葦 の 声  02

     
12月26日 2001   
001  あと三年の命だとすると
 五十歳台半ばの夏のことであった。

噴霧中の殺虫剤をうっかり吸い込んでしまった。

喉がはれて呼吸困難になり急遽入院したが、大事に至らず翌日退院できた。  ところが、話しは思わぬ方向に発展した。

その時に撮られたレントゲン写真には、なんと、肺ガンの影が写っていたのである。

ひと月ほどのうちに精密検査をしたうえで対応方法を決めましょうと若い医師から言われた。  あの瞬間は今もはっきりと記憶に残っている。

それまで、体育会系の頑健なたちで病院とは縁がなかったから、びっくり仰天してしまった。それからというものは、夏休みをつかって図書館通い。いっぱしの 肺癌通になった。

六法全書を必死に読む死刑囚がいるというが、その気持ちが分かる気がした。

で、再検査の結果は白。 とりあえずホッとはしたものの、一瞬、腹立たしくもあり複雑な気分であった。

 

 この事件のお陰で得られたものが二つあった。

統計データとか平均値をあてにして、自分の寿命は、あとナン年くらいなどと漠然と思っているのは意味のないこと。

集団にとってこそ平均や確率は意味がある。自分はただの一人である。平均値をあてにしてはいけない。

当たり前のことである。齢五十にもなったら、いつなんどき一巻の終わりになるか分かったものではないと、腹をくくっていなければならない。それが身にしみて分かった。これが一つ。

 

 人は必ず死ぬということ、人生が一回限りの舞台だということは誰でもよく分かっている。百も承知の  ことではある。

にもかかわらず、その舞台で何を演ずるべきか、大切にすべきものは何なのかということを考えてみることは実はあまりない。

みんなが走るからというだけで、自分も一緒になって走り出しひたすら頑張って走り続ける。そしていつも「忙しい、忙しい」 と言う。

それなりに戦果があがれば、それが励みになりさらに拍車がかかって一段と忙しくなる。幸なのか不幸なのか。

暇を持てあましているビジネスマンに禄なのはいない。大事な仕事は忙しい男に頼めというのが世間相場である。

「小人閑居して不善をなす」と言うではないか。

とにかく、「多忙」は企業戦士の勲章なのだ。自分自身、自慢じゃないが年がら年中「勲章」をものにしてきた。周りをみても「まっ、いいか」と、こだわらない(振り?)で走る向きが多い。

 

 だが、なにしろ一回こっきりの舞台である。少しはこだわらねばウソだろう。人生の節目節目で、これで善いのか、安直に過ぎるのではないのか、と真剣にこだわるのは人として大事なことではあるまいか。

 (こだわるのが好きな方は「奥の間」へどうぞ)

 

この時代に生きている我々は、程度の差こそあれ、その心というかアタマを経済原理(合理主義と言ってもよい)という王様に捧げているように見える。

アタマが王様の忠実な家来のままで、そいつを目一杯に回転させて人生や人間のことを考えてみたところで、王様の手のひらの上で孫悟空よろしく飛んだり跳ねたりしているだけのことである。結論は見え見えなのだ。

 

棲む世界をかえれば少しは別の考え方ができるかも知れない。 すこしは違った景色や空間が見えるかも知れない。

しかし、人それぞれに浮き世のしがらみを抱えているから、ことはそう簡単にはいかない。だからこそ、「まっ、いいか」となるに違いない。ざっくり言えばそんなところではあるまいか。

さはさりながら、仮に癌か何かが見つかって、あと三年の命と言われたとしよう。さて、どう対応したらよいのか。

今の生き方や生活をそのまんま続けることを自信満々で善しとできる人は、生き方の達人に違いないし、尊敬さるべき大人に違いない。あるいは、逆に正月過ぎて二月までほおっておかれた鏡餅のような脳味噌の持ち主なのかもしれない。

そのいずれでもないありきたりの凡夫は、この人生何をもって善しとするのか、この深遠にして難解な主題に恥ずかしながら 、たぶん生まれて初めて真剣に取り組むことになる。

これが二つ目の収穫でありました。

いまでは「肺ガン?!」と言ったあの若い医者に感謝している。                  

    (この項 おわり)
 ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

 

002 大はやりの「海岸宇宙」
TV番組の中で引田天功がアメリカの富豪俳優と結婚すると話していた。

新婚旅行は宇宙ということで、すでに予約の手続きは済ませたという。  そこはマジシャン、新手のトリックを仕掛けているのかどうか。

それとは全く別に、この四月にアメリカ人の実業家がスペース・シャトルに乗り込むらしい。こちらの方はNASAも認めているからよほど確かだ。

二十世紀といえば、戦争やマルクス主義とならんで、「宇宙」は忘れることの出来ないテーマだった。

人工衛星、有人宇宙飛行、スペースシャトルに宇宙遊泳と、 次から次に手塚治虫や小松崎茂の世界が実現した。

ソ連のスプートニク以来、半世紀の間に打ち上げられた人工衛星はあれやこれやで五千個にもなるというから驚きだ。

なぜかロケットの打ち上げは下手な技術大国、日本もしたたかに人間だけは宇宙に送り込んでいる。よその宇宙船に乗せてもらった日本人も、もう大して珍しくないほどの数になった。

