賭け・その後〜カミュー編〜




 目を開けると、見なれない天井が目に入った。

 ここは……どこだ?

 カミューが身体を起こそうとすると胸のあたりに強い痛みが走った。
「つう……」
 痛みが引き金となり、記憶が甦りはじめる。

 そうだ……。俺はマイクロトフを庇って馬に蹴られて……。

 改めて周りを見渡すと消毒液のにおいやら、医療器具やらに気づいて、どうやらここは医務室らしい、ということがわかった。

 それにしてもいつ医務室へ……?
 馬に蹴られたあとマイクロトフと話をして……それから……

「!!」
 思い出した出来事に思わずガバッと起き上がった。とたん、激しい痛みが襲う。
「いたたたたた……」
 そのままうずくまる。あまりの痛みに涙がにじんできたが頭の中はそれどころではない。

 そうだ……。俺はマイクロトフに……。
 あ、あれは……、身体が勝手に動いたのであって、俺は……。
 俺は……。
 ち、違う! あのときは頭が混乱してて……。
 そうだ。気のせいだ。怪我が治ったら街に出て女の子とデートしよう。マイクロトフにはなるべく近づかないようにして……。
 そうすれば、一時の気の迷いだとわかるはずだ……。きっと……。

「おお、気がついたか」
 カミューがパニックに陥っていると、白衣を着た初老の軍医が入ってきた。
「どうだ? 気分は」
「え、ええ。大丈夫です……」
「そうか。丸一日寝ていたんだぞ。もう夕方だ。まあ、これで彼も安心するだろう」
 ふぉっふぉ、と笑う軍医にカミューは小首を傾げる。
「彼?」
「ほれ、足元に寝てる彼だよ」
 あごで差された方を見ると自分の膝のあたりに頭を乗せて寝てる人物が目に入る。ベッドの傍の椅子に座った快適とはいえない体勢で。
「! マイクロトフ……」
「大丈夫だと何度言っても聞かなくてな。『いちばんに会って謝りたい』の一点張りだ。昨夜は一晩中起きていたようだが、授業ぎりぎりまでここにいた。授業に出てからも合間に必ず寄りにきた。さすがに訓練が終わって疲れたのだろうな」

 マイクロトフが一晩中……? 朝練にもいかないで傍にいてくれたのか……?

 どくん、と胸が高鳴る。
 と、視線の先で頭がかすかに動いた。
「おっと、そろそろ目を覚ましそうだな。『いちばんに会いたい』と言っていたから、ワシのことは内緒にしといてくれな」
「えっ」
 カミューが動揺しているうちに軍医はそっと部屋から出ていった。部屋に二人きりになる。
「……ん……」
 軽く身じろぎして、マイクロトフは顔を上げた。起きたてで状況がわからないらしく2、3瞬きをする。そしてハッとしたようにカミューの方を見た。起き上がっているカミューと目が合う。
「カミュー! 気がついたのか?!」
 マイクロトフは椅子を立ってカミューの方に近づくと顔を覗き込んだ。
「大丈夫なのか? 起きたりして……」
「あ、ああ……」
 カミューは至近距離から覗かれて、さっきの動揺を引きずってどぎまぎする。そんなカミューにマイクロトフはさらに顔を寄せてきた。
「マ、マイクロトフ……?」
 息がかかるくらい近づいたマイクロトフに驚いて顔を見ると、マイクロトフはそっと目を閉じた。

 こっ、これって……。

 カミューがあたふたしていると、マイクロトフの顔がさらに近づいて……。カミューは思わず、ぎゅっと目をつぶった。

 こつん。

 ……………………。

 自分のおでこに暖かい、でも少し冷たくて気持ちいい感触……。
 カミューはそっと目を開けた。相変わらずのマイクロトフのアップ。でもおでこの感触の良さに心は落ち着いて。

 あ……。意外と睫毛長いんだ……。

 ぼんやりそんなことを思う。
 凛々しい顔つき。もう2、3年もすれば街の女の子たちにさぞ騒がれるだろう。いまはあまり街中に出てないためあまり知られてないが、順調にいけばちょうどそのころ騎士の称号を得る。お披露目のときが楽しみだ。

 こいつはどんな女の子と付き合うんだろうな……。

『魂が惹かれたら、と思う』

 ふと、前にマイクロトフが言ってたセリフが浮かんできて。
 ちくり、と胸が痛んだ。

 そっとマイクロトフのおでこが離れる。ゆっくり目を開けたマイクロトフが、ほっとしたように笑う。
「よかった。熱もだいぶ下がったな。まだ少し熱いけど」
 心地よい感触が離れてしまったことを少し寂しく思いながらカミューは問う。
「熱?」
 熱があったからマイクロトフのおでこが少し冷たく感じたのか……。
「ああ。夕べは高熱を出してたんだ。けっこううなされていたんだぞ。
 今朝、先生に聞いたら骨折した人間はそういうものだって言っていたがな」
「骨折?」
「……肋骨が2本折れているそうだ。……すまない、カミュー。俺のせいで」
 とたん顔を曇らせてうつむいたマイクロトフにカミューはあわてて首を振る。
「俺が勝手にやったことだから。マイクロトフが謝ることじゃない」
「しかし……。カミューにこんなひどい怪我をさせてしまった」
 マイクロトフは眉根を寄せた。気のせいか少し目が潤んで見える。カミューはさらにあわてた。
「い、いや、俺の自業自得だ。元はといえば俺がマイクロトフにあんなことをしたせいなんだし……」
 あんなこと、とは賭けの対象にしたこと、を指したつもりだった。が、何を思ったのかマイクロトフは一気に赤面してうつむいてしまった。

