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カミューはちらり、と時計を見た。まもなく日付が変わる時刻。彼はそろそろ車庫にバスを入れている頃だろうか、と考えながらビールを一口口に含む。最近、気がつけば時計を見て、彼の行動を考えるのが癖になっていた。 これってストーカーってやつ……? 自分の行動を振り返り、思わず苦笑いが浮かぶ。自覚があるだけ少しはマシだろうか。 「カミュー、飲んでるか?」 「飲んでますよ」 隣から声をかけられ、カミューは咄嗟にいつもの人当たりのいい笑みを浮かべた。会社の先輩は、そうか、と陽気に笑うと場の話の輪に戻っていく。 今夜は会社の飲み会に参加していた。 カミューは会話を聞くふりをしながら青い制服を纏った彼の姿を思い浮かべる。 1ヶ月ほど前にできた恋人はひとつ年下の男だった。たまたま乗ったバスの運転手に一目惚れして、とまどう彼を強引にくどき落としたのだ。 しかし、サラリーマンの自分とバスの運転手の彼とはすれ違いが続いた。彼の仕事は土曜、日曜も関係ないため、休みが重なったのはまだ1日しかない。平日でも、今日みたいに遅番の次の日が早番というローテーションだと、自由な時間は5時間程度しかなく、家に直帰して寝ないと身体がもたない、という理由で会えなくなってしまう。家から会社までの路線を朝か晩に走る日があれば多少時間が合わなくても強引にそのバスに乗るのだが、それだってまだ2度しかない。しかも、向こうはもちろん仕事中で、おおっぴらに話ができるわけもなかった。 そして、なかなか会えない分、関係が進むのも遅かった。ただでさえ男同士の恋人関係なんて手探り状態なのに、元々、恋愛ごとを苦手としていたらしい彼は中学生も真っ青なぐらい純情で、キスひとつで身体を強張らせてしまう。そんながちがちの反応を返されてはさすがに罪悪感のほうが上回り、それ以上はできなくなる。 まだキス止まりの恋人。 それでも彼に惹かれる引力は衰えることを知らない。電話1本で舞い上がる自分。会えない、と言われただけでどん底まで落ち込む自分。自分ですら知らなかった様々な自分が彼の存在によって次々と暴かれていくのは、少しの恐怖とそれを圧倒的に上回るなんともいえない高揚感を覚えた。病気の1歩手前なのではないかというほどの執着の強さ。彼がいると思うだけで毎日が楽しく感じる、前向きな思考。すべて彼に出会ってから知ったこと。 カミューは彼のことを考えているうちに声が聞きたくなった。 本当は、明日会える。明日の朝、彼が運転するバスが自分の家から会社までの路線を走るのだ。声を聞くこともできるし、うまく傍にいければ少しだが会話も交わせる。けれど。 電話しようかなぁ……。 電話ぐらい気軽に、と思うのだが、彼は用もないのに電話してくる自分を迷惑がっていた、というかとまどっているふうだった。好きな人の声が聞きたいだけ、という感覚がわからないらしい。それも彼らしいのだが、やっぱり少し寂しかったりする。自分ひとりが盛り上がっているみたいで。いや、実際、自分の片想いから始まったのだから、そうなんだが。でも、 『毎日何百人と見ているのに……なぜかおまえだけは印象に残った……』 彼が言ってくれたセリフ。惹かれたのは自分だけじゃないって思うのは自惚れなんだろうか……。 カミューは決心したように小さく頷くと、電話をするためにこっそりと席を立った。店の外に出て携帯電話を取り出す。短縮ボタンを押して電話を耳にあてると、少しどきどきしている自分に気付く。彼のことを中学生も真っ青なほど純情だ、なんて言っておきながら、自分もこのざまだ。この恋愛は今までの経験などまったく役に立たず、本当に心休まることがない。 数コール後にプツ、と繋がる音がして即座に口を開こうとしたカミューは、受話器の向こうから聞こえてきた機械音にがっかりした。どこまでも真面目な彼は車の運転中は携帯電話をドライブモードにしているため電話に出ない。流れてきたのはそのメッセージだった。 