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次の日。 ホテルを出たマイクロトフはカミューと別れ、部屋に帰ると、少し休んでから会社に行こうと身体をソファに横たえた。1時間くらいも寝れば起きるだろうと思っていたのだが、次に目覚めたのは昼もとうに過ぎた時間で、これから会社に行くのは相当億劫だったが、仕方なくだるい身体を引きずって会社に向かった。ただ、出てしまえば、休日のほうが電話は鳴らないし、細々とした邪魔が入らない分、仕事もはかどる。……だからといってカミューに感謝する気はさらさらなかったが。 日が傾きかけた頃、3時間はかかると思っていた仕事が2時間ちょっとで片付き、一息入れることにする。椅子にもたれて天を仰ぐと頬にいきなり冷たいものが押し付けられた。 「おうわっ?!」 「おつかれ。終わったか?」 そこに立っていたのは数時間前まで一緒にいた男だった。普段のスーツ姿ではなく、少しラフな格好をしているのがオフィスの風景と少し釣り合っていない。 「……なぜこんなところにいるのだ?」 不思議そうな表情を浮かべるマイクロトフにカミューは笑いながら冷えた缶コーヒーを手渡した。先程マイクロトフの頬に押し付けられたのはこれらしい。マイクロトフはまだ驚きから脱しないまま缶を受け取り、プルトップを引いた。カミューも自分の分の缶を開け、コーヒーを口にする。 「様子を見に来たんだよ。身体は大丈夫か?」 さらりと問われ、マイクロトフは缶を落としそうになった。 「な、なんともない! そういうことは聞くな!」 叫んだ拍子に頬がカッと熱くなるのを感じる。あの行為は確かに受ける側に負担がかかるが、最初の頃に比べれば慣れてきたというか、それほど辛くなくなっていた。それをいちいち気遣われるのはあまりにも居たたまれない。 そう思ったマイクロトフだったが、カミューは何を思ったのかニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。 「まあ、最近は随分イイみたいだしね」 「なっ、なんっ……?!」 あまりな言いようにマイクロトフは目を白黒させた。 「なんてことを言うのだ、貴様!」 「え? 怒ることじゃないだろ? おまえもいっぱい感じてくれるほうがいいに決まってるし」 「だ、黙れ、黙れ!!」 マイクロトフは真っ赤になってカミューの口を塞ぎにかかる。しかし、椅子に座っていたマイクロトフと最初から立っているカミューでは身軽さが違う。立ち上がったマイクロトフの手がカミューの口を塞ぐより、カミューの腕がマイクロトフの身体を抱き込むほうが早かった。 「まあ、これくらい元気なら心配ないかな」 ぽんぽん、と宥めるように背中を叩くと腕を緩めて解放する。うまく怒りを逸らされたかたちとなったマイクロトフは悔しそうに唇を噛みながらカミューを睨みつけた。しかし、カミューは気にしたふうもなく笑いかけて腕を取る。 「さ、行こうか」 「え? い、行くってどこにだ?」 「仕事は終わったんでしょ? ご飯食べに行こう」 カミューの誘いにマイクロトフの顔が強張った。昨日も……だったのに、今夜もだなんて冗談ではない。必死に首を振った。 「き、昨日も行ったではないか!」 「ん? 昨日は昨日でしょ。今日はご飯食べて……そうだな、おまえの部屋でゆっくりしようよ」 そう言ったカミューの顔に浮かんでいたのは何かを見透かしたような笑みだったが、マイクロトフはそれには気付かず安堵のあまり肩から力が抜ける。部屋で過ごす、それは昨日のような色めいたことがないということを意味するのだから……。 そのことにホッとしつつ、胸のどこかで何かもやもやとしたものが残った。それがほんの少し残念に思っているのだということに気付き、マイクロトフは愕然とする。そんな馬鹿な、と自分に自問自答している間に、「さっ、決まり〜」と能天気に言い放ったカミューにずるずると引きずられるようにして、気付いたら会社を出ていた。 この日の夕食は昨日の少し格式ばったところではなく、焼肉食い放題の店だった。 カミューの行動範囲は非常に広い。食事といえば雰囲気のある店からくだけた店まで幅広く案内するし、泊まるところも……同じところには二度と行ったことはないのではないかというくらいあちこちに連れていく。