第四章 変わらずそれはやってくる
「へーい! 自由だぁ! アイムフリーッダム!!」 「ちょ、ちょっと増田。静かにしてよ、恥ずかしいから」 鈴木先生と別れた後、彼らは駅からすぐの通りを歩いていた。 増田が言うには、この先を少し行った所に宿を取っていると言う。 協力者のおかげで、 後顧の憂いが無くなった彼らは、足取り軽く増田の後ろをついて行っていた。 「うわぁ、お店いっぱ〜い」 感嘆する鈴本の視線の先には、様々な店が軒を連ねていた。 その中には観光客向けのお土産屋等もあり、鈴本を含めた女子3人は自然と足を止めていた。
「これ、可愛い〜。ねぇねぇこれ良くない?」 「可愛い〜。丸くてもふもふしてる〜」 「あっ、裕子。こんなのどう? 可愛くない?」 「うんうん、可愛いよ美影ちゃん」 「ひーちゃん、こっちにもいっぱいあるよぉ」 「え、どれどれ?」
すっかりショッピングを楽しんでいる3人であった。 そんな彼女らを見て微笑ましく思いながらも、増田は先を急ぐために軽く声を掛けた。 「おーい。買い物はほどほどにして行くぞー」 反応は無し。 楽しげに話している彼女らに、増田の声は届かなかった。 小さく溜め息をついてから、なんとなしに横を見ると、そこには綾が立っていた。 微笑みながら一言。 「お前はいいのか?」 「私は、いい」 「そうか? この際行ってこいよ」 「いい」 何度言っても、綾は買い物の輪の中に入ろうとはしなかった。 勧めることを諦めた増田は、そこでふとある事に気がついた。 倉崎とレイがいない。 「綾。倉崎とレイ知らんか? なんだか見当たらないんだが……」 そう問いかけると、綾はゆっくりと視線を移して、その先を指差しながら増田にこう返した。 「……。あれ」 「ん? あっ……」 示された方向を見てみると、そこにはえらく何らかの商品を勧められているレイと、 同じく店員さんの話を聞いている倉崎がいた。 二人とも、困った顔をしながらもその場から離れようとする気配は無かった。 (いや、断りきれてないだけか……) 状況を察し、離れた場所でも同じく困った増田だった。 (ま、いいか。まだ慌てるような時間でもないし) 腕に着けていた時計で、時間を確認した彼は苦笑いを浮かべていた。 まだ太陽の位置も高い昼下がり。 人通りがまばらながらも、暖かな木造建築の家に囲まれたこの通りは、 いつまで居ても、とても落ち着く場所となっていた。 「いい所だな」 「…………」 「……? 綾?」 「うるさい……。黙ってろ」 いつになく反応が薄い彼女が気にかかった増田が声を掛けると、 綾はとても冷たい言葉で彼を突き放した。 そんな彼女は、見るととても辛そうで……。体を震わせながら息を荒らげていた。 「お、おい綾……本当に大丈夫か?」 「っ! 寄るなっ! 殺すぞ……」 後ずさりする形で増田から離れた綾の目は、非情な殺気に満ちていた。 しかし彼女の表情は、そんな目とは裏腹にとても悲しみに溢れている。 (まさか……まだ、駄目なのか……?) 「綾っ、落ち着け。落ち着くんだ」 背中に嫌な汗を感じながらも、増田は冷静に綾をなだめようと声を掛け続けた。 対する綾もどうにか抑えようとはしていたが、 やがてゆっくりと彼女の手は、背負っていた刀へと吸い込まれるように向かっていった。 (まずいっ!) とっさに増田は綾の腕を掴んだ。 彼女に刀を握らせないために。 彼が掴んだ女の子らしいその腕は、見た目とは裏腹に物凄い力で動こうとする。 「離せっ……! 粉々に、斬り刻んでやる……!」 「綾!!」 「っ!」 増田は腕を抑えている力を全く緩めないようにしながらも、彼女の耳に口を近づけた。 そして、誰にも聞かれないような小さい声で、彼は彼女にこう言った。 「頼むっ、今は頑張ってくれ。……後で、いくらでも付き合うから」 「!?」 「お前なら出来る。大丈夫だ」 途端、掴んでいた綾の腕から力が抜けた。ゆっくりと増田も彼女から手を離す。 数秒様子を見て、彼女が大丈夫そうなのを確認した彼は、安堵したように息をついた。 (なんとかなったか……。でも――) 今回はいつもと様子が違って、綾は変わらず苦しんでいた。 腕の震えは止まっておらず、ずっと俯いている。 (これじゃ、ちょっと危ないな……。しばらく別行動した方がいいかもしれん) 増田はポケットの中から携帯を取り出した。
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プルルルル。プルルルル 「倉崎君。電話、鳴ってるよ」 「え? あ、本当だ」 レイ君に言われて初めて気がついた僕は、 少し慌てながらもポケットの中から携帯を取り出して電話に出た。 相手は、さっきまで行動を共にしていた増田から。 「もしもし。どうしたの?」 『倉崎。今近くに美影居るか?』 「柊さん? えーっと、まぁ割と近くに」 辺りを見渡したら、数メートル先くらいに彼女の姿が見えた。 電話の向こうから声が聞こえる。 「代わってくれ」 「うん、分かった……」 この電話の意図がいまいち理解しきれないままだったが、 心なしか増田の声が焦っているように聞こえたので、 僕はこれ以上の言及はせずに、柊さんの方へ歩いていった。 買い物をしている彼女に一言言ってから電話を手渡す。 「電話? 誰から?」 「増田から」 「? もしもし」 短い返事を返しながら、柊さんは増田と話し始めた。 手持ち無沙汰な僕は、なんとなく辺りを見渡す。 そのままで少し待っていると、どうやら二人の通話は終わったようだった。 「分かった。……はい、ありがとう」 柊さんは僕に携帯を手渡した。 既に切れているそれをポケットにしまいながら、僕は彼女に気になっていたことを聞いてみた。 「一体どうしたの? 増田がいないと思ったら、なんだか電話掛かってくるし」 「……。はぐれちゃったから先に宿泊先に向かうらしいわ。宿までの地図は後で送っとくって」 彼女がそう言うや否や、再び僕の携帯が鳴り始めた。 取り出して開いてみると、画像付きのメールが。 その画像はここ周辺の地図のようだった。道のりも分かるように書いてある。 「なるほどね。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」 僕のふとしたぼやきに、柊さんは微笑みで返してくれた。
続
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