カミューはあの機能を真面目に使うヤツなんてお抱え運転手くらいだ、とやつあたり半分毒づいて、彼がバスの運転手だということを思い出す。なんとも情けない面持ちで電話を切った。 これでも進歩したのだ。あまりこういうものに頓着しない性質なのか、付き合いはじめた当初は勤務中に電源を切っておくとそのまま忘れて次の日になったり、ということがしょっちゅうあった。それで、仕事中でも電話の着信は残るようにとマナーモードをおしえた。そのときに車のマークがついているボタンは何だ、という話になってドライブモードを覚え、律儀に車に乗っているときはドライブモードにするようになったのだ。いや、確かにやっていることは正しいのだが、世の中で運転中に電話に出ない人なんて何割いるだろう。 まあ、着信が残るから電話くれるかもな……。 気弱なことを思って電話を胸ポケットにしまう。はじめはこちらからの着信履歴があると向こうからかけてきてくれたが、あまりにも頻度が高いため、今では何度かは無視されるようになった。こっちも特に用があって電話をしているわけではないので、そのことを強く責められない。 カミューは重いため息をついて店に戻った。 1時も半分を過ぎた頃、ようやく解散となった。カミューは彼に会えない寂しさもあって、いつもだったら途中で適当に抜け出すのに、今夜は最後まで付き合ってしまった。けっきょく電話は鳴らなかった。明日、というかもう今日なのだが、5時には家を出なくてはいけないのだから、こないであろうことはわかっていたのだが……。あきらめきれずに期待していた自分がいた。 同じ方向に帰る上司たちとタクシーに乗り込み、ぼうっと外の景色を見る。思考能力が鈍っているのを感じ、少し飲みすぎたことを後悔していた。明日は彼が運転するバスで通勤する日だというのに。万一にも寝坊はできない。会社に間に合うことを考えれば何本か遅れても平気だが、彼が運転するバスは一台しかないのだ。状況が状況なだけにろくに話もできないが、顔を見られるだけでも幸せの度合いが違う。 カミューは少し窓を開けた。心地良い風が頬を撫でる。 ただ一言。「今日はお疲れさま。明日楽しみにしてるね」と伝えたかっただけ、と言ったら彼は怒るだろうか……呆れるだろうか……。 鳴らなかった電話をポケット越しにそっと掴んだ。 タクシーを降りたカミューはふらつく身体を騙し騙し歩かせ、自分の部屋に向かった。エレベーターを降り、自分の部屋がある方へ角を曲がると、自分の部屋の前あたりに誰か座っているのが目に入った。その人影は……。 カミューはぽかん、と口を開けた。自分は夢でも見ているのだろうか。そうでなければ酔い過ぎか。ここにいるはずのない人が見えるなんて……。 ふらふらと引き寄せられるように近づいていくと足音に気付いたのか、膝を抱えて座り込んでいる人物がこちらを見た。その姿は紛れもなく彼で……。 「マイクロトフ……」 カミューはまだ、信じられない、というふうに名前をつぶやいた。とっくに家に帰って夢の住人になっていると思っていたのに。いつからいたのか。どうしているのか。カミューは、酔いと思いもしない展開に頭を混乱させながらマイクロトフの目の前に立った。マイクロトフはゆっくり立ち上がると少しぎこちない笑みを浮かべる。 「どうして……?」 カミューは茫然と問いかけてからマイクロトフの様子がおかしいことに気付いた。顔からは血の気が失せ、心なしか身体が震えている。 「こんな時間にすまな……」 「何があった?」 マイクロトフが言いかけたのを遮り、カミューは腕を取った。間近に顔を覗き込むとマイクロトフがわずかに視線を逸らす。カミューは掴んだ腕の布越しの冷たさにおそらく仕事が終わってから真っ直ぐきたのであろう、と思った。 「どうして連絡くれなかったの?」 なるべく穏やかに言おうとしたのに責める響きが含まれてしまう。気まずそうに「飲み会だと言ってたから……」と口ごもるマイクロトフに、カミューは自分を落ち着けるためひとつ息を吐いた。 「……とりあえず中に入ろう」 カミューはポケットから鍵を取り出すとドアを開け、マイクロトフの腕を引いたまま中に入った。