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第五章  お騒がせ姫様

 

 

 

 

「もうっ! 最悪だよねっ、人として最低っ」

「そ、そうだね。ははは……」

大きく頬を膨らませて、そう同意を求める鈴本さんの言葉に、

僕はただ話を合わせることしか出来なかった。

僕からは何も言えないよ……。

だって一歩間違えてたら僕もあぁなっていただろうから。

隣の部屋からは、とてつもない悲鳴が聞こえる。

聞いているだけで震え上がりそうな程の悲鳴だ。

今、増田とレイ君は、篠原さんと西園寺さんによるお仕置きを受けているらしいが……

どのような仕打ちが受けられているかなんて、考えたくもない。

「まさかレイ君まで共犯とはねっ。

やっぱり男の子なんてみんなケダモノだよ、ケ・ダ・モ・ノ」

「ま、まぁまぁ」

うぅ、ごめんよレイ君。

僕があの時君を助けていれば、こんなことにはならなかったのに。

僕は全部分かってた上で、君を見殺しにしてしまった……。

本当にごめんっ!

「どう思う!? ひーちゃん! もう、許せないよねっ」

「ごめん、少しほっておいて。さっきから頭痛が治まらないの」

「えぇ!? 大丈夫、ひーちゃんっ?」

柊さんは先程から相当辛そうだった。

顔を青ざめさせながら、ずっと頭を抱えている。

もう流石に怒り疲れたのだろう。

そうでなくたって、柊さんには昼からずっと苦労をかけっぱなしだった。

本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

現在、僕達は女子部屋の方にいる。

鈴本さん、柊さんはともかく、僕はなぜかと言うと、

男子部屋の方ではお仕置きもとい、拷問が繰り広げられているからだ。

だから特別に入室を許可されたというわけ。

それで、あちらの方で凄惨たる惨状が繰り広げている間、

僕はこうして2人の愚痴を聞いているというわけである。

「……もう駄目。少し休むわね。何かあったら起こして……」

疲労困憊な様子でそう告げた柊さんは、扉から一番遠い布団で横になってしまった。

彼女をこうしてしまったのは、確実に増田のせいなのだが。

僕はここにいない増田に代わって、短く彼女に謝罪した。

柊さんから返事が返ってくることはなかったが、それもまた仕方がない。

これで少しでも楽になってくれるのなら……。

明日は苦労かけないように増田を見張っておかなくては。

「でも、流石だよねぇ」

「? 何が?」

僕が小さな一大決心をした所で、鈴本さんが呟くようにそう言った。

ふと問い返した時、鈴本さんはおもむろに紙筒を横に置いて、

そして――

「えっ!? ちょ、ちょっと鈴本さんっ?」

僕の背中から覆い被さるようにして乗っかってきた。

流れるような自然な動きで僕の背中にくっついた鈴本さんは、

いつぞやの時のように、とても澄んだ声でこう囁いた。

「順斗君だよ♪ 男の子なのに我慢出来たって、それって凄いことだって思うよぉ」

「そ、そんなこと……ないって……」

彼女の声を聞くだけで、体からどんどんと力が抜けていった。

ただ座っているだけだというのに、床に倒れこみそうになる。

魂さえもどこかへ行ってしまうような感覚を感じながらも、僕はどうにか持ち堪えた。

「と、当然の行動をしたまでだよ」

よし、落ち着いてきたぞ……。

平常心だ、平常心だぞ僕。

鈴本さんは気にするな。目の前にいるものだと考えろ。

そうだよ、声くらいで意識が飛ぶなんてそんなことあるわけ――

「そう思ってるのが凄いんだよ♪ 素敵だよ、じゅ・ん・と・くん♪」

「〜〜〜!!!???」

その、声は……ずるい……。

意識が遠くなっていくのが分かる。もう視界がはっきりしない。

どこか心の中で軽んじていた僕だったが、今ここで再認識した。

鈴本さんの声は、普通じゃない。

「ちょっと……タンマ」

「はーい」

気を失う寸前、なんとか搾り出した懇願で鈴本さんはようやく離れてくれた。

その途端、あからさまに意識が戻ってくる。

手足の感覚が戻ってきてくれた事を確認してから、

僕は未だに大暴れしている心臓を鎮めにかかった。

(あ、危なかった……)

もう息も絶え絶えだった。

危険信号が体の至る所から聞こえた気がした。

鈴本さんには悪いけど、これって生物兵器クラスじゃない……?

