葦 の 声  03

     
11月12日 2002   
008  ぎっくり腰と使用上の注意

◆月曜の朝、布団から出ようとしたら腰が痛む。昼頃には

靴下をはくのに難儀するほどに痛くなった。

腰の周りのすべての筋がやたら痛いが、いわゆるぎっくり腰

というやつだろうか。原因はすぐに見当がついた。

土曜日にテニスのレッスンを二十年ぶりに受けたのだ。

我流をチェックしようという殊勝な思いつきからである。

テニスそのものはこの十年ほど週一か週二ペースでやって

いるから、滅多なことであとで体が痛むということはない。

◆ところがその日は、大きく三回ジャンプしてからストローク

するという目新しいメニューがあったのだ。若い連中は苦も

なくこなすが、こちらは重量オーバーのせいもあって、20セ

ットも繰り返した頃には腰のあたりに違和感を覚える。

あまり意味がありそうにもない練習方法だが、今日は我流

をチェックするためにきたのだからと、いつになく素直に指示

に従い三時間ほどのメニューを辛抱してこなした。

◆これが災いした。中高年の筋肉痛は一日遅れて来ると言

われているが嘘ではない。

日曜日はなんの異変もなかったのに、月曜になって症状が

出た。火曜の明け方はもう最高潮。寝返りがうてない。

寝返りのたびに激痛で目がさめる。

立ち上がるときには、いろいろ攻める角度をかえて痛みの

ご機嫌を伺い隙間を縫うようにして、じわ〜っと体を起こす。

◆歩くのは超スロー。そぞろ歩き。

もう一丁前の爺さまである。なにが大変かといえば断突で

トイレ。立ったり座ったりはまぁいい。用を足してから後の始

末がひと仕事になることが分かった。

ペーパを持った手が届かないのである。右からも左からも

届かない。センター狙いも駄目。 もうちょっとのところで

激痛がはしる。トイレシャワーはあるのだが、乾燥機能は

不自然だとして、はじめからつけていない。(言い訳がまし

いが断じてゼニをケチったわけではない) あれはこんな

時にこそ役立つのに、メーカーは一言も宣伝していない。

いつか教えてやろうとおもう。

◆いろいろトライしたあとで、ペーパをトイレの蓋の上に盛り

上げるように置いて、そこへ濡れた尻をおろすことにした。

トイレシャワーそのものがなかったらどうなったか。もう想像

するだに惨めだ。

トイレシャワーのないご家庭はもう数少なかろうが、まだなら

ぜひ設備されたがいい。もちろん、乾燥機能のあるヤツを

お奨めする。

◆腰が痛いと、熟睡できないし何処へも行けない。

その上、トイレではひと仕事しなければならない。

当然、表情も気分もさえない、晴れやかでない。健康は

失ってはじめて有り難みを実感することになる。空気や

水と同んなじだと、思い知らされたのはこれで何度目か。

こんなにひどい腰痛は生まれて初めてのことだ。口惜しい

が人並みに爺さまになってきたのかも知らん。

人は老いというものをこうやって少しづつ身につけていくと

いうことなのか・・・。

◆なんたって、長らく企業戦士やってたから、「成せば成る」

に始まって、「チャレンジ」や「ネバーギブアップ」に馴染んで

きた。「意志あるところに道通ず」だの「叩けよさらば開か

れん」だの、泥臭いところでは「一に辛抱、二に辛抱。三、

四がなくて五辛抱」なんてぇのもあった。

そういう文化に首までどっぷり浸かって、自ら生まれつき

そういうタイプがぴったりだと自認して生きてきた。今でも

その考え方は間違いではないと思っている。

(星野タイガースを見よ。「ネバーギブアップ」の強化版
「ネバネバネバサレンダー」でともかく首位に立っている)

◆「考え方」が間違っていないからといっても、実際には

「使用上の注意事項」がイロイロあるのは当たり前だ。

馬齢を重ねてついに還暦を過ぎ、注意事項がやたら増え

てきたようだ。少しは自重せにゃなるまいて。

                    (2002年5月 太郎丸)

