TOP

前の章へ / 目次 / 次の話へ

 

 

エピローグ

 

 

 

 

ここ数日で、俺は実に奇妙な体験をした。

夢なのか、現実なのか。未だに判断がつかない。

事実だけを追っていくと、夢のように思えてくるが、

とある瓶一つ取っただけで、一気にそれが現実になっていく。

 

 

次の日。

俺は身支度を終えて、足取り軽く家を出た。集合場所である駅前へと急ぐ。

 

駅前に近づいた所で、見慣れた二人の人影を俺は見つけた。

この人ごみだってのに、

あいつらだけはまるで浮き出ているかのように、容易に見つけることが出来る。

俺は小走りでその女の子達の所へ近づいていった。

 

 

こじつけではあるが、俺はこう考えている。

あの世界は、俺の願望そのものだ。そんでもって、田中は俺の弱い部分って所か。

ろくに努力もしようとしないで、わがままを言い続けたから。

自分のことは棚に上げて、あまつさえ何の関係もない周りを否定し始めたから……。

その結果、少し夢を見させられて……そして最後に、大切な奴らを殺されてしまった。

これら全てひっくるめて、神が俺に与えた罰ってところだろう。

本当、骨身に染みるどころじゃなかったよ……。文字通り、身をもって思い知らされた。

……あんな低俗な考えは捨てる。もう、誰かを失うだなんて考えたくもない。

 

みんなが居るからこそ、意味があるんだ。

 

 

 

「悪い、待たせちまったか?」

「別に」

「集合15分前。待ち合わせとしては、30分前に着くのが自然」

「どこの常識だ、それは」

そう相も変わらないご挨拶なお迎えをするのは、

動きやすさを重視したカジュアルな服装に身を包んだ綾と、

とても暖かそうな毛糸の帽子を被り、

全体的にほんわかとした印象を受ける服でまとめた美影だった。

ちなみに呪縛布は巻いていない。

 

 

 

俺は、助けられたのかもしれない。綾と、美影に。

……いや、俺は怒られたんだな。

もうちょっと考えてから行動しろ。今回は許してやる。次は無い。

そんな声が聞こえてくるようだ。

はぁ……。俺って、マジで何をやってるんだろうな?  

こんなに恵まれた環境に居るってのに、そんなことも気づかずに下らねぇこと考えて……。

馬鹿みてぇ。殺されたって文句は言えねえな。でも――

 

 

 

「そんじゃま、買い出しに行くとするか」

ひと呼吸置いてから、俺は2人にそう促した。

俺が歩きだそうとすると、美影が俺の服の裾を引っ張って、歩み行く俺の歩を止めた。

「これ。結城からの伝言」

「え、店長から?」

美影は俺に一枚の紙切れを手渡してきた。

なんだろうか。紙に書いてまで俺に伝言? 

思い当たる節も無かったが、俺は受け取った紙に目を通した。

その紙には、こう書かれていた。

『言い忘れてたけど、

今日の買い出しは君が自主的に志願してきたことだから、バイト代は出ないよ』

(あのやろおおおぉぉぉ! 

昨日はあんなに強要してたくせに、バイト代まで出さないつもりかっ! 

そろそろ労働基準法に――って、ん? 続きがあるな……)

一瞬気がつかなかったが、更に下の方にもう一文書かれていた。

P.S.手を出したら……分かってるよね♪』

「っ!」

「どうしたの?」

背中に悪寒どころじゃない寒気を感じた。

ポップな字体で書かれてはいるが、この一文には相当数の殺気が含まれている。

暴走状態の綾と同じ……いや、もしくはそれ以上……!

 

 

あなたには、生きていてほしい。

綾と美影は、確かにこう言った。

たとえ俺の幻聴だとしても、その言葉は俺を救ってくれた。

絶望しきった俺を、もう一度奮起させてくれた。

だからこそ、俺は今、ここに居る。そう強く実感出来ている。

もう、死ねって言われても聞かんからな。

 

 

「大丈夫? 顔色が悪いようだけど」

「あ、あぁ大丈夫だ。それより、最初どこに行く? 

今日はお前らの指示に従わなくちゃならないらしくてな」

注意書きの3番目くらいに、そう書かれていた気がする。

別にこんなことまで聞かなくても良いんじゃないかとは思ったが、

だからといって俺が決める訳にもいかないので、俺は2人に指示を仰いだ。

すると、綾の方から返事が返ってきた。

「買い出しの前に、一緒に行ってほしい所がある」

そう言う綾の頬は、心なしか少し赤みがかっているような気がした。

付け加えて言うなら、俯き気味に少しもじもじしている。

(なるほど、そういうことか……)

バイト代が出ない理由が分かった。この買い出しは、ただの買い出しじゃないんだな。

 

 

脳内会議で話し合った結果、試薬品Xはとりあえず手元に置いておくことにした。

気分的にはすぐにでも捨てたかったが、

目に届く所に置いておかないと、どうなるか分かったものじゃない。

 

 

「ああ、良いぞ。どこに行くんだ?」

せめてもの礼だ。どこだろうと行ってやろうじゃないか。

俺が了解の意を伝えると、綾はポケットから小さな紙切れを渡してきた。

「……映画」

「っ! え、映画か」

さっきはあんなことを言ったが、

俺は綾のお願いに対して、素直に「はい」と言うことが出来なかった。

そのチケットは、あの時渡された物と全く同じで……。

真ん中の少し下辺りに『4名まで可』と書かれていた。

「ダメ……?」

綾が涙目上目遣いで懇願してきた。

いや、駄目ってわけじゃないんだが、このチケットには軽くトラウマが――

「3人で、行こう……?」

俺の心配は杞憂に終わった。

そうだよな、綾と美影が喧嘩なんてするわけがない。

俺の知ってるこいつらは、いつも一緒だ。

どっちかがどっちかを突き放すなんてことはない。

「……あぁ、行くか。3人で」

「うん……!」

だって、綾と美影は姉妹だもんな。

その後、俺らは誰が言うでもなく、3人並んで歩き始めた。

 

 

「ありがとう。綾、美影」

ここではない、遠くに行ってしまった2人に対して呟いた言葉。

俺を人の道に戻してくれた女の子達に、この思い……届きますように。

俺は一瞬天を仰いでから、再び前を向いて歩き始めた。

 

 

俺は、もう迷わない。この恵まれた環境に、全力ですがりついて離さない。

与えられた環境に、末永く感謝。

 

 

 

 

 

 

少し歩いた所で、俺はふと思ったことを聞いてみた。

「そういや、今日見に行く映画ってどんな感じなんだ?」

「ヒューマンストーリー」

「お、良いじゃん。ヒューマンストーリー。面白そうだな」

「自らの欲望に溺れ、その結果愛する者をも失った男が、

今までの自分の浅はかな考えを恥じ、嘆き、その後立ち直るまでを描いたもの」

「え」

 

 

 

 

今度こそ本当に、続

 

 

前の章へ / 目次 / 次の話へ

TOP