〜夢か現か−side C−・前〜




 カミューは悩んでいた。

 原因は凛々しい唯一無二の親友のことだ。
 どうも最近、彼の態度がおかしいように思う。
 なにがどのように、と問われればうまく言えないが、二人きりでいると何気ない触れ合いに身体を強張らせたり、不意に心持ち顔を赤らめたりと、自分を意識しているような素振りを見せることが多くなってきたように思うのだ。
 今までは友情止まりの感情だと思っていた。
 こちらの気持ちはばれないように注意してきたつもりだったから。
 いつから友達としての『好き』から恋愛感情の『好き』に変わったのかは覚えていないが、気付いたときにはもうどうしようもないくらい彼を愛していた。なにがなんでも失えないくらいに。
 だから彼が彼の望むままに歩いていけるよう、手を尽くしてきた。彼がゴルドーに反発し、マチルダ騎士団を離脱したときもためらうことなくついていった。……彼のいない騎士団などに自分の存在意義はなかったから。
 そう遠くないうちにこの日がくると思っていたため、できるかぎりの手回しはしておいた。結果、赤・青騎士団からほぼ半数の者が同行してくれ、それを驚きながらも嬉しそうに笑ってくれた彼を見て、自分の苦労はすべて報われたのだ。
 しかし、最近の彼の様子は……。


 決定打は突然きた。


 彼と昼食をともにしたあと、他愛のない話をしながら歩いていると、名も知らぬ女性が近づいてきた。
「あの……」
 恥ずかしそうに呼びかけてくる女性に、カミューは、どきり、とする。ひょっとしてマイクロトフに愛の告白にきたのではないかと。マイクロトフは恋愛沙汰を苦手とした朴念仁だが、見目は文句なしに男前だし、誠実な性格は女性にとっては理想以外の何者でもないだろう。
 些か飛躍した思考だったが、カミューにはそう思えてしまった。緊張して次の言葉を待つ。
 だが、
「カミュー様にお話が……」
 そう言って頬を染め、うつむく姿にカミューは正直、ほっとした。これはマチルダに居た頃から何度となく繰り返してきた、自分にとっては些細な出来事。女性が勇気を出して想いを打ち明けてくれるのは嬉しいが、今の自分にはひと時の恋人は必要なく、丁重に断るのも大した苦ではなかった。
「レディ? 何用でしょう?」
 カミューが人当たりのいい笑みを浮かべて問い掛けると、彼女はちらっとマイクロトフのほうを見る。その視線を受けたマイクロトフは慌てたように顔を背けると、
「そ、それでは、俺は先に行ってる……」
 と、そのまま足早にその場を立ち去ってしまった。いつにない彼の態度にカミューの胸はざわめき立つ。女性を苦手としているマイクロトフだが、それは積極的に話しかけられたりするのが得意ではないだけで、今のように視線を投げかけられただけで逃げ出すようなことはない。しかも、気を使ったということは女性の目的を正確に感じ取ったのだ。恋愛ごとに疎い彼は今までは同じようなことがあっても気付くことなく、こっちがさりげなく気を使っていた。それが、どうして今回は気付いたのか。
 カミューはそう考えてひとつの仮定に辿り着く。

 それは、彼の中で何か恋愛に関する何かが起こり、そのため敏感に意識しているのではないか。

 なんでも顔に出てしまうあの男が隠し事などできるはずがない。だから、自分に気付かれないところで、誰かに告白された、とか、好きな人ができた、ということはありえないと思う。では、何か、とは何か。

 カミューは今朝のマイクロトフの様子がどことなくおかしかったことを思い出した。ほんの少し、自分を見る目が違っていたように思う。どこか意識したようなぎこちない視線……。

 まさか。

 カミューは頭の中に浮かんだ想像を一笑した。あまりにも都合が良すぎる展開。そんなことがあるわけがない。
 だが、待てよ、ともう一人の自分が疑問を投げかける。さっきの逃げ出すような態度はなんだったのか。そう考えると自分の想像があながち見当違いではないのではないかと思えてくる。

 ひょっとして彼は俺のことを……?

 心拍数が一気に上がった気がした。



 カミューは足早に部屋へ向かっていた。
 先程の女性には悪いが、勇気を振り絞ったであろう告白に自分がどう応えたのかほとんど覚えていなかった。おそらく自分のことだから失礼のないようには断ったと思うが。
 しかし、それはすでに心の隅に追いやられ、頭の中を占めるのはマイクロトフのことだけ。何度も、ひょっとして、まさか、と期待と否定を繰り返している。

