悪魔と修道士見習い4
〜変わりゆく者たち・後〜




 病み上がりなのだから早く帰っておいで。

 それは今朝、出がけに神父と交わした約束だった。なのに……。
「カミューが悪いんだからな……!」
 マイクロトフは先程別れた少年の顔を思い出して悪態をつく。すでに日は傾きかけ、早く帰るどころかいつもより遅い時間になってしまった。マイクロトフは可能なかぎり走り続け、息が続かなくなったら足を緩め、それでも早足を続ける、という繰り返しで先を急いでいた。
 ふと、今日は急いでばかりだ、と思い、少しおかしくなる。帰れば神父が約束を破った自分を怒っているだろうが、5日間心を占めていた不安がすべて払拭された今、楽しいような浮き立つような気持ちが沸き起こるのを抑えられなかった。多少のお小言は苦にならないような気がする。

 明日もまた、カミューに会い、生気を与え、いろいろな話をするのだ……。

 マイクロトフの顔に、知らず笑みが浮かんだ。


 教会に着くとマイクロトフは2、3回深呼吸して荒い呼吸を少しでも落ち着けようとした。走り続けた心臓はどくどくと激しい鼓動を打ち、少々苦しい。
 教会のドアに手をかけ、目を閉じてもう一度深呼吸する。それは息を整えるのと、これから行なわれるであろう説教に対する心構えのためでもあった。言い訳はしない。約束を破ったのは自分なのだから。おとなしく謝罪の言葉を告げ、与えられる罰を享受しよう。
 マイクロトフは重いドアをゆっくりと開けた。
 と、その先に人影があった。
「神父様?」
 その人影はステンドグラス越しに西日を背に受けており、こちらからは黒い影のようにしか見えない。だが、背格好と、ここにいる人物を考えれば神父以外考えられなかった。
 マイクロトフは、相当怒っていてここで待っていたのか、と慌てて神父の元に駆け寄った。
「申し訳ありません! 遅くなってしまって……」
「マイクロトフ」
 マイクロトフの謝罪の言葉を遮るように名を呼んだ神父の表情は影になっていて見えない。だが、マイクロトフはなぜかどきり、とした。
「友達と遊ぶのは楽しかったかい?」
 優しげな声音にマイクロトフは気まずげにうつむく。
「は、はい。遅くなってしまって申し訳ありません……」
「おまえは……」
「え?」
 どこかくぐもったような固い声にマイクロトフは顔を上げた。影になってよく見えなかったがその顔は笑みを浮かべているようだった。
「おまえに聞きたいことがある」
 神父の様子がいつもと違う。表面上はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、穏やかな声で話す。しかし、どこか違和感を拭えなくてマイクロトフはとまどいながら頷いた。
「は、はい。なんでしょうか……?」
「おまえたちはただの友達なのか?」
「っ?!」
 マイクロトフは予想だにしなかった質問に息を飲む。心臓が止まったような気がした。頭の中が瞬時に真っ白になる。
 明らかに顔色が変わったマイクロトフに神父は静かな視線を向けた。その一見穏やかな視線にマイクロトフはなぜかぞっとする。
「おまえも知ってのとおり、神は同性の恋愛を固く禁じている。それは自然の理に反することだからだ」
 諭すように言いながら一歩近づいてきた神父にマイクロトフは知らず一歩後退した。
「おまえとおまえのいう『友人』がただならぬ仲だ、と吹き込んできた者がいる。私はそんな馬鹿らしい言葉は信じないが……」
 マイクロトフの脳裏に朝に会った少女の姿が浮かんだ。しかし、それは一瞬のことで、動揺しているままに首を振る。
「ち、違います……」
「そうだ、な。おまえがそんな愚かしい真似をするはずがない」
 目を伏せる神父はどこか安堵したようだった。それを見て、マイクロトフは今まで幾度も嘘を重ねてきたことを思い出す。
 悪魔を『友人』だと偽っていること、悪魔と毎日会っていること、悪魔に生気を与えていること。そして今も、同性愛とは違うものの、悪魔と毎日ああいう『行為』を重ねておいて否定した……。
 マイクロトフは思わずその場に膝をついた。自分はなんて罪深い、醜い人間なのだろう、という罪の意識がどっと押し寄せてくる。今までは「自分が行かなくては村が滅ぼされる」という自己犠牲に似た精神に酔ってでもいたのかあまり意識しなかった嘘。だが、それもいつのまにか彼に会うのを楽しみにしていたと気付いた今、それは偽善で塗り固めた大罪以外の何物でもなかった。
「マイクロトフ?」
 どうして心の底から信頼している神父に一言も相談しなかったのか。悪魔の仕打ちを恐れたのではない。神父の力を侮ったのではない。2人の関係をばれたくなかったのだ……。
「俺は……俺は……!」
 突然、床に顔を伏せたマイクロトフに神父はわけがわからず、とりあえず落ち着かせようと、その震えてる肩に手を伸ばした。その手が、触れる寸前で強張ったように止まる。神父は薄がりの中、目にしたものが信じられなかった。
「マイクロトフ!!」
 神父らしからぬ怒声とともにマイクロトフはぐいっと肩を掴まれ、無理矢理起こされた。マイクロトフはその力に驚いて顔を上げる。
「これはなんだ?!」
 神父が見たこともないくらい怒りの色を浮かべてマイクロトフを糾弾した。しかし、マイクロトフは何を言われているのかわからない。ただ、神父が「これ」とつねるように首筋の一箇所をつまんだのが痛かった。
「ここも、ここもか!」
 神父はマイクロトフが顔を上げると露になった首筋を見てあちこちを容赦ない力でつねっていく。マイクロトフは痛みに顔を顰めながら、ようやくその「箇所」がなんであるかわかった。カミューが、触れたところだった。マイクロトフは知る由もなかったが、カミューが唇で触れ、吸いついたところに赤い斑点ができていたのだ。
 マイクロトフは理由はわからないまでもカミューとしていたことがばれたことに蒼白となった。そんなマイクロトフに神父は確信を深める。
「どうしてこんな汚れた真似を……!!」
 神父は怒りのままにマイクロトフの髪を掴むと引きずるように歩き出した。マイクロトフは髪を引っ張られる力だけで身体が移動するはずもなく、足をもつれさせながらも必死に引きずられるまま歩く。身体の、心の痛みに涙が滲んだ。

