〜BUS DRIVER・2〜




「俺も……マイクロトフのすべてが好きだよ。愛してる……」
 囁きと同時にぺろ、とへその窪みを舐められ、マイクロトフは息を飲んだ。そのセリフが先程の自分が言ったことを指しているのだということに気付くのにしばし時間がかかる。頭は霞みがかかったかのように働かなかった。
 自分でもよくわからないうちに衣服は乱され、カミューの指が、唇が、身体のあちこちを辿っている。マイクロトフは、自分の身体が、というか、男の身体がこんなに感じるものだとは思いもしなかった。さっきから息は上がりっぱなしで、思わぬ刺激に漏れそうになる声をこらえるのがやっとである。
 カミューはといえば、先程までの焦燥が嘘のように落ち着いた様子で、マイクロトフの身体のあちこちに眠る官能を探していた。……と、マイクロトフは思っていたが、実をいうとカミューにも余裕などかけらもなく、ただ夢中になっているだけのことであった。
「真面目なマイクロトフ、怒りっぽいマイクロトフ、すぐ照れてしまうマイクロトフ、純情で可愛いマイクロトフ……どのマイクロトフもこの上なく魅力的で好きだよ……」
 カミューはうっとりとしたように語ると、マイクロトフの片足を持ち上げ、内股のあたりに口付ける。ひくっとひきつるように身じろいだマイクロトフは翻弄されっぱなしなのが悔しくて、片腕で顔を半分隠しながらカミューを睨みつけた。
「おまえがっ、見ている俺が……本、当の、俺だとは限ら……ないんだぞ……っ」
 そのセリフにカミューは一瞬、意外そうに目を見開く。が、自分を睨みつけるその漆黒の瞳はわずかに潤んでいた。それは絶え間なく与えられる快楽を必死に押し殺していた証。それが己の手によってもたらされたのだと思うと否応なく気持ちが昂ぶってくるのを感じた。
 器用な嘘をつけるタイプでないことはわかっている。おそらく悔し紛れに出てきた可愛い挑発に、思わず好戦的な笑みが浮かんだ。
「だったら俺が暴くまでだよ。全部、隠しようのないほど……暴いてみせる……」
 その艶然とした笑みに、マイクロトフはかぁっと顔が熱くなるのがわかった。墓穴を掘った、と思ってももう遅い。そんなマイクロトフにカミューはもう一度微笑み、足のつけねあたりをきつく吸うとそのまま唇を太腿に、膝に、ふくらはぎに、と順に落としていった。くっ、と息を詰める気配に満足げに目を細める。

「どんなマイクロトフでも必ず愛するから……。俺だけに……全部見せて……」


 カミューは目覚ましがわりにしている携帯のアラーム音で目が覚めた。普段もそんなに寝起きはいいほうではないが、今日はさらに酷く、頭の中に靄がかかっているようだった。とりあえず肘を立て上半身をゆっくり起こしながら、どうしてこんなに身体がだるいのだろう、と考える。
 そして。我に返った。
 がばっと身体を起こすと、隣にマイクロトフの姿はなかった。いや、今日は彼は早出なのだから、この時間にまだ居たりしたらかなり問題があったのだが。そして、いつもより30分早くタイマーをセットしていたのは、それこそ彼が運転するバスに乗るためだ、ということを思い出すと、慌ててベッドから降りた。そのへんに散らばっている服を適当に羽織りながら、マイクロトフの身体は大丈夫だったろうか、と思う。そして、昨夜、あれだけ無理させたのに、ちゃんと起きて仕事に向かうなんてさすがだ、と、どこまでも生真面目な彼が、らしすぎて、笑いがこみあげてきた。
 リビングに向かうとテーブルの上に走り書きのメモが置いてあった。メモには几帳面な字でシャワーを使わせてもらった旨と、口に合ったら食べてくれ、とキッチンに味噌汁を作ってあることが書いてある。どこまでも律儀だ、と思いながら、カミューもシャワーを浴びるべく浴室に向かった。
 昨夜は慣れない行為に、自分もマイクロトフもかなりの痛みを伴ってしまったが、少なくても自分は、身体はもとより、心がとても満たされた。ようやくひとつになったとき、あんなに幸福感に満たされたのは初めてのことだった。