営業の外回り、という仕事上、あちこちの地理には詳しいものなのかもしれないが、どちらかというと決まった店にしか足を運ばないマイクロトフには驚きの連続だった。 今日も好物の肉を好きなだけ焼いて食べたマイクロトフは店を出る頃にはすっかり上機嫌である。値段の割にはなかなかいい肉が揃っていた……とはいっても、今日はカミューのおごりだったのだが。最初は、公平にワリカンだ、と言い張っていたマイクロトフだったが、カミューに「今日、休出させてしまったお詫び」と言われ、あっさり財布を引っ込めた。男女のデートならまだしも、男同士で一方的におごられるなどマイクロトフの矜持が許さなかったが、昨日のことを持ち出されてはカミューに非があるのは当然である。気恥ずかしさを誤魔化すように、おごられてやる、という態度でカミューに会計をさせた。 食事ですっかり満足したマイクロトフは部屋に帰ってゆっくりと寝たかったのだが、カミューは頑として帰らないと言う。結局、根負けしたのはマイクロトフで会社でカミューが言ったとおりにマイクロトフの部屋でくつろぐことになってしまった。 マイクロトフは電車に揺られながら、まあ、いいか、と思う。とりあえず自分の部屋なら身は安泰なのだから……。 マイクロトフの部屋に着いたところで何をするわけでもなく、二人はソファに並んで座り、ぼんやりとテレビを見ていた。マイクロトフはこんなふうに過ごして何が楽しいのだろう、と思うが、カミューは帰るとも言わず、ときどきマイクロトフに話しかけながら画面を見つめている。 番組は深夜帯にさしかかり、普段の雰囲気とは変わりつつあった。俗な話、いわゆる下ネタのようなきわどい話が増えてきている。今はホストの世界を特集していて、売れない若手芸人がホストに少々下世話な質問をし、ときどき放送禁止用語を交えながら、深夜らしい一種の賑やかさをかもしだしていた。そんな中、客を食っただの何だのという話になり、リポーター役の芸人が少々下品な笑みを浮かべてホストに、気に入った客を自分の部屋に連れ込んだりするの? などと質問する。ホストは爽やかな笑み(と本人は思っているのだろう)を浮かべて答えた。 『自分の部屋ではそういうことはしないですね。ほら、自分の部屋って自分の聖域みたいなものでしょ。他人に踏み込まれたくない場所っていうか』 何気ない返答だったが、マイクロトフは雷に打たれたような衝撃を受けた。そんなことには気付かないカミューが隣で「あー、なんとなくわかるなー」などとのんきに呟くのが更にマイクロトフに衝撃を与える。今まで心に引っかかっていたものすべてが一瞬で繋がった。 互いの部屋でしないのは。自分の領域に踏み込ませたくないということ。相手の領域に踏み込みたくないということ。 酒を飲んでからするのは。この、同性同士で身体を繋げるというどう考えても普通ではない行為を行なうには、勢いをつけずにはいられないからではないのか。 それでもそんな関係を続けているのは、浅ましくも快楽に溺れている自分に対する義理なのだろう。一夜の過ちを犯した責任を取ってずるずると関係を続けているのだ……。 マイクロトフの頭が、怒りより恐ろしいまでに冷たい感情に支配される。すくっといきなり立ち上がり、何事かと顔を上げるカミューを見下ろした。 「もう二度としない。帰ってくれ」 唐突なセリフにカミューは一瞬きょとん、としたが、何を言わんとしているのかを悟ると苦笑を浮かべて両手を軽く上げる。 「今日は何もしないって」 「今日だけじゃない! 二度としないと言っているんだ!」 「マイクロトフ?」 えらい剣幕で怒鳴るマイクロトフにカミューは再び目を瞬かせた。何を急に怒り出しているのか、さっぱりわからない。 カミューもソファから立ち上がり、視線を合わせた。 「どうしたの? 何を怒っているの?」 落ち着かせようと腕に手を伸ばしたが、触れるより先に力一杯振り払われる。 「もう、こんな付き合いはたくさんだ!」 きつく睨みつけ啖呵を切るマイクロトフにカミューは呆気に取られた。 「こんな付き合いって? 何を言っているんだ……?」 「今までははっきり断らなかった俺も悪かった。