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自分は冷めたほうだと思っていた。だから一目惚れなんてするわけないと思った……。 カミューは中小規模の生産業の会社に勤めていた。工場の中の研究室に入っている。仕事は品質検査と品質向上のための試験等。劇薬を扱うため白衣を着用する。 高卒で入社して4年目に入った春。 仕事にも慣れ、周りの人間との付き合い方も熟知し、毎日適当に仕事をこなしていた。……つまらない日常だったが、ラクして給料をもらっていることを考えると文句はいえない。高卒だと先もみえてるし、努力するタイプでもないから、それでよし、としていた。 「今日も見学があるんですってね」 カミューの隣でエミリアが試験管片手に話しかけてくる。エミリアは専門学校の出で、カミューと同期入社だった。カミューが聞いてない、と首を傾げると、会話を聞いていたニナがにっこり笑う。ニナは去年入社したばかりだ。 「そうなんですよぉ〜。今日は一流大学の学生さんですって! いい男いないかな〜」 「あら、ニナ。あなた、フリックさんがいるんじゃなかったの?」 エミリアがからかうように言うと、ニナはぷうっと頬を膨らませて、 「それはそれ。これはこれです。出会いのチャンスは多い方がいいんですよー」 と言い返す。エミリアが笑って「いいわね、若い子は」と、言うと、ニナは「何言ってるんですか! エミリアさんだって全然若いじゃないですか!」と反論する。 カミューはそのやりとりを聞き流しながら、内心はやれやれ、と思っていた。 学生の見学が嫌いなのだ。同業者のように興味があって見に来るわけではないから、とにかくうるさい。自分とそんなにかわらない歳のヤツらが遠足かなんかと勘違いして騒ぎ立てるのがムカついた。まだ気楽に遊んでいられる、ということに多少のひがみもあるかもしれないが。 「でも4年生ってことはカミューくんと同じ歳ぐらいかしらね。どうする? かわいい子がいたら」 エミリアが冗談っぽく言ってカミューの顔を覗き込む。カミューは我に返ると、ちょっと笑って、 「じゃあ、とりあえずケイタイの番号を聞かないと」 と、肩をすくめて答えた。こういう答えが周りを、特に年配連中をいちばん喜ばせるのを知っているから。案の定、その返事に周りがどっと笑う。 こういう雰囲気をつかむのは昔から得意だった。友人といても、職場の人間といても、相手が望むことがわかるから、無難にそれをこなしてきた。みんなと笑っていてもどこか冷めた目で周りを見ていた……。 試験の経過を観察していると、研究室のドアが開き、がやがやと大勢の賑やかな声が聞こえてきた。 きたな…… カミューは内心舌打ちしつつ、ちらり、とそちらを見やる。 社員に引率されて、思い思いの格好をした若者がどやどやと入ってきた。中には女子も何人かいたが、一様に似たような格好と化粧をしていて、個性のかけらも感じられない。 男女共に、どうみても会社の、しかも工場を見学にくるのにふさわしい格好とはいえなかった。 18で世間に揉まれたからおやじくさい発想なのかもな……。 冷めているつもりでも、知らないうちに周りの年配者の影響を受けているのかもしれない、と思うと、カミューは少しおかしかった。 「えー、ここは研究室です。生産効率や品質を上げるため、さまざまな試験が行われています」 引率してきた社員が簡単に説明を始める。学生たちは聞いているのかいないのか、ものめずらしそうにあちこちを見まわしていた。 カミューは素知らぬ顔をして試験を続けていたが、いつも見世物になったような気がして嫌だった。「あの人かっこいい!」という女子たちのはしゃいだ声が聞こえても、嬉しいとも思わない。ただ、早く出ていってくれることを願うばかりだ。 「えー、何か質問はありますか?」 ひととおり説明を終え、社員がお決まりのセリフを言う。 他の会社の見学者ならともかく、学生たちから質問がでることはめったにない。興味があって見に来るわけではないのだから、無理もないが。