浅草観音の故郷・岩渕の岩井堂観音


ここがあの有名な東京の浅草観音の故郷です・・皆さんご存じでしたか?
場所は東京都青梅市と埼玉県飯能市の県境成木川沿いの切り立った岩に寄り添って建つ観音堂です。

県道に面した階段を上ると岩に上れます。
碑の横の階段を下りると観音堂です。


観音堂は切り立った岩の上に建てられ、
木々に囲まれています。
観音堂の岩の上からは富士山が見えます。
南高麗では数少ない貴重な場所です。


観音堂の下は清流が静かに流れています。
夏休みになれば子供たちの絶好の遊び場です。
入り口の石碑にはこんな事が書かれています

継體天皇の時代一人の旅の高僧が竜間ヶ沢にて修行の後、この地に尊像を安置したと、時がたち安閑天皇の時代にこの地に大暴風があり百雷もろとも、お堂が尊像と共に崩れ、成木川の濁流に呑み込まれ行方知らずとなる。
その後百年推古天皇の三十六年、隅田川にて三人の漁師の網に金色さん然と輝く尊像がかかる。
これまさしく在りし日の岩井堂観音なり、「これが浅草の観音様です」
これを聞きその返還を求むれどかなわず、改めて尊像を彫し安置し祀る。

昭和四十年お堂の改築を聞いた浅草寺管長清水谷大僧正は末寺善竜院の尊像を代わりに安置し、その奇縁をあらたにしたと、書かれています。


   
岩淵・観喜寺に納められている山田辰吉氏寄贈の絵



浅草の観音様のいわれについては諸説ありますが、岩井堂観音から大暴風百雷もろとも鳴りみるまに崖下に押し流された観音様が浅草浦付近で漁をしていた漁師兄弟の網に掛かかったと言う話が伝えられています。

その証拠として現在の岩井堂観音像は浅草寺末寺一番寺・善龍院より奉還された聖観音立像です。

これらの詳しい解説は後山ギャラリー岩井堂観音堂のページに解説が載っていますのでそちらをご覧ください。岩淵・観喜寺に納められている山田辰吉氏寄贈の画像も後山ギャラリーへの直リンクです。




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