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009  老人Aのこと

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◆知り合いに囲碁がめっぽう強い老人がいる。

太郎丸の腕では二、三子置いてもめったに勝てない。

浄土宗のそれなりのお寺の生まれだが、親の期待を裏切り僧侶にはならなかった。

若いころ、仏教を堕落させたのは世襲制度だとの思いが強かったかららしい。

大学院で東洋思想を専攻研究したのち、高校教師を振り出しに教壇生活一筋。十年ほど前、私学の哲学科講師を最後に引退されたと聞いている。

齢、八十にもう間がないが、背筋が真っ直ぐで血色もよく声に張りがあるから七十代前半にしか見えない。
仮に名前をAさん(老人A)としておこう。

◆学識経験が通り一遍のものではないから、老人Aから教えられるのは囲碁だけではない。

それよりも、ひとたび興が乗ってくると、手あかのついた常識の枠を大きく越えた別の視角が鋭く働きだすところがすごい。太郎丸にとっては、なんとも魅力のある存在なのである。

◆二局ばかり打ったあとは、何やかやと話し込むことになるのがいつものパターン。話し込むといっても、もともと学識や発想に隔たりがある相手だから、成り行きとしてお話拝聴になることが少なくない。

そのときの話題にもよるが、囲碁と同じで二子や三子置かせても難なく渡り合えるし、コッチもそこそこそれなりに歯ごたえがある方だから、この老人にとっては、頭の体操に丁度もってこいのパートナーだと気に入られているのだろう。 太郎丸の長居はいつも歓迎されるのである。

弟子の側からしても、話しが弾むほどに教えられたり考えるヒントを貰ったりすることは毎度のことだ。
その発想があまりに超世間的であるために、当惑させられる場合も少なからずある。が、老人Aは滅多に出会えない素晴らしい人生の先達には違いないようだ。

◆すべてというわけではないが、話しの要点をメモっておいたものがあるので、それを元に老人Aとの対話をこれから追々に再現していこうと考えている。

    (2002年7月末  晴嵐太郎丸)

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010  老人Aとの対話 
第1話 その1
「勝負にこころを奪われるな」

・・・老人Aとの囲碁を終えたあとで・・・

【太郎丸】ウ〜ん。今日も勝てんかったなぁ。

【老人A】なんでも思い通りにはならんわいナ。

今日のお前さんは、いい手が何カ所も出てたし手応えがあったな。気合いも良かったしな。ワシが普段より冴えていたから勝てんかっただけのこっちゃ。

【太郎丸】確かに筋がよく見えて、自分でもなか

なかの手が出ていたと思うのですが、それをことごとく上回る妙手を打たれたので参りました。

【老人A】今日のような調子でこられると、ワシ

もこころして受けにゃぁならんわい。

【太郎丸】好い手が出ても結果が伴わないことに

はねぇ・・・。

【老人A】フム。何ごとによらず、勝ち負けは大

事ではあるよ。だがな、それにこころを奪われてはいかん。特に人生の後半部分ではな。

【太郎丸】まさか・・・。結果よりプロセスだ
などと、青臭いことを言われる筈はないし、、、
そいつは好結果が出ないビジネスマンを励ますための常套句ですもんね。むかし、よく口にしましたよ。その実、本音ではやっぱり勝たなあかん、勝たなハナシにならんと思っていました。    プロ、ビジネスは勝ってナンボですからね。

プロセスが大切というのも次の「勝ち」をにらんでのことで、詰まるやっぱり勝たなあかん。

【老人A】さすが、歴戦のツワモノよな。それは
それでちっとも間違ってはおらん。
生存競争で生き残るためには勝たねばならん。

キミもようけ黒星を喰らったはずやが、それ以上に白星をかせいだから、今ここで悠々と愉快なひとときを楽しんでいるんだわな。

【太郎丸】でしょう。・・・にもかかわらず「勝負にこころを奪われてはいかん」とは、コレ如何に。
なんとも難解。「勝とうと思うな、勝てると思え。それが勝つ極意じゃ」てな、ハナシやないでしょうし・・・。

【老人A】人間、この世に何のために生まれてき

たのか、ワシもよう分からん。人生の目的などといっても、考えれば考えるほど分からん。

だいたいやネ、人生つまり人類の生存の目的があったとしよう。そんなら、有史以降でも5千年以上経つんじゃから、ボチボチその目的は達成されてもエエはずじゃ。 が、そういうハナシは一向に聞こえてこん。

