| 葦 の 声 03 |
| 008 ぎっくり腰と使用上の注意 |
◆月曜の朝、布団から出ようとしたら腰が痛む。昼頃には 靴下をはくのに難儀するほどに痛くなった。 腰の周りのすべての筋がやたら痛いが、いわゆるぎっくり腰 というやつだろうか。原因はすぐに見当がついた。 土曜日にテニスのレッスンを二十年ぶりに受けたのだ。 我流をチェックしようという殊勝な思いつきからである。 テニスそのものはこの十年ほど週一か週二ペースでやって いるから、滅多なことであとで体が痛むということはない。 ◆ところがその日は、大きく三回ジャンプしてからストローク するという目新しいメニューがあったのだ。若い連中は苦も なくこなすが、こちらは重量オーバーのせいもあって、20セ ットも繰り返した頃には腰のあたりに違和感を覚える。 あまり意味がありそうにもない練習方法だが、今日は我流 をチェックするためにきたのだからと、いつになく素直に指示 に従い三時間ほどのメニューを辛抱してこなした。 ◆これが災いした。中高年の筋肉痛は一日遅れて来ると言 われているが嘘ではない。 日曜日はなんの異変もなかったのに、月曜になって症状が 出た。火曜の明け方はもう最高潮。寝返りがうてない。 寝返りのたびに激痛で目がさめる。 立ち上がるときには、いろいろ攻める角度をかえて痛みの ご機嫌を伺い隙間を縫うようにして、じわ〜っと体を起こす。 ◆歩くのは超スロー。そぞろ歩き。 もう一丁前の爺さまである。なにが大変かといえば断突で トイレ。立ったり座ったりはまぁいい。用を足してから後の始 末がひと仕事になることが分かった。 ペーパを持った手が届かないのである。右からも左からも 届かない。センター狙いも駄目。 もうちょっとのところで 激痛がはしる。トイレシャワーはあるのだが、乾燥機能は 不自然だとして、はじめからつけていない。(言い訳がまし いが断じてゼニをケチったわけではない) あれはこんな 時にこそ役立つのに、メーカーは一言も宣伝していない。 いつか教えてやろうとおもう。 ◆いろいろトライしたあとで、ペーパをトイレの蓋の上に盛り 上げるように置いて、そこへ濡れた尻をおろすことにした。 トイレシャワーそのものがなかったらどうなったか。もう想像 するだに惨めだ。 トイレシャワーのないご家庭はもう数少なかろうが、まだなら ぜひ設備されたがいい。もちろん、乾燥機能のあるヤツを お奨めする。 ◆腰が痛いと、熟睡できないし何処へも行けない。 その上、トイレではひと仕事しなければならない。 当然、表情も気分もさえない、晴れやかでない。健康は 失ってはじめて有り難みを実感することになる。空気や 水と同んなじだと、思い知らされたのはこれで何度目か。 こんなにひどい腰痛は生まれて初めてのことだ。口惜しい が人並みに爺さまになってきたのかも知らん。 人は老いというものをこうやって少しづつ身につけていくと いうことなのか・・・。 ◆なんたって、長らく企業戦士やってたから、「成せば成る」 に始まって、「チャレンジ」や「ネバーギブアップ」に馴染んで きた。「意志あるところに道通ず」だの「叩けよさらば開か れん」だの、泥臭いところでは「一に辛抱、二に辛抱。三、 四がなくて五辛抱」なんてぇのもあった。 そういう文化に首までどっぷり浸かって、自ら生まれつき そういうタイプがぴったりだと自認して生きてきた。今でも その考え方は間違いではないと思っている。 ◆「考え方」が間違っていないからといっても、実際には 「使用上の注意事項」がイロイロあるのは当たり前だ。 馬齢を重ねてついに還暦を過ぎ、注意事項がやたら増え てきたようだ。少しは自重せにゃなるまいて。 (2002年5月 太郎丸) ∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝ |
| 009 老人Aのこと |
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ◆知り合いに囲碁がめっぽう強い老人がいる。 太郎丸の腕では二、三子置いてもめったに勝てない。 浄土宗のそれなりのお寺の生まれだが、親の期待を裏切り僧侶にはならなかった。
若いころ、仏教を堕落させたのは世襲制度だとの思いが強かったかららしい。 |
010 老人Aとの対話
