|
むかしむかし、ある国にマイクロトフという王子がおりました。 マイクロトフ王子は26歳。周りはそろそろお妃様を娶られるのを望んでいましたが、肝心の王子は恋愛ごとが苦手で、しかも真面目でいらっしゃったので、愛のない結婚はできない、と頑なに拒んでいました。 そんなある日。 マイクロトフ王子は従者を連れ、夜の狩りに出かけました。普段は規則正しく早寝する王子ですが、今日は日中の仕事が忙しかったため、気晴らしにきたのです。しかし、森に入ると道に迷ってしまいました。月明かりを頼りに歩いていくと、どこをどう歩いたのか、大きな湖のほとりに着きました。湖には美しい白鳥たちが泳いでいます。マイクロトフ王子はその中の一羽に目を奪われました。 その鳥は炎のように真っ赤な羽根の持ち主でした。ひょい、と片足で立ったりします。マイクロトフ王子は幼い頃から正義の味方が大好きで、赤=正義の色、という図式ができあがっていましたので、この鳥の華麗な片足立ち姿に、盲目的に心惹かれてしまいました。マイクロトフ王子はうっとりと白鳥(?)を見つめながら傍らの従者に声をかけます。 「あんな赤い白鳥など見たことがない」 「い、いえ、王子、あれは白鳥ではなく……」 「なんて美しいのだろう。連れて帰られないものだろうか」 マイクロトフ王子は少し人の話を聞かない癖があります。従者が何かを言いかけたのはまったく耳に入ってません。うっとりと白鳥たちを見つめていると、白鳥たちはどうしたのか、一斉にほとりに向かい、陸に上がりだしました。そして、驚いたことに白鳥たちは月明かりを浴びて次々と美しい娘に変わっていくではありませんか。 「これは……どういうことだ……?」 マイクロトフ王子は茫然とその光景に魅入っていました。王子の視線の先で、王子が惹かれた赤い白鳥も同じように月明かりを浴び、美しい青年に姿を変えていきます。服はやはり深紅で、紫のマントを羽織り、王子の目には正義の味方そのもののいでたちに見えました。亜麻色の髪が、琥珀色の瞳が、月明かりを浴びて金色に輝き、とても綺麗です。 変身が終わると王子は思いきってその青年に近づいていきました。その足音に気付いたのか青年は振り返り、王子の姿を認めると驚いたように目を見開きます。 「……君は?」 首を傾げる青年に王子は慌てて応えました。 「い、いや、警戒しないでくれ。俺はこの国の王子、マイクロトフと申す」 礼儀正しくきちんと名乗ると、青年はずい、と近づき、王子の顎を捉えます。驚いて見開く瞳を覗き込んで目を細めました。 「ふーん、マイクロトフ、か。可愛い名前だね」 自分の名前をかっこいい、と言われたことはありましたが、可愛い、などと言われたのは初めてで、王子はわけもなく恥ずかしくなりました。頬に赤みがさしたのを自覚しながらわずかに目を逸らします。 「そ、そう……か?」 すると青年は、ふふ、と微笑みもう一度、可愛いね、と囁きました。その響きの良い低音に王子の心拍数がいきなり上がります。慌てて1歩下がるとどぎまぎしながら、何か言わねば、と思い、さっき見た光景はなんなのか聞いてみようと思いました。 「そ、そういえば、あなたたちはどうして白鳥から人間に姿を変えたのだ?」 「それは……」 青年は言い淀んで、きゅ、と形のいい眉をひそめます。王子は聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、と思い、無理に言わなくていい、と言おうとしましたが、一瞬早く青年のほうが口を開きました。 「悪魔に……呪いをかけられたのだよ。私と侍女たちは白鳥に姿を変えられ、夜の間だけ人間の姿に戻れるんだ……」 「なんだって?!」 穏やかではない話に王子は目を剥きます。そして、彼が赤い色を纏っていることに、その理由を見つけました。 「そうか! あなたは正義の使者だから悪魔に目の仇にされてしまったのだな!」 「は?」 「悪魔め! なんて卑劣な真似を!」 勧善懲悪が信条の王子は拳を握り締めます。