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マイクロトフは猛烈に後悔していた。何に後悔しているかというと、今現在のこの状況に対してである。 ここはとあるホテルの一室。マイクロトフはベッドの上で上半身を起こして頭を抱えていた。そのベッドのシーツはあられもなく乱れ、ところどころがとてもではないが口にはできないものでしっとりと濡れている。一糸まとわぬ姿で上半身を起こしたその肌には鬱血したような跡があちこちに散り、腰にはなんともいえない鈍痛が残っていた。そして、隣には気持ち良さそうに眠る男がいる……。 つまりは、いたしてしまったのだ。……またしても。 どこまでも真面目なマイクロトフが反省しはじめると止まらない。隣に眠る男・カミューの誘いを断り切れなかった自分を責め、その前に飲み過ぎていた自分を責め、更にその前の飲酒への誘いを断らなかった自分を責める。こうなってくると、カミューと初めて関係を持った『あの夜』を責め、そもそもカミューとこういう関係になるきっかけとなった妹たちの結婚を責め、しまいにはカミューと出会ったことさえ反省の材料となってしまうのだからきりがない。 「なぜこうなってしまうのだ……」 呟いた声は酒に咽喉を焼かれ、更に先程までの行為で上げた声のせいでひどく掠れていた。そのことに気持ちは更に沈み込む。 カミューとマイクロトフは同じ会社の同期である。自他共に認める正反対の性格から、当然仲が良いはずもなく、互いにそれとなく敬遠している間柄だった。それが、なんの因果か、カミューの兄とマイクロトフの妹が結婚することになったことから、事態は大きく変わり始める。2人は否応なく、協力して結婚式の準備を進めなくてはいけないことになり、2人で過ごす時間も増えていった。そんな中、互いの距離が少しずつ近づきはじめ……それぞれの兄妹の結婚式の夜、泥酔したマイクロトフをカミューが介抱しているうちに、気付けば関係を持ってしまったのだ。 だが、はじまりがそんな酒の勢いのようなものだったため、2人の関係は少し曖昧なものになってしまったとマイクロトフは思っている。通常であれば、恋人同士、と呼ばれる関係になるのかもしれない。だが、常識に囚われがちなマイクロトフの頭には、男同士で恋人などという関係は到底受け入れられるものではなかったし、だいたい、「好き」だの「付き合う」だの、そういうはっきりとした言葉がないまま今に至っている(カミューが初めて抱き合ったときに、ふざけて口にしたが、それを真面目に取り合うのはあまりにも馬鹿げている)。 しかし、だからといってこの関係をどう表現するとなると、非常に悩むところである。さすがに、もはや他人ではありえない。カミューは何かにつけてマイクロトフを食事に誘うようになり、ほどよく酒を飲んだ後には肌を重ねることも多い。それは男女であれば、デートしてそのまま……という恋人同士の自然な時間の過ごし方になるのかもしれないが、やはりマイクロトフの固い頭ではそんなふうに理解するのを拒んでいた。 それに少し引っかかることがある。一度だけ素面の状態で抱き合ったことがあったが、それ以来、いつも酒を飲んでから行為に及ぶようになったのだ。まるで酒の勢いがなければこんなことはできないとばかりに……。 そして、もうひとつ。互いの部屋では絶対にしない、ということ。ときどき互いの部屋に立ち寄ることもあったが、そこでは手を出してこない。それどころかベタベタしてくることもなく、せいぜい帰り際にキスされる程度である。だから、肌を重ねるのはそのときによって、どこかのゆきずりの安ホテルだったり高級そうなホテルだったりするが、気がつけば知らないところに引っ張り込まれている、というのが常だった。ホテルから出るときの後ろめたさと恥ずかしさ、そして身体のだるさを思えば、部屋だったらそういうことがないのに、と思わないでもない。……だからといって部屋でしたいわけではないのだが。 