しらじらしい沈黙がおりて、先生が気まずくなって何か適当に質問をする、というのがパターンだった。 ところが。 「ひとつ、いいですか?」 凛とした声が響いた。カミューは、めずらしい……と興味をそそられて顔を上げる。そして、彼を見た瞬間、心臓をわし掴みされたような衝撃を受けた。 声を発した青年はかなりの長身だった。TシャツにGパンというさっぱりした服装をしていて、短く刈り込んだ髪とあいまって、清涼感を感じさせる。凛々しい眉、すっと通った鼻梁、意志の強そうな口元。男らしい整った顔つきで、特に黒曜石のような生気溢れる瞳が印象的だった。 「マイクロトフといいます」 青年はぺこり、と頭を下げてから、よく通る声で質問を始めた。カミューはその姿から目が離せない。 魂が魅かれた。初めて会ったのにそうじゃないような不思議な感覚。彼が男だ、とかそういうくだらない常識は瞬時にふっとんでいた。 心臓がばくばくする。呼吸が苦しくなる。頭がくらくらする……。 「……んー……、それはどうなってるのかな、カミューくん」 突然、話しかけられてカミューははっと我に返る。どうやら彼の質問は自分の担当分野だったらしい。質問を受けていた社員はカミューが試験中だったため聞いてなかったと思ったらしく、もう一度簡単に質問を繰り返してくれた。カミューは即座に回答を頭の中でまとめ、できるだけわかりやすいように説明をはじめる。彼は真剣なまなざしをカミューに向けてきた。カミューもそれを受け止め、正面から見返す。 「……ということになります。よろしいでしょうか?」 カミューは説明を締めくくり、彼に問いかけると真剣だった目がふっと緩んだ。そして、 「ありがとうございました。たいへんわかりやすかったです」 と、ふわり、と笑った。その笑みにカミューの心臓がどくん、と高鳴る。 カミューが恋に落ちた瞬間だった……。 はあ……とカミューは深いため息をついた。 今日、一目惚れという生まれて初めての経験をした。会社にいたときは興奮しっぱなしで、彼の姿を思い出してはどきどきし、彼の声を思い出してはうっとりとするという、普段の自分からは想像もできないくらいうかれまくっていた。 しかし、家に帰り、幾分落ち着いてみるとすでに八方塞がりだという現実に気づいたのだ。 学生の見学者なんて完全に一期一会だった。大学と名前は見学にきた時点でわかったが、あのあと総務に問い合わせて学部も知った。しかし、それだけ。それ以上どうすることもできない。 カミューはもう一度ため息をつくと手にしていた缶ビールを口に含んだ。どのくらい持ちっぱなしだったのか少しぬるくなっている。それに気づくとカミューは苦笑いした。 いままで何人もの女の子とつきあってきたのに。このざまはなんだ? どこかで嘲笑う自分がいる。しかし、それでも譲れないくらいこの想いは深く、強いものだった。 カミューはビールをテーブルに戻すと、そのままソファにごろっと横になった。 「もう一度……会いたいな……」 しかし、勢いだけで行動できるほどカミューは世間知らずではなかった。あきらめなくてはいけないことを的確に分別できる判断力を持っていた。大学生の彼と社会人の自分。なんの接点もない二人が再会したところでどうなるというのだろう。しかも、むこうはカミューの顔すら覚えていまい。むこうにとって自分は、知らない会社で働いていた人、ぐらいの認識しかなかったのだろうから。 それでも、大学に行けば会えるだろうか、と思った時期もあった。しかし、高卒の自分には大学のキャンパスというのは未知の世界だった。部外者が入っても全然大丈夫だ、と友人に聞いたが、やはりふんぎりがつかなかった。何度か校門の付近をうろうろしてみたこともあったが偶然出会う、なんてドラマのような展開があるわけもなく、自分を冷笑してすぐやめた。 異性だったらもう少し頑張れたかもしれない。自分がモテるのはわかっていたし、女の子の気を引くということにもかなり自信があった。 結局、気がつけばいつもどおり仕事をしている自分がいるだけで。彼を思い出しては胸がせつなくなるが、いままでのようにあきらめることができるだろうと思っていた……。 続く |