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第七章  激闘の末に……

 

 

 

 

美影は目を覚ました。体を起こしながら目をこする。

「あっ、ひーちゃん起きたー?」

声のする方を向く。

そこには、琴音を始めとした四人ばかりが、円を作って座っていた。

「柊さん、頭痛大丈夫?」

「ええ、大丈夫、ね……」

順斗に問いかけられて初めて、自分が頭痛を患っていたことを思い出した。

まだ寝ぼけている頭で状況の理解に努めつつ、

四人の輪に近づいた所で、美影はあることに気が付いた。

綾と優作がいない。

「綾は? 優作は? ここにはいないの?」

その問いにはレイが答えた。

「増田君達ならまだ隣じゃないかな? ちょっと見てくるよ」

「あぁ、いいわ。どうせ立ってるし、私が行ってくる」

わざわざ立ち上がろうとしてくれたレイを止めて、

美影はそのままの足で部屋から出て行った。

そしてすぐ隣の部屋に入ろうと扉に手を掛けたが、扉には鍵が掛かっていた。

ふと伺ってみても、人がいる気配はない。

(どこにいるのかしら……?)

 

 

 

 

 

 

……なんでこんなことになってるんだ?

今度ばかりはマジで分からねぇ。一体綾に何があった?

おおよそ10分程前。

突然綾からの仕置きが止んだ。というか動かなくなった。

声をかけてみても、たとえ俺が勝手に動こうとも、綾は一切の反応を示さなくなってしまった。

困り果てて美影を呼んで来ようかと思ったその時、これまた突然綾が歩き始めた。

何も言わずに、何の脈絡も無く……

「お、おいっ! 綾っ」

そのまま部屋を出て行ってしまった綾を、俺は追いかけた。

そして今ここ。

旅館からそんなには離れていない雑木林の近くで綾は立ち止まった。

「一体どうしたんだよ。なんだってこんな所に――」

不用意に近づいたのがまずかった。様子がおかしかったのは明らかだったのに。

綾は振り向きざまに日本刀を抜き、薙ぐように斬りつけてきた。

「うおっ!!」(あっぶねっ!?)

おいおい、今よく避けられたな……。

自画自賛も甚だしいが、命の恩人である反射神経さんには敬意を表さなければな。

そんな下らない事を考えつつも、目は絶対に綾から離さない。

流石に不意打ちは避けられん。

というかそろそろ来るか? 多分来るだろうな……。

まぁこの距離なら反射神経に頼らずとも、かわせる距離ではあるが……。

そんなことを考えていたら、本当に来やがった。

身を低くしながらも物凄い早さで近づいてくる。

俺は綾の動きを見極めながら、自らを斬りつけてくる業物を避けようとした。

が……

(!?)

頬に嫌な感触を感じた。

とっさに再び距離を置いて、違和感の正体を確かめようとする。

指でなぞるとドロッとした物が付いていた。

(くそっ、動きにくい!)

緩みかかっていた帯を俺はもう一度締め直した。

今の今まで気にしてなかったが、浴衣がすげぇ邪魔だ!

絡み付いているわけでもないのに、なんでこんなに邪魔なんだこのやろう!

やばいやばい。考えろ俺。

何をって、綾の目を覚ます方法と、俺が生存できる方法だよ! 

近年稀に見る命の危機だ。このままじゃマジで死んじまう!

(やばい、来る……!)

そんなことを考えている内に、綾が再び攻撃態勢になった。

真っ直ぐと俺を見据えて、猛スピードで斬りかかってくる。

ていうか早っ! なんで!? 

お前も浴衣着てるじゃん!! なんでそんなに早いんだよっ!

慌てて避けようとした俺だったが、その早さは完全に予想外だった。

これは、間に合わない。

やられる、と思った瞬間。

俺には一筋の光明が見えた。いや、実際には光明ではなく――

 

 

 

 

 

「見えたっ!!」

何がとは言わないっ!