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・・・老人Aとの囲碁を終えたあとで・・・ 【太郎丸】ウ〜ん。今日も勝てんかったなぁ。 【老人A】なんでも思い通りにはならんわいナ。 今日のお前さんは、いい手が何カ所も出てたし手応えがあったな。気合いも良かったしな。ワシが普段より冴えていたから勝てんかっただけのこっちゃ。 【太郎丸】確かに筋がよく見えて、自分でもなか なかの手が出ていたと思うのですが、それをことごとく上回る妙手を打たれたので参りました。 【老人A】今日のような調子でこられると、ワシ もこころして受けにゃぁならんわい。 【太郎丸】好い手が出ても結果が伴わないことに はねぇ・・・。 【老人A】フム。何ごとによらず、勝ち負けは大 事ではあるよ。だがな、それにこころを奪われてはいかん。特に人生の後半部分ではな。 【太郎丸】まさか・・・。結果よりプロセスだ などと、青臭いことを言われる筈はないし、、、 そいつは好結果が出ないビジネスマンを励ますための常套句ですもんね。むかし、よく口にしましたよ。その実、本音ではやっぱり勝たなあかん、勝たなハナシにならんと思っていました。 プロ、ビジネスは勝ってナンボですからね。 プロセスが大切というのも次の「勝ち」をにらんでのことで、詰まるやっぱり勝たなあかん。 【老人A】さすが、歴戦のツワモノよな。それは それでちっとも間違ってはおらん。 生存競争で生き残るためには勝たねばならん。 キミもようけ黒星を喰らったはずやが、それ以上に白星をかせいだから、今ここで悠々と愉快なひとときを楽しんでいるんだわな。 だいたいやネ、人生つまり人類の生存の目的があったとしよう。そんなら、有史以降でも5千年以上経つんじゃから、ボチボチその目的は達成されてもエエはずじゃ。
が、そういうハナシは一向に聞こえてこん。 生存競争は個体間にも系と系の間にもある。 生き残るため、生命維持のためにはそれがどうしてもいるんじゃ。人間、人類もそこはなんも変わらんわな。 このごろの小学校、運動会なんかでは一着とか二着とか順位をつけないようにしているとか、聞いたことがありますが、疑問を感じますねぇ。 それに敗者へのいたわりの気持ちだって、競争そのものを避けて通れば、育てるための教育機会を失うことになります。 今しばし、もすこし高い立場から人間を俯瞰してみれば、、、
(2002年7月末 晴嵐太郎丸) |
011 老人Aとの対話
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◇◇ 人間の欲望は核エネルギー 【老人A】闘争本能や生理的欲求は、生きるための最 低レベルの基本機能やから、人間も他の動物も生まれ たときから同じように持っておる。 人間には他の動物では未発達の理性というか、精神が 【太郎丸】汚職が理性のなせるワザとは・・・。 言葉やから感覚的に受け入れにくいかな。他の生物と 人間を区別するものは理性のあるなしだろ。犬や猫な ら汚職はせんわナ。 抗なかろう。それに「理性」には煩瑣な哲学的な論議 がからむから「精神」でいった方が一般には通りがよ くて無難だな。 る。まさに人間の専売特許。 【老人A】ライオンなら満腹すればそれ以上の狩りは せんが、人間は腹一杯になったあとでも、まだ狩りや 殺戮を続けることがあるじゃろ。それが例えば、富な ら富をもたらすなら、人間はやるんだ。 これは生理的欲求ではない、精神的な欲望だ。 する凶器、爆弾になるのも事実だ。ま、核エネルギー みたいなものだな。 プラスの推進力として働くかと思えば、マイナス方向 にも働く。どちらも際限なくだ。 【太郎丸】生理的な欲求だけなら限りがある。つまり 元システム屋の眼で観ると、精神はハードウェア的な 存在ではないから、自分で気が付いてここまで来たら 「満腹」だよというラインをプログラムを組んでしっ かり設定しない限りどこまで行っても満腹しない。 しかもそのプログラムに不備があったりすると、見た 目は満腹した感じでも、腹の底では納得していなかっ たりして・・・。そんな風に見えますね。 途半端で不完全な形に、いやソフトな形に作られた。 他の動物達のように完結した形では、神様自身が面白 くなかったのだろう。観客席に座っていても退屈して しまうと思われたに違いない。 ら観客席は退屈しなくてすむ。さすが神様だ。 ◇◇ 悪がなければ善も存在しない 【老人A】キミがひいきにしとる水戸黄門にしろ桃太 郎侍にしろ、悪藩主や悪家老がいなけりゃ面白くない だろう。悪玉がいるから面白いんだ。