「宇宙旅行」が身近に感じられるのも無理はない。

           ∝∝∝∝∝∝∝

 一般人の宇宙旅行のメニュはどんなものだろうか。人工衛星の周回軌道あたりまで飛んでいって、宇宙船の窓から地 球が青く真ん丸く見えるのに大感激。

タイミングを待って地球と月の2ショット写真を撮りまくる。雨も降らないし邪魔な電柱や電線もないから写真は楽なもんだ。  数分間の宇宙遊泳は特別オプションといったところか。

 地球が小さくなったと言われて久しいが、「宇宙」も全くちがう意味ですっかり小さくなった。  われわれが耳にしたり、口にする「宇宙」が ケチでミミッチくなってきたという意味だ。

白浜とか湘南の海水浴場で遊んできた人が、「太平洋で泳いだ」とは普通は言わ んだろう。 ところがこと「宇宙」となると、事情はちがってくる。

そこいらの「浜辺」や「海岸」 で泳いで「太平洋」で泳いだと宣伝しているようなモノだ。

今や、「宇宙」と言えば、卑近な「宇宙の海岸」や「宇宙の浜辺」 のことがほとんどなのだ。その意味で小さくなったと言っても差し支えなかろう。

    ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

 光は1秒間に地球7周り半、30万Kmを駆ける。地球から太陽系の一番外側の海王星までの道のりを たったの4時間で走り切ってしまう。 

惑星探査ロケットで12年、ジャンボジェット機なら1100年もかかる勘定のところをである。  さすが、光はトップランナーだ。

その光の速度をどうしようもなく遅く感じさせるのが宇宙の大きさだ。 太陽系が含まれている天の川銀河はン千億個の星の集団だ。  端から端まで行くのに光でも10万年もかかる。

天の川のような銀河は他にいっぱい存在する。ロマンチックな名前のせいで一度聞いたら忘れることのない「アンドロメダ星雲」もそのひとつだ。

 滋賀の田上山に私設の天文台があった。

あるじは元京都大学の先生で、たしか山本一清という天文学者だったと記憶している。  

50年ほど昔のことだ。望遠鏡にかじりついていると、「キミが見ているアンドロメダは200万年前のものだよ」と先生。 「エ、ほんまですか」と 言ったきり小学生のボクは言葉を失った。

はじめて受けた知的ショックだった。知的洗礼といってもよい。その天文台で何か深遠なものに触れたというか、違う世界の存在を感じたものだ。

日常の生活で光の速度を意識することなどありはしない。 人生十年そこそこのボクには、星はおろか見るものすべてが過去の姿であるなどと発想できるはずもなかったのだ。

           ∝∝∝∝∝∝∝

我々が今見ているアンドロメダは200万年前の過去の姿。

現在のアンドロメダを見るためには200万年待たねばならない。 宇宙を見ることイコール遠い過去を見ることだ。  宇宙の広大さがなせるワザである。 

天の川のような銀河がン千個集まったものが「銀河団」。 そいつがイヤというほど集まって 、「超銀河団」。その直径はン億光年にも及ぶ。

こういう超銀河団をいくつもさりげなく包み込んでいるのが宇宙だ。

これほどの気宇壮大はそんじょそこいらには見当たるまい。 「海岸宇宙」や「浜辺宇宙」も宇宙には違いないが、平気で 「宇宙」と言うには抵抗がある。

    ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

おととしのある日のこと。

いつもとは違って、正真正銘の「宇宙」が日経新聞の朝刊一面で取り上げられた。

宇宙は一瞬の大爆発(ビッグバン:BIGBANG)によって誕生し、今も膨張しつづけている。

そのことは30年前から分かっているのだが、大爆発の時期については100〜200億年前(中をとって150億年前)との憶測の域を出ていなかった。

それが最近になって、宇宙望遠鏡による観測が功を奏して、宇宙の誕生は120億年前、と特定できたという。

アメリカのハッブル宇宙研究所の堂々の発表である。 天体望遠鏡そのものが人工衛星になっているのが宇宙望遠鏡だから、邪魔物のない大気圏外で24時間観測ができ る。

地上に設置されたものとは桁違いの威力を発揮するわけだ。

150億年が120億年になったところで、景気が上向くわけでもなし、生活には響かない。だから、太郎丸に限らず誰しも、「へ 〜、ホ〜」でおしまい。

だが、「百億年ほど前の一瞬の大爆発(BIGBANG)によって宇宙が誕生した」ことを、このニュースをきっかけにして知ることになった一般の人はかなりの数にのぼるに違いない。

         ∝∝∝∝∝∝∝ 

 120億年前に大きさ無限小の何かが大爆発してこの宇宙は誕生した。はじめの一瞬は素粒子(クォーク)の世界。

その数分後にはそれらの素粒子から軽い水素とかへリュウムとかの原子核ができた。あとは芋づる式に重い元素が順に作り出され(核融合)、数十億年の間に銀河や星が誕生することとなった。我々の太陽系の誕生は46億年前のことだ。