【太郎丸】え〜、ハナシがかなり飛躍したような
んですが・・・。

【老人A】分かっとるワイ。 人生の目的はさておき、生まれてきた以上は生きねばならん。  誰でも必死で生き延びようとするわな。そして生きる以上は幸せになりたいだろう。

【太郎丸】その「幸せ」とはなんぞやが、これま
た難解。ま、それも横に置いといて・・・。

【老人A】そう先回りするな。
生きるためには、最低限、生命を維持するための活動がいる。                 個体としても系(種族)としても生命維持は至上命令じゃ。そこに生存競争が発生し弱肉強食がお
こる。 

生存競争は個体間にも系と系の間にもある。
系にせよ個体にせよ、勝ったヤツが生きるための食い物や好環境、つまり戦利品を得る。    敗者にあるのは死であり滅亡じゃ。

 ついでやが、個体としては強者でもその個体が属する系が強者とは限らんわな。ゴキブリやネズミは個体としては弱者でも系としては強者かも知れん。

じゃから、どんな生物にも、系全体としても個体としても生まれながらにして闘争機能、本能が備わっておるというのは自然の摂理やわな。

生き残るため、生命維持のためにはそれがどうしてもいるんじゃ。人間、人類もそこはなんも変わらんわな。

【太郎丸】ナルホド、ナルホド。異論は全然あり
ませんよ。
 

このごろの小学校、運動会なんかでは一着とか二着とか順位をつけないようにしているとか、聞いたことがありますが、疑問を感じますねぇ。

子供がやたら好戦的に育つのも困りものですが、端から勝負を怖がる意気地なし人間に育ってしまうのではないかと心配になりますよ。

勝つことの難しさや大切さは、実際に競争しなければ身に染みて分かるわけはないし・・・。

それに敗者へのいたわりの気持ちだって、競争そのものを避けて通れば、育てるための教育機会を失うことになります。

【老人A】その、学校教育の場とか実業の場の、いわば、実用論はしばらく横へ置くとしよう。

今しばし、もすこし高い立場から人間を俯瞰してみれば、、、

【太郎丸】そうでした。「勝負にこころを奪われてはいかん」に迫らねば・・・。


           (その2へ続く)

   (2002年7月末  晴嵐太郎丸)

 