そのお陰で善玉 が引き立つんだよ。だいたいだな、悪と比べて始めて 善が善であると分かるんだろ。悪によって善が成り立 つんだ。悪のないところに善は存在し得ない。 つまり、善と悪は「不二」というわけだ。 というのはちょっと疲れるな・・・。 れすなわち「不二」。先で「空」に通じているのだ。 か。もう少しで法華経か般若経が出て来そうだな。 「空」については、「空しい」とか「無」とゴッチャ にされ勝ちだが、実は全く別物なのだと聴いたことが あります。が、その中身についてはさっぱり。 色即是空、空即是色、空亦空、・・・。「空」だらけ ですが本当の意味が分かるにはまだまだ・・・。 【老人A】しかし、面白いだろ。 【老人A】そうそう。 そのうえに人間の精神活動は展開されるのだ。生命維 持などというベーシックな目的を遙かに超えてな。そ いつは一旦どこかへいっちまうんだ。 かけ声を掛け合って拡大再生産されるんだ。 を付け加えたのさ。 (2002年8月末 晴嵐
太郎丸) |
012 老人Aとの対話
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◇◇ 強者が勝ち残る 【太郎丸】快楽と欲望の二人三脚。 果てしなく「もっと、もっと」か・・・。そこへ勝負、 競争、闘争が絡んで来て最終的には「煩悩」に集約さ れるというわけですな。 なるとこんがらがって、見えるものも見えんようにな る。 何かを獲得したいというのが欲望だろ。その欲 望を満たすことで快楽が得られる。その過程で他人と の競争が発生する。勝利への欲望が生まれる。闘争力 も大きくなる。 は意味が違うよ。あれは受け狙いの表現でな、葛藤 の意味なんだな。 他の動物と同じで、人間も生命維持のために闘って 勝とうとする。強者は勝ち残り、弱者は滅びる仕掛け になっておる。自然淘汰だな。 って冷静に観察すればそういうことだわな。 存共栄」という知恵がありますよ。 飢え死にしないだけの分量の肉があるとか、好条件に 恵まれたときには成り立つこともあるな。 生物としての人間の本性が変わったわけではないから むしろ一時的なものだ。条件が崩れれば、いつでも闘 争機能がニョキッと顔を出すわな。 ないぞ。わしゃ、冷たい人間ではないからな。 を冷静に観察しておるんだと言われたいんでしょう。 【老人A】フム。 もともと闘争機能は生存競争のためのものだから、生 命維持のために発揮されれば、それでお役目はほぼ完 了した筈なんだ。 てはくれない。 全な住まい、次の世代へ生命をつなぐための異性とい った基本的なもの、いわば生理的なものだ。 ートしてややこしくなってくる。 どれも生きている内に見つけた快楽のモトであり欲望 の対象だ。ほとんどの場合、他人に勝たねば獲得でき んから競争とか闘争がついてまわることになるわな。 そこへ闘って勝つということ自体に対する欲望も次々 に目覚めてくる。 【太郎丸】ん、そうですね。始めは勝ち取った何か、 食物なら食物によって得られる快楽を追求していたは ずですが、勝つこと自体も独立した快楽になるわけで すね。闘争の自己目的化かな。 をして腹の底では苛々しているなんてぇのは、いかに も人間くさいな。 わりと欲のない方に属するワシにもそういう時期があ ったな。神様は悪戯がお好きだよ。 結局、人間は快楽を追求していることになる。快楽が あるからソレを得ようとする。闘争も辞さない。 持出来るように仕組まれた神様はやっぱり知恵者です ね。人間が後から見つけた大部分の快楽のほうも、退 屈嫌いで悪戯好きの神様の計算に入っていたのかな。 まって、空気や水とおなじで、在って当たり前と錯覚 して満足できんようになる。その有難みをまともに顧 みようとせん。 【太郎丸】・・・。 つための戦略や戦術、勝つ極意、精神力・・・等々が 自然に磨き上げられて「闘争システム」とでもいうよ うなものに仕上がっていくんだ。勝利の快楽や敗北の 危機感とともに深く定着していくんだな。 が、そのシステムが肥大しちまって何処へでも大きい 顔をして出しゃばるようになっちまう。 く人も少なくなかろう。 【太郎丸】神様の顔を立てた言い方をしましょうか。 神様は人間にだけ理性とか精神を与えられた。 それでは他とのバランスがとれず不公平だから、引き かえに人間には重い荷物を背負わされた。 和風に言えば「業」ってやつですかね。それがつまり 果てしない欲望。闘争。なんやかんや引っくるめて煩 悩・・・。 聞いたことがありませんからね。 がないんで断言しかねるが、かれらにも喜怒哀楽の感 情はある・・・だろ。それにしても煩悩はないだろう な。ハッハッハ。 (2002年10月末 晴嵐