大爆発で発せられた光は、120億年もの間、宇宙空間を

走りつづけてきた。さすがの光もこれだけ長い間走りつづけ

ると疲れるらしい。息も絶え絶えになった光の末裔がやっと

のことで、地球にまでそのことの一部始終を伝えたのだ。

 つい先頃から地球に棲息することになった人間という生物

が、その光をとらえて宇宙の謎をアーだコーだと探っている。

何というめぐり合わせ。何という偶然。。。

 

地球の誕生を1週間前とすれば、人間が現われてからまだ

1、2秒しか経っていない勘定になる。そしておそらくあと1秒

とはもつまい。自分はそんな見えない隙間の中の超隙間の

ような時間によくまあ、地球の上で息をしていることよ。

偶然とはなんと恐ろしい。。。

     ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

・・・・とまあ、自然の真っ只中、空を仰いでこんなラチもない

ことを想い巡らしてみるのも、タマには悪くはない。

いつも目の前の大事小事に、・・・大抵の場合、あとになって

みると大したことではなかったと思い知らされるのだが・・・

身を焦がしているものだから、彼岸のことなどに、眼も想いも

トンと行きはしない。

いっそ、思い切って本ものの「宇宙」を想えば、脳みそと心の

洗濯になろうというものだ。

    ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

不思議が一杯広がるのが「宇宙」ちゅうもんでんな。

ねむたない人はこのまんま、眠たい人は茶でも飲んでから、

「奥の間」へ通っとくんなはれ。つづき、やりまひょ。

乗りかかった舟でっせ、たまにはよろしやおまへんか。

                        ⇒⇒⇒ 「奥の間」 

 ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

                             ⇒⇒⇒ 「葦の声」目次

 

003 マンション暮らしのワンコ
「ワン」という犬の声が空から降ってきた。

10階建てくらいのマンションの中ほど、ベランダのアルミの

格子の間から柴犬の顔がのぞいている。

「珍しいこっちゃな。ここでは犬が飼えるんやな」 

直感でそれが分かった。 マンションで禁を犯して犬を飼う

入居者は、人知れず気をつかっている。不用意に外から

見られるようなヘマはしないものだ。

 

日本のマンションでは、犬や猫は御法度というのが圧倒的

多数である。賃貸マンションとなると、これはもう絶望的だ。

地方都市でも事情は同じだから転勤族は苦労する。


東京の前は博多にいた。

旧城下町らしく、博多には歴史を物語る由緒ある地名があ

ちこちに残っている。薬院もその一つである。歩いても早足

なら博多駅から15分くらいのところだ。その薬院に建ったば

かりのマンションを借りた。9階建ての7階の部屋。

 

マルにとっては、ここが日陰者生活の始まりの地となった。

このときマル、満1歳。10年半の短い命だったが、その内の

大部分、8年も日陰者の暮らしをさせてしまった。

仕事の為とはいえ、人間の身勝手で済まぬことをしたもの

だ。

           ∝∝∝∝∝∝∝∝

福岡は二度目の赴任で、前の時は大宰府に住んだ。

その辺りまで足を伸ばせば、犬OKの一戸建が見つけられたかも知れないが、二度目の今回はそんなに悠長に構えておられなかった。          

守備範囲が前の時とはまるっきり違っていたのだ。   新幹線にも空港にも事業所にも至近距離である住まいがどうしても必要だった。   

仕事がそれを要求したし、企業戦士としての野心もあった。  住まいの選択基準は、100パーセント仕事本位、効率優先となった。

今も昔も、コンピュータ業界の競争の厳しさは変わらない。 首都圏でも地方都市でも、気の抜けない鍔ぜり合いの毎日だ。 

任された戦場は自分の実力以上に広大で厳しい状況だった。 いま思えば期待半分残りの半分は試されていたのだろう。

東京と大阪には本社、統括機構があったので、ここにもちょくちょく顔を出すことになる。どの上役も二言目には、「自ら現場に出向き、自分の眼で確認して云々」 というセリフを口にした。

よく言われたし自分自身も言った。それがこの会社では常識であった。管理職も役員も誰もがそれをよく心得て いた。いきおい、あちこち飛び回ることになる。

誤解を避けるために付け加えておこう。

それとは裏腹に、下への権限委譲もよく進んでいた。  大企業につきものの稟議制度がないことと、殆どの書類の承認印が一つか二つで事足りたことに、それは象徴される。

この二つのモードは相反するかのように見えるが、ここでは権限委譲と 「貴職自ら…」とは対立概念ではなく、補完関係にあった。

この会社は、一時期、かなり長い間、世界中で、「エクセレント・カンパニー」 という評価を受けた。 そうなるには、沢山のタネがあった筈だが、こんなこともそのタネの一つであったに違いない。

それはともかく、椅子がでかくなるほどに、東奔西走、飛び回らねばならないように仕組まれていたのである。

           ∝∝∝∝∝∝∝∝

話しを元に戻そう。

家主や世間様を欺いて、日陰者を養っていくにはそれなりの工夫と努力が要る。 路上からの視線に備えて、プラスチック板をベランダの手すりにグルッと取りつけた。  風通しを考えて高さは70センチに抑える。

「ワン」は禁止。何か言いたいときは「グー」と言わせる。チンパンジーのように顎を出し口を尖らせて、「グー」とやってみせる。飼い主に似て分かりは早い。          直ぐ真似をするようになって、三日で「ワン」は消えた。


