第三章 2名の協力者
数分前。 美影達も、増田達と同じく、仮病を使って列から抜け出すことには成功していた。 しかし、彼女達は言われていた集合場所に向かえていなかった。 なぜなら……。 「新井先生、早く救急車を! このままだと生徒が危険です!」 「だ、大丈夫ですよ。多分、もう少しで収まると思いますから」 ちらと美影の方を見て、慌て気味に篠原はそう言った。 その言葉を聞いて、肩をすくめながら新井が鈴木にこう返す。 「だそうですが。生徒がそう言ってるなら大丈夫じゃないですか?」 「何を悠長なことを! もし重い病気にかかっていたとしたらどうするんですかっ! おい、柊。大丈夫か?」 「だ、大丈夫です……」 苦しそうな表情は変えないまま、美影は鈴木にそう返した。 先程からずっとこの調子で、一向に離れられる様子がない。 それでいて、当然演技をやめるわけにもいかないので、 二人はどうしたら良いのか分からなかった。 「もういいです! 私が電話します」 そう言って、鈴木はポケットから携帯を取り出した。 すぐに病院に掛けようとする彼に、篠原は再び慌てて止めに入った。 「だ、大丈夫ですよ先生。美影ちゃん、もうすぐ治ると思いますから」 「何故そんなことが分かる?」 「えっと、それは……」 何も言い返すことが出来なかった篠原は、すっかり黙り込んでしまった。 その様子を見た鈴木は、一瞬美影の方を見た後、こう言った。 「やはり救急車は呼ぶ」 「せ、先生っ――」 「裕子、もういいわ」 「美影……ちゃん?」 静かに篠原を落ち着けた後、美影は鈴木の方へ歩み寄って諦めたように話し始めた。 「先生、救急車は大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」 「柊……。もう、大丈夫なのか……?」 ひどく困惑した表情で美影を見渡す鈴木。 彼女のその立ち姿は、平時の時と何も変わりなかった。 美影が返事をする。 「はい。仮病ですから、どこも悪い所はありません」 「……どういうことか、説明してもらおうか」 美影は、黙って頷いた。
一通り美影が話し終わった後、鈴木は新井の方に視線を移してから、 落ち着いた口調でこう言った。 「新井先生、戻って他の先生方に報告してきてください。 生徒はもう大丈夫だと。私は生徒達と話をしてから戻ります」 「了解しました」 簡単に返事をした後、新井は元来た道を戻っていった。 彼女が向かったことを確認した鈴木は、再び美影達の方に向き直ってこう言った。 「他の者がどこにいるか分かるか?」 「はい、ここから少し行った所に」 「案内してくれ」 そうして、三人は集合場所へと向かっていった。
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「すみませんでしたー!」 増田は先生が言われるより早く、腰を直角に曲げて謝った。 言い訳のしようがないと思ったのか、自分から全てを自供する。 「全部、俺が計画してやったことです。悪いことだとは思っていましたが、つい……」 「そんなことは聞いていない」 「っ! 本当に……申し訳、ありません。凄く反省しています。 どんな罰でも受けるつもりです。 だから、こいつらだけは! こいつらだけは、許してやってください」 必死に他の六人をかばおうとする増田に、鈴木は大きく溜め息をつくだけだった。 その後、後ろに並んでいる六人に視線を移して、彼は一言呟いた。 「まさか、お前達もだったとはな……」 その言葉は、呆れているような、悲しんでいるような……。 いやそれよりも、激しく動揺している感じだった。 そして、そう呟かれてしまったみんなは、黙って俯くことしか出来なかった。 「増田、優作……」 不意に胸ポケットから手帳を取って、鈴木は何やら書き始めた。 呟きながらどんどんと書いていく。 「倉崎、順斗。レイドリック。篠原裕子。柊美影。西園寺綾。それと鈴本琴音、と」 「せ、先生……」 一層顔を青ざめさせた増田は、力無く手を伸ばしながら言葉を漏らしていた。 今更自分のしてしまったことを後悔し、心の中で激しく自責をする。 そうして、書き終わったらしい鈴木は、ペンと共に手帳をポケットへと戻した。 「この七人で全員か?」 「は、はい……」
