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次の日。 王子は朝いちばんに王と王妃の元を訪れ、妻を娶ることになったことを告げました。両親は大層驚き、いろいろと詮索してきましたが、王子は詳しいことはあとで話す、と言っただけで、今夜、紹介したいから人をできるだけ集めてほしい、と願い出ました。 両親は不思議がりましたが、普段から真面目なこの息子に絶対的な信頼を寄せていたので、余計なことは気にしないことにしました。やっと妻を迎えてくれる気になったと大喜びです。すぐ国中におふれを出し、招待客のリストを作りはじめました。 そして日が暮れ、盛大に王子様の婚約お披露目パーティがはじまったのです。 皆、王子が婚約者を紹介するのを今か今かとやきもきしていました。王子もどこか緊張した面持ちでカミューの到着を待ちます。 そんな中、ざわ、と会場内の出入り口付近が騒がしくなりました。誰かが到着した模様です。そして、その人物が会場の中へと歩き出すと、自然、人々が道をあけはじめました。それは王子の元へと続く道になります。会場がしーんと静まりました。 「マイクロトフv」 王子は背後から名前を呼ばれて、振り返りました。そこに立っている人物を認めると、優しく目を細めます。そして彼の隣に立ち、心を落ち着かせるように一息つくと、すう、と息を吸い込み、大声で叫びました。 「みんな! 聞いてくれ! 俺はこのカミュー王女を愛している! 妻に迎えようと思ってるんだ!!」 王子の言葉に会場内がざわつきました。中には悲鳴に似た声を上げている者もいます。王子は、カミューが男だからこんな騒ぎになっているのだ、と思い、もう一度声を張り上げました。 「カミューは今はこのような姿をしているが、実はじょせ……」 「マイクロトフ!! そいつは私じゃない!!」 王子の声は悲痛な叫びによって遮られました。声がしたほうを見るとそこにはなんとカミューが立っているではありませんか。 「カミュー?!」 王子は驚いて隣に立っている人物を見ました。彼も間違いなく赤い服を着て、紫のマントを羽織っています。ただ、ちょっとばかり、いや、かなり肥えていましたが。着ている赤い服がはちきれんばかりで、さしずめダルマのようないでたちです。そして、肉によって顎が埋もれている首から下がっているマントは紫色の風呂敷を縛っているだけのものでした。髪は銀色で、同じ色のヒゲが立派に生えていたりします。そして、ちょっとばかり歳をくってました。 「カミューが2人?!」 ちょっと待てーっ! その場にいた全員が心の中で突っ込みます。 「違うよ、マイクロトフ! そいつは悪魔、ゴルドーだ!!」 「なんだって?!」 カミューの叫びに王子は目を剥きます。カミューの偽者、悪魔・ゴルドーがニタ、と笑いました。 「くくく。ワシの変装は完璧だったようじゃな」 耳障りなダミ声で自慢げに言います。 こんな変装ともいえない変装で騙せると思った悪魔も悪魔ですが、気付かない王子も王子です。実を言うと、王子は昔から人の顔を覚えるのが苦手でした。一度できちんと覚えたことなど皆無です。カミューの印象といえば赤い服と紫のマントぐらいだったのでした。 「よ、よくも騙したな!」 「ふふふ。これでカミューの呪いは解けず、マイクロトフはワシのものじゃ!」 王子が激昂しても悪魔は余裕たっぷりに笑うだけです。言葉は言霊。たとえ相手が違っていても宣言してしまった以上は成立してしまうのです。カミューは悲しげに顔を歪めるとパーティ会場を飛び出していきました。 「カミュー!!」 王子は慌てて後を追います。 カミューは森の湖に戻ると、今夜こそ呪いが解ける、と喜んでいた侍女たちに事情を話しました。侍女たちは一斉に青ざめます。 「王子様が悪魔に騙されてしまったのですか?!」 「ああ……どうしてそんな恐ろしいことに……!」 まったくな。 カミューは心の中で毒づきました。