散歩に連れて出るのは大仕事、と言うより、ちょっとした作戦行動だ。大きいめの買い物篭に入れて風呂敷をかぶせる。

そいつをショルダーバッグのように肩からさげ、小脇に抱える。エレベータの中では、さりげなく篭を隅に押しつけるようにして立つ。

マルはじっと息を殺して身じろぎ一つしない。教えもしないのに、ほんによくできた奴だ。

だが、誰かが乗り合わせて来た途端、篭の中に緊張が 走る。抱えているこちらの腕にもつい力がはいる。 同じ人と何度も乗り合わせることも起こる。

「この篭の中身は何だろう」 そう思っているかも知れない。 イヤ、いぶかるに違いない。そうかと言って、注意をそらせるために、無理に話しかけるのも藪蛇になるかも知れない。

大人よりも小さな子供の方が厄介だ。何にでも興味を持つし、目や鼻がちょうど抱えている篭のあたりに来てしまうからだ。

 いつしか階段を使うようになった。一気には1階までは降りない。2階の踊り場の少し手前で一旦立ち止まって、人の気配をうかがう。

サンダース軍曹が焼け残りのビルの中を偵察するときのあの感じだ。 (太郎丸は昔の「コンバット」のサンダース軍曹のファンです。)


 2階の住人は階段を使うことが多い。頻繁に出会えば、「高い階の居住者が何故エレベータを使わないのだろうか」 などと興味を持たれる恐れがある。

ともかく、他人の興味を引くようなことは避けるのが、賢いやり方なのだ。

           ∝∝∝∝∝∝∝∝

その先の難関は玄関の管理人室である。

まずいことに、管理人は職務に忠実なタイプであった。 当時、暴力団の発砲事件が小倉や博多で起きたこともあって人の出入りにはいつもよく注意がはらわれていた。

常駐管理人のいない、もっと用心の悪いマンションを選ぶべきだったのだ。すぐに気が付いたが、もうあとの祭りである。  (次回に続く)

 ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

これとちょっと絡む話が「奥の間」にありまっさかいに、
立ち寄ってみとくんなはれ。       ⇒⇒⇒ 「奥の間」 

                              ⇒⇒⇒ 「葦の声」目次

 

004  停年ボケと若ボケ その1

◆◇大昔、人間にも「尻尾」があった。尻尾がなくなって人間

と呼ばれるようになったのかも知らん。

木から木に跳び移る猿の生活から足を洗ってからは、尻尾

を役立てる場面がなくなって、世代交代を繰り返すうちに自

然に消滅したのだ。

生物の身体の各部の細胞は使わなければ、必要ないものと

して機能が低下し、ついには消滅してしまう。これを「廃用性

退縮」と言う。自然の摂理の働きだ。


三十歳代もおしまいの頃、テニスのプレイ中に左アキレス腱

がバーンという音とともに断烈した。(これは大袈裟な表現で

はない。その大音響には周りの者も驚かされる)

手術後一ヶ月、ギブスを外されて、これが我が足かと疑っ

た。膝から下がやせ細って上腕とあまり変わらないではない

か。ギブスをしている間、全く使わなかったから、脳内のどこ

かにある管理簿に「左足の必要度低し」と記録されてしまっ

たのだろう。それに応じて血液流量などもコントロールされた

に違いない。

自分にとってはこれが廃用性退縮の初体験である。

  (余談)

「睡眠中以外は足の指を動かしなさい」と看護婦さんから言

われてはいた。そのためにギブスは足の指までは覆わない

造りになっている。アホな患者はコトの重大さが呑み込めて

いないから、そんな退屈な作業のことは、見舞客と話し込ん

でいる内に、コロッと忘れてしまうのだ。

                ***

 力学的な肉体上の退縮は、シロウト目にも早めに分かる

から、リハビリしたり何か対策を講じて事なきを得る。

難儀なのはアタマの廃用性退縮である。

眼で見て分かるものではないし、内科や外科と違って、この

手の病院には行きにくいのが人情というものだ。だからソレ

と分かったときには、手遅れではなくとも、かなり深刻な状態

になっている。


(停年前後の人)

