第二章 ゆったりとした温泉にて
「じゃあお先に頭洗わせてもらうね」 「おう、いってら」 僕らは今、ゆったりと温泉を満喫していた。 確かに温泉はとても広く、言うなれば趣のある場所となっていた。 他のお客さんがいないので、とても広々とした落ち着ける空間となっている。 柊さんの働きにより混浴はキャンセルされたから、当然男女別だ。 ただ、この当たり前の状況に未だ不満を言い続ける者が約1名。 「はぁあぁ……。計画が台無しだ。 そっちがその気なら、こっちにも考えがあるぞ。あまりこの手は使いたくなかったが……」 まだ言ってるし。 もう今日何度目かの返事を、呆れ100%を交えながら僕はこう返した。 「いい加減こりなよ。そんなことしたって、また痛い目に遭うだけだって」 「それでも、男にはやらなければならない時がある! それにこれは男の試練なのだ! 誰しもが通る道! 何もおかしなことはない! そうだろう?」 僕は否定もしなければ肯定もしない。 僕も男だから、増田の気持ちは1ミクロンほど分からないこともない。 ただ、その衝動は普通理性で抑えるものだ。実行して良いものでは断じてない。 「……。ま、本当にする気は毛頭無いがね。 こういうのは様式美よ。やろうとしている姿勢が大事なのさ」 そこを言わなくても、ちゃんと理解している所が増田の良い所だ。 さっきの罰がたんこぶ1つで済んでいる所がその証拠でもある。 「本当にやったら犯罪だしな」 「そりゃそうだ」 2人で笑いあう。なんとも平和な修学旅行だろうか。 小学校、中学校の時とはまた違う楽しみがある。 「ふぅ」 やっと落ち着ける環境になった。 ゆったりとした時間の流れを感じつつ、肩までしっかり湯船に浸かる。 次第に体から力が抜けていくと、同時に疲れまで取れていくような感覚を感じた。 温泉というものは、やはり素晴らしいものである。 ふと空を見上げると、そこには綺麗な月があったりして、僕はついみとれてしまった。 何故だろう。家から見る月より、断然綺麗だ。 (……一緒に見れたら、また一層――) そう、それこそ想い人と見れたら……。 「あ、お前今篠原のこと考えてたろ?」 「!? が、ゴボゴボ……。プハッ! い、いきなり何を言い出すのさ!」 「へーい、図星〜」 増田は僕のことを指差しながら、いたずらに成功した子供のような笑顔を浮かべてそう言った。 ったく、こういう時だけ勘が良いんだから……。 思わず溺れかかってしまったじゃないか。 僕はもう溺れないように、しっかりと座り直した。 髪も濡れてしまったので、近くに置いておいたタオルで軽く拭う。 「でも、まぁそうだよな。こんなに綺麗な月なんだ。 好きな人と見たいって思うのは当然だろうよ」 月を見上げてそう言った増田は、とても穏やかな笑顔を浮かべていた。 その時、僕らの後ろから声が聞こえてきた。その声は、増田に対して問いかける。 「そういう増田君は、誰か好きな人は居るの?」 「え、俺か?」 素っ頓狂な声を上げながら増田が振り向くと、そこにはレイ君が立っていた。 ゆっくりと湯船へと入り、その視線を増田へと向ける。 増田は少し困りながらも、やがて照れ気味にこう答えた。 「……まぁ、いるんじゃねぇか? 知らねぇけど」 「曖昧だね」 優しい笑顔を浮かべながら、レイ君は短くそう返事した。 補足するように増田が続ける。 「なーんか、今はこう……『好きだー!』って感じじゃねぇんだよな。 境目をうろついてる感じ、とはまた違うか」 「何それ。どういうこと?」 いまいち要領を得ない。つまり何を言いたいんだろうか? ちらと表情を見ると、本当に増田は悩んでいるようだった。 腕組みをしながら、うんうんとうなっている。 「だぁー! 分っかんねぇ! なんでだっ? 初恋の時はもっと分かりやすかったのに!!」 「初恋の時期とか、増田にもあったんだね」 「うっせ。人を何だと思ってやがる」 普段を見てると、そういう話は増田には無縁だと思ってしまう。 茶化されることはあっても、真面目にそういう話をしたことがないからだろうか。 「なぁ、一つ聞いていいか?」 「うん?」 「なんだい?」 「お前らから見て……俺って、今恋してると思うか?」 僕とレイ君は、お互いに顔を見合わせてしまった。 そして2人で笑顔を浮かべる。 だって、僕らからしたらその答えはたった一つだったから。 「「うん、してると思う」」 「……。そうかい、なら俺は今恋してんだな! よっしゃ、そうと決まれば早速告白を――」 「早いよ。もう少し考えてから行動してよ」 「そりゃそうだ」 三人で笑いあう。 やがて僕らは、なんとなしに再び空を見上げて……。 ふと気になったことを話し出した。 「ねぇ、今篠原さん達、何してると思う?」 「そうだね……意外と僕らと同じ、恋バナとかしてるんじゃないかな?」 「いや、綾と美影が居る以上それはありえんな。すんげぇ興味なさそう。 まぁ、篠原と鈴本だけなら大いにありえるが……」 「そうかな? 僕はそうとは思わないけど」 「僕も。絶対してるって」 「んじゃ賭けようぜ。ジュース一本な」 「望む所だよ」 「へっ、後で無しとか言うんじゃねぇぞ?」 「はいはい、言わない言わない」 「ふふふっ。増田君、綾さん達は君が思う以上に女の子だと思うよ」 「……どうだかねぇ」
▲
一方、その頃…… 「ジャンケンポン! わーい、勝ったぁ!」 「えー、負けちゃった……。じゃあ私からなのね……」 「わーい、ひーちゃんの恋バナ♪」 「綾ちゃんも参加しようよ。きっと楽しいよ」 「興味ない」 「いいのいいの。そのうち綾は嫌でも参加してくるから。最悪私が全部話すわ」 「おい」 「ひーちゃん、早く〜」 「はいはい。じゃあ、私の初恋の話をしようかしら。あれは……確か小学生の頃だったわね」
続
|