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前日談@ 彼らの苦労

 

 

 

 

約一ヶ月前。

放課後の誰もいない教室の中、増田はとある人物と電話をしていた。

最初こそ聞かれないようにと、気を遣っていたものの、

相手のあまりの適当さに、増田は声を張り上げざるを得なくなっていた。

「――じゃあそういうことなのでな」

「は!? そういうことも何も、結局俺らはどうすりゃいいんだよっ?」

「だから、適当な所で勝手に抜け出してくれ。後はこちらがなんとかする」

そう最後に言い放った後、電話の相手は一方的に通話を切った。

「お、おい! ちょっと待っ……。切りやがった」

スピーカーから聞こえてくる無機質な電子音で気づいた増田は、

顔をしかめながら携帯を乱雑にポケットへとしまった。

溜め息を大きくついた後、彼は一言呟く。

「まぁ、黙認してくれてるだけでもありがたいか……」

そう思うことにした。

相手方に当たってもしょうがない。

心を落ち着かせながら、増田は勝手に入り込んでいた教室を後にした。

 

 

 

 

 

(さて、どうすっかな……。あてが無くなった今、俺達でなんとかするしか――ん?)

美術室へと戻る道中、前方から何者かが物凄いスピードで走ってくるのが見えた。

その人は、彼のよく知る人物で……

だから増田は、すれ違う寸前に手を伸ばして、その者の制服の襟を掴み停止させた。

止まったのを確認してから、溜め息混じりに一言。

「なーにやってんだ。廊下は全速力で走り抜ける所じゃねぇぞ」

「うるさい。離せ」

短くそれだけを言い放ったのは、西園寺 綾だった。

何やら相当焦っているようで、何度も増田から逃れようとしている。

そんな綾を離さないようにしながら、増田は彼女に問いかけた。

「ていうか何をそんなに焦ってるんだ? なんかあったのか?」

「…………」

綾は何も返さなかった。

抵抗するその手も止めながら、増田の手の先で大人しくしている。

それからは、いくら待っても何も言う気配がないので、増田は強引に話を進めた。

「……何があったのかは知らんが、何もないってんなら戻るぞ。今は部活中だからな」

そう言って再び歩き始めると、綾は黙って引っ張られていった。

美術室が間近になった所で、綾は少し不服そうな声でこう言った。

「……一人で歩ける」

「そうかい」

なんの疑いもせずに綾から手を離す増田。

自分から手を離されても逃げることはなく、やがて彼女は彼の隣に並んで歩いていった。

(そういえば、なんとかするって言ったら、こいつもだったな……)

横目でちらと見て、そう軽く考えを巡らす。

先延ばしにしていてもしょうがない。

増田は、話題としては唐突だが綾に向かってこう問いかけた。

「なぁ、今日の帰りに、お前ん家寄っていいか?」

「なんで?」

怪訝な表情で問い返される。そんな綾に、増田は真剣な面持ちでこう答えた。

「店長に、話がある」

「……。分かった」

短く返した後、彼女は再び前を向いて歩き出してしまった。

誰もいない廊下で、二人歩く。

美術室がほど近くなった所で、綾は呟くようにこう言った。

「ありがとう」

言った後、顔を俯かせてしまった綾だったが、

そんな彼女を見た増田は、柔らかな微笑を浮かべていた。

 

 

 

そして美術室に着いた所で、増田は扉を勢い良く開けながら中へと入っていった。

「うーっす。只今帰ったぜー。

あとなんか、そこらでうろちょろしてる奴が居たから、ついでに連行してきたぞ」

再び綾の襟を軽く掴みながらそう言うと、中は大変慌ただしい状況となっていた。

「ん? どういう状況だ、これ」

 

 

 

 

 

 