頭の中ではこの青年と悪魔の激しい攻防が繰り広げられ、ひとりで盛り上がっていましたが、目の前の青年がきょとん、としているのに気付きました。 「……違うのか?」 王子が首を傾げると、青年はハッとしたように目を瞬かせ、慌てて首を振ります。 「いや。そのとおりなんだ」 「やはりそうか! あなたを助けるために俺ができることはないか?!」 「助けてくれるのかい?」 「あたりまえではないか! 俺も悪は絶対に許せない!」 王子が力強く言い切ると、青年は、に、と含みのある笑みを浮かべました。ですが、熱く燃えている王子はそれに気付きません。 「どんなことでも協力してくれる?」 「もちろんだとも! 悪魔を倒しに行くなら喜んで手を貸すぞ!」 「それはできないんだ。悪魔を殺しては呪いは永遠に解けなくなってしまうんだよ」 青年の言葉に王子は眉を顰めます。せっかく毎日鍛えてきた剣を思う存分ふるえる機会がきたと思っていたのに、と、少々落胆してしまいました。 「そうなのか? ならば、どうすればよい?」 明らかにトーンダウンした王子を青年は、わかりやすいなぁ、と、くすくす笑います。そして、王子の腰を抱き寄せると、息が触れ合うくらいの近距離で目を覗き込みました。 「大勢の人を前に、大声で私に愛を誓ってほしいんだ」 「は?」 王子はちょっと理解を越えた言葉に硬直しましたが、青年はかまわず言葉を続けます。 「そうすれば悪魔の呪いが解ける。私も彼女たちも人間に戻れるんだよ」 ね、と首を傾げる青年に、王子は麻痺した頭で今言われたことを反芻してみました。そして理解したとたん、ぼん、と火がついたように赤面します。 「な、な、なにを……。あ、あなたも俺も男だぞ?!」 男が男に愛を誓うなんて、と、慌てる王子に、青年はしごく真面目な顔で応えました。 「実は……私は隣国の王女なんだ」 「え?」 「呪いで性別まで変えられてしまったんだよ」 よよよ、と悲しげに顔を伏せる青年に王子は同情すると同時に感動しました。 「あなたは王女という立場も省みず、女性の身でありながら勇敢に悪魔と闘っていたのだな!」 素晴らしい女性だ、と褒め称える王子を青年は瞳を潤ませて見つめます。 「だが、こんな姿に変えられてしまった……」 「い、いや、そ、その姿でもじゅ、充分美しいではないか……」 女性に褒め言葉など言ったことのない王子はしどろもどろになりながらも、その姿を恥じることはない、と伝えました。男の姿である今も、男の目から見ても本当に美しい顔立ちをしていましたし、女性が苦手な王子には男の姿でいてくれたほうが話しやすくて助かるくらいです。 王子の言葉に青年は嬉しそうに微笑みました。 「ありがとう、マイクロトフ。マイクロトフも凛々しくて素敵だよ」 こんなに可愛いしね、と青年は目の前にある王子の唇をつつ、と人差し指でなぞりました。王子は青年の言葉としぐさに真っ赤になってしまいます。さっきから腰を抱いた手があちこちを撫でまわしたりしていましたが、今まで自分にこんなふうに接してくる人間などいなかったので、相手の意図がわからずどう対応したらよいかわからなかったのです。ただ、さっきから背筋のあたりがむずむずする感覚に王子は落ち着かない気持ちになって、とりあえず離れてもらおう、と青年に呼びかけます。 「そ、その……王女……」 「カミューだよ……」 「カ、カミュー姫」 「姫、はいらないよ」 「で、では、カミュー、そ、その、少し離れてもらえないか?」 「どうして?」 「どうしてって……」 どう説明したものか、と王子が口ごもっていると、青年の姿をした王女、カミューは悲しそうな表情を浮かべました。 「マイクロトフは……私を愛してくれないんだね……。それでは、呪いを解くことはできないよ……」 憂いを帯びた表情に王子の心臓がどきん、と跳ねます。 「そ、そんなことは……」 「大勢の人の前で愛を誓う、というのはうわべだけの言葉じゃなんの効力もないんだよ? 気持ちがこもっていないといけないんだ」 「う、うむ……」 「マイクロトフにそれができるの?」 