 放り投げられるように入れられた部屋は見たこともない薄暗い狭い部屋だった。鉄でできたドアに小さな窓がひとつあるだけで壁には窓がない。牢のような不気味な部屋だった。
「ここで神のお許しが出るまで反省していろ!! 2日でも3日でも祈り続けるがいい!!」
 神父の怒鳴り声にマイクロトフは恐怖より何より焦りが先立った。ここに閉じ込められてはカミューに会いにいけない。それは村を滅ぼすことを意味する。
 マイクロトフはドアを閉めようとする神父にすがるように駆け寄った。
「神父様! どんな罰も受けます!! ですが、ここに閉じ込めるのだけはやめてください!!」
 マイクロトフの必死の訴えに、マイクロトフの純粋さを愛していた神父は同情に似た憐れみの視線を向ける。
「マイクロトフ、おまえは騙されているのだろう。神はきっと許してくださる」
「お願いです、神父様!!」
「だが、犯した罪は償わねばならん」
「…………くだらない」
 突然、第三者の声が混じった。神父とマイクロトフは驚いて声のしたほうを見る。そこには。人間離れした美貌を持つ少年が宙に浮いていた。
「き、貴様は悪魔……!!」
 神父の引きつった声に悪魔・カミューは侮蔑の笑みを向ける。
「神だなんだとくだらない。それがどれほどのものだというんだい?」
「お、おまえがマイクロトフを騙していたのか!」
 神父は胸に下げている十字架を手に取った。神へ祈りを口にするとカミューの顔が苦悶に歪む。
 カミューは教会の中に踏み込んだだけで全身を針に刺されているような痛みに襲われていた。それに加え、神の元で信心深い神父に祈られると、いかに悪魔といえども身を滅ぼさんばかりの力となる。
 カミューは苦痛に耐え頭をひとつ振ると右手を掲げた。その手に炎が纏う。
「こんな……建物があるから……」
 この場所は神への祈りに満ちている。カミューにとってはこの建物そのものが己を苦しめる結界のようなものだった。この場所を破壊しないと我が身が危うい。
 ごうっ、と右手から放たれた炎が渦を巻く。教会のあちこちに火がついた。そして、その炎は神父をも襲う。
「カミュー、やめてくれ!!」
 マイクロトフは思わず叫んだ。その叫びがどれほどの意味を持つか知らず。
 カミューはしまった、という顔をして振り返った。そして神父は……。
「カミューというのか。カミューよ、この地を立ち去れ!!」
 神父は炎から逃れると十字架を掲げ恫喝した。カミューが見えない力に弾かれたように吹き飛ぶ。
「カミュー!!」
 マイクロトフの脳裏に、以前、悪魔の持つ『名』の重要性を説いた神父の言葉が浮かんだ。悪魔にとって『名』は命のようなものであり、それを知られるのは最大の屈辱だと。その『名』を知れば滅ぼすことも可能だと……。
 なのに。

