見て、とても表情が青ざめる鈴本さん。

彼女はバッグをとりあえず横に置いてから、慌て気味に携帯を操作し始めた。

しばらく経った所で、鈴本さんは一旦操作を中断して、僕に向かって問いかけてきた。

「あ、ショウ君からもかかってきてる……。どうしよう……電話した方がいいかなぁ……?」

「そうした方が良いよ。早坂さん、凄く心配してるだろうし」

「……メールでいいかな? 電話したら絶対怒られちゃうし……」

「……鈴本さんに任せるよ」

僕はそう返すことしか出来なかった。

そして、鈴本さんは結局メールで返すことにしたようだった。

その様子は、僕から見ても相当焦っている。

焦りすぎて何回も消しては文字を打ち、消しては打ちを繰り返していた。

やがてメールを返信し終わった鈴本さんは、まるで話を逸らすかのようにこう言った。

「じゃ、じゃあ裕子にメールを送るね」

「早坂さん、大丈夫そうなの?」

「大、丈夫……だといいなぁ」

僕から視線を逸らして、自信なさげにそう答える鈴本さん。

僕の経験から言うと、こういう時って絶対に大丈夫じゃないんだけどなぁ……。

僕の秘めたる思いは鈴本さんに届かないまま、彼女は早々に篠原さん宛てのメールを送り、

早坂さんからの返信が返ってくる前に携帯をバッグに戻した。

なんだか気まずくなり、二人で笑いあう。

「そういえばさ」

場が一段落した所で、僕は先程聞けなかったことを聞こうとした。

次の言葉を待っている彼女に、明るい口調で問いかける。

「僕たちがお風呂に入ってる間、何話してたのかなぁって」

「お風呂の時?」

「そうそう。少し気になっちゃって」

本当は他愛のない賭けが理由なんだけどね。

そうは言わずに興味本位で聞いてみると、彼女は少し考えた後、笑顔でこう答えた。

「恋バナしてたよー」

よっしゃ。

僕は心の中で小さくガッツポーズをした。

明日辺り、増田に何か奢ってもらおう。

僕が明日買ってもらうジュースを軽く考えた所で、鈴本さんが更に嬉しそうに話を続けた。

「あっ! ねぇ聞いて聞いてっ。

恋バナね、ひーちゃんから始まったんだけど、なんと初恋の時の話だったんだよ〜」

「へぇ、柊さんの」

少し意外だった。

窓際の布団で寝ている彼女をちらと見る。

ラブレター1つであたふたしていたから、恋はまだ未経験だと勝手に思っていた。

そう思うと、少し興味が沸いてきた。

満天の星空並みに目を輝かせて話を続ける鈴本さんに、僕はもう一度耳を傾ける。

「ひーちゃんの初恋の人ねっ、凄くかっこいい人だったんだって! 

それでそれで、とっても優しくてヒーローみたいな人だったんだって!」

凄く楽しそうにそう話す鈴本さんは、まるで自分の話かのように柊さんの初恋話を続けた。

いじめから救ってくれた優しい人だったこと。

それが小学5年生の話だったこと。

そして、つい最近またその人と再会出来たことなど。

僕が相槌を打っている間に、いつの間にか鈴本さんは話し終えてしまった。

「素敵な思い出だよねぇ〜」

恍惚な表情を浮かべて、どこか遠くの方を見つめる鈴本さん。

この話になってから最後まで、とても楽しそうだった。

かくいう僕も、彼女と同じくとても楽しんで耳を傾けていた。

鈴本さんとはまた違う楽しみ方で。

純粋で自由だった、そんな昔を懐かしみながら。

「順斗君はどうだったの?」

「え?」

「小学校の時。楽しかった?」

そう聞かれて、僕はもう一度自らの過去を振り返った。

出てくるのは面白味も何も無いことばかり。

楽しかったか、どうかと聞かれれば……

「普通だったよ。うん、普通だった」

「えー、本当?」

「本当だよ。でも、強いて言うなら、あまり楽しくはなかったかな?」

僕には柊さんのような素敵な思い出はない。

もちろん、楽しかった時はあった。でも、嫌なこともあった。

嫌なこと……。嫌なこと、ねぇ……。

「もう、殴られたくないなぁ……」

「な、何があったの……? 順斗君」

真っ先に出てくる思い出がこれじゃあ、楽しかったとは口が裂けても言えないよね……。

 

 

扉が開く音がした。中に入ってきたのは、篠原さんとレイ君。

「本当にごめんね……。私、ちゃんと確かめもせずに勘違いしちゃってて……」

「ううん、いいよ。僕にも非はあるから。分かってくれたなら良いんだ」

篠原さんが申し訳なさそうに頭を下げ続けていて、

レイ君は困ったような笑顔で彼女をなだめていた。

鈴本さんが二人に声をかけた所で、レイ君と篠原さんはそれぞれ僕達の近くに腰を下ろした。

心なしかレイ君がやつれて見える。

その姿に罪悪感を感じた僕は、真っ先に彼に謝罪をした。

「ごめん、レイ君……。僕があの時引き止めていれば……」

「え? いやいや、倉崎君は何も悪くないよ。気付けなかった僕が悪いんだから」

それでも、気付いていたのに増田を止められなかったのは僕の責任だ。

そう言おうとした時、僕よりも先にレイ君が僕に対してこう言った。

「それよりも、ありがとう。君のおかげで助かったよ」

「え?」

「君だろ? 琴音さんの誤解を解いてくれたのは。

そのおかげで裕子の誤解も解くことが出来たんだ。いやぁ、本当に助かったよ……」

そう告げる彼の表情は安堵に満ち溢れていた。

その暖かな笑顔に、僕も安堵することができた。

レイ君は人が良すぎる。

次からは、ちゃんと増田を止めないと……。ん?

「そういえば増田は?」

「まだ隣」

そうですか、元凶は今も尚お仕置き中ですか……。

そりゃそうよ、色んな人に迷惑を掛けたんだからね。

それからの僕らはと言えば、全員が眠気を感じるまでずっと話していた。

思い出話から学校での話まで。

本当に、色々話していた。

 

僕達の修学旅行一日目はこうして終わった。

色々ありすぎて、昼の出来事すら忘れかけているけど、それくらい濃い一日だった。

明日はどんな一日になるだろうか? 

願わくば、振り返った時に素敵な思い出だったと、そう思える一日でありますように。

 

 

 

 

 

 

(おいおい、マジかよ……)

この頃は大丈夫だったじゃねぇか。

さっきも踏み止まれてたじゃねぇか。

俺のせいか? 俺が悪いのか?

背中に嫌な汗を感じ、冷たい夜風が俺の頬を撫でた時、綾は携えていた刀を抜いた。

 

 

 

 

 

 

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