電気を点け、先に上がるとエアコンを入れる。おとなしくついてきたマイクロトフをソファに座らせると何か暖まるものを、とキッチンに向かった。酔いはマイクロトフの尋常じゃない表情を見たとたん吹っ飛んでいた。 こんな時間にコーヒーや紅茶はまずいだろうと棚を探していると、もらいもののココアが出てきた。マグカップに粉末を入れ、電気ポットのお湯を注ぐ。ふわり、と甘い香りが漂った。 カップを手にリビングに戻ると、マイクロトフはソファに腰掛けたままうなだれるように頭を下げていた。こと、とテーブルにカップを置く音でハッとしたように顔を上げる。 「す、すまない……、こんな時間に……」 眉を寄せ、ためらうような表情はいつもの彼からは想像もできないくらい気弱に思えて。カミューは安心させるように微笑みながら隣に腰掛けた。 「いいんだよ。できれば連絡がほしかったけどね」 冷えただろう? とカミューはカップをマイクロトフの手に持たせ、そのまま、ぎゅ、と上から包むように握る。いつもだったらこんなことをすればマイクロトフは真っ赤になって慌てたりするのに、今日はじっとしていた。 「……温かいな」 ぽつりとつぶやかれたセリフに、カミューは優しく微笑む。 「冷めないうちに飲むといいよ」 「いや、カミューの手が……」 マイクロトフは少し照れくさそうに、しかし、心地良さそうに目を細めた。その表情にどきっとしながらも、幾分落ち着いてきたような様子にカミューは真相を問いただす。 「どうしたの? 何があった……?」 ぴく、と握っている手が強張った。表情も固くなり、視線は一点を見据えるように動かなかったが、やがて小さな声で話しはじめる。 「今日……子供を……轢きそうに、なった……」 「え?」 カミューはマイクロトフの言葉に目を見開いた。ただ事ではない話に鼓動が早鐘を打つが、追い詰めてはいけないと思い、なるべく冷静に問いかける。 「……怪我人とか出たの?」 「いや……。そんなに客を乗せてなかったから……」 「そう……。よかったね」 ため息混じりに言うカミューに、 「よくない!」 と、マイクロトフは床に落としていた視線を上げてカミューに合わせた。その表情は泣きそうに歪んでいる。 「運が良かっただけだ! 1歩間違えれば大変なことになっていた!」 「マイクロトフ……。落ち着いて。事故は起こらなかったんだ。そんなに自分を責めてはいけない」 「カミュー……」 「とりあえず、これを飲んで。少しは落ち着くと思うよ」 カミューはカップを持っているマイクロトフの手を握っている自分の手に少し力を込めた。マイクロトフの視線がココアに注がれたのを見て手を離す。マイクロトフはゆっくりとカップを口に運んだ。こくり、と嚥下すると少し落ち着いたのか、ほう、と息を吐いてカップをテーブルに置く。 「大声を出してすまない……。 自分の仕事はこういう危険がつきまとうとわかっていたつもりだった。だが、それは頭でしか考えてなくて……どこか過信していた……」 懺悔をするように辛そうに話すマイクロトフをカミューはじっと見つめていた。 車に乗る者なら誰にでも起こり得ること。誰もが警戒しているはずなのに、事故は起きてしまう。まして、マイクロトフは車に乗るのが仕事なのだ。事故に至らなかったとはいえ、その心の傷は深いであろうことはわかった。 「人の命を奪っていたかもしれない、と思ったら恐くなって……、気付いたらここにきていた。すまない、カミューの迷惑も考えないで」 「迷惑なんかじゃないよ。俺を頼ってくれたってことだろう?」 カミューの問いにマイクロトフは苦い表情を浮かべる。 「甘えているな……俺は……」 「甘えてほしいよ。恋人だろう?」 カミューはできるだけ優しい表情を浮かべ、マイクロトフの目を見つめて言うと、普段だったら恥ずかしそうに視線を逸らすマイクロトフが、じっとカミューを見つめ返し、少し笑った。 「ありがとう……カミュー」 まだ数えるほどしか見たことがない自然な笑みにカミューの心臓がどくん、と跳ねた。明日、というか、今日、マイクロトフは早いのだから早く帰さなくては、と思う反面、帰したくない、という強い思いが胸を占める。 