 カミューは……初めて会ったときに俺に名前をおしえた……。

 マイクロトフはその事実に愕然とした。どうして命のように大事な『名』を自分に……?
 混乱するマイクロトフの視線の先で、壁に身体をしたたか打ちつけ床に倒れたカミューがゆっくりと身を起こした。全身が傷つき、血に染まっている。その痛々しい姿にマイクロトフは思わずカミューの傍に駆け寄り、身体を支えるように背中に腕を回した。
「カミュー、大丈夫か? すまない、俺が名前を呼んでしまったせいで……」
「……いい。おまえに、与えた名だ……」
 カミューはほんの少し唇の端を上げ、わずかに頭を振る。マイクロトフは唇を噛むとカミューを庇うように前に立ち、神父に向き直った。
「やめてください、神父様! カミューは約束を守ってくれたのです! 恐ろしい悪魔ではありません!」
「マイクロトフ! おまえは騙されているのだ! 邪悪でない悪魔などいるものか!!」
「カミューは違います!」
「マイクロトフ!!」
 神父に一喝されてもマイクロトフはひるまなかった。カミューは確かに悪魔だが、神父から聞かされていた、血も涙もないような残酷で忌むべき存在には思えなかった。それどころか……。
 マイクロトフは心をよぎった感情にハッとする。

 それどころか……なんだ?

 マイクロトフは、悪魔相手に持ってはいけない、持つはずのない感情を持ってしまったような気がして恐る恐る己の心を振り返った。そして、紛れもない答えを見つけてしまい、激しく動揺する。にわかには信じられないことであった。神に遣えるべく修行をつんでいるというのに、己の心にあるのは……。
 マイクロトフは雷に打たれたかのように動けなくなった。そんな馬鹿な、という思いが心を占めつつ、しかしどこかで、ああ、やはり、とあきらめに似た思いがある。
「マイクロトフ……どけ……」
 カミューが怒りとも屈辱ともとれる表情を浮かべ唇を噛み、神父を睨み据えた。神父は『名』を知った有利からか怯む様子もなくその視線を受け止める。
「カミューよ」
「呼ぶな……」
 カミューは、ぎり、と歯噛みした。
「貴様ごときに呼ばれるなど……」
 虫唾が走る、と低く唸るように言う。こいつに与えた『名』ではない。
 カミューは全身を荊の鞭で縛られたような苦痛に耐え、力を溜めはじめる。しかし、『名』を捕られたことにより、その力が弱まっていることはマイクロトフの目から見ても明らかだった。神父もそれに気付いているのだろう。悪魔を完全に祓うべく祈りに集中しはじめる。
 マイクロトフは戦おうとする2人の姿に胸を抉られるような痛みを覚えた。すべて自分のせいだった。
 自分がカミューに会わなければ。自分がカミューの名前を聞かなければ。自分が……自分が……自分が……。

 自分がいなければこんなことにはならなかった……!

 マイクロトフはたまらなくなった。衝動のままに炎の中を走って祭壇に駆け寄ると、祭壇に奉られている銀の短剣を手に取る。
「マイクロトフ?!」
 マイクロトフの行動に気付いたカミューが声を上げた。神父もつられてそちらを見る。すると、燃え盛る炎の中で、短剣を鞘から抜き、刃の先を己の咽喉にあてるマイクロトフの姿が目に入った。
「マイクロトフ!!」
「神父様、今までありがとうございました。育ててもらった恩を仇で返すようなことになってしまって本当に申し訳なく思っています……」
「マイクロトフ! 馬鹿な真似はやめるんだ!!」
 自ら命を絶つのは神の教えに背くことだった。最後の最後まで神父を裏切ってしまう申し訳なさにマイクロトフは泣き笑いのような表情を浮かべる。そして、ゆっくりとカミューのほうを向き直った。
「カミュー……」
 カミューは今まで見たことがないくらい余裕のない顔をしていた。駆けつけたいのに少しでも動いたとたんマイクロトフが刃を引くのでは、という恐怖に囚われ、動けないでいた。
 そんならしくない姿にマイクロトフはちょっと笑う。いつも余裕たっぷりに自分をからかっていたのに。そんな泣きそうな姿、似合わない……。

 それは俺のせい? 俺がおまえを苦しめている……?