だが、金輪際、ごめんだ」 茫然としているカミューとは対照的に妙に冷静な口調で言い放ったマイクロトフは、出て行ってくれ、とカミューの腕を掴み、玄関のほうに引っ張っていこうとした。その力に思わず引きずられそうになったカミューだったが、冗談ではない、と慌てて足を踏ん張り、腕を引っ張り返す。 「ちょっ、マイクロトフ、話が全然見えないんだけど。こんな付き合いって、どんな付き合いだよ?」 カミューの問いに振り返ったマイクロトフのその顔は、カミューが息を呑むほど冷たい怒りをあらわにしていた。 「身体だけの付き合いだ。俺は……」 怒りのままに言葉を続けようとしたマイクロトフだったが、いきなりものすごい力で壁に身体を押し付けられ、言葉が止まる。息が触れそうなほど間近に、怒りをはらんだ琥珀色の瞳があった。 「身体だけの付き合いってどういうつもりだ? おまえはそう思っていたのか?」 言葉自体は静かなものだったが、発する声は聞いたことがないほど低いもので、マイクロトフの激しい怒りを一瞬忘れさせるほどの迫力があった。両肩を掴む指もぎりぎりと食い込んで痛いほどである。カミューの見たことのない姿に思わず咽喉を鳴らしたマイクロトフだったが、怒っているのは自分のほうだ、と気持ちを奮い立たせ反論した。 「そ、そう思っているのはおまえのほうだろう! だから、部屋ではしない。さっきのホストと同じように、深入りするつもりがないから外でしかしないのだろう! 外のほうが後腐れがないからな!」 一息に怒鳴ったマイクロトフだったが、カミューはじっと食い入るように話を聞いていたかと思うと、がくり、と項垂れる。マイクロトフの肩を掴んでいた手からもかなり力が抜けた。 「おまえ……、そんなふうに思っていたのか……」 深い深いため息と共にそう言われ、小馬鹿にされたような口調にマイクロトフはカッとする。 「そ、それだけではないぞ! 酒が入らないとしないのだって、素面ではできないからだろう!」 「どうしてそう思う?」 冷静に問い返され、マイクロトフは一瞬戸惑う。図星を差されて動揺するかと思いきや、この落ち着き払った態度はなんなのだろう、と。 「しょ、正気ではとても……お、男を、だ、抱く……なんてできないからだ……」 あからさまなことが言えず、口ごもるマイクロトフにカミューはひとつ頷く。 「わかった。他には?」 「え?」 「他には言いたいことや、聞きたいことはない?」 真正面から見つめられてマイクロトフは戸惑ったように視線を逸らした。なぜ、こうも平然としていられるのか。マイクロトフのほうが落ち着かない気持ちになってくる。 マイクロトフはしばし視線を泳がせていたが、とりあえず言いたいことは言ったとわずかに頷いた。それを受けてカミューが口を開く。 「じゃあ、ひとつひとつ話していくから。ちゃんと聞いてくれよ。 まずは部屋でしない理由だけど……」 カミューはそう言うとおもむろにマイクロトフに軽く口付けた。すぐに唇は離れたが、不意を突かれたマイクロトフは一瞬呆気に取られ、次いで赤くなる。 「なっ、何を……?!」 唇を押さえ、あわあわと動揺するマイクロトフにカミューは苦く笑った。 「これでも必死に我慢しているんだよ。おまえはどこまでも真面目だから、ことあるごとに思い出すだろう?」 「え? な、何をだ?」 「たとえば、今ここでキスしたけど、おまえは後で何かのはずみで思い出すんじゃないのか?」 「??」 わけがわからないというふうに目を瞬かせるマイクロトフに、カミューは、だめか、と、例えを変える。 「帰り際、玄関先でキスするだろう?」 「あ、ああ……」 キス、と繰り返される単語に、マイクロトフはわずかに赤くなりながらぎこちなく頷いた。カミューは、どうしてこんな可愛い反応をしておいてピンとこないかなーと思いつつ尋問を続ける。 「それを、家を出たり家に帰ってきたときに思い出したりしない?」 「な、なぜ知っているのだ?!」 マイクロトフはぎょっと目を見開いた。そう、家を出るときや帰ってきたときなど、玄関の傍にいると何かのはずみでカミューとのキスを思い出すことが多々あった。そのたびに何ともいえない羞恥に駆られていたのだが……。 マイクロトフの反応にカミューはようやく的を得た、と頷いた。 「そうだろう? だから、互いの部屋ではなるべく触れないようにしていたんだ。