トルコ旅行2006雑感
 (8) 地下宮殿: メドーサ横 イスタンブールのアヤ・ソフィア博物館のすぐ脇に地下宮殿の入口がある。
40メートルの奥行き、70メートルの横幅で、2−3メートル間隔の円柱で高さ8メートルの天井を支える巨大な地下水槽のことである。4−6世紀に造られ、ビザンツ時代、オスマン時代にその水がコンスタンティノープル、イスタンブールの飲料に供されていた。
今は観光客用に木製の遊歩道が付けられていて、その遊歩道に下りるとすぐ前の水中に長さ2−30センチの魚影数匹が目に入った。生きた淡水魚であることは間違いない。遊歩道は所々に電灯が付いているので足元は明るい。
奥の方に歩いていくと基盤に大理石造りの顔をすえた円柱が2本並んで立っている。1本は左横に倒したもの、もう1本は逆さの顔。これが、髪の毛が蛇というギリシャ神話のメドゥーサの首である。1984年の大改修時、底に溜まった泥をくみ出したらその首が現れたという。
このメドゥサの首の石塊はどこから持ってきたのだろうか。トルコのエーゲ海沿岸や地中海沿岸はどこを掘っても遺跡が出てくるようだ。したがって、地下水槽を造る時に柱の基盤としてその辺に崩れていたメドゥーサの首がちょうど良い大きさだったので、とりあえず使ったものかもしれない。しかし、この隣り合わせの2本の柱にのみ使ったのには、何か意味があったようにも思う。メドゥーサと目を合わせると人は石になってしまうといい伝えられていた。その魔力を暗闇の中に封じ込める意味があったと考えてもよい。他の柱の基盤には何の彫刻も飾りも無い。
イアン・フレミングがあの007「ロシアより愛を込めて」を書いたのが1956年の事だから、彼はそのメドゥーサの首のあることは知らなかった。もしこの首の存在を知っていたとすれば、彼はどう使っただろうか、ジェームス・ボンドに何をさせただろうか。


メドーサ2 この貯水槽の水はヴァレンス水道橋を通って市街地の背後の森から引いてきたものである。以前住んだことのあるシンガポールにも、マレー半島とシンガポール島を区切るジョホール海峡の幅1キロメートルほどの所に巨大な鉄管のジョホール水道橋が道路である陸橋に並んで敷かれていたし、島の中央あたりの2箇所に人工の貯水湖が造ってあった。また、私の住んでいる横浜には東名横浜インターの近くに多量の水がトウトウと流れる暗渠があり、国道16号から若葉台団地に入る道をまたいで水道鉄橋が渡してある。その下流には水道道という直線道路が国道16号に沿って造られており、相鉄鶴ヶ峰駅を横切って西谷の浄水場までのびている。その道の下には、小さく見積もっても断面4平方メートルのコンクリートの暗渠が埋まっているはずである。大都会を維持するためには、専用の水道道、水道橋や貯水槽の確保が必要であるのは明らかである。




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