「マイクロトフ……その……帰るなら今のうちだよ……?」 カミューのセリフにマイクロトフはハッとしたように顔を強張らせ、慌てて立ち上がった。 「す、すまない。カミューも明日会社なのにな。迷惑だっ……」 カミューは勘違いさせたことに気付き、咄嗟にその腕を掴んだ。その思わぬ強さにマイクロトフの動きが止まる。カミューはうつむいたまま口を開いた。 「迷惑とかじゃなくて。……その……帰したくない……とか思ってて……。我慢できるうちに帰ったほうがいいんじゃないかなって……」 ぼそぼそと歯切れ悪く話すカミューの言葉をマイクロトフは一瞬理解できない。頭の中で反芻してみて、ようやく意味がわかった。 帰したくない。つまり……。 みるみるマイクロトフの顔が真っ赤になっていった。顔を上げたカミューはそれを可愛い……と眺めていたが、やはりまだ心の準備やら、気持ちの整理やらができていないだろうと思って腕を離す。落胆が表に出ないようにしながらできるだけ優しく声をかけた。 「さ。早く帰らないと。明日の仕事に響くよ?」 「……いいぞ」 「え?」 ぼそり、とつぶやかれた言葉にカミューは耳を疑った。聞き間違いだろうかと思ってマイクロトフを見つめるとマイクロトフは視線を合わさないままじっと立っている。その顔は相変わらず赤いままで、カミューは恐る恐るもう一度問いかけてみた。 「マイクロトフ……あの……、今、なんて……?」 「い、いいと言ったんだ……!」 ぶっきらぼうに返ってきた返事にカミューは目を見開く。咄嗟に反応できないでいるカミューにマイクロトフはいたたまれなくなったのか、 「し、しないなら、帰る……」 と、背中を向けて玄関に向かおうとした。瞬間、カミューの呪縛が解け、背後から慌てて抱きしめる。びくん、と身体を震わせたマイクロトフにカミューは暴走しそうになった理性にブレーキをかけた。自分とて、同性とするのはもちろん初めてで、不安がないわけではないのに、自分より恋愛の場数を踏んでいない彼が不安でないはずがない。本当にいいのだろうか、という思いが胸をよぎる。けれど、もう一度念を押して「やっぱり嫌だ」と言われるのが恐くて、気持ちを確認するのはやめた。 「ありがとう……」 カミューは心を込めて囁くと背後から手を伸ばし、顎を捉えてそっと後ろを向かせ、少しぎくしゃくと振り返った唇に優しく口付ける。強張って固く閉ざされている唇を開かせようと舌で唇をなぞると、マイクロトフは、びくっと身をすくめ、顎を捉えている手にすがるように掴まってきた。カミューはかまわず何度も啄ばむような口付けを繰り返す。 カミューは慣れた調子で唇を離すときに軽く呼吸をしていたが、マイクロトフは固まったように唇を閉ざしたままで、やがて呼吸が苦しくなってきたのかうっすらと唇が開いた。カミューはその隙を逃さず舌を侵入させる。カミューの腕に掴まっている手に痛いほどの力が加わった。 冷静になってリードしようと思っていたのに。触れた口腔の熱さに、掴まれた腕の甘い痛みに、頭が空っぽになってしまったカミューは夢中になって口付けた。そして、思うさま口内を蹂躙すると口付けを解き、与えられた刺激の強さに思考が止まってしまったらしいマイクロトフの腕を引っ張って足早に寝室に向かう。甘い言葉のひとつやふたつ囁いて緊張している彼の気分を高めてやりたい、とは思ったが、気のきいた言葉などかけらも浮かんでもこなかった。 がっつくな……がっつくな……! カミューは呪文のように心の中で繰り返し唱え、少しでも冷静になろうと努力する。しかし、寝室のドアを開けたとたん、それは一瞬で霧散してしまった。腕を引かれるままついてきたマイクロトフが寝室を目の前に急に現実味を帯びてきたのか、ハッと息を飲んで立ち止まったのをすかさず強く腕を引いて体勢を崩させ、胸に抱き込む。 「カ、カミュー……っ」 慌てて腕を突っぱねようとするマイクロトフの耳元でカミューがどこか切羽詰ったような声で囁いた。 「好き……好きだよ、マイクロトフ。おまえが欲しいんだ……」 「ちょ、ちょっとまっ……んっ……!」 