おまえがそうやって気にしてしまうと思って」 言いながら少しうつむいているマイクロトフの前髪にそっと触れる。そのしぐさにマイクロトフが目線だけを上げたが、その目許は真っ赤になっていた。その表情にカミューは優しく目を細める。 「キスくらいでこんなになってしまうおまえを、部屋で抱いたりしたら……そのベッドじゃ、夜もまともに眠れなくなるんじゃないかって思った。俺の部屋で抱いたら、もう二度と足を踏み入れてくれなくなりそうだし。 だから部屋ではしなかった。正直、辛いときもあったけど、それよりおまえが大事だから」 「カミュー……」 ようやくカミューの心理を知ることとなったマイクロトフが呆然と名を呼ぶと、カミューは、ふと、からかうような笑みを浮かべた。 「おまえは気付いていないかもしれないけど、ホテルも同じところには二度と行かないようにしていたんだよ。同じところに行ったら前のを思い出したりしてしまうだろうって」 そんな気遣いにマイクロトフは更に赤くなる。普段からよく気の利く男だが、この気配りようはなんなのだろうか。そりゃ、経験豊富とまではいかなくても、仮にも20代半ばを過ぎた成人男子だというのに……。 「お、おまえは俺を箱入り娘か何かと思っていないか……」 「ん? 娘だとは思っていないけどね。大事な恋人のためだから、努力は惜しまないさ」 「こ、恋人……?!」 カミューの口から飛び出た単語にマイクロトフは目を白黒させた。その反応にカミューはそういえば、と一歩詰め寄る。 「さっき、身体だけの付き合いだとかなんだとか、へんなことを言っていたけど、一体、おまえは俺とどういう関係だと思っているのかな?」 にっこり。 一応、顔は笑っているが物凄い圧力を感じたマイクロトフの背中に冷たい汗が流れ落ちた。その得体の知れない迫力に押されるようにじりじりと後退したかったが、あいにく背後はすでに壁である。 「い、いや、それは……」 「おまえがセフレとかそういうドライな関係を望んでいたとは知らなかったな。それとも俺の愛し方が足りなかった?」 にこにこ。 笑みを絶やさず、口調も優しいながらもマイクロトフにびしばしプレッシャーをかけてきた。 「い、いや、その……」 マイクロトフは視線を泳がせ口ごもったが、こんな誤解をしてきたのは自分だけが悪いわけではない、と思い切って顔を上げる。 「だ、だいたい、そ、そういった具体的な言葉がなかったではないか……」 「具体的な言葉?」 「そ、その、つ、付き合うとか……」 こんなことを言う自分が女々しいような気がしてマイクロトフはうつむいた。しかし、 「言ったじゃん」 と、あっさり言われ、目を剥いて顔を上げる。 「いつだ?!」 「初めての夜に」 「あっ、あんなのを本気にするヤツがあるか!」 あんなの、とは「結婚を前提に付き合ってください」というふざけたものだった。妹たちの結婚式の夜というタイミングからいって、からかっているとしか思えないのは無理もないだろう。 「なんだよ、人の告白を『あんなの』呼ばわりするのか?」 不満そうに唇を尖らせたカミューだったが、さすがにそう思っても仕方ないと思ったのか、ふっと苦い笑みを浮かべた。 「そんな最初の段階で不安に思っていたなんて思わなかったな。おまえは妥協とかでこういう付き合いをするとは思っていなかったから」 誘えば乗るからすっかり安心して恋人面していた、とカミューは自嘲する。確かにマイクロトフの固い性格からいって、恋人でもない、しかも男と身体の関係を持つなど考えられないことだった。 それはマイクロトフにも通じたのか再び赤面してうつむく。不安に思いながらもずるずると関係を続けてしまったのは自分にも非があることだった。 おとなしくなったマイクロトフにカミューは、 「普段はなるべく言わないようにしていたんだよ。外でするのと同じ理由で。 でも、これからは遠慮しないほうがいいみたいだな」 と、悪戯っぽく笑ったかと思うと、そっと耳元に唇を寄せる。 「好きだよ」 「っ!」 カミューは、びくり、と身体を強張らせたマイクロトフの頬に手を伸ばし、自分のほうに向けた。 「これからは言いたいときに好きなだけ言わせてもらう。覚悟しておけよ」 正面から見つめられ、マイクロトフは首筋まで赤くなる。