第一章 口は災いの元
次の日。今日は日曜日だけど変わらずバイトである。 日曜日くらいは休みにしてもらえば良かったと今更ながら後悔した。 俺は素早く外出の準備を整え、バイト先へと向かった。
「やぁ。おはよう。増田君」 「おはようございます。店長」 昨日、あんな話を聞いたからかもしれないが、 いつもの店長の笑顔が心なしか二割くらい元気がないように見える。 目元もよく見ると少し赤くなってるような……。 「突然だけど、今日モスラバーガーは休日にする」 「えっ?」 突然すぎる……。休みなら来なくても良かったじゃないか。 驚く俺を尻目に店長は構わず続けた。 「今日、ちょっと僕は用事があってね。店を空けなくてはならなくなったんだ。 で、せっかくの日曜日なんだから、そうだ休みにしよう! って思ったわけ」 ハキハキと理由を喋ってくれるのはありがたいけど、 相変わらず何を考えてるのか分からない人だ。 当日になって休日にしようなんて誰が考えるんだよ……。 「それじゃ、僕は行くから。あ、綾と美影は家にいるからね。それじゃあ」 そう言って店長は足早に店を出ていってしまった……。 去り際に残していった西園寺と柊の位置情報には何の意図があるのかと疑いたくなる。 もしかして、日曜日なんだからどっか出かけてこいとでも言ってるのだろうか……。 店長の意図は分からなかったが、とりあえずただ家にトンボ返りするのも癪だったので、 二人の元へと行く事にした。
すぐ近くの路地を通り、少し開けた所にある貸付ビル(決めつけ)の目の前まで来た。 一度入ったとはいえ人の家であることは変わらない。 俺は呼び鈴を探してみた。が、見つからない。仕方なくノックをすることにした。
コンコン。…………。
応答無し。あれ? 店長は家にいるはずだって言ってたのに。 俺はもう一度ノックをした。先程よりも少し強めで。
コンコン! …………。
再度、応答無し。聞こえてないのかな? 今度は呼びかけてみた。 「おーい! 西園寺―、柊―! 居るのかー? 居たら返事してくれー!」 結構、大きな声で言ったつもりだったのだがやはり返事は無い。 流石にいないのかと思い、俺が仕方なく家に帰ろうとした時、 ギィと鈍い音がしてゆっくりと目の前の扉が開いた。 俺は二人の内どちらかが開けてくれたのだと思い、無警戒で扉の中に入っていった。 「なんだよ、居るなら居るでちゃんと返事を――」 「うるさい!」 「おわっ! いきなり何しやがる!」 扉に導かれるまま入っていったら、いきなり袈裟斬りをされそうになった。 あと一歩回避が遅れていたら間違いなく出血大サービスだったことだろう。 犯人は分かっているので俺は非難の声をあげたが、 斬撃の発生源さんは大層お怒りの様子だった。 「朝からうるさい。一度言えば分かる。私の安眠を妨げるな。あと、勝手に入るな」 冷たい言葉の数々が猛スピードで飛んでくる。 表情こそ無表情だが、地獄の閻魔大王を彷彿とさせる程のオーラを全身に纏っていた。 「わ、分かった。騒がしかった事は謝る! だからその物騒な物を早くしまってくれ!」 「……」 俺の願いが届いたらしく、西園寺はゆっくりと愛用の日本刀を鞘に納めてくれた。 「で、何の用?」 「いや、今日休みだって言われたからよ。 せっかくの休みなんだし一緒にどっか行かねぇかって話だよ」 「……」 黙ってしまった。無言はいつもの事だけど、会話中にされると反応に困る。 これからどうやって話を展開させていけば良いんだよ……。 「そういや、柊は?」 「……」 無言で少し先にある扉を指差す。そこにいるって事なんだろう。 連れてくる様子もなさそうだから、自分で行けって事なのかね? 「そうか。じゃあちょっくら上がらせてもらうよ」 俺が入るように言っても西園寺は何も言わない。 これがОKのサインだと勝手に解釈し、靴を脱いで促されたドアのノブに手を掛けた。 「柊? 入るぞ。――ってうわっ!」 ドアを開けると目の前から数本の包帯が飛んできて俺の体に纏わりついてきた。 まるで生きているかのように包帯は俺を中心に円を描き、一瞬で俺を簀巻きにした。 バランスを崩しその場に倒れる。 「神聖なる我が領域に無断で侵入してくるとは……。 貴様、いかなる罰も受けるつもりであろうな?」 頭上から可愛らしい声ながらも限界まで厳かな雰囲気にしようとしている声が聞こえてくる。 状態が状態だけに姿は見えないが、人物の特定は容易に出来る。 「柊……。ほどいてくれ……」 もう、度重なる攻撃の数々に数分と経たずに俺はヘトヘトになっていた。 