011  老人Aとの対話 
第1話 その2
「神様は退屈が嫌いか」

 ◇◇ 人間の欲望は核エネルギー

【老人A】闘争本能や生理的欲求は、生きるための最

低レベルの基本機能やから、人間も他の動物も生まれ

たときから同じように持っておる。

人間には他の動物では未発達の理性というか、精神が

あるわな。素晴らしい文明を創り上げたのも、戦争で

ぶっ壊すのもそいつの働らきだ。絵や小説など創作活

動も経済活動も、汚職で「世間をお騒がせする」のも

理性のなせるワザだ。

【太郎丸】汚職が理性のなせるワザとは・・・。 

【老人A】一般通念では、理性は善のイメージが強い

言葉やから感覚的に受け入れにくいかな。他の生物と

人間を区別するものは理性のあるなしだろ。犬や猫な

ら汚職はせんわナ。

ややこしければ、理性を精神(活動)と読み換えると抵

抗なかろう。それに「理性」には煩瑣な哲学的な論議

がからむから「精神」でいった方が一般には通りがよ

くて無難だな。

【太郎丸】精神の働きこそ、人間を人間たらしめてい

る。まさに人間の専売特許。

【老人A】ライオンなら満腹すればそれ以上の狩りは

せんが、人間は腹一杯になったあとでも、まだ狩りや

殺戮を続けることがあるじゃろ。それが例えば、富な

ら富をもたらすなら、人間はやるんだ。

これは生理的欲求ではない、精神的な欲望だ。

動物の欲望には際限があるのに人間の欲望には際限が

ない。その差は精神活動のあるなしから来ている。

精神活動が人間の欲望を際限のないものにしてしまう

んだ。

【太郎丸】際限のない精神的欲望が必ずしも悪とは限

らんでしょうに・・・。 

【老人A】そりゃそうだよ。精神的欲望は文明や文化

を創り上げるエンジンさ。と同時に人や人類を不幸に

する凶器、爆弾になるのも事実だ。ま、核エネルギー

みたいなものだな。

プラスの推進力として働くかと思えば、マイナス方向

にも働く。どちらも際限なくだ。

 ◇◇ 中途半端で不完全な動物

【太郎丸】生理的な欲求だけなら限りがある。つまり

胃袋には満腹がある。しかし精神に満腹はない。

元システム屋の眼で観ると、精神はハードウェア的な

存在ではないから、自分で気が付いてここまで来たら

「満腹」だよというラインをプログラムを組んでしっ

かり設定しない限りどこまで行っても満腹しない。

しかもそのプログラムに不備があったりすると、見た

目は満腹した感じでも、腹の底では納得していなかっ

たりして・・・。そんな風に見えますね。

【老人A】その通りだな。神様は人間という動物を中

途半端で不完全な形に、いやソフトな形に作られた。

他の動物達のように完結した形では、神様自身が面白

くなかったのだろう。観客席に座っていても退屈して

しまうと思われたに違いない。

【太郎丸】神様が退屈するんですかねぇ。

【老人A】そりゃするわな。ネズミやライオンみた

いなものばかりだったら1年で退屈する。そこへい

くと、人間なら千年でも2千年でも、見ていて飽き

んな。実に面白い。うまいもんを作ったものよな。

よくもまぁこんなにうまく不完全な動物を思いつか

れたものだ。その不完全さが次々に悪を産み出すか

ら観客席は退屈しなくてすむ。さすが神様だ。

【太郎丸】ン?

【老人A】フム、善玉ばかりじゃ面白くなかろうが。

世の中、お釈迦様みたいな人ばっかりだったら、神様

でなくとも退屈しちまうよ。新聞屋も書くことがなく

て困るだろうよ。

【太郎丸】・・・。

 ◇◇ 悪がなければ善も存在しない

【老人A】キミがひいきにしとる水戸黄門にしろ桃太

郎侍にしろ、悪藩主や悪家老がいなけりゃ面白くない

だろう。悪玉がいるから面白いんだ。そのお陰で善玉

が引き立つんだよ。だいたいだな、悪と比べて始めて

善が善であると分かるんだろ。悪によって善が成り立

つんだ。悪のないところに善は存在し得ない。

つまり、善と悪は「不二」というわけだ。

【太郎丸】皮肉たっぷり。それにしても「不二」など

というのはちょっと疲れるな・・・。

【老人A】善と悪は同じ(一)ではないが全くの別物

(二)でもない。二者あい関連して全体一をなす、こ

れすなわち「不二」。先で「空」に通じているのだ。

【太郎丸】男と女、白と黒、富と貧、みんな「不二」

か。もう少しで法華経か般若経が出て来そうだな。

「空」については、「空しい」とか「無」とゴッチャ

にされ勝ちだが、実は全く別物なのだと聴いたことが

あります。が、その中身についてはさっぱり。

色即是空、空即是色、空亦空、・・・。「空」だらけ

ですが本当の意味が分かるにはまだまだ・・・。

【老人A】しかし、面白いだろ。

【太郎丸】面白いけど、何のはなしをしていたんだっ

たかなぁ。

 ◇◇ 快楽と欲望の二人三脚

【老人A】そうそう。

もともと、生理的な欲求が満たされると快感が得られ

る。欲求と快感が対になって生命を維持していくよう

に人間を含めたすべての動物は設計されている。

そのうえに人間の精神活動は展開されるのだ。生命維

持などというベーシックな目的を遙かに超えてな。そ

いつは一旦どこかへいっちまうんだ。

快感はしっかり記憶に残こされ、快楽という複雑な形

に成長する。それと対になって際限のない欲望が育っ

ていく。快楽と欲望が二人三脚で、もっと、もっとと

かけ声を掛け合って拡大再生産されるんだ。

神様は退屈するのが嫌いだから、人間にこういう機能

を付け加えたのさ。
               (その3に続く)

      (2002年8月末  晴嵐 太郎丸)

 