 ◆◇仕事であれ仕事外であれ、死ぬまでにアレとコレだけ

はやりたいと、心中秘かにあるいは漠然と思いながら、手つ

かずのまま還暦を迎える人は少なくなかろう。

そういうバックログ(やり残し)の中には、無意識の中に深く

潜在化し、年月を経てフツフツと発酵してくるものが往々に

してある。人生のほかの節目でもそうだが、黄昏の頃とも

なれば、多忙な生活に明け暮れながらも、そういうことが気

になって来るものだ。


この場合は、自分の深層心理に照らして、そのバックログが

まこと本物なら、それが仕事であろうがなかろうが、そんなこ

とはどうでもよい。体の自由の利くうちに、断固、それをやる

のが良いに決まっている。

脳の廃用性退縮など、その情熱に蹴散らかされてしまう。


 ◆◇そんな人で、岐路に立って考えに考えた末、道に迷う

向きは少なくない。それはもっともなことである。

どだい、「深層心理」などと言ったところで、なかなか掴み切

れる代物ではないし、お金や名誉(見栄)へのこだわりを捨

て切れないのも至極当たり前のことだからだ。


深層心理は「本当の自分の心」と言い換えてもよいが、外の

喧噪にとり紛れて、自分の内側のことなど、掴むどころか理

解することすらままならない。

お金や名誉への執着のナンセンスは、アタマでは分かって

いたところで、イザとなると決断は容易なことではない。


人間の欲望には際限がない、次々と付き合っていたらキリ

が無い、ということは分かっているつもりだ。そして「知足」と

いう釈尊の智慧に触れては、「フム、フム、なるほど」と痛く

感心して、我ながら一皮むけた気分になったりはする。

だが、煩悩の固まりのような我々にとっては、ここから先は

一進一退を繰り返す大難関である。


それでも、ものは考えようだ。ゲームでも何でもスンナリと

いかない所があるからこそ面白い。

煮詰めていけば、人生の問題の味わい深い、おいしい部分

はこの辺りに凝縮されているのではありますまいか。

(廃用性退縮の話からはかなり外れて来ましたな)


 ◆◇趣味はといえば、社用で覚えたゴルフと麻雀だけの

いわゆる仕事一本槍の人が、そのまま停年退職すると、間

もなく精神の徐行運転が始まる。これは間違いなく脳の廃用

性退縮、つまりボケにつながる。ひところ、「濡れ落ち葉」な

どと言われたタイプもこの手合いである。

喜々として取り組めることを自分で見つけられないから、こ

んなことになるのだが、仕事の一部みたいな遊びはこの際

アテにしないほうがよい。退職と同時に手頃なパートナーが

いなくなるのが一般的だからだ。「仕事と共に去りぬ」であ

る。


「ボケは早いもの勝ち」というタチの悪い冗談もあるように、

考えようによっては、ボケた当人はかえって幸せかも知れ

ない。なんせ、「老」も「死」も意識しなくて済んでしまうのだ。

そのかわり、家族は不幸のどん底を味わうことになる。


 ◆◇心の底から何も湧いて来るものがなければ、止むを

得ない。生き甲斐探しだの、自分探しだの、そんな慣れぬ

七面倒くさいことを、一夜漬けでこねくり回したところで、旨

い思案なんぞホイホイと出て来てくれはしない。

それよりは、使えそうなコネはピンからキリまで総動員し、

持ち合わせの手練手管も駆使して、とにかく出来るだけ長く

仕事を続けられるように画策するのが現実的な対応だ。

と言い切ってしまえば、いささか冷たく穏やかではないが

他に言いようがない。


(働き盛りの中年のケース)

◆◇高齢者に限った問題ではないところが要注意である。

四十歳前で一見バリバリ仕事をしている男女ビジネスマン

の脳に廃用性退縮が起きているという症例報告が増えて

いるそうである。働き盛りの現役の人達にどうしてそんな、

若ボケや若ガンコが起きるのか。


仕事の内容や性格、こなし方によっては、「バリバリ」と言っ

たところで、それは見かけだけで実際には繰り返しが殆ど

であったりして、脳味噌の機能はごく一部しか使っていない

というケースは少なくないのだ。

自ら考えて発信することのない人、今までのやり方を惰性で

繰り返す人、「先例がないから駄目」が口癖になっている人、

等々は有力な患者候補だろう。

会議に出ることが自分の仕事だと、勘違いしている部課長

も用心するに越したことがない。


 ◆◇総じて、創意工夫と改善改革、部長以上なら風土改

革を心掛けておれば、業績だけでなく、アタマの健康にも効

くから一石二鳥だ。そしてしっかり遊ぶことである。それも、

自分で積極的に企画し工夫して遊ぶのがいい。

仕事。それだけなら並の能力でも真面目にやれば出来る。

幸運にも並以上の能力を授かった人間なら、それだけでは

よく生きたことにはならない。料簡が狭過ぎるというものだ。


若い頃から、絵画や音楽、芸術にのめり込んでみよう。

汗を流してスポーツを楽しもう。禅や瞑想の世界も経験して

みるがよい。生の自然に親しむがよい。その延長線上には

生命があり宇宙がある。真理と感動が見つかるだろう。

感動できる心を大切に養うがよい。

脳の廃用性退縮にとっての最強の天敵は、感動であり感動

する心であることは疑いようがあるまい。


だが、このあたりまでやってくると、廃用性退縮の話など、

もはや些末なことのように思えてきた。

感動ある人生というのは極楽そのものに違いないからだ。


 ◆◇以上は、興に乗り感じたことを2年ほど前にメモって

おいたのを、このほど取りまとめてみたものだ。

今、これを持ち出す気にさせたのは、「若年性健忘症」を

取り上げたひと月ほど前のNHK國谷裕子の番組である。


 ◆◇感じたことをきっちり書き出してみることは、手間は

かかるが、それだけの価値はある。

何となく分かっている、出来ているつもりのことも、実はそ

うでもないと気付かされることが多い。今度も、この生身の

太郎丸が、もう一人の太郎丸からコンコンと言うて聞かせ

られることになった。

 ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

                              ⇒⇒⇒ 「葦の声」目次

 