 でも、それももうすぐ終わるから……。
「カミュー、おまえの名を呼んでしまってすまない……」
 マイクロトフの謝罪にカミューは首を振った。「おまえに呼んでほしかったんだ」という声は小さかったにもかかわらず、マイクロトフの耳に届いた。
 マイクロトフはその言葉に穏やかな笑みを浮かべる。
「カミュー、俺の最後の生気をやるから……」
 逃げてくれ、という呟きと共に刃を咽喉に突き刺した。顔には安らかな笑みを浮かべたままで。
「マイクロトフ!!!」
 カミューの悲痛な叫びがマイクロトフの最後の記憶だった……。



 悪魔に近づいてはいけないよ。

 ドウシテ……。

 捕われたら魂を奪われてしまうよ。

 ソンナコト、シナイ……。

 とても恐ろしい魔物なのだから。

 チガウ。かみゅーハ、チガウ……!


 目を開けると。満天の星空が目に飛び込んできた。
 どうして自分が外で寝ているのかわからず2、3瞬きを繰り返す。記憶を辿ろうとするがなぜか靄がかかったかのように頭がうまく働かない。とりあえず首を巡らせてみた。右側には草むらが広がっているのが見える。そして、左側は……。
「カミュー!!」
 マイクロトフはがばり、と身を起こした。とたん、貧血のような眩暈が襲い、目の前が真っ暗になる。それをなんとかこらえ、隣に寝ているカミューに這うように近づいた。
「カミュー、カミュー!!」
 寝ている、という状態ではなかった。顔は土気色になり、全身からは血が流れている。弱々しい呼吸を繰り返す様は命の灯火が今にも消えようとしているようだった。
 どうして、とマイクロトフは思う。自分は咽喉に短剣を刺しカミューに血を与えたつもりだった。自分にできる最後の生気の提供。カミューはその血を啜って力を回復し、あの場から逃げられたはずなのに。
 マイクロトフは自分の咽喉に手をあてる。引き攣ったような跡になっているのがわかったが、傷口は完全に塞がっていた。
「カミュー……が?」
 どうやったのかはわからない。だが、カミューが自分を助け、そのせいで死にかけていることだけはわかった。
「カミュー! カミュー!!」
 マイクロトフはカミューを揺さぶった。しかし、ぴくりとも動かない。
 どうして魔族の中でも最強を誇る悪魔が餌でしかない人間を助ける? 自分の命と引き換えにしてまで……!
「カミュー!!」
 マイクロトフが叫んだ拍子にカミューの頬にぽたり、と水滴が落ちた。マイクロトフはそれが己の涙であることに気付く。

 そうだ……! 生気を!

 間に合うのかわからない。カミューに意識のないままで生気を送り込むことができるのかわからない。だけど……。
 マイクロトフは初めて自分からカミューの唇に口付けた。その唇は酷く冷たかった……。



 10年後。
 とある国境の街道を歩く2人組の姿があった。いや、2人、というのには語弊があるかもしれない。1人は宙を浮いているのだ。人間ではありえない。
 地を歩いている男は20代半ばだろうか、漆黒の髪に同じ色の瞳の精悍な顔つきの青年だった。がっしりとした体躯を旅慣れた服装で包み、首には濃紺の布を巻いてある。腰には大きな剣をさしていた。
 宙を浮いている男も見た目は同じくらいの歳であろうか、亜麻色の髪に金に近い琥珀色の瞳、誰もが見惚れてしまいそうなほどの美貌の主であった。地に足をつければ傍らの青年と同じくらいの背丈だろう。黒い服に包まれたしなやかな身体のラインが無駄な肉はついていないことをあらわしていた。
「次の村には魔物がいるといいなー」
 宙に浮いている男が頭の後ろで腕を組んでのんきな口調で言うと、
「めったなことを言うな! 魔物はいないほうがいいに決まってる」
 と、地を歩いている男が怒ったように応えた。
「まあ、そりゃそうなんだけどさ」
 宙に浮いている男は肩をすくめると、すす、と男の傍に移動し耳元に唇を寄せる。
「だってさー、マイクロトフの『精』って極上なんだよね」
 少しは発散しないと、と腕を振り回す男に、マイクロトフ、と呼ばれた青年は真っ赤になって腰にさしている剣に手をかけた。
「カっ、カミュー!! そんなにありあまっているなら今すぐここで発散させてやる!! 剣を抜け!!」
 言うが早いか剣を抜き、浮いている男・カミューへと斬りかかる。カミューはひょい、と軽やかに身をかわすと、舌を出した。
「やだよー。どうせ相手してくれるなら夜にお願いしたいね」
「ふっ、ふざけるな!! だいたい、あまるくらい摂るな! おかげで俺はいつも寝不足だろうが!!」
「えー? だって、マイクロトフのは味が『極上』なのであって、量としてはこれでも我慢してるんだけどなー」
「極上、極上、言うな!!」