カミューは、たまらない、というふうに唇に軽く口付けた。 「もう、遠慮なんかしないからな。こっちだって無理矢理我慢しているというのに、それが原因で誤解されるなんて馬鹿らしい。箱入り娘じゃないんだから、平気だよな?」 「カ……」 名前を呼ぼうとした唇をカミューは再び塞ぐ。今度は深く口付け、壁に身体を押し付けながら熱い口内を思う存分まさぐった。カミューの腕を掴むマイクロトフの手が震えはじめる頃、ようやく解放する。 「っは……」 カミューは酸素を取り入れようとせわしなく呼吸を繰り返すマイクロトフの身体を抱きしめた。 「おまえの……寝室に行こう?」 「……まだ答えていないことがあるんだが」 けだるい身体をベッドに横たえたマイクロトフが思い出したように口を開いた。その口調が少々憮然としているのは恥ずかしさをこらえるためだろう。今夜は、いつものように抱かれながら、いつもとは違う言葉による責め(カミューにとっては睦言)があったため、いつも以上に羞恥心を煽られた。しかし、これでもかといわんばかりに囁かれた愛の言葉に心が満たされたのも事実で……自分たちは『恋人』という関係なのだということを改めて実感させられたのだ。 「ん? 何?」 互いに汗ばんでいるのもかまわず、その身体を抱き込んでいたカミューはその顔を覗き込む。 「酒、だ……」 「ああ、どうして酒を飲んでからするのか、だっけ。おまえは、酒の力を借りないとおまえを抱くことができないからだろう、とか言ってたか。……今ならそれは違うとわかっているよな?」 ん? と、カミューはからかうような視線を向けた。確かに、今日は焼肉を食べるときに少しビールを飲んだが、家で時間を過ごしているうちにほとんど素面に戻っていた。それでこの現状である。酒は関係なかったと言わざるを得ないだろう。 それならなぜなのか。マイクロトフは問うような視線をカミューに向けた。その視線を受けてカミューはなぜか苦笑めいた笑みを浮かべる。 「いや、前に酒を飲まずにしたことがあっただろう?」 「あ、ああ……」 素面で肌を重ねたのは一度きりだ。カミューもちゃんと覚えているということはやはりそのときに何かあったのだ。何か醜態を晒したのだろうか……。 不安に思ったマイクロトフだったが、カミューの口から出たのは意外な言葉だった。 「そのとき、おまえが辛そうだったから」 「え?」 「声とか抑えるために唇を噛んだり、手の甲を噛んだりして必死にこらえてたじゃないか。……今日もだけどさ。理性が邪魔をするというか、まるで感じるのを怖がっているふうだったから、ちょっと痛々しくてね。 それに比べて、酔っているおまえは素直に声を上げてくれるし、感じるままによがってみせる姿はこの上なく可愛かったし……」 「なっ……なっ……なっ……」 「誘いにも素直に応じてくれるし、どうせなら、どちらも気持ち良いほうがいいだろう?だから、酔ってからのほうがいいかなーって」 「なんてことを言うのだ、貴様は!!」 マイクロトフはこれ以上はないというほど真っ赤になって上半身を起こすと、枕で力一杯カミューの顔を押しつぶした。 「何するんだよ。本当のことを言っただけだろ」 くぐもった声にマイクロトフは枕を押す手に更に力を込める。 「うるさい、うるさい!!」 まさか酒を飲むことにそんな理由があったとは。マイクロトフは羞恥のあまり、穴があったら入りたいくらいだった。酒を飲むのをやめようか。いや、素面ではやはり恥ずかしすぎる。マイクロトフの中でくだらなくも真剣な葛藤が続く。頭を抱えて必死にあれこれ考えていると、いつのまにか枕攻撃から脱出したカミューが笑いながら抱きしめてきた。 「まっ、俺はどんなマイクロトフでも好きなんだけどね。素面でももうちょっと素直になってくれると嬉しいかなーって」 「死んでもごめんだ!!」 怒鳴るマイクロトフにカミューは笑って、熱を持った頬に自分の頬をすり寄せる。 「明日はゆっくり寝ていようね。チェックアウトの時間もないんだから」 カミューの言葉にマイクロトフは更に赤くなった。 そして、次の日。マイクロトフはカミューが帰った後、カミューが気遣ってくれていた意味を改めて思い知ることとなる。ベッドでは……当分安眠できそうになかった。 2へ |