005  停年ボケと若ボケ その2

◆◇大事なお客さんとの酒席で、たまたま西部劇の話になっ

た。当然、J.ウェインとG.クーパ は話題になる。

遡ること三十年、しばしお付き合いのほどを。

話はずんで「真昼の決闘」から他の決闘シーンに及んだ。

「ベラクルス」という映画のラストシーンの決闘、G.クーパと

対決する相手の名前がどうしても思い出せない。もちろん精

悍な顔と白い歯は早ようから瞼に浮かんでいる。


バートランカスターだ。

名作「OK牧場の決闘」でワイアットアープを演じた、この大

スターの名前がどうして出てこないのか。折角盛り上がった

雰囲気もこのままではさっぱりワヤですわ。

焦るとなお出てこない。トイレに立つ振りして友人に電話を

かけまくって確認、これでその場はなんとか切り抜けた。

近頃では、テレビに出ているひいきの役者の名前が思い出

せない。気になり出すと筋書きも何もあったものではない。

思い出そうとウンウン唸っている内にドラマは終わる、なんて

ことはしょっちゅうだ。

ド忘れしやすいタチに、いよいよ拍車がかかってきた。


 ◆◇「出てこない」と言えば、ここ十年ほど気にしているの

がワープロである。

この器械がパソコンと一体化された頃から、手書きする機会

は奪われる一方だ。

たまに、手紙など手書きしてみて愕然となる。

手指の動きがぎこちない上に、元からの悪筆に一段と輪を掛

けて、見るからに下手糞な字。文字は書く人の人生や人格を

表わすと言われるが、根も葉もない嘘だろう。決してそうは思

いたくない。


それよりも、簡単な漢字なのに書けないことがある。書けても

何回か書き直してやっとという体たらくである。

学生時代も社会人になってからも、日本語や漢字では人後

に落ちぬという自信があったから、ショックは小さくない。

勤め先でそのことが話題になったことがある。同年輩の者も

一回りほど若い者も、昔はスラスラ書けた漢字が書けなくな

ったと異口同音に言う。

犯人はワープロだということで一致した。この便利な器械を

使えば、漢字を「書く」ときも「読む」能力だけでOKだし、手

指の動きにしても、文字の形には全く関係のない、キータ

ッチという単純作業が求められるだけだからである。


 ◆◇ワープロより一足先が電卓だ。電卓には30年以上も

お世話になっているから、九九は覚えてはいるものの、暗算

能力はガタ落ちだ。ゴルフコース以外でしかその能力を使っ

てやらないのではそれも致し方あるまい。

これぞ「廃用性退縮」に間違いないと分かりつつ、世間全体

がそうだからと、例によって「まっ、いいか」で済ませてきた。

易きについて、流れに逆らうということを怠ってきたのだ。

ほんに「知識は役に立たぬ」ものである。


 ◆◇そんなときに、NHK国谷裕子の番組で「若年性健忘

症」を取り上げているのに出くわした。

毎日使っている山の手線に乗った営業マンが、切符を買う

ときは分かっていた目的の駅をどうしても思い出せない。

(不運にも、切符には発駅と料金しか印刷されていない)

昨日までこなしていた仕事の手順を突如思い出せなくなる。

それが連日繰り返し起こるから大変だ。当人はメモをとって

何とかしようとするが、同じメモがどんどん増えていって役に

立たなくなる。メモを取ったこと自体を忘れるというのである。



ボケ老人の話ではない。親指族、パソコン世代の普通の若

者達に増えている症状なのである。

アルツハイマー症の老人達に混じって、病院に通うこの手の

若者が、ここ10年ほどの間に数倍になっているとか。


 ◆◇検査の結果、アルツハイマー症などとは異なり、記憶

エリアの脳細胞は死滅しているわけではなく、記憶そのもの

も壊れてはいない。

脳のある場所(第46野という)に、記憶内容のインデックス

があるのだそうだ。これがうまく機能しなくなって、記憶内容

を引っぱり出せないと言う。 (コンピュータの記憶管理も

これと似たような仕組みになっている)