 彼があの女性に抱いた感情が嫉妬という類のものだとしたら……。

 カミューはにやけそうになる顔を慌てて引き締めると先を急いだ。



 出会ったばかりの頃、彼はいつも怒ったような顔つきだった。
 その理由は仲良くなってから知ったのだが、思ったことがすぐ顔に出てしまうのを隠そうとした、彼なりの努力だったらしい。感情がすぐ表に出るのは子供っぽいと気にしていたようだ。そうして作られた仏頂面に真面目な性格が災いし周りには、とっつきにくい、という第一印象を与えていた。しかし、付き合ってみると呆れるほど無防備に自分を曝け出し、無条件に相手を信用する。そんな危なっかしい彼が放っておけなくて、それとなく傍にいて護っているうちに自分の中の感情が変化してきたことに気付いた。
 最初は無知の裏返しだと思っていた彼の純粋さが、気がつけば自分が騎士らしくあるための最後の砦になっていた。
 組織というものは決してきれいなものではない。カミューは充分認識していたし、自分やマイクロトフの保身のためにそれを利用することもあった。そうして自分の手が汚れていくたびにマイクロトフの存在に救われている自分がいた。
 かけがえのない親友は失えない想い人へと変わっていったのだ……。

 部屋の前に立つとカミューは一呼吸ついて気持ちを落ち着けた。静かにノックしてみる。
 少し前まではこの部屋は2人のものだった。しかし、増築工事が終わり、個々に部屋が与えられたのである。カミューは少々、いや、かなり落胆したのだが。

 ……………………………

 返事がない。
 カミューは首を捻るとゆっくりとドアノブを回してみた。すると、ドアは簡単に開いてしまう。中を覗くと果たしてマイクロトフの姿があった。机に両肘をついて、頭を抱えている。悩んでいるときの癖で短く切り揃えた黒髪をかきむしっていた。
 彼がこんなふうに悩むのはめずらしい。原因は先程のことだろうか、と思うと自分の想像がいよいよ確信めいてくる。カミューの胸は高鳴った。

 はあぁ……。

 悩ましげに(カミュー視点)深いため息を吐くマイクロトフにそっと近づく。
 そして、
「どうしたんだい? マイクロトフ」
 と、声をかけてみた。頭を抱えてうつむいていたマイクロトフはがばっと顔を上げる。カミューは普段浮かべる愛想笑いとは違う、偽りない笑みを浮かべた。……マイクロトフは他の者へ向けられる笑みと違うことに気付いているだろうか。
「カ、カ、カ、カミュー!」
 よほど驚いたのか、口をぱくぱくさせるばかりでうまく言葉がでてこないマイクロトフを見て、カミューはこの反応はひょっとするとひょっとするかも、と思った。カミューの瞳に自然とからかうような光が浮かぶ。
「ノックは一応したんだけどね。全然気づいてくれないし」
 そう言いながら肩をすくめてみせるとマイクロトフに更に一歩近づいた。そして、
「何をそんなに悩んでいるんだい?」
 と、顔を覗き込む。

 どきん……っ

 カミューは自分で行動しておいてなんだが、その距離の近さに内心息を飲んだ。前髪が触れ合いそうなほど間近に迫った顔を見つめれば、どこか遠慮がちに視線を合わせてくる漆黒の瞳がわずかに潤んでいるような感じがする。いつもキッと引き結ばれている口元は驚いたのが尾を引いているのかわずかに緩み、口付けを待っているかのようだ。

 か、可愛い……。

 カミューは思わず釘付けになりそうになったが、我に返ると慌ててからかいの笑みを再び口元に乗せる。
「マイク? 俺の顔になにかついてるかい?」
 笑いを含んだ声にマイクロトフがハッとしたように目を瞬いた。そして、一気に赤面する。

 うわ……。どうして赤面するかな……。

 つられてこちらも赤面しそうになったが、それをぐっと堪えると何気ない素振りで薄桃色に染まったマイクロトフの頬に手を伸ばした。
「マイク? なんかおかしいぞ? おまえ……」
 熱でもあるのか? と頬に触れようとしたが、触れる寸前、マイクロトフが慌てたように避けてしまう。
「な、なんでもない……」
「マイク?」
 どうみてもこちらを過剰に意識しているマイクロトフにカミューはうずうずしたが、必死に冷静さを装った。先走って台無しにしたり、期待外れだったりするのが怖かったのだ。
 怪訝そうに眉を寄せてみせる。
「何があったの? 俺が何かした?」
「い、いや……」
 都合が悪くなると目を逸らしてしまうのはマイクロトフの癖だった。嘘やごまかしが苦手なせいだろう。そんな彼を追い詰めるのは少しかわいそうだったが、マイクロトフの口から決定的な一言を聞き出したくてカミューは切り札を口にした。
「親友の俺にも言えないことなのかい?」
「うっ……」
 マイクロトフは義理堅い性格のため、こういう言い方に弱い。言葉に詰まるマイクロトフに、言い逃れは許さない、というふうにじっと視線を捉えた。

 ああ、その泣き出しそうな表情……可愛すぎる……!