何がショックってあんなデブおやじと自分の区別がつかなかったマイクロトフの鈍さ、というか鈍いというレベルを超越した大物ぶりというか……あまりにも精神的ダメージが大きすぎました。これが他の人間だったら即燃やしているところですが、そこは惚れた弱み。怒りの矛先はあのにっくき悪魔へと向かいます。 あの白ブタ……。燃やしてくれようか! カミューには炎を操る力がありました。ただ、今は呪いで封じられています。それが悔しくて仕方ありませんでした。どうせ呪いが解けなくなってしまったのなら、悪魔を殺してもなんの不都合もありません。それに、このままでは誓いが成立して愛しいマイクロトフが醜い悪魔のものになってしまいます。そんなことが許せるはずがありませんでした。 そして、呪いは解けませんでしたが、マイクロトフをあきらめるつもりなど、これっぽっちもないのです。そう。それは強烈な一目惚れでした。呪いに巻き込まれてしまった侍女たちのほとんどが『お手付き』なほど浮名を流していたカミューでしたが、マイクロトフを見た瞬間、自分でもおかしいくらい彼に夢中になったのです。 なんとかしてみせる、と、カミューは気合いを込めて拳を握りました。 昼夜問わずベタベタできないのは非常に残念ですが、少なくても夜の間は人間に戻れるのですから、とりあえず夜の生活のほうは万全です(←?)。 ひとり決意を固めていると、 「カミュー!!」 王子が追いつきました。全力疾走で追いかけてきてくれたのを嬉しく思いながら、カミューは悲しげに顔を伏せ、逃げ出します。 「カミュー! 待ってくれ!」 「こないでくれ! 私は……私たちはもうだめだ……。一生、呪いを受けたまま生きていかなくてはいけない……」 「カミュー! そんな……!」 2人は小高い崖まで走っていき、行き止まりとなってようやく足が止まりました。王子が腕を掴むとカミューはいやいやをするように力なく首を振ります。 「離してくれ……!」 「カミュー! あきらめるのはまだ早い! 他に何か方法があるかもしれぬではないか!」 王子の言葉にカミューは瞬時に目を潤ませると王子を見つめます。 「もう呪いは解けない……。どうすることもできないよ……」 「……呪いが解けなくても、俺の城に来ればいい」 思惑どおりの展開にカミューは内心、しめしめ、と思いつつ、しおらしい態度を崩しません。 「……いいの?」 「ああ。城内はペットOKだからな! 手厚く迎えよう」 ペット? カミューはひっかかるものがありましたが、王子に悪気がないのはわかります。とりあえずは突っ込まずにおきました。それよりも、と、王子の顎に手をかけ顔を寄せます。 「じゃあ、これからもずっと一緒だね?」 「ああ……」 「そうはいかぬぞ!」 2人の甘いムードをぶち壊したのは辺り中に響き渡ったダミ声でした。カミューは、いいところを……と射殺すような視線を突然現れた邪魔者に向けます。そこにいたのは言うまでもなく悪魔でした。相変わらず丸い身体に赤い服を着ています。走ったときにとれたのか、ボタンがいくつかなくなっていました。 カミューは邪魔されたのと、これが自分の真似をしているつもりなのか、という思いが相俟って、腹立たしいことこのうえありません。いつものように泣かせるまで罵って追い払ってやろうかと口を開きかけましたが、寸ででやめました。自分の性悪ぶりは充分自覚してましたが、王子に嫌われるのでは、と思うと王子の前では披露したくなかったのです。 「悪魔め! なにしに来た?!」 王子が勇ましく怒鳴ります。 悪魔・ゴルドーは無類の美青年好きでした。隣国のカミューに目をつけ、迫ったのですが、それはもう筆舌しがたいほどの酷い振られ方をしたのです。そのあまりな仕打ちにかわいさ余って憎さ100倍となった悪魔が呪いをかけたのでした。そのうち泣いて縋ってくるだろうと思っていましたが、カミューは一向にそんな素振りも見せません。それどころか姿を見せるたびに氷の刃のような辛辣な言葉を投げつけてきます。