 あ……。

 一瞬遅れてカミューも悟る。彼の様子からすると、どうやらキスしたことを思い出したらしい。

 ……確かに、あれはひどいことをしたかも……。

 状況を思い出してカミューも赤面した。キスであんなに夢中になったのは女の子相手にもなかった。

 マイクロトフはどう思ったんだろう……。
 あのときはどうかしてたんだ……。
 男同士でキス……なんて普通じゃない。どう言い訳しようか……。

 カミューがいろいろ考えをめぐらせていると、マイクロトフが赤面したまま顔を上げた。視線を合わせないまま口を開く。
「その……、いろいろおしえてくれ、とは言ったが……、そ、その、ああいうことは……俺にはたぶん……当分、必要のないこと……だと思うし……。その……とりあえず、いきなり……じ、実践じゃなく……とりあえずは言葉で、せ、説明してもらえれば……と思う……」
 しどろもどろ言われた言葉に、カミューはちょっと驚く。

 ……まさか本気で、あれはレクチャーだと思ったのか……。

 真面目もここまでくれば鈍感である。しかしこれ幸いとばかりにカミューは便乗させてもらうことにした。
「そうだね。マイクロトフにはちょっと早かったかな。とりあえずはデートの誘い方あたりからだよね」
「っ、いらん!」
 あまりにも思ったとおりの反応にカミューはくすくす笑う。はずみで少し胸のあたりが痛んだが、それも気にならなかった。
「そんなこと言って……。マイクロトフは好きな子はいないの?」
「……いない」
 怒ったように答えるマイクロトフが可愛くて、もっとからかってやりたくなる。
「紹介してあげようか? マイクロトフはどんなタイプが好みなの?」
「カミュー……。頼むからこれ以上からかわないでくれ……」
 心底困った表情になったマイクロトフに、カミューは、少しからかいすぎたか、と心の中で舌を出す。普段の毅然とした姿からは想像できない、小犬のような頼りなさげな態度。

 あのとりまきたちはこういう顔をするマイクロトフを知ってるのだろうか。いや、知らないに違いない。勝手に神聖化して憧れているのだろう。

 俺はこういうマイクロトフの方が人間味があって好きだけどね。

 絶対におしえてなんかやらない。気づかせてもやらない。俺だけの特権……。

 カミューはそっと笑った。マイクロトフがそれに気づく。
「カミュー?」
「ああ、ごめん。からかったんじゃなくて、純粋な好奇心だよ」
「……カミューが言うと嘘くさい」
 上目遣いに言うマイクロトフにカミューはあはは、と笑った。
「魂が惹かれた相手はまだ現れないの?」
「! お、覚えていたのか……」
「そりゃあね。感動したもの。いいこと言うなぁって」
「……カミューが言うと」
「「嘘くさい」」
 カミューがタイミングを合わせてマイクロトフとハモる。一瞬の沈黙のあと、同時に吹き出して笑い合った。
「ひどい言われようだね」
「自分ものったくせに」
 くすくす。
 笑いが止まらない。ふと、カミューはマイクロトフがこんなふうに声を出して笑うのは初めてだな、と気づいた。
 何度か奇麗に笑ってくれたことはあったけど、こんなに無邪気に笑うのは初めてだ。
「なんか、マイクロトフ、感じが違う。いままでこんな冗談言ったことなかったのに」
 思ったままを口にすると、マイクロトフはふと笑いをおさめた。

 何かまずいことを言ってしまったのだろうか……。

 とたん、カミューは不安になる。純粋すぎるがうえの繊細な一面を知ってしまったから。しかし、マイクロトフは気を悪くしたわけではないようで、どこか幼いしぐさで小首を傾げた。
 そのしぐさにどくん、とカミューの鼓動が跳ねる。
「……そう、かもしれないな。最近、自分でもときどき思う……」
 マイクロトフはカミューを正面から見た。カミューはマイクロトフの黒曜石のような瞳に惹き込まれ、目が離せない。
「変わったとすれば、カミューのおかげだ」
 ふうわり、と例の奇麗な笑みを浮かべる。カミューはくらくらした。

 だ、だめだ……。
 俺はこの笑みに弱いらしい……。
 やっぱり近づくのはやめよう……。道を踏み外しそうだ……。

 カミューはどきどきする胸を抑えつつ、固く心に誓った。


「最近、カミューのヤツ、付き合い悪いよな」
「せっかく怪我も治ったのに誘っても断られっぱなしだし」
「いっつもマイクロトフと一緒だもんな」
「女の子たちも全然遊びにきてくれないってグチってたぜ」
「でも、最近、なんていうか、いい顔するようになったよな」
「ああ、なんか、変わったな」
「変わった、といえばマイクロトフもだよな」
「そうだな。前ほどとっつきにくくないっていうか」
「このあいだなんか笑いながらカミューを殴ってたぞ」
「俺も見た。よく笑うようになったよな」


「一体、何があったんだか……」



 おしまい




本館1000HITしてくださったコロヒさまのリクエストで、
「賭け」の直後です。
最後の友人たちの会話がオチのつもりなのですが、
ううう……こんなカンジじゃだめでしょうか??
ごめんなさい〜(涙)


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