第一章 斬るか自然か
次の日。今日は約束の日。 昨日は猛烈な睡魔に襲われて、帰宅したら即座にバタンキューした。 おかげで夕食は食べてない。 ただ、そんな状況でもしっかり目覚ましをセットした俺は、賞賛に値するだろう。 現在、約六時。 約束の時間までまだ一時間もあるが、念のため早めに出かけよう。 俺は家族を起こさないように、細心の注意をはらいながら、朝飯を軽く取り身支度を済ませた。 「おっともうこんな時間か。早くしねぇと斬り刻まれちまう。……よし、それじゃ行って来ます」 俺は足取り軽く、家を出かけていった。
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「六時四十五分。ちと早すぎたか?」 モスラバーガーが前方に見えてきた所、 ふと腕時計を見てみると予定より十五分も早く着いてしまった。 「ま、これくらいなら待ってれば良いか……」 静かな住宅街を一人歩いていく。 朝特有の爽やかな風を受け、太陽が昇ってくる方向へ歩を進めていく。 すると、店の前に人影が二つ見えた。俺はその二つの人影に走り寄っていった。 「悪い、待たせちまったか? っておお!」 太陽の逆光で遠くからでは分からなかったが、西園寺も柊も、先週購入した服を着ていた。 柊は自分で選んだ純白のワンピース。呪縛布は纏っていない。 西園寺の方はといえば、黒ベースのTシャツに青のジーンズ。 シンプルながら、動きやすい服装でとても西園寺に似合っている。 髪も今日は後ろで縛っており、俗に言うポニーテールにしてあった。 「……じろじろ見るな」 「あ、ああっ悪い……つい、見とれちまって……」 「もっと自然な言い方があるでしょ?」 「そうだな。……二人共似合ってるぞ」 二人共、微かに頬を赤らめる。 そしてバックに太陽があるせいか、二人が神話に出てくる女神様のように見えた。 しかし服一つでここまで魅力的になるとは……。いやぁ朝から眼福眼福。
それから早速俺達は駅に行って電車に乗り、目的地である富士ランドへと向かった。 しかし、さっきから周りの人達から視線が痛い。 恐らく、俺の両脇で各々自由な行動を取っているこいつらのせいだろう。 ただでさえ常時目立つ二人ではあったが、今回は違う意味で目立っている。 こいつらは性格が特殊なだけで傍から見てる分には美少女に見えるからな。 実際、可愛いし……。 とにかくそんな子達を二人も連れて歩いているのだ。視線が集まってもしょうがない。 「この上にぶら下がってる物は全部斬り落として良いのか?」 「駄目だ。つり革切っちまったら、困る人が続出する」 「こんな大きな物がこんなスピードで走ってるなんて……。 しかも人を乗せて……。明らかに不自然。もっと遅く走るのが自然」 「いや、今の文明ならこのくらいが自然だ」 いや、特殊どころじゃないな。やっぱり変だ。あと付け加えて世間知らず。 俺は二人に正しい事を教え込みながら、富士ランドを目指した。 決して楽な旅路じゃなかったが、なんだかんだ言っていつも通りだった。 にしてもこの二人の頭の中には、斬るか自然かどうかの二択しか無いのだろうか……。 こりゃ着いたら質問地獄だな……。
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富士ランド入口前。やっとこさ着いた……。 ここに来るまでに、いくつとんちんかんな質問を捌いてきただろうか。 西園寺は目に付く物全て斬ろうとするし、 柊は自然物以外(いわゆる人工物)は全て否定する勢いだし……。 大人しく座っててくれと何度思ったことか。 「いらっしゃいませ。何名様ですか?」 いつも思うのだが、何故公共施設の職員達はいちいち人数を聞くのだろうか? 見れば分かるだろ? と毎度言いたくなる。 まぁ、意味も無く喧嘩を売る義理も無いので素直に答えるが。 「三人です。あ、それと……これ使えますか?」 「はい。優待招待券ですね? 一度、お預かりしてもよろしいでしょうか?」 「あ、はい。じゃあ三人分」 「お預かりします。少々お待ち下さい」 よし、これで後は待ってればОKだな。俺はその間何となく周りを見てみた。 流石日曜日だけあって家族連れや、一般客がたくさん来ていた。 早めに来ておいて正解だったな。 「……」 「ん? どうかしたのか? 西園寺」 西園寺の方に目を向けると、顔は青ざめており体も小刻みに震えている。 さっきまでそうは見えなかったけど、どこか具合でも悪いのだろうか? 「……大丈夫。何でも無い」 そうは言ってるが、震えは止まってない。左手で触れている日本刀がカタカタいっている。 「お待たせしました。こちら当遊園地のフリーパスとなります。 これを並ぶ際に職員に見せて頂ければ、お待ち頂くことなく優先的に乗る事が出来ます。 それでは、今日一日ごゆっくり富士ランドをお楽しみ下さい」 「あ、はい」 丁寧にお辞儀をし、送り出す受付の人。 そんな事より、俺は西園寺の事が心配でそちらに目を移した。 「西園寺、大丈夫か?」 「……」 無言の頷き。あれ? いつも通り? 見ると震えも止まっている。 「慣れない所で少し動揺してただけだって。慣れるまで、はぐれないであげて」 柊が西園寺の代わりに説明してくれた。そう言う柊もいつもの覇気が無い。 二人共人の多さに圧倒されたのか。そういう事なら、俺がしっかりしなくちゃいけないな。 「んじゃ今日は精一杯楽しもうぜ!」 いつもより二倍近くテンションを上げて、二人の肩を抱く。 西園寺も柊も、俺のいきなりのテンション変化と、 肩を抱かれたことに驚いていたようだったが、 慣れてない恐怖からか抵抗はせず、 最初のアトラクションに向かう道中は、この状態で歩いていった。
さて、じゃあ何乗りたい? と二人に聞いた所、 西園寺からは特に意見が出なかったが、柊からはこのような返答が返ってきた。 「ジェットコースターと観覧車、お化け屋敷やゴーカートにも乗らないと不自然」 代表的なアトラクションばかりだな……。でもまぁ妥当か。 「よし、じゃあ一通り乗って回るか」 再び俺達は歩き出した。 「いつまで肩を抱いている? この腕は斬り落とされたいのか?」 右から凄みのある声が聞こえていた。 声の主の方へ向いて見るとすでに柄の所に手が据えられており、 今にも斬り落とさんとしている。 「あ、ああ! すまんすまん。つい、流れでな」 「ふん」 俺は慌てて手を離し通常通り並んで歩く。同時に柊の方も手を離した。 西園寺は納得したのか、柄から手を離す。 その姿を見てとりあえず安心したが、俺はちょっぴり残念な気持ちになった
続
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