012  老人Aとの対話 
第1話 その3
出しゃばる闘争システム

 ◇◇ 強者が勝ち残る


【太郎丸】快楽と欲望の二人三脚。

果てしなく「もっと、もっと」か・・・。そこへ勝負、

競争、闘争が絡んで来て最終的には「煩悩」に集約さ

れるというわけですな。

【老人A】そう先を急ぐなよ。観念的な言葉の羅列に

なるとこんがらがって、見えるものも見えんようにな

る。 何かを獲得したいというのが欲望だろ。その欲

望を満たすことで快楽が得られる。その過程で他人と

の競争が発生する。勝利への欲望が生まれる。闘争力

も大きくなる。

もちろん「自分との闘い」などというときの「闘い」

は意味が違うよ。あれは受け狙いの表現でな、葛藤

の意味なんだな。

他の動物と同じで、人間も生命維持のために闘って

勝とうとする。強者は勝ち残り、弱者は滅びる仕掛け

になっておる。自然淘汰だな。

働いて生活の糧を得るということも、原点にさかのぼ

って冷静に観察すればそういうことだわな。

【太郎丸】冷たいですね。人間には闘争を避ける「共

存共栄」という知恵がありますよ。

【老人A】全員が仲良しで、みんなで分けて食っても

飢え死にしないだけの分量の肉があるとか、好条件に

恵まれたときには成り立つこともあるな。

これも人間の精神活動の産物のなせるワザなんだが、

生物としての人間の本性が変わったわけではないから

むしろ一時的なものだ。条件が崩れれば、いつでも闘

争機能がニョキッと顔を出すわな。

断っておくが、人間のあるべき姿を言っておるのでは

ないぞ。わしゃ、冷たい人間ではないからな。

【太郎丸】分かってますよ。神様の作品の中途半端さ

を冷静に観察しておるんだと言われたいんでしょう。

 ◇◇ 黙って鞘に納まってくれない 

【老人A】フム。

もともと闘争機能は生存競争のためのものだから、生

命維持のために発揮されれば、それでお役目はほぼ完

了した筈なんだ。

【太郎丸】ところが、そう都合よく黙って鞘に納まっ

てはくれない。

【老人A】そうなんだ。

生命維持のための欲求の対象といえば、食物、水、安

全な住まい、次の世代へ生命をつなぐための異性とい

った基本的なもの、いわば生理的なものだ。

精神が活発に活動して、欲望の対象は次第にエスカレ

ートしてややこしくなってくる。

カネ、経済力、権力、地位、美、愛、名誉名声・・・

どれも生きている内に見つけた快楽のモトであり欲望

の対象だ。ほとんどの場合、他人に勝たねば獲得でき

んから競争とか闘争がついてまわることになるわな。

そこへ闘って勝つということ自体に対する欲望も次々

に目覚めてくる。

【太郎丸】ん、そうですね。始めは勝ち取った何か、

食物なら食物によって得られる快楽を追求していたは

ずですが、勝つこと自体も独立した快楽になるわけで

すね。闘争の自己目的化かな。

【老人A】面白いのは名誉だな。

喉から手が出るほど欲しいのに、欲しくないような顔

をして腹の底では苛々しているなんてぇのは、いかに

も人間くさいな。

わりと欲のない方に属するワシにもそういう時期があ

ったな。神様は悪戯がお好きだよ。

【太郎丸】退屈されてるんですよ。

【老人A】追い求める目先の対象ブツは変わっても、

結局、人間は快楽を追求していることになる。快楽が

あるからソレを得ようとする。闘争も辞さない。

【太郎丸】快楽をセットすることによって、生命が維

持出来るように仕組まれた神様はやっぱり知恵者です

ね。人間が後から見つけた大部分の快楽のほうも、退

屈嫌いで悪戯好きの神様の計算に入っていたのかな。

【老人A】たぶん計画的犯行だろうよ。

ともかく、人間は手に入れた快楽にはすぐに慣れてし

まって、空気や水とおなじで、在って当たり前と錯覚