もう俺に悔いは無かった。いつ死んでもいい。

というかもう死ぬ。この距離はもう避けられない。

「死ねっ!!」

頭が吹っ飛ぶような衝撃を受けた。勢いそのままに地面を滑り倒れこむ。

もうどこが痛いのか分からないくらいの激痛が顔面を中心に広がる。

俺は殴られたんだと自覚した時、口いっぱいに血の味が広がった。

 

痛いなんてもんじゃねぇぞこりゃ……。

 

虚ろな目で上を見上げた時、そこには既に綾が立っていた。

逆光で顔はよく見えないが、恐らく俺を殺そうとしているのだろう。

綾は日本刀を振りかぶった。

俺の目はそこで閉じてしまった。力尽きてしまったのか、それとも……。

(あぁ、短い人生だったなぁ。

俺は、こんな所で死んじまうのか……。次の人生は出来ればもっと平和な――)

静まり返った林に金属音が鳴り響く。

その直後、俺の体の上に何かが降ってきた。

(? ? ? ……ん?)

俺は目を開けた。見ると俺の体に覆いかぶさるように綾が倒れていた。

辺りを見渡してみると、近くに抜身の刀が無造作に落ちている。

周りには誰もいない……。

「……え?」

なんだ? どういうことだ? どういう状況? なんでこんなことになってるの?

様々な疑問が俺の頭の中を駆け巡ったが、その答えはいくら考えても出てこなかった。

唯一分かっていることがある。俺は死んでない。

じゃなくて――

「おい、綾。綾」

軽くゆさぶってみる。反応はない。

いや、たとえあったとしたら、死に直行だからそれはそれで困るけど。

それにしたって、一体どうしたって言うんだ。

ドッキリか? これは新手のドッキリで俺を騙そうとしてるのか?

「おいっ、綾。綾!」

「……。すー……すー……」

寝てるっ? えっ、これってもしかして寝てるのっ?

もしやと思ってもう一度ゆすってみたが、やはり反応はない。

綾は小さな寝息を立てて、確かに眠っていた。

「えぇぇぇぇぇ……」

なんだかどっと力が抜けた。

人が死を悟ったというのに、悟らせた張本人は既に夢の中ですか。そうですか。

さっきの激闘は本当になんだったのかと言いたくなる。

口の中に広がっている血の味ももはやどうでもいい。

こんなもの、鉄粉を食ってると思えばどうってことないよな。

……流石に無理があるか。

「優作っ! 綾っ!」

どこからか美影の声が聞こえた。

視界が狭いので姿は確認出来ないが、恐らく近くに居るのだろう。

俺は力なく腕を上げながら、適当にこう言った。

「お〜い。助けてくれーい」

「大丈夫っ? 今、起こすから」

美影の姿が見えた。

俺の上に覆いかぶさっている綾を、慌てて抱き起こそうとする。

美影の力だけでは少し辛そうだったので、俺も手を貸した。

体を起こして、綾を抱き起こすと同時に俺も立ち上がる。

「サンキュ。おかげで助かったわ」

そう言ったのと同時期に、何故か目の前の視界が揺れた。

足元がふらつく。

丁度後ろにあった木にもたれかかるようにして、俺は何とかどうとか気を取り直した。

「優作!? 凄い怪我……すぐに手当てしないと!」

「あぁ、いいよいいよ。そんなことより綾を頼むわ。そのままじゃ風邪ひいちまう」

「でも……」

「大丈夫だって。心配すんな」

この程度、別に大した怪我じゃない。

意識は割とはっきりしてるし、血もあまり出てないからな。

立ちくらみも頭を殴られたことによる一時的なもんだろう。

うん、大したことないな。

「分かった。でも綾を寝かせてきたら、すぐにその怪我を見せて。悪化したら大変だから」

「はいよ。そんじゃ、また後でな」

旅館に向かって歩き出す。

歩いてる最中に、俺はふと自分の体を見渡した。

自分でもびっくりするほど汚れていた。

浴衣も所々切れてるし……。これ弁償レベルだろ、トホホ……。

あー……風呂も入らなきゃ……。いつ寝れるのかなぁ、俺。

今日一日の行いが全て罰になって返ってきたことを感じながら、

俺は暗い夜道をトボトボと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

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