制止の言葉など聞きたくない、とばかりに言いかけた唇を問答無用で塞ぐ。言葉の途中だった唇は開いていて、カミューは間髪入れず深く口付けた。硬直している舌を絡めとり強く吸うとくぐもった声が上がる。その声に触発され、カミューはマイクロトフを抱きしめたまま2、3歩下がり、ベッドの縁に足があたるとくるり、と身体を反転させ、マイクロトフを下にして倒れ込んだ。いつものように女性相手にだったらなんら問題ない行動だったが、2人とも180センチを越える立派な体格の持ち主だったため、柔道の投げ技のように勢いがついてしまった。どしん、とベッドを背に倒れ込んだマイクロトフの合わせた唇の合間から「ぐえっ」と色気とは程遠い声が上がる。さすがにカミューも我に返って口付けを解いた。マイクロトフは肺に酸素を取り入れようとしたとたん、げほげほと咽る。 「ご、ごめん……。大丈夫……?」 「だい……じょう、ぶ……だ……」 咳き混じりの苦しそうな返答に、カミューはマイクロトフの上半身を抱き起こして背中をさすってやる。マイクロトフは一通り咽終わると、はあ、と安堵の息を吐いた。息を吐いたはずみで、ぱふ、と額が触れたのがカミューの胸だということに気付くとハッとして顔を上げようとする。ちょうどそのとき、やっと落ち着いたふうのマイクロトフに、カミューは様子を見ようと顔を覗き込もうとしていた。 ガツッ 「「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」」 マイクロトフの頭がカミューの顎にクリーンヒットした。2人は声にならない痛みにそれぞれぶつけた箇所を抑える。頭と顎ではダメージの度合いが違う。一足先に立ち直ったマイクロトフが顎を抑えているカミューを見上げた。 「カミュー……、大丈夫か……?」 「だ、いじょ……ぶ……」 返ってきた返事はどう聞いても無理しているとわかる声で。マイクロトフはカミューの潤んだ瞳を見ながら申し訳なさそうに口を開いた。 「すまない。俺は石頭だから痛かったろう……」 「い、いや……、ほんと、大丈夫だから……」 とは言ったものの、たっぷり1分は動けないでいた。そして、ようやく痛みが引いてきたのか、顎を抑えていた手がぶつけた箇所をさすりはじめると、苦く笑いながらつぶやく。 「なんか……かっこわるいところばかり見せてるな……」 「え?」 なんのことか、と、顔を上げるマイクロトフにカミューは照れたような笑みを浮かべた。 「マイクロトフのことになると、どんなにかっこつけようとしてもうまくいかないよ」 マイクロトフの前ではかっこいい俺でいたいのにな、とカミューが言うと、マイクロトフは怒ったように眉を吊り上げる。 「ばか。そんな必要ないだろう。偽の姿を見せられても嬉しくともなんともない……」 言ってから照れたのか、頬に朱を散らしてうつむいたマイクロトフに、カミューは驚きとそれを上回る嬉しさが隠せない。 「マイクロトフ……」 感極まったように名前を呼ぶとマイクロトフはますます顔をうつむけた。黒髪からのぞいた耳が真っ赤になっている。カミューはたまらずぎゅーっと抱きしめた。 「恋にとち狂った、かっこわるい俺でも愛してくれるかい?」 「なっ……!」 マイクロトフは、いきなり『愛』なんて単語を出してまたからかっているのか、と思って顔を上げると、からかい半分、しかし、本気半分を湛えた琥珀色の瞳にぶつかった。罵声は一瞬で口の中に消え、吸い込まれるかのようにカミューの瞳を見つめていると、 「それが……本当のおまえの姿なら……」 無意識に応えていた。心底嬉しそうな笑みを浮かべたカミューに我に返ったマイクロトフは、己がいま口にした言葉に逃げ出したいくらいの羞恥に駆られる。 「あ……いや、い、いまのは……」 自分でも何を言えばいいのかわからず、しどろもどろに口走っていると、カミューがそっと人差し指をマイクロトフの唇にあてて、言葉を封じた。視線を合わせたまま沈黙が流れる。 カミューがゆっくり顔を寄せると、マイクロトフは不思議なほど静かな気持ちで目を閉じた……。 つづく |