琥珀色の瞳でじっと見つめられて、王子は茹蛸のようになりながらも、正直に気持ちを伝えようと口を開きました。 「お、俺は……カミューを一目見た瞬間から、す、好きだと思った……」 その赤い色が、と付け足すのを忘れた王子の運命はここで決まりました。カミューは一瞬目を見開きましたが、すぐ目を細めると、 「本当?」 と、聞き返してきます。その瞳にはなにやら妖しい光が浮かんでいましたが、純粋培養育ちの王子が気付くはずもありません。素直に頷きました。 「カミューは女性にしておくのがもったいないくらい勇気ある素晴らしい女性だ。生涯、正義のために共に闘っていけたら、と思う……」 正義の味方になることは王子の幼い頃からの夢でした。カミューは悪魔に呪いをかけられるほど悪魔にとって邪魔な存在なのでしょう。と、なればかなり強いはずです。これ以上心強いパートナーは他にいないのでは、と王子は思いました。 「嬉しいよ、マイクロトフ」 カミューは王子の頭を引き寄せるとおもむろに唇を重ねました。王子は突然のことにびっくりしてしまいます。突き飛ばすようにカミューを押しのけてしまいました。 「なっ、何をする?!」 「何って……予行練習のつもりだったんだけど」 こんな調子じゃあ呪いは解けないね、とカミューは悲しげに呟くと、さめざめと泣き出します。姿は男ですが中身は王女であるカミューに泣かれ、王子は心底慌てました。女性が苦手な王子が泣いている女性をどう扱ったらいいのか、なんてわかるはずもありません。どうしたらいいのか、と途方に暮れながら、なんとか言葉を紡ぎました。 「そ、その、嫌、だったわけではない。突然だったので、驚いてしまっただけだ……」 それは嘘ではありません。いくら中身は女性とはいえ、外見は男にいきなり口付けられたのです。いや、女性の姿であってもそれはそれで驚いたでしょうが。 王子の言葉にカミューは顔を上げました。 「本当に? 嫌じゃなかった?」 「あ、ああ」 「じゃあ、今度はマイクロトフからキスして」 「なっ……?!」 目を剥く王子にカミューはまたも両手で顔を覆って泣き出します。 「私は一生、白鳥の姿で暮らさねばならないのだね……」 「カ、カミュー……」 王子はしばしおろおろとしていましたが、覚悟を決めるとカミューの顔を覆っている手を外させて露わになった額にそっと口付けました。 「……これだけ?」 「ううう。勘弁してくれ……」 不満そうな口調に王子が熟れたトマトのような顔で応えるとカミューは、まあ、これで許してやるか、と軽く舌を出しました。 「ところで、いつ呪いを解いてくれるの?」 「1日でも早いほうがいいだろう。明日、父上たちに相談して、夜、集められるだけ集めよう」 純情がゆえに一途な王子はひとつのことを考えると他が目に入りません。頭の中はもう呪いを解くことでいっぱいです。カミューは嬉しそうに頷くと、 「ありがとう、マイクロトフ。ところで、愛を誓う、ということは一生添い遂げることだってことはわかっているよね?」 と、一応、念を押しました。話があまりにも早すぎるので、王子がちゃんと要点を掴んでいるのかが不安になったのです。しかし、それは杞憂に終わったようでした。王子は赤い顔のままかすかに頷くと応えます。 「今は……正直いってあまり実感がないのだが、カミューのことは、好き、だと思うし……」 「思う?」 「す、すまない。こういうことは苦手でよくわからないのだ。だが、カミューとならうまくやっていけると思ってる……」 飾らない言葉だけに真剣みがあります。カミューは満足げに微笑むと抱きつきました。 「一生、幸せに暮らそうね」 「あ、ああ……」 照れくさそうに、しかし、嬉しそうに笑った王子にカミューはもう一度唇を重ねました。 さて。2人だけの世界になってしまったこの光景を、マイクロトフ王子の従者やカミュー王女の侍女たちは遠巻きに見て見ぬふりをしていましたが、ただ一人、食い入るように覗いていた人物がおりました。その人物は悔しそうに歯噛みしながら、 「そうはさせぬぞ……」 と呟くと、瞬く間に姿を消したのです……。 つづく |