して満足できんようになる。その有難みをまともに顧

みようとせん。

【太郎丸】・・・。

【老人A】人間の場合は勝負や闘争も複雑じゃな。勝

つための戦略や戦術、勝つ極意、精神力・・・等々が

自然に磨き上げられて「闘争システム」とでもいうよ

うなものに仕上がっていくんだ。勝利の快楽や敗北の

危機感とともに深く定着していくんだな。

もともと生き延びるために必要だからそうなったんだ

が、そのシステムが肥大しちまって何処へでも大きい

顔をして出しゃばるようになっちまう。

最期までそいつに大きい顔をされたまま、あの世に行

く人も少なくなかろう。

 ◇◇ 重い荷物、煩悩

【太郎丸】神様の顔を立てた言い方をしましょうか。

神様は人間にだけ理性とか精神を与えられた。

それでは他とのバランスがとれず不公平だから、引き

かえに人間には重い荷物を背負わされた。

和風に言えば「業」ってやつですかね。それがつまり

果てしない欲望。闘争。なんやかんや引っくるめて煩

悩・・・。

【老人A】オヌシ、「煩悩」が好きじゃのう。

【太郎丸】ハッハッ。犬やライオンの煩悩というのは

聞いたことがありませんからね。

【老人A】わしゃ、前世で犬やライオンであった記憶

がないんで断言しかねるが、かれらにも喜怒哀楽の感

情はある・・・だろ。それにしても煩悩はないだろう

な。ハッハッハ。

               (その4に続く)

      (2002年10月末 晴嵐 太郎丸)

 

013  老人Aとの対話 
第1話 その4
「好きが一番」

 ◇◇ ただの人間

【太郎丸】ところで、定年後も大学で仕事をされてい

ましたね。

【老人A】あぁ、ワシは好きで延長戦を6年ほどやっ

たんだ。が、あるとき感ずるところあってやめた。

「生涯現役」という言葉を耳にすることがあるが、そ

の意気やよしだ。自分自身その仕事が好きで楽しめて、

周囲からも本当に歓迎される限りは非常に結構なこと

じゃな。

【太郎丸】エエ。

【老人A】じゃが、そうでない場合はいささかうっと

おしいのう。

なんとなく惰性で延長戦に入る、つまり、手にした自

由な時間をもて余してどう使うたらええのか分からん

ので・・・てなことやと口惜しいわな。それやったら

生涯現役もなんもあったもんやないわな。

【太郎丸】経済的事情でやむなく入る延長戦もありま

すよ。

【老人A】生活維持の問題だな。生存競争のカテゴリ

で精神的なテーマから外れるので、今は脇に置いてお

こう。

【太郎丸】生存競争に没頭して、脇目もふらず走り続

けてきた人が、ある日、走るのをやめるとどうなりま

すかね。経済的には心配がなくとも、「不安」を感じ

る人は多いのではないのかな。わけの分からない漠然

とした不安をね。

【老人A】そりゃ多かろ。

【太郎丸】大企業では「定年後の生き甲斐探し」なん

て講習会をやるところがあるくらいですからね。

そこまで会社頼みというのは、それこそ、いかがなも

のか、と思いますが・・・。

【老人A】仕事人間や会社人間から「ただの人間」に

なるということは、ま、浦島太郎みたいなもんだな。

「ただの人間」になるのは不安というより怖いという

方に近いかもしれんのう。

じゃから、さっき言うたように、自分が本当にその仕

事が好きで楽しんでやれて、周囲からもそれを歓迎さ

れるということは非常に幸福なことなんだ。

【太郎丸】そういうケースはそれほど多くはないので

はないかなぁ。

 ◇◇ 多忙が救いになる?

【老人A】世の中、思い通りにはいかんからのう。

必ずしも幸せではない延長戦をたくさんの人がやって

るだろな。まっ、延長戦やってるととりあえず、いろ

んな意味で格好はつくんでな・・・。

【太郎丸】いろんな?

