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ここ、マチルダ高校の名物は生徒会の存在であった。 代々、生徒会が中心になって、さまざまな変革を成し遂げてきた。文化祭や体育祭などのなんの変哲もない学校行事をレクリェーション要素をおおいに含んだ盛り上がるものにしたり、制服や校則を変えたり、といった、主に生徒の意向を汲んだ活動がほとんどのため、生徒たちの支持も絶大で、それをもとに活動してきたのだ。ときには教師も口出しできないほどの権力がいつのまにか備わっていた。 その地位は主に代々の生徒会長の手腕により確立されたものだが、今年度の生徒会長、カミューもその伝統におおいに貢献していた。 頭脳明晰、容姿端麗、そして温厚な性格。女生徒にはもちろん、男子生徒にも人気があり、先生たちの信頼も厚かった。 そんなマチルダ高校に1人の転校生がやってきた……。 「転校生?」 「ああ。父親の仕事の関係で越してきたんだと」 生徒会の副会長をしているビクトールの言葉に、カミューはふうん、とつまらなそうに相槌を打った。生徒会室の備品である校長室顔負けの豪奢なソファに深く身を沈め、足を組んでいるその格好は、いつも優雅な振る舞いを崩さない生徒会長の姿とはあまりにもかけ離れていた。しかし、長い付き合いであるビクトールはこの男の本性を知っているため、別段驚くわけでもなく書類を手渡す。それは転校生の履歴を書いた書類だった。 「別に男の転校生なんて興味ないよ」 可愛い女の子ならともかく、と、カミューは冷たく言い放つと、ぽん、と書類をテーブルの上に放る。ビクトールはやれやれとため息をつきながらその書類を拾い、もう一度差し出した。 「そう言うな。目ぇくらい通しておけ」 カミューは仕方ない、というふうに大きなため息をつくと、しぶしぶ書類を受け取った。そして、興味なさげに目を通す。 とたん、ぴた、と動きが止まった。 「………………合格」 「へ?」 ぼそっとつぶやかれた言葉に書類を整理していたビクトールが顔を上げる。カミューは履歴書を食い入るように見ていた。そして顔を上げると、爛々と目を輝かせ、宣言する。 「合格だ。彼を秘書に命じる!」 「…………は?」 マイクロトフは緊張した面持ちで生徒会室前に立っていた。 マイクロトフは今日、このマチルダ高校に転校してきた。初めての学校、初対面の人々。緊張の連続でなんとか初日を終え、帰ろうと思っていた矢先、生徒会から呼び出されたのだ。転校初日に生徒会などに呼び出される心当たりなどあるわけがなく、この学校についての簡単な説明か何かだろう、と思っていた。だが、呼び出しの放送を聞いたとたん、隣の席でとりあえず友達となったフリックが気の毒そうな顔をしたのが多少引っかかっている……。 マイクロトフは大きく息をつくと、首のカラーを窮屈そうに緩めた。 マイクロトフが前にいた学校は詰襟だった。マチルダ高校はブレザーである。一目で転校生とわかってしまうため、この生徒会室に辿り着くまでに周りの好奇の視線にさらされた。 そういうのが苦手なマイクロトフはどっと疲れてしまっていたが、なんとか気持ちを静めると、コンコン、とドアを軽くノックをする。中から「どうぞ」と返事が聞こえ、マイクロトフはそろそろとドアを開けた。 「失礼しま……」 「やあ、いらっしゃい! マイクロトフ君」 声とともに、がばり、と、いきなり抱きつかれ、マイクロトフはたまらず後ろにたたらを踏んだ。何事か?! と目を白黒させていると、抱きついてきた男は身体を離し、マイクロトフの両肩に手を置いて顔を覗き込むと、 「写真で見るよりずっと可愛いね」 と、満足そうに目を細める。 「か、かわいい……?」 幼少の頃以来、言われることのなかった形容詞にマイクロトフは、ぽかん、と口を開ける。生真面目さが顔に出ている、なんて言われる自分の顔はそんな表現が似合うはずがなかった。 しかし、男はそんなマイクロトフにおかまいなく、 「前の学校は詰襟だったんだね。とってもよく似合っているよ」 と、いきなり頬にキスをした。 「なっ、なにをする?!」 さすがに我に返ったマイクロトフは真っ赤になって男を引き剥がす。だが、男はなんでもないように、けろっと微笑んで口を開いた。 「あ、ごめんごめん。海外暮らしが長かったのでつい」 そのあまりに平然とした答え方に、マイクロトフはどきどきと早鐘を打つ心臓のあたりを押さえながら、そうなのか、と、とりあえず納得してしまう。日本から出たことがないマイクロトフは、『海外=頬にキスは挨拶』という図式ができあがっていた。 「お、俺に何の用ですか?」 「君に生徒会長の秘書をやってもらおうと思って。あ、ちなみに会長は俺ね」 「は?」 思いもしない言葉に茫然としているマイクロトフに生徒会長・カミューはにっこり微笑むと、くるり、と背中を向けて机に置いてあった書類にさらさらとなにやら書き込む。そして、マイクロトフに向き直るとその紙を差し出した。 「2年A組、マイクロトフ君。本日をもって生徒会長秘書に命ずる」 差し出した紙は任命書というタイトルであった。そして、真新しいインクで氏名の欄にマイクロトフの名が書かれている。 「なっ、なっ、冗談じゃない! 俺は今日転校してきたばかりで……!」 「うん。いろいろとおしえてあげるよ」 「剣道部に入るんだ……!」 「うん。かけもちでよろしくね」 「そんな……! 俺は全国大会を目指して……!!」 「うん。相当強いらしいね。頑張って」 「生徒会なんてやってる暇なんかない……!」 必死に断ろうとするマイクロトフにカミューは不敵な笑みを浮かべて生徒手帳を取り出すとマイクロトフの前にとあるページを広げた。 そこにはこう書いてあった。 『生徒会の人事には必ず従うこと』 「そっ、そんな……!」 愕然としながらもなおも言い募ろうとするマイクロトフの肩を叩く者がいた。マイクロトフが振り返ると熊のような風貌の男が気の毒そうな顔をして耳打ちする。 「すまねえが引き受けてくれるか? ヤツの機嫌を損なうと誰の手にも負えないんだよ……。部活の妨げになるような仕事は何もやらせねえからよ……」 頼む、と言われ、人の頼みごとに弱いマイクロトフは困り果てながらも、我が身を案じずにはいられない。 「俺に秘書なんて無理です!」 「秘書、なんていっても、けっきょくは会長のご機嫌とりだ」 なぜか気に入られちまったみたいだからなぁ、と男はぽりぽりと顎をかく。マイクロトフは『気に入られた』という意味も理由もよくわからなかったが、どうやら人身御供をしろ、と言われているらしい、ということはわかった。 「……俺に犠牲になれって言うんですか?」 「すまねえ。学校のためだと思って耐えてくれ」 心底すまなそうに、だが、あっさりと肯定され、マイクロトフは目の前が真っ暗になったような気がした。ぽん、と励ますように男が肩を叩いてきたが、なんのなぐさめにもならない。 「ビクトール? それ以上彼にひっついてると……」 にっこりと目が笑っていない笑みを浮かべるカミューにビクトールは慌ててマイクロトフから離れ、手をぶんぶんと振った。他意はない、という意思表示にカミューは満足そうにひとつ頷くと、一転、マイクロトフに蕩けるような笑みを浮かべる。 「じゃあ、明日からよろしくね、マイクロトフくん♪」 こうして、マイクロトフの受難の日々ははじまった……。 つづく? |