 もはや、カミューの理性は切れる寸前だった。しどろもどろになっているマイクロトフがぴるぴると怯える小動物のようである。がばりと襲いかかってしまいたい衝動を必死に耐えなければならなかった。
 カミューは逸る気持ちを抑え込み、
「マイクは俺のことを嫌いになったのか?」
 と、不安と期待の混ざった眼差しでマイクロトフを見つめる。
 すると、マイクロトフが、ごくり、と咽喉を鳴らしたかと思うと、いきなり立ち上がって机ごしに腕を伸ばし、抱きついてきた。
「すまん! カミュー! 俺は親友失格だ!」
「マ、マイクロトフ?」
 まさかこんな行動に出るとは思っていなかったカミューは広い胸にすっぽりと顔を埋める格好となり、焦ったように名を呼ぶ。しかし、腕は離れるどころかますます力がこもった。
「俺を軽蔑してくれっ! カミュー!」
 マイクロトフの切羽詰った叫びに、カミューの頭の中で図式ができあがる。

 抱きついてきた(たまらなくなったから) + 軽蔑してくれと言った(人の道を外れるから) = 俺のことが好き

 カミューは顔が見えないことをいいことに、にへら、とだらしなく笑み崩れた。

 ああ、もう。やっぱりそうだったのか。早く言ってくれればよかったのにー。

 もはや頭の中は華麗に満開だが、口調だけは静かに、
「……しないよ。俺が軽蔑されることはあっても、俺がおまえを……」
 嫌いになることはないよ、と囁く。しかし、マイクロトフはぶんぶんと首を振った。
「いやっ、絶対する! 俺はすでに人間すら失格なのだ!!」
 悲痛な思いで打ち明けているマイクロトフの腕の中で下半身が臨戦態勢になっているカミューのほうが生き物として既に失格しているのだが、カミューはそんなことはおくびにも出さずに優しく促す。
「しないってば。言ってごらん?」
 さあさあ、早く、と狼が舌なめずりしているとは知りもせず、マイクロトフは思い切ったように叫んだ。
「俺は……俺はおまえが好きなんだ!!」

 やっと言ってくれた!

 カミューの頭の中で祝福の鐘がリンゴーンゴーンと鳴り響く。
 このまま雰囲気にまかせて一気に初エッチ、いや、初めてが机の上じゃかわいそうかな……でも、忘れられない初体験として記憶に刻まれるだろうし……などと明晰な頭脳はこれ以上はないというほどフル回転に働きはじめた。しかし、思考の途中でマイクロトフの腕がわずかに震えていることに気付き、我に返る。決死の覚悟で告白しただろうに、それに沈黙されては不安に思うのは当然だ。
 カミューは悪いことをした、と思いつつ、緊張に震えているマイクロトフを思うと笑いが込み上げてくる。
「少し腕を緩めてくれないか? マイクロトフ」
 穏やかに言ったつもりだったが、腕にはますます力がこもってしまった。その聞き分けのない子供のような行動にカミューの中に余裕が広がっていく。ここはひとつ、年上としての余裕をみせてやろう。
「ちょっ、苦しいってば、マイク。逃げたりしないから、ね?」
 言うことを聞いてくれないことに慌てたふりを装い(実際、あの馬鹿力で絞められ、苦しかったのだが)、宥めるようにポンポンと腕を叩いてやると、ようやく腕の力が抜けた。カミューは顔を上げて、ぷは、と大きく息を吐く。
「ああ、苦しかった。マイクの腕の中で窒息死するかと思った……」
 わざとらしく言ってやればマイクロトフは、
「す、すまない……」
 と、顔を赤らめる。思ったとおりの反応にカミューは満足しながら、からかうような笑みを浮かべた。
「まっ、それも悪くないけどね」
「えっっ?!」
 目を見開いたその表情は耳を疑っているかのようだった。その、一抹の不安を湛えたような瞳にカミューの心臓は打ち抜かれる。

 ああ、もう我慢できない。やっぱり机エッチ決まり。ちょっと背中が痛いかもしれないけど、すみずみまで愛するから我慢してね〜♪

「ありがとう、マイク。嬉しいよ……」
 頭からどピンクの液体が吹き出しそうな勢いでカミューは夢心地に微笑んだ。脳内はとても見せられたものではなかったが綺麗な顔が幸いして、それは極上の笑みとなってマイクロトフに伝わる。
「カ、カミュー……?」
 状況が把握できないのであろうか、どこか呆然と硬直しているマイクロトフがおかしくて、カミューはくすくす笑った。
「言っただろう? 俺がマイクを嫌いになるわけがないって」
 漆黒の瞳を覗き込んで言ってやるとマイクロトフは瞬きを繰り返す。そしてようやく言葉の意味を飲み込んだのか、首筋のあたりからうっすらと赤みがさしていった。カミューはその可愛らしい様子に胸がきゅんきゅん高鳴るのを感じながら、じっと見つめていると、それに気付いたマイクロトフが困ったようにわずかに目を伏せる。そして、そのままゆっくりと顔を近づけてきた。

 え? ええっ? ひょ、ひょっとしてマイクから……?!

 こ、このシチュエーションは! とカミューは思わず、ごくり、と咽喉を鳴らす。まさかマイクロトフのほうからこんな積極的に出てこようとは……!
 カミューは震えそうになるのを必死にこらえ、歓喜のときを待った。


 ……唇に柔らかい感触……



つづく




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