そのため、酒に誘われる=家に帰らない=行為に及ぶ、というような図式みたいなものができあがっているのだが、マイクロトフはそうとわかっていてもなかなか拒めずにいた。カミューに、行為そのものに対してや、なぜ酒を飲まなければ、互いの部屋以外でなければ行為に及ばないのかなど、問い質してみたいことはいろいろあったが、それ以上に答えを聞くのが怖かった。どう考えてもすべてが不自然なことであり、望む答えが得られるとは思えなかったのだ。こうしてマイクロトフ自身、気持ちに整理についていない状態であり、気がつけば流されるまま、というのが一番近いかもしれない。 はあ……。 あまりにも不毛な関係にマイクロトフは深いため息を吐いた。後悔するくらいならきっぱりと拒めばいいのに、アルコールで緩んだ理性がついカミューの誘惑に負けてしまう。……そう、困ったことにカミューとの行為は嫌いではなかったりするのだ。はっきりいって気持ちよかったりする。最中は、自分が女のように組み敷かれているなどという羞恥が吹っ飛ぶくらい行為に溺れていた。そんな浅ましい自分にさらに自己嫌悪に陥ったりするのだが、もう自分でも何が何だかわからなくなっている、というのが正直なところである。 「どうしたの? ため息なんか吐いて」 不意に声をかけられ、マイクロトフはぎくっと身体を強張らせた。恐る恐る視線を下に向けると、どこか寝惚けたような琥珀色の瞳が自分を見上げている。 「どこか痛い? 気を付けたつもりだったけど……」 カミューはそう言ってマイクロトフの頬に手を伸ばした。触れた体温の高さにマイクロトフはどきっとする。頬が急激に熱を帯びるのを感じながら、マイクロトフはそれを見られないように反対側を向いた。当然、寝ているカミューの手は届かない距離になる。 「だ、大丈夫だ。なんともない……」 こんな関係になるまでは2人の間にはっきりとした距離があったため、カミューはどこかぶっきらぼうな話し方をする男だった。それが、今では優しい物言いとなっている。それがまた何ともいえず気恥ずかしい。 そっぽを向かれたかたちになったカミューはムッとしたように唇を尖らせたが、すぐ気を取り直すと今度は腰に手を伸ばして抱き寄せ、引き締まったわき腹あたりに頬をすり寄せた。 「じゃあ、どうしてため息なんか吐いてるの? あ、仕事が気になってる?」 カミューの動きにマイクロトフの背筋が甘く粟立ったが、それより、仕事、という単語がマイクロトフを我に返らせた。そう、今の今まで念頭にもなかったが、今日は仕事がかなり立て込んでいたのだ。それを、この男が強引に連れ出して……。 マイクロトフは湧き出た怒りのままに、わき腹に甘えるように引っ付いている頭に拳を振り下ろした。 「あいた!」 「あいた、ではない! 俺の仕事をどうしてくれるんだ!」 「明日やればいいじゃん」 「人事だと思って勝手なことを!」 明日は土曜日で会社は休みである。わざわざ会社に出るなどという面倒な真似を誰が好んでしたいと思うか。 怒り心頭のマイクロトフに頭を押さえたカミューは拗ねたように上目遣いでマイクロトフを見上げた。 「だって、ここ予約してたんだから仕方ないだろ」 当日のキャンセル料は100%取られるんだぞ、と言うカミューにマイクロトフは鼻白む。確かにここは予約しなくては泊まれそうにない高級ホテルだった。だが、誰もそんなことを頼んでいないし、事前に何も聞かされていない。それに、実を言うと格式の高いホテルはあまり好きではなかった。どうしても初めての夜を思い起こさせるので落ち着かないことこのうえない。 人の気も知らずに、とマイクロトフが恨めしそうな視線を向けるが、カミューはそれにかまわずえらそうに人差し指を突きつける。 「だいたい、週末をあけておかないおまえが悪い。俺のためにあけておくのはあたりまえだろう」 あまりにも身勝手な物言いにマイクロトフは怒りを通り越して呆れてしまった。人の都合をまったく無視しておいてなんなのだ、と思わずにいられない。 なぜこんな男の言いなりになっているのだ……。 マイクロトフは憮然と頬杖をついた。 3へ |