しかも、言葉巧みに騙され、呪いの解き方を聞き出されたのです。どちらが悪魔かわかりません。 そんな悪魔が次に目をつけたのがマイクロトフ王子でした。最初はカミューの様子を窺っていたのですが、カミューとマイクロトフ王子とのやりとりを見ていて、マイクロトフ王子のほうがずっと素直で優しそうに思えたのです。 「マイクロトフ! おまえはもうワシのものじゃ! こっちに来い!」 悪魔が叫ぶと王子はぎり、と睨みつけました。腰に下げた愛剣に手を伸ばしかけ、カミューの「悪魔を殺すと呪いが一生解けない」というセリフを思い出します。悔しそうに歯噛みしました。 「そんな顔をしても無駄じゃ! 騎士(?)が誓いを違えるのか?!」 「ぐ……」 痛いところを突かれ、王子は明らかに動揺しました。心の中でしばし葛藤しましたが、結局は従わないわけにはいかず、悪魔の方に歩き出そうとしました。すると、背後からカミューに抱きしめられます。 「カミュー……」 「いかないで」 振り返った王子にカミューは縋るような視線を向けました。カミューはこの状況がもどかしくて仕方ありません。この場に王子がいなければ、こっぴどく悪魔を追い払うことなど造作もないことなのです。 カミューの切ない表情に王子の視線が困ったように逸らされると、カミューは悪魔をじろり、と睨みつけました。悪魔はその視線の恐ろしさに震えあがります。 「マ、マイクロトフ! 早くくるのじゃ!」 悪魔が上擦った声で叫ぶと王子は悪魔を真正面から見つめました。どこか覚悟したような表情で静かに話しかけます。 「俺が……おまえの元に行ったら、カミューの呪いを解いてくれるか?」 「マイクロトフ?!」 驚いたようなカミューの声に、王子は安心させるかのように背後から回されているカミューの手に自分の手を重ねました。 「カミューは女性なのだぞ。あまりにも酷い仕打ちではないか。もしどうしても呪いをかけねばならないのなら、俺が受けよう。だからカミューの呪いを解いてくれ」 「カ、カミューが女性じゃと……? 何を……」 悪魔はとまどったように何かを言いかけましたが、カミューの刺し殺すような視線に「ひっ」と言葉を飲み込みます。悪魔が口を噤むとカミューは酷薄な笑みを浮かべました。しかし、それも一瞬のことで、すぐ王子を抱きしめている腕に力を込めます。 「マイクロトフ……! いけない! 私はマイクロトフがいればこのままでいいから!」 「カミュー……。すまない。だが、騙されたとはいえ、俺は誓ってしまった」 辛そうに言葉を紡ぐ王子にカミューは内心、ちょっと待て! と焦りました。まさか馬鹿正直に悪魔との誓いを選ぶとは思っていなかったのです。 「そんな……! マイクロトフ! ヤツの言いなりになってはダメだ!」 カミューは引き止めようと必死に漆黒の瞳を見つめました。しかし、王子は穏やかな笑みを浮かべると、 「たとえどんな姿に変えられようと、おまえの幸せを願っている」 と、応えるだけです。カミューはまずい……と思いました。恐ろしいほどに真っ直ぐな性格です。ここまできて悪魔に王子を盗られるなんて耐えられるはずがありません。 こうなったら最後の手段だ…… カミューは顔を歪めると、 「おまえが傍にいなくてどうして私が幸せになれると言うんだ! そんな人生、意味がない……!」 と叫び、崖に向かって走り出しました。王子は目を見開くと、 「馬鹿な真似はよせ!!」 と慌てて追いかけます。崖っぷちでさりげなく足を止めたカミューは作戦成功、と内心ほくそ笑みました。なんだかんだ言っても王子は自分を選んでくれたのです。これで王子に引き止められたら、うまく王子を言いくるめて悪魔を追い払うだけ……。 が、計算高いカミューとは正反対に、思い込んだら一直線タイプの王子は勢いづいた身体を止めることなどできませんでした。飛び降りようとしたカミューを止めようと全力で走った身体はカミューに体当たりするように突進してしまい、カミューもろとも、宙に浮きます。 