言いたい事は山ほどあるけど、とにかく早くほどいてほしい……。 「フハハハ。誰がそのような事をするか! 貴様はこれから我自らが罰を……ってあぁ!」 ん? 何か柊の様子がおかしい? 気になって体を起こしてみたら普通に起こす事が出来た。 ってあれ? 包帯は? 気になって周りを見渡してみたら、西園寺が日本刀を鞘に納めていた。 「もしかして、西園寺が包帯を?」 「話が進まない」 どうやら、俺を開放してくれたのは西園寺って事で間違いないようだ。 「ありがとうな。西園寺」 「……」 あらら、そっぽを向かれてしまった。 食材調達の時といい、今といい、西園寺は照れ屋なんだな。 そんな呑気な事を思いながらもう一人の方に目を向けると、 おもちゃを取りあげられて拗ねてる子供みたいに、 部屋の隅で体育座りをしている柊の姿があった。 「これからが見せ場なのに……。綾のバカ……。」 本当にこの二人相手だと話の進行度合いがかたつむり並みに遅い。 さっきから一切話が進んでない。 このままだと埒があかないので俺は強引に話を進める事にした。 「なぁ、せっかく休みなんだからどっか外にでも遊びに行かないか?」 「「嫌だ」」 もうヤダ。死にたい……。せっかく苦労して立て直したのに即答で一蹴された……。 俺は一瞬心が折れかけたけど、 こいつらのおかげで何回も経験したので何とか持ち直す事が出来た。 こうなったら意地でも外に出してやる! 「いやいや、外出すると楽しいぞ? 日の光とか気持ちいいし」 「我は日の光を浴びると魔力が減少してしまうのだ。故に我は外になど出ぬ」 「あぁ……。でもほら映画館とかゲームセンターとか凄く楽しいと思うけどなー」 「そこでは何人斬り殺して良いの? 百? 二百?」 「…………。まぁとにかく外に出てみようぜ? 新たな発見とかあるかもしれないし」 「「面倒くさいから嫌だ」」 万策尽きた……。この二人は特殊すぎる。何を言っても動く気配が無い。 普通このくらいの女子って友達と服を買いにいったりとかするでしょ。 けど、この二人はそんな事無いんだろうな……。 いつもモスラバーガーに居るだけだから制服しか着ないんだろうな。 今日はせっかく休みなんだから、制服なんて着なくても……って 「そういえばお前ら。今日休みなのになんで制服着てるんだ?」 いつも通りの格好だったから気付かなかったが、 冷静に考えて見ると仕事が休みなのに制服っておかしいだろう。しかも家の中で。 二人はしばらくお互いを見合った後、各々こう言った。 「……服なんてこれしか持ってない。あとは予備が何個か」 「結城が店を立ち上げる時に他は全部売り払った」 マジですか……。この二人はどこまで店長の事を……慕われてるんですね、店長。 ていうかこれを引き合いに出せばもしかして。 「だったらさ。服を買いに行こうぜ!」 「「しつこい」」 ほんと、息ピッタリですね。どれだけ行きたくないんだか。 流石の俺も諦めた。嫌がる相手をそこまでして無理矢理連れ出してもしょうがない。 俺は大人しく家に帰る事にした。
あぁ、けどそれにしても……。
俺は少し、色々な服を着た二人の姿を想像してしまった。 その時、俺は不覚にも思った事を口に出してしまった。 「綾とか黒髪で髪長いから、スカートとか履くと可愛いんだろうなぁ。 ジーンズでも綾らしさが出て良いかもしれん」 「!」 「柊だって顔立ちは整ってるんだからどんな服着ても映えると思うんだけどな。 というか制服しか持ってないって、常識的に考えて不自然だろう。」 「!」 「まぁ、本人達が行きたくないって言ってるんだから、こんな事思っても虚しいだけだよな。 ここは大人しく帰ると――」 「ククク。久しぶりに天照との再戦の時が来たようだな。 そのためには相応の装束を身に付けなければなるまい」 「帰ったら、斬り殺す」 「え?」 ここでようやく自分が不用意に口に出していた事を理解した。 口が滑ったとはこの事だろうか……。我ながらとんでもない失態を犯してしまった。 「え、でもお前らさっきあんなに行きたくないって」 「「うるさい」」 なんか臨戦態勢もとい行く気満々になっていらっしゃる。 ……口は災いの元ってか? あれ? 使い方これで合ってたっけ。 まぁ良いや、大人しく準備しますか。 ていうか元々、二人を連れて遊びに行くってのが当初の目的だったような……。 ある意味、作戦成功だったのか?
続
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