「そうか。 自由行動中は、一般の方に迷惑をかけないよう、細心の注意を払うこと。 あと、はぐれないように常に一緒に行動すること。 最後に、はめを外しすぎないようにな」 「! せ、先生……」 「話は聞いている。くれぐれも、問題は起こしてくれるなよ?」 「あ、ありがとうございますっ!」 再び、増田は大きく頭を下げた。 しかしその時の彼の表情は、先程とは逆にとても喜びに満ちた表情をしていた。
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「まったくもう! 先生も人が悪いっ。それならそうと早く言ってくださいよ!」 そう言いながら、増田は満面の笑みで鈴木先生の肩に手を回していた。 まるで親しい友人同士のように。 先生の方はといえば、困り顔をしながらも言葉を返している。 ちゃんと先生だって、分かってるよね……? そうしてひとしきり先生に取り付いた後、 今度は柊さん達の方に近づいて、誇らしげな表情を浮かべながらこう言った。 「な? 俺の言った通り大丈夫だったろ?」 「どこをどう解釈したらそう言えるのよ……」 「黙れ、そして死ね」 「ひどっ!?」 すっかりいつも通りだなぁ……。 そんな微笑ましい彼らを見て、僕はほっと胸を撫で下ろしていた。 多分、この時安心したのは僕だけではないだろう。 ふと横に目をやると、そこには薄く笑みを浮かべた篠原さんがいた。 その後、増田から開放された鈴木先生は僕らの方へ歩み寄り、 同じく微笑を浮かべながらこう言った。 「やれやれ。増田はどこに居ても変わらんな」 全くだ。少しは落ち着きというものを知ってほしい。 増田が落ち着いている姿…………想像出来ないな。 「そうだ。忘れないうちに……。君達にこれを渡しておく」 おもむろにポケットから何かを取り出したかと思ったら、 先生は僕ら4人に小さな紙片を手渡してきた。 怪訝に思って問いかける。 「先生、これは?」 「そこには私の携帯の番号が書いてある。何かあったらそこに連絡しなさい。すぐに駆けつける」 見てみると、確かにその紙には電話番号が書かれていた。 確認した後、言葉を返そうと顔を上げたら、いつの間にか増田が先生の後ろに陣取っていた。 肩に手を乗せながら増田が言う。 「心配しなくても大丈夫ですって、先生。別に俺ら、何もしませんから」 「お前さえいなければ安心出来るんだがな」 「うっ……。そりゃキツいっすよ、先生」 「冗談だよ。一応、念のためだ」 二人で笑いあう。 どうやら増田は鈴木先生とも仲が良いようだ。 というか、ほとんどの先生方と仲が良いのかな? よく職員室に出入りしてるし。 その大抵が呼び出しだけど。 「そういえば先生。そろそろ戻らなくていいんですか? 今頃大騒ぎになってるんじゃ……」 そう増田から心配の言葉を受けた後、鈴木先生はちらと腕時計に視線を落とした。 その後、特に焦った様子も見られないまま、先生はこう答えた。 「大丈夫だ。あちら側は新井先生に任せてある。きっと今頃はもうバスの中だろう」
一方その頃…… 「本当に大丈夫だったのですか? 付き添いを鈴木先生お一人に任せてしまって。 確か、病気で帰らせた生徒は7人だと聞きましたが……」 「大丈夫だと思いますよ。そういう手はずですし」 「はぁ、手はず……ですか」 「おっと、つい口が……。まぁそういう事です。鈴木先生なら心配いらないでしょう」 「はぁ……」
「……本当に大丈夫なんですか?」 その状況を考えた僕は、自然と言葉を漏らしていた。 こういう時に任せていい人だとは思わないんだけど……。 僕は冷や汗を掻かずにはいられなかった。 「……少し心配になってきたな」 それは先生も同じなようで。 僕の言葉を聞いた先生も同じく不安そうな表情を浮かべていた。 「さ、さぁ君たちはもう行きなさい。くれぐれも怪我等しないように」 続いて慌て気味に先生はそう言った。 そんな先生に少し表情を綻ばせながら、僕達は元気良く返事をした。
続
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