【老人A】忙しく立ち回っておれば、世間や身内に対

しては頑張っているよとアッピールできるし、自分自

身に対しても申し開きが出来るだろ。なにしろ、日本

人には「多忙は美徳」という思い込みがあるからな。

【太郎丸】忙しさへの逃避かな・・・。とにかく何か

で自分を忙しくしてしまえば、気がまぎれますからね。

【老人A】そううまくも行かないんだ。なんやかやと

忙しく立ち回っている昼間はまぁいい。

ところが、たいてい夜中に目が醒めてアレやコレやと

心が騒ぐんだな。

【太郎丸】そうか。根がまじめ人間だと「これでよい

のか」「自分の人生とは何なのか」などと・・・。

【老人A】そうなんだ。

 ◇◇ 好きなら苦しくない

【太郎丸】近ごろ、ボランテァ活動も盛んになってき

ていますが。

【老人A】それだって、やるなら芯から好きで楽しめ

るということが肝腎だな。

「世のため人のため」というのは立派なんだが、それ

だけでは普通の人間は肩に力が入って疲れる。その前

に「それが好き」というのが来ると長続きするんだ。

それが本当に好きなことなら、傍目には苦しいことで

も、本人は結構楽しんでやっているもんだろ。

【太郎丸】確かにそうですね。イチローがバッティン

グ練習を、高橋Qちゃんが走るのを苦しいとは感じて

はいないでしょう。「苦」をも楽しんでいるから、あ

れだけの結果が出せるんでしょうね。

【老人A】彼らがそれを楽しいと感じられなくなった

ら引退の潮時だな。

ところで、延長戦のばあい自分が好きで楽しめるとい

うことに加えて、後進の邪魔をする身勝手な居座りで

ないということも大事なことなんだ。

ワシのばあい、もう少し続けたかったのだが、何かの

折りに後進の機会を奪っていることに気がついて潔く

引退したよ。

【太郎丸】よく九十才までナニナニ会長を勤めたとか

聞くことがありますが、素直に拍手できないケースも

ありますね。

【老人A】独裁者タイプによくあるな。独裁体制だと

側近はイエスマンで固められているし、誰も反対でき

んからな。それを周りが喜んで歓迎してるなどと思い

違いをするんだ。甘えと独りよがりの生涯現役や延長

戦は老害もいいところ、本当にハタ迷惑なんだよ。

 ◇◇ 宗教と哲学の貧しさ

【老人A】「ただの人間不安症候群」による延長戦と

いうヤツも、勿論いただけん。ん、わびしいしな。

【太郎丸】そいつは、ワァァとただ走ってきただけと

いう・・・、この時代に生きてきた数世代の共通問題

のように思われるのですが・・・。

【老人A】つまり、元をただせば宗教と哲学の貧しさ

じゃな。これがしっかりせんから倫理道徳の軸もぐら

ぐらじゃ。

ヨソもそうだが特にこの国はひどい。日本人は伝統文

化をなんでもかんでもゴミのように簡単に捨て過ぎる

悪い癖があるんでな。

敗戦直後の危機状態にも等しいとの指摘がある一方で、

それが全く分かっておらん大人が多いのが問題じゃ。

 ◇◇ カラスの勝手でしょ

【太郎丸】え〜、日本民族の問題からハナシを元にも

どしますが・・・、仕事と無縁になっても闘争心の旺

盛な人はいますね。

【老人A】そうだな。生々しい生存競争からはとうの

昔に足を洗ったのに、闘争システムが元気すぎる人と

いうのは結構おられるんだ。

ボランティア活動とか趣味芸ゴトの場でもこの手合い

が割といるんだな、うん・・・。

もちろん、かつてそのシステムが要所要所で立派に働

いてくれたからこそ、命長らえて今も生活ができてい

るのは事実だよ。

その一方で、そいつのセイで計り知れんものが失われ、

人生が貧しくなっちまうということも多いんだ。

だから、時にはそいつを休ませることも必要なんだよ。

そういうフェイズがなければならんのだ。

【太郎丸】・・・。

【老人A】ま、そんなことを言うたところで、人それ

ぞれの人生や。へたに誰彼に話しても「カラスの勝手

でしょ」となるんがオチじゃ。

お前さんとはウマが合うので無駄にはならんやろと思

うて話しておるがな。

【太郎丸】人を見て法を説けですか。それは光栄です。

               
(その5に続く)

      (2002年11月12日  晴嵐 太郎丸)

 