 できれば初めての朝くらい一緒に起きたかったなぁ……。

 向こうも気を遣ってこっそりと抜け出していってくれたのだろうが、気付かなかった自分が本当に悔やまれる。
 カミューはそんなことを思いながら、ざっとシャワーを浴びて着替えた。余韻に浸っていたいのはやまやまだが、そんなことをしていては、彼に会える貴重な時間をも逃してしまう。
 カミューは手早く身支度を整え、マイクロトフが作ってくれた味噌汁をありがたく頂戴した。味噌汁は野菜がたくさん入っていて、ちょっとした朝食がわりになりそうなボリュームだった。カミューは朝は大抵パンを食べる。食べながら移動できたりと手軽だからだ。野菜はサラダ用に買っていたものなので、レタスなども入っていたが、まあ、それは男の料理ゆえの愛嬌だろう。米は前に切れてから買っていなかったから、彼も味噌汁だけ食べて行ったのだろうか、と思うと、帰りに米を買ってこよう、と思った。一人だと改めて作る気になれなくて、ほとんど自炊はしていなかった。だが、2人で料理するのもいいかもしれない、と思うとちょっと気持ちが弾む。
 2人で並んでキッチンに立っている姿を想像してにやけそうになったが、時計が目に入り、そんなドリームに浸っている場合ではないことに気付く。慌てて残りを咽喉に流し込み、洗い物はとりあえずそのままにして、部屋を出た。

 心が。自分でも笑ってしまいそうなくらい浮かれている。「おはよう、小鳥さん。素敵な朝だね」とかやってしまいそうなくらい幸せで仕方ない。あまり寝てない身体は辛いはずなのに、それ以上に充足感に満ちていた。
 油断するとにやけてしまう顔をなんとか引き締めつつ、カミューはバス停に向かう。世界が薔薇色に見えることがある、というのは本当なんだな、なんて思ってるあたり、かなり重症といえた。

 浮かれた気分でバス停に着くと5分前だった。
 時計と睨めっこして逡巡する。ひとつ前のバス停に行こうか、という思いが浮かんだのだ。ひとつ前のバス停まで走っても数分、といったところだろうか。急げば間に合いそうな気がする。そんなに意味がないのはわかっていた。車の移動では1分にも満たない時間しか変わらないのだから。だが、1分でも早く彼に会いたいのだ。1秒でも長く彼と居たいのだ。
 カミューはひとりで頷くと前のバス停に向かって走り出した。
 ところが、バス停が視界に入ったときにはバスがもう着ていた。バス停から車道に戻るために右ウインカーが点滅している。カミューは、嘘だろっ! と思いつつ、駆け足を全力疾走にスピードアップさせた。心の中で神やら仏やらに無駄に祈りながら、とにかくマイクロトフが見つけてくれますように! と、強く願い、とにかく走った。

