前日談A お土産とお土産話
放課後の美術準備室にて。 まだ掃除の時間で、他には誰も来ていない頃、当番ではないレイは一足早く到着していた。 部屋の一角に作られた荷物置き場に、彼が自らの鞄を置いた所だった。 ふと後ろから声を掛けられる。 「レイ先輩っ。こんにちは」 「あ、こんにちは。小明さん」 そこには、無邪気な笑顔を浮かべた小明がいた。 レイも笑顔を浮かべながら彼女に返す。 どうやら小明も掃除当番ではなかったようだった。 「来週は先輩方、修学旅行ですねぇ〜」 自分の場所に荷物を置きながら、小明はそう言った。 その後、二人は美術室へと戻っていった。 手近な机の所で腰をかけた後、話を続ける。 「うん、行ってくるよ。小明さんにもお土産買ってくるね」 「えっ、本当ですかっ? ありがとうございます!」 「何がいい?」 「えーっと、じゃあ八つ橋をお願いします。私、あれ好きなんですよ」 「分かった。八つ橋ね」 小明に聞いた後、レイは忘れないよう、すぐに手帳にメモをした。 書き終わった後、手帳を胸ポケットにしまう。 その時、ふと小明が呟くようにこう言った。 呟きというには、あまりにはっきりとした呟きだったが。 「良いなぁ〜。私も、先輩方と一緒に修学旅行行きたいなぁ〜」 「うーん、それはちょっと……。小明さんは三年生になってからね」 「それは分かってますけどー……」 あからさまにふてくされる小明。 机にうつぶせながら、頬を少し膨らましている。 そんな小明に、レイは少し顔を寄せて、いたずらっ子のような笑みを浮かべながらこう言った。 「……行っちゃう? 一緒に」 そして待ってましたとばかりに、すぐ答えを返す小明。 「行っちゃいますか。どうせバレませんよね?」 「バレないバレない」 「それじゃあ一緒に――」 「聞こえてるぞー」 「うわっ!」「きゃっ!」 気づくと、二人のすぐ傍に寝ぼけ眼をこすりながらあくびをしている新井先生がいた。 驚いてオドオドしている二人に向かって、続けて先生が言う。 「全く。可愛い教え子達が何を話しているかと思えば、駄目に決まってるだろ、そんなこと」 「で、ですよねー」 「そういう話は、誰もいない所でしろ」 「「…………」」 そういう問題じゃないような……。 二人はそう思いながらも、とりあえず少しばかり笑みを浮かべた。 新井先生がもう一度目をこすった所で、小明は彼女に問いかけた。 「ていうか先生、どこにいたんですか。いきなり出てきて、びっくりしましたよ」 「ん? あー……」 聞かれた先生は、どう答えようか迷っていたようだったが、 やがて全くごまかそうともせずに、正直にこう言った。 「寝てた」 「えっ? 寝てた? どこでですか?」 「あそこ。いやぁ、あそこは寝やすいぞ」 そう指差した所は、授業中いつも先生が座っている机だった。 そう言われた二人は、少しの間耳と目を疑っていたが、 一向に訂正しないことからある程度を察し、そしてこれ以上言及することはやめにした。 (机の上に寝ていたら、気づかないはずがないんだけどなぁ……) 深く考えるのもやめにした。 「あ、そういえば今何時だ?」 「えっと、今は三時半を少し過ぎた辺りです」 教室の中に備え付けられた時計に目をやり、すぐに答えを返すレイ。 レイの返事を聞いて、先生は一瞬しまったといった表情になった後、 無造作に頭を掻きながらこう言った。 「あらら。ま、いいか」 「? 何かあったんですか?」 「ん? いやまぁ、確か三時半から会議だとかなんだとか、言ってたような言ってなかったような」 「ええっ!? ダメじゃないですかっ。早く行かないと」 新井先生の言葉を聞いて、早く行くように促す小明。 彼女がそう急かすのは、至極当然のことなのだが……。 なぜか先生からはあまり焦った様子は見受けられなかった。 むしろ面倒くさいといった雰囲気を存分に出しながら、気だるそうにこう言った。 「えぇ、もういいよ。一分も十分も変わらないって」 「変わりますっ! 怒られるのは先生なんですよ? ほら、早く」 あくまでマイペースに行動しようとする先生を、なんとか手を引いて急がせる小明だった。 そんな彼女の頑張りに負けたのか、ようやく先生は観念したように歩き始めた。 「分かった、分かったよ。だからそんなに急かすな」 それでも歩いているだけで、小走りすらもする気は無いようだが。 「もう。じゃあ、先輩。少し出てきますね。すぐ戻ってきます」 「あ、うん。分かった」 そう笑顔で見送ったレイだったが、先生の背中を見た所で慌てて二人を引きとめた。 「先生っ! 背中背中!」 ちゃんとはたいて、綺麗にしてから先生を送り出した二人であった。
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「ただいまです」 「おかえり。どう? 間に合った?」 「いえ、それがもう全然」 「そう。お疲れ様」 二人とも苦笑い交じりにそう交わし合った後、 小明はレイが座っている所の一番近い椅子を引いて、そこに座った。 向かい合った所で、話を続ける。 「はぁ……。やっぱり私は留守番ですか……」 大きな溜め息をつきながら、がっくりと肩を落とす小明。 どうやら本当に残念がっている様子だった。 「まぁしょうがないですよね。今回は我慢します」 その後すぐに元気を取り戻し、小さく胸を張りながら彼女はそう言った。 校庭から運動部の掛け声が聞こえ始めた時だった。 もうすぐ他のみんなも来るだろう。 「あ、そうです。先輩、ちょっと待っててくださいね」 「え、どうしたの?」 「少し預けたいものがあるんです」 そう言って、小明は再び準備室に入っていってしまった。 (預けたいもの?) 何だろうと思いながらしばらく待っていると、 なにやら彼女は手のひらサイズの小さなケースを持ってきた。 一言添えて、レイに手渡す。 「はい、どうぞ」 「小明さん。これは?」 「カメラです。家から持ってきました」 ケースを開けてみる。 すると、そこには確かに小明の言う通りカメラが入っていた。 何の変哲も無い普通のデジタルカメラだった。 「それ、修学旅行中は、レイ先輩に預けます。 先輩達の楽しんでいる姿、たくさん撮ってきてくださいっ」 明るく、無邪気な笑顔を浮かべて彼女はそう言った。 そうお願いされたレイは、もちろん断るだなんてことはせずに、 同じく笑みを浮かべてこう返した。 「分かった。いっぱい取ってくるね」 「はい、お願いします。お土産もお土産話も、楽しみにしてますね♪」
続
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