 10年前のあの日。
 自らの咽喉に短剣を突き刺した少年・マイクロトフを救うため、悪魔・カミューは持てる力のすべてをマイクロトフに注ぎ込んだ。教会、という悪魔にとって不利極まりない場所での大量の力の行使は自殺行為以外の何物でもなかったが、カミューが躊躇することはなかった。そして、マイクロトフの傷口が塞がるのを確認するとわずかに残った力を振り絞り、その場からマイクロトフを連れて移動したのだった。……いつも『食事』を行なっていた木の元に。
 魔力を失い瀕死となったカミューはマイクロトフが生気を与えたことによりかろうじて一命はとりとめることができた。しかし、急激に失った魔力は回復させることができず、カミューは最下級の魔族に身を陥とすことになったのだ。種族は淫魔。俗に言うインキュバスである。

 力の弱い低級の魔族の中には人間と契約を交わして『使い魔』となり、人間の命令に従う者もいる。そういった場合は大抵、人間になんらかの方法で『名』を捕られ、その『名』のもとに契約を交わされるのだ。そして、それは絶対的な効力を持つ。魔族は命と同等の力を持つ『名』を盾にされては逆らうことができないからだ。低級とはいえ、魔族の持つ力は人間にしてみれば脅威的なものであり、理由は様々であろうがその力を欲する者は少なくない。
 そして、カミューとマイクロトフもまた『契約』を結んだ1組であった。

 2人はあの事件の後、そのまま村には戻らず旅に出た。マイクロトフはカミューに身を守る術として剣を習うと、筋がよかったのかめきめきと上達した。そして、相当な腕になるとカミューと2人で魔物を退治できるようにまでなった。2人は行く先々で依頼を受け、人間に害をなす魔物を倒して報酬をもらい、それを旅の収入源とするようになった。

 カミューが悪魔だったときに得ていた『生気』は生きていくのには特に必要なく、ただ、嗜好物として摂られていた(ということをマイクロトフは後から知った)。しかし、低級の魔族となった今は生きるために摂り続けなくてはいけない。その食事方法は魔族によって異なる。
 淫魔となったカミューの『食事』は『精』と呼ばれるものだった。カミューの説明によるとそれは性交渉で得られるという。マイクロトフはカミューの言っていることがいまひとつわからなかったが、カミューの「前のとそんなに変わらないよ」という言葉と綺麗な微笑みに騙されて、わけがわからないうちに身体を開かされていた。
 マイクロトフは『精』というものがどんなものであるのか、いまだにはっきりとはわからない。だが、魔族に対する知識が乏しいため、毎日摂らないと死ぬ、というカミューの言葉を信じるほかなく、10年経った今でもカミューの『食事』の相手となっていた……。


「だって、本当に美味しいんだよ。昨日のだって……」
「黙れ! この色情魔が!!」
「色情魔は酷いなぁ。淫魔だってば」
「同じだ!!」
 マイクロトフが茹蛸のように顔を赤くして剣をぶんぶんと振り回す。カミューはそれを避けながら、にや、とからかうような、どこか淫靡な笑みを浮かべた。
「もし、これから行く村に魔物がいなかったら、また今夜、マイクロトフ相手に発散しないとね」
 マイクロトフからもらった『精』で得た力を持て余して、その発散先がマイクロトフとの『食事』に向けられる日々。まったくの悪循環だった。人間で言うなら絶倫状態となるカミューにマイクロトフは付き合わされるのだ。
「なっ……!」
 絶句したマイクロトフは物凄い勢いで村に向かいはじめた。不謹慎だとは思いつつ暴れている魔物がいることを願って……。

 悪魔と修道士見習いだった少年は、10年の時を経て魔物狩人と使い魔へと姿を変えた。しかし、2人が共にいることには変わりない。
 2人の旅はまだまだ続く。



 おわり




世界観がいいかげんなまま終わってしまいました(汗)
私の限界です……。精進あるのみ。
ここまでお付き合いくださってありがとうございました。


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