放課後。もう暗くなり始めた日没頃だった。

いつぞやの採用試験のごとく、俺は店長宅の応接室に一人座っていた。

「お待たせ。それで、話ってなにかな?」

カジュアルな服を着た店長が、ソファに腰を落ち着かせながら俺にそう聞いてくる。

俺は店長としっかり目を合わせながら、ゆっくりと話し始めた。

「はい。実は――」

 

 

 

俺は店長に、綾も修学旅行に連れていきたいと言った。

自分の私情も含めた理由と共に。

俺が話し終わった後、しばらく店長は黙り込んでいたが、

やがて困ったような笑みを浮かべながらこう言った。

「ごめん。綾は修学旅行には行かせないつもりなんだ」

「やっぱり、そうだったんですか」

店長は黙って頷いた。

その答えに、俺は大して驚いていなかった。

店長なら、そう考えると思っていたから。

(でも、それじゃ駄目だ)

それじゃ、綾は一生あのままだ。

だから俺は、更に食い下がってこう言った。

「お願いします。

何かあったら……いや、何も起こらないように俺がなんとかします。

だから、お願いします」

頭を深く下げて懇願する。

それでも返ってくる言葉の中に肯定的な言葉は無かった。

「駄目だ。まだ、危険すぎる」

「『もう』大丈夫です! だって綾は――」

もう半年以上、人を斬っていない。

あの日以降、綾は殺意をむき出しにすることもなくなった。

そう続けようとした俺だったが、その言葉は店長の問いかけによって遮られた。

「じゃあ万が一、綾が暴走したら……君は、どうするつもりなんだ?」

その問いは、訊かれているというより、責められているように思えた。

俺を見据える店長の視線も心なしか鋭い。

そんな店長に、少し気負いしたものの、俺ははっきりとこう答えた。

「俺が、止めます」

「止めますって……。一体どうやって……」

「どうやってでもです。絶対に止めてみせます」

その覚悟を決めたから、俺は今ここにいる。

生半可な考えで来たわけじゃない。

店長の言葉に俺が答えた後、店長はしばらく黙り込んでしまった。

悩んでくれているのか、それとも……。

 

「……今日は、もう帰ります。ありがとうございました」

これ以上待っても、今日は何も返してくれないだろう。

そう思った俺は、店長に一言告げてから家を後にした。

 

 

 

 

 

 

「…………」

増田が帰った後も、結城はまだそこにいた。

頭を抱えて俯き座っている。

そして、時々頭を掻いては、再び頭を抱える。

その繰り返しだった。

「結城」

不意に後ろの方から声が聞こえた。

声の方に振り向いてみると、そこには未だ学校の制服に身を包んだ美影がいた。

「私からも、お願い。何かあったら私も綾を止めるから。綾と一緒に、修学旅行に行かせて」

真剣な面持ちで美影もそう言った。

そんな美影の言葉を聞いて、結城は力無く笑みを浮かべながら彼女にこう返した。

「美影も、彼と同じことを言うんだね。……自分が何を言ってるか、ちゃんと分かってる?」

「……」

彼女は黙って頷いた。

その後しばらく、二人は目を合わせたまま一言も発さなかったが、

やがて大きく溜め息をついてから、結城はその重い腰を上げてある部屋へと向かっていった。

「綾。ちょっといいかい?」

扉をノックしながら、声を掛ける。

少し経った後、中から綾がゆっくりと出てきた。

顔を見合わせた後、結城は彼女に問いかける。

「綾は、修学旅行、行きたい?」

綾は一瞬驚いた表情を浮かべた。

すぐにでも答えを返そうとしたが、じっと自分を見据える結城に、言葉を詰まらせてしまった。

でも綾は、自らの胸の前で手を握り締めた後、はっきりとこう言葉を返した。

「行きたい」

「……そう。それじゃ、行ってらっしゃい」

「っ! ありがとう……!」

嬉しさのあまり、綾は結城に抱きついた。

まるで子供のように結城にくっついて離れない。

対する結城の方も、突然の出来事に戸惑っていたが、

彼は柔らかな笑みを浮かべながら一つ息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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