第一章 夢
「優作さん! 一緒にご飯食べませんか?」 「優作さ〜ん。こちらで私と遊びましょう」 「駄目よ、優作さんは私と過ごす予定なんだから」 「私が先に話し掛けたのにっ」「抜けがけは許さないわよ!」「何よっ! この泥棒猫!」 大量の女子に囲まれている。 その誰もが俺の取り合いをしていて、所々喧嘩も勃発しているようだった。 俺はそんな集団に対し、落ち着いた声で制止を求めた。 「まぁまぁ落ち着いて。みんな仲良くしてくれよ」 少し張った声を出しても、目の前の集団からの喧騒に掻き消される。 制止を呼びかけても一向に言い争いが収まることは無かった。 「どうしたの? 優作君」 後ろの方から透き通った声が聞こえた。 そして背中には暖かく柔らかな感触が。どうやら鈴本が俺に抱きついてきたようだった。 「おお、琴音か。丁度良い、助けてくれよ〜。今、こいつらが俺のことで揉め始めてよ」 「ふふふ。な〜んだ、そんなこと?」 割と真剣に頼んでいるのに、一笑に付されてしまった。 そんな琴音に、俺は不満気に返した。 「そんなこととは何だ。こっちは真剣に頼んでいるのに」 琴音はまたも相手にしてないような…… いや、もっと正確に言うならば、何で真剣に考えなければいけないのか、といった風に答えた。 「ふふ、ごめんなさい。 だって、あなたがあまりにも取るに足らないことで悩んでいたものだから」 「取るに足らない? それってどういう――」
「そもそもあなたは、私のことだけ考えていればいいの」
「増田く〜ん」 「おぉ裕子。どうした? 今日はやけに早いじゃないか」 「えへへ。抜け出してきちゃった」 「全く……しょうがない奴だな」 裕子はいたずらっ娘のような笑顔を浮かべていた。 俺はそんないただけない我が彼女を見て、凄く安らかな気持ちになった。 「ごめんね。……でも、少しでも早くあなたに会いたかったから」 「裕子……。それとこれとは話が別だっ」 お茶を濁そうとした彼女を小突く。 「いったーい。そこまでしなくても良いんじゃないの?」 頭を抑えてから、頬を膨らましこちらを非難する裕子。 その後、しおらしい表情を見せてから、小声でこう呟いた。 「……一応、本当のことなんだから」 心が何かで射抜かれた。しかしそれに対する痛みは皆無に等しい。 むしろ俺の心は嬉しさと動揺のせいで、元気良く暴れまわっていた。
「だって私、増田君の彼女なんだよ? 少しくらいあなたを優先したって、バチは当たらないと思うな」
「おう、倉崎にレイじゃないか。こんな所で、奇遇だな」 「……あぁ、何だ増田か」 「僕らに、何か用かい?」 「いや、別に用ってわけじゃないんだが――」 声を掛けてみたら、何だか2人ともいつもより元気が無いみたいだった。 両腕は力無く垂れ下がっていて、瞳からは生気すら感じられなかった。 「だったら話しかけないでくれない?」 倉崎に冷たく突き放される。体調どころか様子もおかしかった。 「そ、そんな冷たいこと言うなよ。俺達、友達じゃないか」 「「友達?」」 「……え?」 真顔で聞き返されて少し戸惑ってしまった。 聞き間違いであることを期待して、再度問いかける。 「な、なぁ……俺らって、友達だよな? 一緒に遊んでたりとか、してたじゃねぇか」 「昔は……ね。あんなことをしておいて、よくそんなことが言えるよね」 「あんなこと? 何言ってんだ、俺は別に何も――」 口に出そうとしたら、レイは俺のことなど気にも留めないように、俺の言葉を遮った。 「いきなり掠め取っていって……。悪びれもなく僕らに関わって……。 その割には、曖昧な態度をとって彼女達を苦しめている」
「「そんな奴が、僕らの友達? ふざけるのも大概にしなよ」」
