第六章 その、繋がれた手は……
「え!? 綾さんを探しにいく!?」 「うん。やっぱり心配だからね」 それに増田と美影さんだけじゃ、この広い敷地内を探すのは大変だろう。 僕も探しに行けば、その分西園寺さんと会える可能性も高くなるはずだ。 僕はそう思った。 「で、でも増田君は探すなって……」 「言ってたね。でも、多分大丈夫でしょ」 わざわざ絶対という言葉まで使って、コントのフリの如く繰り返していたが、 みんなが思うようなそんなに大変な事にはなってないだろうと思った。 増田のことだ。どうせ、みんなで探したらまた誰かが迷子になる、とでも思っているに違いない。 だったら連絡を取り合える人が探しに行けば良いだけのこと。 言葉が強かったのは、ただ焦ってただけだろうしね。 「それじゃレイ君。何かあったら連絡するよ」 「分かった」 これで良し、と。 さて、西園寺さん。一体どこにいるんだろう?
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「もしもし。レイ君? ……うん、見つかったよ。うん。今からそっち帰るね。うん、はーい」 順斗に手を引かれ、人ごみの中を歩いていく。 すれ違う人達は、彼が先を行ってくれているおかげで特にぶつかることはなかった。 数分も経たない内に、2人は開けた場所へと着いた。 振り返って順斗が言う。 「大丈夫? 西園寺さん」 「え……うん」 「そう。みんなは本堂にいるから、そこまで歩こうか」 そう言って、彼は再び歩き始めた。 彼女と手を繋いだまま。 そんな無意識のまま自分を離そうとしない手を、綾はぼんやりと見つめていた。 (温かい……) 自然と表情がほころぶ。 しっかりと握られたその手からは、何故かとても懐かしく思える温かみを帯びていた。 「そうだ。ねぇ聞いてよ西園寺さん。さっきね、増田から電話が来たんだけど――」 頭の中で響いていた声は、もう聞こえない。 まるで自分の体ではないように刀を求めたこの手は、今は絶対に自分の手だと実感出来る。 あれほど苦しかったのが、まるで嘘のようだった。 「――増田がね、西園寺さんのことを探すなって言うんだよ。ひどいと思わない?」 こんなこと、初めてだった。 あぁなってしまった彼女は、誰に止められようと全く止まらなかった。 それが自らの父である結城でさえも。 もちろん、増田でさえも。 「まぁ結局探しに来ちゃったんだけどね。 こうして無事に見つけることが出来たから、結果オーライだよね?」 (順斗……あなたは……) 「あ、増田の話してたら思い出した……。 そういえば西園寺さんを見つけたら電話しなきゃいけなかったんだ。 ごめん、ちょっと電話していい?」 そう聞かれて、慌てて頷いたのを覚えている。 すると順斗はポケットから携帯を取り出し、慣れた操作で増田に電話をかけた。 「もしもし。増田? 西園寺さん見つけたよ。 っ!? なんだよ、そんなに怒らなくていいじゃないか」 一瞬携帯から耳を離して、不満そうな表情になる順斗。 ハンズフリーでなくても綾の耳に届くくらいの声量で、増田が怒鳴り散らしたようだった。 今度はやや遠ざけ気味に携帯を耳に近づけた順斗は、増田との通話を続けた。 「ごめんって。でも見つかったからいいでしょ? え? 西園寺さん?」 突然順斗の視線が綾の方へと向く。 少し驚いた綾だったが、そんな彼女を数秒見つめた順斗は、 特に何と言うわけでもなく返事をした。 「別に普通だけど……? いや、大丈夫かも何も、どこも怪我とかしてないよ? ……えっ、僕? 僕がなんで怪我するのさ」 「…………」 「とにかく、西園寺さんは見つかったから、増田は美影さん連れて本堂まで来て。それじゃあね」 割と強引に順斗は通話を切り上げた。 ポケットに携帯をしまいながら、順斗は困ったような笑顔を浮かべて綾にこう言った。 「もう、よく分からないよ。 なんで迷子になってた西園寺さんに心配するんじゃなくて、探してた僕を心配するんだろうね。 しかも、怪我とかしてないか、なんて。してるわけないじゃんね」 してるわけない。 そんな何となしに出たその言葉に、綾は強い衝撃を受けた。 特別な意味など一切無いだろう。 きっと彼だって、本当のことを知ってしまえばそんなことは言えなくなる。 しかし、この根拠が全く無い信頼を、綾はとても嬉しく感じていた。 こんなことを言われたのは、初めてだった。 「そろそろ着くよ。ほら」 彼に示された方を見る。 そこにはこちらに手を振る裕子、琴音、レイの姿があった。 みんな、笑顔を浮かべている。 「西園寺さん」
「もう、迷子にならないでね」 「……!」 そう優しく告げた順斗の顔は、とても柔らかな表情をしていた。 「うん」
――ありがとう
続
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