「「うわあああああああ!!」」 2人は抱き合うようにして湖に向かって落下しました。 カミューは落下している途中に悪魔の断末魔の叫びを聞きました。ちらり、と東の空を見ると夜が明け、朝日が昇りはじめています。 そうか……ヤツは朝日が昇ったら滅びるんだった……。 やりとりに夢中になっているうちに悪魔は時間を失念していたようです。これで呪いは永遠に解けなくなりましたが、王子が悪魔のものになることもなくなりました。昨日までは朝日が昇る、ということは人間でいられる時間に終わりを告げる、ということであり、夜が明けなければいい、と思ったことも一度や二度ではありませんでした。ですが、今日、初めて朝日が昇ったことをこんなに嬉しく思ったのです。 カミューは満足したように笑むと王子を庇うように頭を抱きしめて目を閉じました。 湖にざっぱーんと大きな水柱があがりました。そして、その波が静まる頃、崖から落ちた2人は互いを支えながらようやく水面に顔を出します。 「大丈夫か、カミュー」 「ああ。だが、もうすぐ白鳥に戻ってしまう……」 浅瀬に泳ぎついた2人は絶望的な気持ちで朝日を見上げました。ところが。 「白鳥に……」 「戻らない……?」 2人は茫然と見つめ合います。陸に目をやると、やはり人間のままでいる侍女たちが事情はわからないものの、白鳥に戻らないことを抱き合って喜んでいました。やがて、先に事態を把握したカミューが濡れた髪をかきあげながら口を開きます。 「どうやら……悪魔に騙されていたようだね。死んだら呪いは解けなくなる、と言っておけば自分の身は安泰だったろうから」 「なるほどな……」 カミューの推測に王子も納得します。そうとわかっていれば悪魔と堂々と対決できたのに、と少し残念な気持ちもありましたが、目の前のカミューが人間の姿のままだという喜びのほうが強く感じました。 「よかったな、カミュー」 めずらしく満面に笑みを浮かべる王子にカミューはどきっとしながらも、一難去ったところでどうしても言っておきたいことがあります。 「それはそうと……」 カミューは王子を抱き寄せて顔を覗き込みました。その瞳には少々意地悪げな光が浮かんでいます。 「どうしてあんな白ブタと俺を間違うかなー?」 昨日、あんなに愛を囁き合ったのに、と責めるような口調に王子は、カミューが怒るのはもっともだ、と申し訳なく思いました。一人称が『私』から『俺』に変わっていることなど気付くよしもありません。 「す、すまない、カミュー……」 赤面してうつむく王子にカミューは「許さないよ」と応えます。王子が弾かれたように顔を上げると、カミューは素早く口付けました。 「一生、俺を愛してくれないと許さない」 「カミュー……」 目を瞬かせる王子にカミューは悪戯っぽく笑います。 「誓える?」 濡れた髪が額や頬に張りついているというのに、カミューはとても綺麗でした。濡れたせいか煌いている琥珀色の瞳に見つめられて、王子は惹き込まれるように頷いてました。 「ああ」 王子の返事にカミューは嬉しそうに笑うと、 「じゃあ、許してあげる」 と、もう一度口付けました。王子も素直に目を閉じてそれを受けます。 2人は夜明けの太陽の下、抱き合ったまま何度も口付けを交わしました。 「そういえば女性には戻らないのだな?」 「え? ああ、そうだね。随分、中途半端に呪いが解けたものだよ」 首を傾げる王子にカミューはなんでもないようにあっさりと応えます。 「そんなこと、大したことじゃないだろう? それとも女性じゃない俺は愛せない?」 漆黒の瞳を覗き込むと王子は少し赤くなって、 「どんな姿をしていてもカミューはカミューだ。気持ちは変わらない……」 と、カミューの瞳を見つめ返しました。カミューは綺麗に微笑みます。 「ありがとう、マイクロトフ。愛しているよ……」 こうして。王子マイクロトフと隣国の王女(?)カミューは末永く幸せに暮らしました。 めでたし、めでたし |