「あ! 綾、美影! お前らからも何か言ってくれよ。なんか、倉崎とレイがおかしくて……」 「「……」」 近くに見知った2人組を見つけ、手を貸してもらおうと声を掛けた。 しかし綾も美影も、振り向いてはくれたものの、口を開こうとはしなかった。 「? どうしたんだ? 何か言ってくれよ」 「もう……嫌」 綾がいきなり涙をポロポロと零し始めた。突然の出来事で俺は困惑してしまった。 「ど、どうした!? どこか痛むのかっ?」 「痛む? それはもう、耐え切れない程痛むわ。 苦しいのに……でも、どうしようも出来なくて。 いっそのこと、死んでしまえればどんなに楽なことか」 悲しげに目に涙を浮かべて、美影が何か理解しがたいことをぶつぶつと呟いている。 「もう嫌っ! これ以上、私達を苦しめないで!」 「綾っ? 美影もっ! お前ら、一体どうしちまったんだよ!」 俺がやけくそ気味に叫ぶと、 俺の目の前に居る2人は俺より大きく声を張り上げ、険しい表情でこう叫んだ。
「「もう私達に関わらないで!!」」
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「っ! ……夢か」 布団から飛び起きて、辺りを見渡す。 視線の先には、散らかった衣服やプリントの山。見慣れきった我が部屋の内装があった。 体からは冷や汗が出て……動悸も荒く、自分でも驚く程、恐怖していることが分かった。 (落ち着け……! あれは夢だ。夢なんだっ。あいつらが、あんなことを言うわけがねぇ……!) 琴音と裕子が俺にアプローチしてきて、倉崎とレイ、綾と美影が俺を拒絶する夢。 前半はともかく、後半は俺にとって、恐怖以外の何物でもなかった。 言うはずがないと頭では分かっていても、体は過敏に反応してしまう。 何度も頭の中から言い聞かせていたら、ようやく心身共に落ち着き始めてきたようだった。 (何なんだこの夢……。くそっ!) 朝から嫌な気持ちになる。今日に限って、何でこんな夢を……。 (そんなことより、今日こそは行かないとな……。もう5日も会えてないし) 目覚めの悪さを何とか我慢し、体を奮い立たせて何とか立ち上がる。 いつもより動きが鈍い手で、ドアノブを掴んで扉を開く。 俺はまず洗面台に行き、気分転換も兼ねて、顔を洗うことにした。
「よし、後は――」 顔洗って、飯食ったらだいぶ落ちついてきたぞ。うん、やっぱりあれは夢だ。 夢なんだからそんなに気にすることないよな。何をそんなに動揺してるんだか、俺。 「……あれ?」 最後にざっとチェックした所で、俺は一つの違和感を感じた。 いつも入れているはずなのに、それが無い。 ポケットに手を突っ込んだまま、しばし固まる。 どっかに落としたか? ……あ。 「そういや、昨日渡してそのまんまじゃんか」 記憶を掘り返した所で、俺はようやく納得することが出来た。 そうだよ、涙を拭かせるためにって、ハンカチ渡したんだったな。忘れてた忘れてた。 (ま、いっか) どうせ安物セールで買ってきたものだろうし。ハンカチくらいなら別に良いや。 俺はタンスから違うハンカチを一枚手に取って、それをポケットの中へと入れた。
支度を終え、足早に自宅を出る。 今日はどんなことがあっても綾に会いにいけるように、いつもよりだいぶ早く家を出た。 今日はバイトが入ってるから、絶対に会えるとは思ってたが、 昨日みたいに不意の出来事で会えなくなるかもしれない。 だから俺は、いつも昼頃に出発する所を、 朝の9時という、いつもより三時間程早く家を出かけることにした。 (流石に用心しすぎたか?) 後悔したってもう遅い。歩を止める俺も居ないわけじゃなかったが、 会いにいかなくては……! という思いの方が俺の中では強かった。 今朝の悪夢のせいで、俺は神経質になりすぎていたのかもしれない。
続
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