 ◆◇共通的な原因を探っていくと、幼児期を含めて毎日の

生活、社会生活のありようが浮かび上がってくる。

子供の頃から成人に至るまで、ただ情報を受け取る一方の

TVとパソコンどっぷりの生活、自主的な思考や積極的な行

動のない受身の生活、身体の全感覚機能(五官)を駆使す

るということがないヴァーチャル生活、等々がきわめて有力

な容疑者らしい。

治療方法は、他の人と直接対面での意見交換、新聞記事の

筆写、作文と手書き、などなど。

ふた昔前には日常生活の中で普通に営まれていたことが、

ぎょうぎょうしく治療法として採用され、効果も上がっている

というから二度びっくりである。


一連の症例は、個人差もあり誰にでも起こるわけではなか

ろう。なにもヒステリックに騒ぐことはない。

だが、ヴァーチャルな人工世界に溺れる成長期の子供は

今も増える一方だ。そこに潜む残酷な落し穴を予告する

警鐘として真剣に捉えねばなるまい。


 ◆◇その多くは自分には当てはまらなかったものの、「手

書き」の部分だけはどうにも気になる。

ペンで文字を書くというアクションとPCのキータッチという

アクションとでは、確かに大脳に与える影響は月とスッポン

ほどの差がある。

だが、今もなお、こうして性懲りもなくワープロを使っている

ではないか。よし、明日からはこう改めよう。

せめて、思いつきや下書きのメモについては、ボイスレコー

ダとワープロはやめだ。昔のように紙と鉛筆に戻すとしょう。

今年の暑中見舞いの宛名も手書きでいこう。


 ◆◇技術進歩によって生活はどんどん便利になる。その

結果、人間が遠く祖先から引き継いで持っている様々な能

力が退化しついには消滅していく。

仮に百歩譲って、肉体的なものならまだ許せるとしよう。

だが、精神的な能力が錆びついていくとしたら大ゴトである。

ひょっとすると、もう既に「こころ」にまで赤錆が出始めている

のではあるまいか。

    **********************************

実は、番組中での大学のセンセイの説明に物言いを付けた

くなるとこがおましたんや。

まっ、これ以上は立ち話もナンでんな。

ほんなら、「奥の間」の方へ通ってくれはりまっか。

バアさんが渋茶の一杯くらいは煎れてくれまっしゃろ。

間髪を入れず台所の方より声あり。

「バァさんて、誰のこっちゃ」

                       ⇒⇒⇒ 「奥の間」
 ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

 

006  王さんらしくなかったなぁ

◆◇太郎丸は王さんのファンである。尊敬してきた。

700本を超えるホームランを打ち、国民栄誉賞に輝いたり

したからだけではない。

長島さんも素晴らしいが、長島さんにはない、地味でクソ

真面目な努力家のイメージが気に入っている。

天才のイメージを内に押し込んでいる所が何ともいい。


早稲田実業時代の甲子園での活躍。

2年生の時は豪腕投手として、3年生のときはホームラン

打者として。下駄みたいな四角い顔の超弩級の高校生、

王貞治を今もはっきり瞼に描くことが出来る。

ジャイアンツの一軍に上がってからの大活躍は1億人が

知っている通りだ。紛れもなく、王さんは日本人の誇れる

スーパー・スポーツマンである。


しかし、9月30日の王監督は一体どうなっていたのか。

そこには、失望を通り越して絶望があった。

ダイエー対近鉄の試合でのフェアでない采配のことである。


◆◇この日は、ベルリンで高橋Qちゃんが、2時間20分を

切る女子マラソン世界最高記録で圧勝しました。

Qちゃんに対するドイツの陸連関係者の気の配りようは

並のものではなかったようだ。

彼女がその実力をギリギリまで発揮できるように随分と

配慮されていた。それは実況中継の画面からも伝わって

きた。

シアトルではイチロー選手が、90年間、誰も破れなかった

神話のような最多安打記録を更新した日でもある。

5万人を超えるアメリカの大観衆は、スタンディング・オべ

ーションでこの小柄な日本人の快挙を祝福した。


アメリカとヨーロッパで、同じ日に、小柄な日本人二人が

快挙を成し遂げた。

その国の人達に支えられ、心からの祝福を受けて。


◆◇奇しくも同じ日、福岡では、王選手の持つ年間55本の

ホームラン記録の更新に、あと1本と迫ったアメリカ人打者

がいた。

この打者に対して、王監督率いるチームは逃げの敬遠策で

記録更新を妨害してしまった。彼がその土俵にあがることを

拒否してしまったのだ。

優勝が決まってしまった後の消化試合でのこの敬遠作戦。

大記録を守るだけのための敬遠作戦。

これはフェアではない。許されるものではない。

日本人の「ケツの穴」の小ささを、恥ずかしげもなく、世界中

に見せつけてしまった。

配下のコーチに任せたと、逃げ口上の王監督に、「秘書の

やったこと」と、シラを切る議員のイメージをだぶらせるのは

太郎丸ひとりだけだろうか。


◆◇ここは何としても正々堂々と勝負してほしかった。

もし、それで打たれたなら、王選手の大記録は破られる。

それは残念なことに違いない。たしかに残念だ。

だが、正々堂々の勝負にでた王監督を、我々日本人は

永遠に誇りに思うことが出来たろう。その大記録は忘れ

られても、その名は永遠に語り継がれることになったろう。


◆◇王さん、魔がさしたのか。

事実は全く逆むきに展開してしまった。

2001年9月30日。 ベルリンの歓喜、シアトルの感動、

そして福岡の失望・・・。 口惜しい。  

 ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

 

 

007  マンション暮らしのワンコ その2
(その1からのつづき)