太郎丸) |
013 老人Aとの対話
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◇◇ ただの人間 【太郎丸】ところで、定年後も大学で仕事をされてい ましたね。 【老人A】あぁ、ワシは好きで延長戦を6年ほどやっ たんだ。が、あるとき感ずるところあってやめた。 「生涯現役」という言葉を耳にすることがあるが、そ の意気やよしだ。自分自身その仕事が好きで楽しめて、 周囲からも本当に歓迎される限りは非常に結構なこと じゃな。 【太郎丸】エエ。 【老人A】じゃが、そうでない場合はいささかうっと おしいのう。 なんとなく惰性で延長戦に入る、つまり、手にした自 由な時間をもて余してどう使うたらええのか分からん ので・・・てなことやと口惜しいわな。それやったら 生涯現役もなんもあったもんやないわな。 【太郎丸】経済的事情でやむなく入る延長戦もありま すよ。 【老人A】生活維持の問題だな。生存競争のカテゴリ で精神的なテーマから外れるので、今は脇に置いてお こう。 はないかなぁ。 ◇◇ 多忙が救いになる? んな意味で格好はつくんでな・・・。 身に対しても申し開きが出来るだろ。なにしろ、日本 人には「多忙は美徳」という思い込みがあるからな。 のか」「自分の人生とは何なのか」などと・・・。 ◇◇ 好きなら苦しくない 【太郎丸】近ごろ、ボランテァ活動も盛んになってき ていますが。 るということが肝腎だな。 「世のため人のため」というのは立派なんだが、それ だけでは普通の人間は肩に力が入って疲れる。その前 に「それが好き」というのが来ると長続きするんだ。 それが本当に好きなことなら、傍目には苦しいことで も、本人は結構楽しんでやっているもんだろ。 グ練習を、高橋Qちゃんが走るのを苦しいとは感じて はいないでしょう。「苦」をも楽しんでいるから、あ れだけの結果が出せるんでしょうね。 ら引退の潮時だな。 折りに後進の機会を奪っていることに気がついて潔く 聞くことがありますが、素直に拍手できないケースも ありますね。 戦は老害もいいところ、本当にハタ迷惑なんだよ。 ◇◇ 宗教と哲学の貧しさ 【太郎丸】え〜、日本民族の問題からハナシを元にも いてくれたからこそ、命長らえて今も生活ができてい るのは事実だよ。 (2002年11月12日 晴嵐
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014 老人Aとの対話
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◇◇ 役に立たんもの 【老人A】人間は「楽しむ」こころが働いておらにゃ いかん。そうでないと、ほんまに美しいものや素晴ら しいものが見えてこん。 すばらしいご馳走に醤油をぶっかけてガツガツ平らげ たのでは味も雰囲気もあったもんやないわな。 【太郎丸】素晴らしいものでも、自分の目的達成に役 立たないものは自然にぼやけてしまうようですね。 【老人A】ん、働き盛りは特にそうだな。生存競争は 厳然としたものだし目的に向かって全力投球せにゃな らんからのう。自分の役に立たんものに気がいかんの も無理はない。だが、そのレベルで止まったままご臨 終では、五十点どまりの人生じゃな。 に立たんものには、ほとんど関わらなかったろう。 読みものにしても付き合いにしても、なんでも、役に 立つかどうかが先に立った筈じゃ。 これでは人間が小さくなるのではと思いつつも、結局 は中途半端。眼をそらしていましたね。 ◇◇ 目の前の見えてこない世界 ◇◇ 見かけは別の生き方だが と呼ぶことがあるんだがな。その頃になると、その時 々のイベントに興奮したり面白がったりしても、その 場限りの退屈しのぎに終わっちまって、すぐに何かし ら物足りなさが襲ってくるんだな。 が、それはそれでまた別枠じゃ。 次々と退屈しのぎのイベントを追っかけることになっ たりする。目の前に仰山ある玉に、いつまでも気がつ かないとそういうことにもなるんだな。 (2002年11月12日 晴嵐
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