第一章 夢を持つということ
「おはよう、増田。柊さんと西園寺さんも」 「おう、今日も元気そうだな。倉崎」 「……」 「ん。おはよう」 三者三様の挨拶が返ってくる。 いつも通りの平和さを感じながら、僕は朝のHRに備えて自らの席に座る。 (まだ、HRまで時間があるな……。絵でも描こうか) 僕はバックから小さなメモ帳を取り出し、手にした鉛筆で軽く絵を描き始める。 あの一件以来、僕は少しでも時間があれば絵を描いている。 打ち込める物が見つかった。 学校にも行きたくなった。 そして、夢を持つ事が出来た……。 今の僕は、とても生き生きしている。
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「…………。ありがとう。もう、大丈夫だよ」 「ん。すっきりした?」 「うん……。ごめんね、柊さん」 涙を拭いながら、柊さんにお礼を言う。 柊さんの制服は、僕の涙ですっかり濡れてしまっていた。大変に申し訳ない……。 しかし、柊さんは気にしなくて良いといった感じで、微笑みながら首を振った。 そんな感動的な場面で、例の男は相変わらず雰囲気をぶち壊す。 「あーあ。良いよな、倉崎は。こんな可愛い女の子の胸の中で泣けるんだからよ。 という事で……俺もついでにお願いします!」 そう言いながら、ル○ンダイブで柊さん目がけて飛びかかる増田。 ……飛びかかった瞬間、綺麗に拘束されていた。 「斬られたいか?」 「今ふざけるのは不自然」 「はい……。ごめんなさい……」 殺気100%の脅しを受けた後、露骨に落ち込む増田。 いつもの光景といってはいつも通りなのだが、 何故かこの時、僕の表情には自然と笑みが浮かんでいた。 「ふ、ふふふ。あはははは!」 「「!?」」 「あは、ははは! 増田ってば……何、やってるのさ……! 笑いが、ふふふ。止まらないっ……」 いきなり笑い出した僕を見て、困惑し出す二人。僕も困惑していた。 なぜいつも見ている光景なのに笑い出しているのか。 疑問が僕の頭の中で膨らんだが、 そんな僕の意識は完全に置き去りにされ、自然と笑ってしまう。 「そうだ、それで良い」 「……え?」 必死に笑いを抑えようとしていると、いつの間にか拘束を解かれた増田が、 僕の目の前に立っていて、腰に手を当て微笑んでいた。 「お前は、篠原が笑っていればそれで良い、と言った。……でもな、俺はそうとは思わねぇ」 「え? それってどういう――」 僕が尋ねようとしたら、増田は僕の言葉を遮り、柊さんと西園寺さんを抱き寄せ、こう言った。 「俺は、『みんなが』笑っていればそれで良い! もちろん、お前もだ。倉崎」 「!」 「みんなが笑い合ってて、 みんなが幸せそうなら、それが俺達にとっての最高級の幸せだと思うんだ。 ……誰も、犠牲になんかさせない。みんな揃ってるから意味があるんだ。 な? そう思うだろ?」 自信満々に言い終わった後、増田は両腕に抱き寄せた二人に同意を求める。 抱き寄せられた柊さんと西園寺さんも、微笑みながら増田に返事を返す。 「異論は無い。でも……」 「とても自然な考え方。でも……」 「ん? でも?」 煮え切らない二人の回答に増田が聞き返す。 すると、柊さんと西園寺さんは、増田の腕からすっと抜け出し―― 「「そろそろ離れろ!」」 「ぐべらっしょい!」 包帯で増田の自由を奪った後、腰に携えた日本刀でとどめを刺した。 ……一応、言っておくが別に死んじゃない。 「別に、良いじゃないか……。こういう時ぐらいよ……ガクッ」 あ、力尽きた。 「「ふん」」 増田の意識が無くなった事を確認し、二人は各々の武器をしまう。 僕は気を失った増田を見下ろし、少し感謝した。 (ありがとう、増田。僕を元気付けるために、自らの身を粉に……) 増田の真意は分からないけど、そう思っておく事にしよう。 そうすれば、少しは先程のセクハラ行動も許される事だろうから。 僕は増田に向かって手を合わせてから、 柊さんと西園寺さんの方に向き直り、改めて二人に感謝した。 「本当に、ありがとう。柊さん、西園寺さん。こんな僕のために、あそこまでしてくれて……」 「気にしないで。大した事はしていない」 「友達を助ける事は、とても自然な事」 謙遜しながら、気恥ずかしいのかそっぽを向く二人。 大した事じゃないとは言っているけど、僕にとっては、凄く大きな助けだったよ。 「あなたは、これからどうするの?」 西園寺さんが唐突に質問してきた。 「え? どうするって言われても……」 僕は少し考えた。 正直、篠原さんの件で頭がいっぱいで、今後の事なんてまるで考えていなかった。 僕はしばし色々な考えを巡らせ、今後の身の振り方を見出した。 じゃあ、そうだな……これから僕は…… 「絵を……描こうと思う」 「! それって……」 柊さんが驚愕の表情を浮かべる。 僕は言ってから、説明が足りなかった事に気づき、慌てて補足をする。 「ああっ、大丈夫だよ。ちゃんと学校にも来るから。 言い方が悪かったね。将来、絵描きになりたくなったんだ」 絵描き。職業風に言うと、画家。 今まで、夢なんて一つも持っていなかった僕が、初めてなりたいと思った職業。 僕だけじゃ辿りつけなかった。増田、柊さん、西園寺さん、 そして篠原さんのおかげでやっと見いだせた、僕の夢だ。 「柄じゃないかもしれないけど、もっと多くの人に見て貰いたいんだ。僕の絵を……僕の想いを」 色んな人に支えられたから、今僕はここに居る。 そんな僕を支えてくれた人達へ、少しでも恩返しするために僕が出来る事……。 この正直な想いを、もっと多くの人に届けたい。
パチパチパチパチ。
どこからか拍手の音が聞こえた。 音の鳴る方へ目を向けてみると、柊さんと西園寺さんが優しく微笑みながら拍手をしていた。 そして、僕に向かって二人はこう言った。 「素敵な夢。応援する」 「頑張って。私達も、出来る限り協力する」 「うん、ありがとう……」
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(さて、今日は何を描こうか……。そろそろ、風景画じゃなくて新しいジャンルに――) 「ほら、朝のHR始めるぞ〜。みんな席に座れ〜」 おっと、そうこう考えている内に先生が来てしまった。 絵はまた今度かな? うん、昼休み辺りにでも描こう。
続
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