◇◆管理人のオジさんには、ちょっとしたお土産をあげたり、

通りがかりに一声かけたりして、日頃から印象を良くしてお

くことが大切だ。スネに傷持つ身としては努めてそうせねば

なるまい。だがこれが裏目に出ることもある。

前にも言ったように、その頃、博多では発砲事件もあった

ので、オジさんは玄関の出入りをまじめに監視していた。

マルの潜んでいる買い物篭をぶら下げている時は、玄関は

スッと通り抜けたいのが人情というものだ。

ところが、まさにその瞬間にオジさんから親しげに声がかか

るのだ。こんなことなら、声をかけづらい気むずかしい住人

を演出しておいた方がよかったにと、何度後悔したことか。

そうは言っても今さら路線変更など出来はしない。


一計を思いついた。

マルの散歩には二人揃って行くことにしたのだ。女房殿と

ペアで管理人室の前を通る。どちらかが二こと三こと言葉

をかわしている、その隙に他方が彼の潜んでいる買物篭

をぶら下げて外に出てしまうという寸法である。

いかにも大袈裟なはなしではある。成り行きとして、散歩は

週一くらいにペースダウンしてしまった。


◇◆外に出てからも誰に目撃されるか分からない。

マンション近辺では油断はできない。薬院から歩いて15分

鶴舞公園(大濠公園のすぐ隣)の裏口に着く。

やっと、そこでマルを篭から出してやるのだが、その頃に

なると、さすがの彼も泣きごとを言う。

「誰も見てへんて。もうエエやろ。もうタマランわ」

付き合いが長くなると、犬も飼い主に似て関西弁で話すよう

になるから面白い。


体重3キロのちいさいヤツだから公園の中では放してやる。

一週間分の鬱憤やらストレスやらを一気に発散させると、

どうなるか。彼は鉄砲玉に変身してしまうのだ。

走り回ってくたくたになるまでの3、40分間は日頃の躾など

糞くらえ、ゴーイングマイウェイそのものである。

飼い主の命令など完全無視。見失っては一大事、二人して

彼の後を追いかけて公園中を右往左往することになる。

「マル、マル、マルッ」

「こっちへおいで、マルッ」

「コラッ、マルッ」

「コラッ、マルッ、いつからそんなアホになったんや」

「マルッ、エエ加減にしときやッ」

「おっきい犬が来たがナ、そっち行ったらアカンて」

「マルッ、アカンちゅうてるやろッ」

「もう連れてこうヘンでッ」

博多のど真ん中の静かな公園で、二人してベタベタの関西

弁でワァワァやるハメに陥っておりました。

博多のみなさん、その節は毎度お騒がせ致しました。


◇◆ おしっことウンチの始末。

雨の日もあるし、都合の悪い日も多い。関所突破の問題も

あるので、散歩は毎日というわけにはいかない。

そうは言っても、生き物だからたまるモノはたまるし、出る

モノは出る。

こちらの機嫌のよさそうな頃合いを見計らって、じっと顔を

見上げて小さく「ウッ」という。

これがマルのオシッコと散歩の催促である。

まんまるい黒い眼を見つめて、「サンポ」「イコカ」「コウエン」

「オオホリ」「マイズル」のどれか一つを口にすると、彼は即

座に「散歩OK」と解釈する。

いそいそと買物篭のところまで行って、また一声「ウッ」。

マル最高にご機嫌さんである。

駄目なときは、「あかん」「ベランダ」と言うてベランダの戸を

開けてやる。


家主さんには申し訳ないが、ベランダでコトを済まさせた。

彼にとって「ベランダ」という言葉は愉快であろう筈がない。

「またかいな」と呟きながらブスッとした顔になった。

はじめはベランダに出してやっても、スンナリとはコトに及

ぼうとしなかった。いつまでも仏頂面をしてつっ立っている。

一旦、部屋に戻してまた出してやる。それを何回か繰り返

し、ようやくオシッコ。だが、それも折角敷いてやったゴム

シートと新聞紙をワザと外した。ワザとやっているのはもう

見え見えだ。

トイレ掃除の道具に「パックン」というのがある。詰まった

時に使うアレである。ふと思いついて、敷いた新聞紙の上

にそれを立ててやったら、その気になって一発で済ませて

くれるようになった。

ヤツにしても、こちとらの苦労は百も承知だから、この数日

のあいだ、落とし所を探っていたのに違いなかったのだ。


◇◆新聞紙でオシッコをきれいに吸収できるわけではない

から、水を流して丹念に掃除をする。両隣上下の住人に臭

いで感づかれてはならないのだ。

この点、ウンチの始末は思いのほか簡単である。

お尻を持ち上げるあの体勢に入って、半呼吸。ヨシッという

瞬間に、手のひらに広げたトイレットペーパをさっと差し出し

ダイレクトキャッチ。あとはトイレに流すだけ。

手際よくやれば床もどこも汚れはしない。

このワザは女房殿が編み出したものだ。

(この極意を会得してながら、テニスのローボレーが下手

なのはどうしたことだろう)

きっかけは舞鶴公園での散歩中。出てくるブツと地面との間

にサッと新聞紙をタイミングよく差し入れたのが始まりだ。

一度うまくいったのが病みつきになって、ワザに磨きをかけ

ダイレクト・キャッチ法にまで進化させたのだ。

これを見た通りがかりの人は、たいてい「ホホウ」と感心

したものである。

(目下、「伊東家の食卓」への応募を検討中です)


◇◆ 散歩の回数が減った分、運動不足とストレス解消の

ための室内ゲームが必要になった。

ゴムでできた亜鈴の形をしたペット用のオモチャがある。

握りこぶしくらいの大きさで、強く噛むと「ピィ」と音がでる。

これを放り投げて取り合いするのが「ピィピィ・キャッチ」だ。

「直線十米」と「座布団十枚」の2コースを開発した。

もちろん、そこいらのペットの飼い方の本などではお目には

かかれない。太郎丸特製オリジナルである。

始めて一ヶ月が過ぎる頃には、我々の見ていないところで

マルは秘かに練習するようになった。

このゲームに備えての自主トレであった。   (つづく)

 ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝

⇒⇒⇒ 「葦の声」目次   
 
  (太郎丸へのメール)