014  老人Aとの対話 
第1話 その5
「50点どまりの人生」

 ◇◇ 役に立たんもの

【老人A】人間は「楽しむ」こころが働いておらにゃ

いかん。そうでないと、ほんまに美しいものや素晴ら

しいものが見えてこん。

すばらしいご馳走に醤油をぶっかけてガツガツ平らげ

たのでは味も雰囲気もあったもんやないわな。

【太郎丸】素晴らしいものでも、自分の目的達成に役

立たないものは自然にぼやけてしまうようですね。

【老人A】ん、働き盛りは特にそうだな。生存競争は

厳然としたものだし目的に向かって全力投球せにゃな

らんからのう。自分の役に立たんものに気がいかんの

も無理はない。だが、そのレベルで止まったままご臨

終では、五十点どまりの人生じゃな。

【太郎丸】・・・。

【老人A】商売をバリバリやっていた頃は、仕事の役

に立たんものには、ほとんど関わらなかったろう。

読みものにしても付き合いにしても、なんでも、役に

立つかどうかが先に立った筈じゃ。

【太郎丸】関わっても心ここにあらず。

これでは人間が小さくなるのではと思いつつも、結局

は中途半端。眼をそらしていましたね。

【老人A】そういう風に自分の心を意識して観察して

おったのはナカナカのもんよ。気もつかず疑うことも

なく走りまくるのが圧倒的に多いからな。

【太郎丸】・・・。

 ◇◇ 目の前の見えてこない世界

【老人A】そのバリバリの頃にだな、いつもお世話に

なっているお客さんの社長が事故で突然亡くなったと

しょう。通夜や葬儀にはすっ飛んでいくだろ。

【太郎丸】そりゃそうですよ。

【老人A】すっ飛んでいくお前さんの心に去来するモ

ノは何かな。

【太郎丸】きびしい突っ込みですね。

正直言いますと、その後のビジネスの進め方やなんか

が大きい問題ですからね・・・。

【老人A】懸案の稟議のこととか、アンチの後継者へ

の対策とか・・・。本社筋への報告の仕方とか、葬儀

には社長を引っ張り出さねばとか・・・。これからの

商売への影響、戦略、儀礼、見栄、そういうことで頭

は一杯になるわな。

「死」は厳粛なもんだよ。「生」より遙かに人間や人

生を見つめ直させられる大事件だよ。だが、お世話に

なった人の死を前にしても、「死」そのものなんぞに

お前さんの心は大して反応せんのじゃ。

【太郎丸】・・・。

【老人A】イヤ、せめておるんではない。勝たねばな

らん仕事やっておればそれが普通じゃ。そこでイチイ

チ哲学的思索にふけられてはビジネスは廻らんわな。

【太郎丸】・・・。

【老人A】ただ、そういう心状態の人間には、目の前

にデーンと在りながら、全然感じとれない見えてこな

い、何ものかがあるんだと言いたいのだ。

その中に、生き残りという至上命令と同じくらい、人

間にとっては珠玉も仰山あったはずなんだよな。

【太郎丸】それと気づかず玉を踏んづけて歩いていた

りして・・・。

 ◇◇ 見かけは別の生き方だが

【老人A】今もってそうかも知れんわな。

程度の差はあれ、闘争のシステムは誰でも体中に染み

ついておるし、長らく競争社会でバリバリやってくる

と、その慣性は大きく残っていることが多かろ。

見かけは別の生き方をして悠々自適とか言うておって

も、その実、ついつい、心はそれまでの慣性に引っ張

られっぱなしというのは多いのでなかろかな。

【太郎丸】あり得るなぁ。

【老人A】それで、相変わらずそれと気づかずに、玉

を踏んづけて歩いてたりするんだ。

人生の残り三割とか四分の一くらいの期間を「林住期」

と呼ぶことがあるんだがな。その頃になると、その時

々のイベントに興奮したり面白がったりしても、その

場限りの退屈しのぎに終わっちまって、すぐに何かし

ら物足りなさが襲ってくるんだな。

もちろん、十人十色、ナンも感じないお人もおられる

が、それはそれでまた別枠じゃ。

【太郎丸】ふ〜む。

【老人A】人によっては、その正体が分からないまま

次々と退屈しのぎのイベントを追っかけることになっ

たりする。目の前に仰山ある玉に、いつまでも気がつ

かないとそういうことにもなるんだな。

【太郎丸】なるほど。よく分かりますよ。


               
(その6に続く)

      (2002年11月12日  晴嵐 太郎丸)

 

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  (太郎丸へのメール)