「もういい?」

「もう、とかじゃないから!! このままだと死んじゃうからっ!」

「大丈夫だよぉ。死んだ人なんていないから〜」

そう言いながら、またも鈴本さんは僕の背中に負ぶさってくる。

確かに死ぬっていうのは誇張表現だったけどさぁ……。

ついにどう訴えれば良いか分からなくなってしまった僕は、そのまま黙り込んでしまった。

僕がそんな情けない自分にうなじを垂れた時も、

背中に乗っかっていた彼女はとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、とあるビジネスホテルでは……。

「最初誰風呂入る?」

「俺入る! 一番風呂頂き!」

「じゃあ一番は決定として。二番目はどうする?」

「誰でもいいだろ」

「だな。正一はどうする? ここで入ってくか?」

「まぁ、うん。戻るの面倒だし」

「それじゃあ沸くまでもう一戦」

所狭しとベッドの上でトランプを囲んでいるのは、

正一を始めとした野球部の仲良しグループだった。

ローカルルールをありったけ適用して、大富豪を始める。

全員にトランプが渡った所で、部屋のベルが鳴った。

一番扉に近かった持田が来客に対応する。

「こんばんは。ああ、いるぞ。正一〜。お前へのお客さんだ」

「ん?」

トランプを適当な所に置き、お客がいる廊下へと向かう正一。

扉の目の前には、由里が立っていた。

「おっ! お熱いねぇ、お二人さん! もういっそこれを機に付き合っちゃえば――」

手塚が何かを言っていたような気がするが、一切気にせずに扉を閉める。

「よっ、由里。どうした?」

正一がそう尋ねると、彼女はとても心配している表情でこう言った。

「琴音がいないの。それに裕子も……。探してみたんだけど、どこにもいなくて」

「友達の部屋とかじゃないのか?」

「同じクラスの子に聞いてみたけど、しばらく見てないって……」

「携帯は?」

由里は黙って首を振った。

まさかと思って正一もかけてみるが、琴音も裕子も電話に出ない。

「……とりあえず、このホテル内には居るだろうけど。確かに繋がらないな」

「何かあったのかしら……」

どんどん由里の顔が青ざめていく。平時の時の気丈な彼女からは想像もつかない。

流石に正一も心配になってきたが、万が一にもそんなことはないだろうと、彼女を元気づけた。

「大丈夫だって。

どうせ、携帯を部屋に置きっぱにしたままどっか遊びに行ってるとかそんなオチだよ」

「でも――」

「お前は心配しすぎだ。

気持ちは分かるが、もうあの頃の琴音とは違うんだぞ? 

それに裕子も一緒だろうから、心配なんていらないって」

「……」

彼の言葉も空しく、由里はただただ落ち込むだけだった。

そんな彼女を見て、正一が一つ溜め息をつく。

由里の心配性は今に始まった話じゃないが、今回は特にひどかった。

何だかこちらまで心配になってくる。

(それにしてもどこにいるんだ? 

琴音だけならともかく、裕子までとは……。これは俺も一緒に――)

「あっ、先生! 新井先生!」

どうしようかと悩んでいた所で、少し離れた所に新井先生の姿を見つけた。

声を聞いてこちらに気付いてくれたようなので、由里の手を引っ張り彼女の所へと急ぐ。

正一は単刀直入に聞いた。

「先生。琴音と裕子がどこにいるか分かりませんか?」

「知らん」

二人が呆気に取られるような早さで、新井は短くそう返した。

しかしその後、何かに気づいたようで、即座に前言を撤回させてから、彼女はこう続けた。

「あ、いやすまん。知ってる。あー、でも言うなって言われたしなぁ……」

「知ってるんですか!? お願いですっ教えてください、先生!」

藁にでもすがっているような由里の懇願で、彼女は更に困り果ててしまった。

腕を組んでうんうん唸りながら、何やら考え事をしている。

やがて彼女は、考えることをやめて匙を投げるようにこう言った。

「鈴木先生に聞いて。ほら、あそこにいるから」

新井が指差している方を見てみると、そこには確かに鈴木先生らしき人が歩いていた。

顔を見合わせた二人は、説明が足りない彼女を問いただそうとした。

が……

「そんじゃ」

もう既に彼女は歩き始めていて、

こちらに向かって来ている鈴木先生と、あまり距離が変わらない所まで行ってしまっていた。

「あっ、新井先生!」

由里が声を大きくして呼び止めても、

彼女はひらひらと手を振るだけで、立ち止まりも振り向きもしなかった。

もう一度呼び止めようとした由里を制してから、正一は諦めたようにこう言った。

「鈴木先生に聞こう。そっちの方が早い」

「……そうね」

新井先生に見切りをつけ、二人は鈴木先生を呼び止めた。

笑顔で対応してくれた先生に、二人は再び同じ質問を投げかける。

すると、彼は一瞬たじろいた様子を見せてから、平静を装いながらこう答えた。

「あ、あぁ。彼女達なら、体調を崩したようだったから帰らしたよ。今頃は自宅で療養中だろう」

「「えっ!?」」

予想だにしていなかった答えが返ってきた二人は、とても動揺した。

納得がいったのと同時に、

昼間二人で話していたことを思い出し、正一が鈴木に再び問いかける。

「それじゃあ、昼間の体調を崩した人って……」

「そうだ。混乱を最小限にするために、生徒にはあまり伝えていなかったんだ。すまない」

「そう、だったんですか……」

真相が分かって、ほっとしたようなより心配しているような、

そんな奇妙な感覚を胸に、由里は小さくそう呟いた。

「それじゃあ、私は見回りがあるからこれで失礼するよ」

「はい、ありがとうございました」

先生が十分に離れたことを確認してから、

正一は黙り込んでいる由里に優しい口調でこう言った。

「メールくらいなら大丈夫だろ。お大事にって送っておこうぜ」

「うん……」

 

 

 

 

 

 

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