 一方、バスを発進させようとしていたマイクロトフの視力2.0の目には。必死の形相で走ってくるカミューの姿はもちろん見えていた。
「何をやってるんだ、あの馬鹿……」
 呆れたように小声でつぶやいたつもりが、車内アナウンス用のマイクを切るのを忘れていたため、車内に響き渡ってしまった。怒ってる、というよりは呆れてる口調に乗客がくすくす笑う。マイクロトフは真っ赤になりながら慌ててマイクのスイッチを切り、右に出していたウインカーを左に変えた。
 そして、ようやく到着したカミューを乗せるためドアを開く。息も絶え絶えバスに乗り込んだカミューが料金を料金箱に入れてると、事務的な口調で「おはようございます」とマイクロトフが言った。カミューは顔を上げて目を細める。そして、真っ直ぐ運転席のすぐ後ろに向かい、柱に掴まった。ドアが閉まり、バスがゆっくりと動き出す。
「おはよう」
 ぜいぜい息をつきながら小声で話しかけてきたカミューに、マイクロトフは視線は前に据えたまま、
「何をやってるんだ、おまえは……」
 と、呆れたように応えた。
「だって、バス停ひとつ分でもいいから早く会いたかったんだよ。バス停ひとつ分でもいいから長く一緒に居たかったんだ」
 朝は挨拶もできなかったしね、と、カミューが嬉しそうに笑うと、マイクロトフは黙り込む。なんらかの返事がくるものと思っていたカミューは、どうして黙っているんだろう……と思って凛々しい後ろ姿を見つめていると、制服からのぞく首筋がみるみる真っ赤に染まっていった。口の中で「ばか……」と小さくつぶやいたのが聞こえる。カミューは、可愛いなぁ、と、思いながら、今朝起きてからずっと気になっていたことを口にした。
「あ。身体、大丈夫? 辛いでしょ……?」
 夕べの行為を思うと、座りっぱなし、というのはかなり身体に負担があるのではないか。気遣うように問うと、マイクロトフはぎっとルームミラーで睨みつけてくる。その目元はほんのり赤い。
「こっ、こんなところでなんてこと言うんだ!」
「だって……、よく寝坊しなかったね」
 実質、3時間も寝てないはずだから、普段、規則正しい生活を送っている彼にはかなりの負担だろうと思う。しかも、最後は気を失うように眠りについてしまったのだ。
 カミューのセリフに、昨夜の行為が赤裸々に脳裏に甦ってしまったマイクロトフは心拍数が一気に上がった。動揺を静めねば、と思い、なにか関係ないことを言って気を紛らわせようとあれこれ考える。しかし、もはや思い浮かぶのは自分の痴態のみ。みっともないところを見せたし、かなり恥ずかしいことを口走ったような気もする。はっきりいって一晩まるごと記憶の彼方に押しやってしまいたいくらいだ。
 四苦八苦してようやく口にできた言葉は、
「こ、米ぐらい買っておけ!」
 だった。今朝、慣れないキッチンで味噌汁を作りながら米を探したのだが、米が入っていたらしきタッパーを見つけただけで、米はとうとう見つからなかった。
「うん。今日、買って帰るから部屋に寄ってよ。明日、休みでしょ? 今朝の味噌汁のお礼に何かごちそうするよ」
 悪態をついてもにっこりと笑顔で返され、マイクロトフは全然かなわないことを思い知る。さっきからこっちが恥ずかしくなるくらい笑顔全開で、この場で踊りだしそうな勢いなのだ。

 昨日……した、からって……恥ずかしいヤツだ!!

 恥ずかしいのを誤魔化すかのように憤る反面、こんなに浮かれさせているのが自分だと思うとくすぐったいような嬉しさがある。
 マイクロトフは、これが恋愛ってものなのかな、と思ったりした。
 そして、バスはカミューの降りるバス停に着く。カミューはバスが止まる寸前、ブレーキによる慣性の法則のように見せかけて身体を前の方に少し傾けると、
「じゃあ、いってきます」
 と、マイクロトフの耳元で囁いた。「ああ」と小さく聞こえた返事に満足げに目を細める。
「ありがとうございました」
 デッキを降りるときに誰にでも言ってる事務的な挨拶も、自分には心なしか優しく聞こえた。
 カミューはバスを降りると、うーんと伸びをする。
 ドアを閉め、バスを出発させたマイクロトフは、頭を下げたときに少し曲がった帽子を片手で直し、気を引き締めてハンドルを握る。


 今日もいい1日になりそうだ……。



 おわり




55000HITしてくださった花梨さまからのリクエストで
「『BUS STOP』の続き」でした。
カミューさんが青二才と化してますな(笑)
前作を書いたとき、なんとなく続きを書きたいなぁと
思っていたのですが、こうしてリクをいただけるなんて……!
花梨さま、ありがとうございました〜。


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