第一章 清水寺
「よっし! 今日も良い天気だ! みんな! 準備は良いか!?」 その呼びかけには誰も答えない。というより、朝から増田のテンションに付いていこうとする人がいないと言った方が正しいだろう。 「琴音、そろそろ起きて」 「Zzz……。もう食べれないよう……」 「もう。寝ぼけてないで自分で歩いてよ、ほら」 鈴本さんに至っては、いまだ目を覚ましていない。 朝食も篠原さんに介抱される形で食べていた。朝に弱いんだね。 「おいおい。なんだその体たらくは。修学旅行はこれからだぞ」 「しょうがないじゃない。昨日何時に寝たと思ってるの?」 「えーっと……何時だっけ?」 「夜中の3時よ。あなたのせいで」 「あらら。それは悪いことをした」 止まる所を知らない増田の軽口に対して、柊さんはそれ以上言葉を続けることはしなかった。 小さくあくびをしたり、目を擦っていたり、鈴本さんに次いでとても眠たそうにしていた。 対する増田は普段と変わらない元気のままである。 おおよそ同じ時間に寝た2人とは思えない。 「僕たちは何時に寝たんだっけ?」 ふと気になってレイ君に聞いてみる。 「うーん、1時くらいだったかな? 綾さんが運ばれてきたのがそのくらいの時間だったし」 あ、そうだそうだ。思い出した。 それで西園寺さんに悪いからってことで寝ることにしたんだっけ。 いやー、そうでなかったら一体いつ寝ることになっていたんだろうか。 徹夜していた可能性も考えると、いやはや修学旅行とは恐ろしいものである。 「とにかく! そろそろ出発するぞ! このままじゃ全部回りきれん!」 現在午前10時頃。 予定がどうなってるか分からないけど、本来ならばとっくにお寺巡りしている頃だ。 「増田君。最初はどこに行く予定なの?」 「もちろん、清水寺だ!」 おぉ、最初から飛ばすね。
▲
暖かな陽気を心地よく感じつつ、僕たちは先頭を歩く増田達よりも少し遅れ気味に歩いていた。 「琴音。あと少しで右に曲がるからね」 「はーい……Zzz」 未だ目を覚ます気配が無い鈴本さんを、僕の隣で歩いている篠原さんは優しく誘導していた。 鈴本さんの手を取り、 出来る限りゆっくりと歩いてあげている彼女の姿は、まるで鈴本さんのお姉さんのようだった。 「ん? 次は右だったっけか?」 「左じゃない? ほら、今はここの道だから……」 「あぁ! すまんすまん。一つ前の道だと思ってたわ」 案内役は増田とレイ君。と言っても、二人とも地図とにらめっこしながらだ。 会話を聞いていると非常に危なっかしくはあるが、レイ君が付いているから大丈夫だろう。 いざとなれば誰かに道を聞けばいい。 「……疲れた」 「そうね。でもたまにはこういうのも良いんじゃない?」 「……」 そう、たまにはこういうのも良いだろう。 どことも分からない道のりを、地図1つ手にのんびりと目的地を目指す。 これぞ旅行だ。修学旅行ではないのかもしれないけど。 「もう〜。そろそろ起きてよ、琴音」 「Zzz……あと5分……」 「まだ起きないの? 鈴本さん」 「多分起きてる。甘えてるだけなのよ、この子は」 確かに先程とは違って、既に鈴本さんは自分の足で歩いていた。 相変わらず篠原さんにくっついてはいるが、起きているのは恐らく本当だろう。 鈴本さんを支えるようにして歩いていた篠原さんは、 そんな甘えん坊な彼女の手を取るようにして歩き始めた。 そうしてやっと、鈴本さんは瞑っていた目を開けた。 未だ眠たそうに、空いているもう片方の手で擦ってはいたが。 「増田、あとどれくらい?」 「もう着くぞ。ほれ、あれだ」 そう言って増田は目の前を指差す。そこには目的地の清水寺が見えていた。 修学旅行の定番。清水寺。 正直僕は中学校の時にも一度訪れている。 所々見覚えのある箇所を見つけては、その時の記憶を僕は思い出していた。 「これからどうするの?」 「ん? いやまぁ、とりあえず観光だろう」 「そう。……でも、少し人多くない?」 そう言われて、増田は周りを見渡す。 僕たちが今居る所は清水寺の本堂からはかなり離れた所だったが、 それでも気になるくらいには人ごみが出来ていた。 これは七人全員で動くのは少し厳しいだろう。 「うーん。確かに混んでるな……。流石清水寺」 感心したように増田は頷いた。 その後、僕達の方に向き直り、困ったように頭を掻きながらこう言った。 「仕方ねぇ。そんじゃ、自由行動にしますか。しばらく経ったら合流ってことで」 その提案に他全員が頷く。特に異論は無いようだ。 「ねぇねぇ、本堂行ってみようよー。あそこ私行ってみたーい」 「えー、いきなり? もっと色々回ってからの方が――」 「いいじゃーん。じゃあ色々回りながら行こ」 「うん、そうしましょ」 早速鈴本さんは篠原さんに何か提案していた。 彼女の指差す先を見てみたら、そこは清水寺の本堂だった。 二人の目的地はあそこかな? 「レイはどこ行く?」 「僕? 僕はどうしようかな」 「決まってないならあっちの方行ってみようぜ。なんか良さげな小道がある」 増田が示したのは、本堂に行く道とは違った方向の小さな道だった。 舗装はされているが、回りは木々に囲まれている。 恐らく敷地内のどこかに繋がっているのだろう。 見た感じ人はまばらで、とても落ち着いた雰囲気だった。 うん、のんびり散歩する時とかにぴったりかもしれない。 自由行動とは言っても、誰かと一緒に行くことには変わりない。 本堂には一度行ったこともあり、僕は増田達と回ろうかなと傾き始めていた。 しかしその時…… 「それじゃ行こうか、順斗君♪」 「え? 僕も?」 「当たり前だよ。裕子も一緒にね。それじゃ、レッツゴー」 「ちょ、ちょっと。あんまり引っ張らないで。行く、行くからっ」 鈴本さんに手を引かれ、僕は二人の本堂ルートへと参加することになってしまった。 先頭を歩く鈴本さんは凄く上機嫌で、とても断ることなど出来ない。 ふと隣に視線を移すと、そこには困ったような笑顔を浮かべている篠原さんがいた。 そうして、僕らは人ごみの中を本堂目指し歩いて行った。
「行っちゃったね」 「あぁ。なんとまぁ行動が早いこと」 三人が行ってしまった方を見て、俺らは呟く。 前々から思ってたんだが、俺らに至っては女子の方が行動が早い。 いや、案外大人しい奴らじゃないだけかもしれんな。 「ごめん、せっかくのお誘いだったけど、僕あっち行ってもいいかな?」 「おう、全然構わんよ。多分俺らもすぐに向かうさ」 「そうだね。それじゃまた後で」 爽やかな笑顔でそう告げたレイは、三人に追いつくように小走りをして行ってしまった。 と思ったら、ちょっと行った所で振り向いてこう言った。 「何かあったら連絡するよー!」 「おう! 分かった」 そう返すと、レイも人ごみの中に紛れていってしまった。 さて……。 「お前らはこっちってことでいいのか?」 「……」 「ん。そのつもり」 「そうか」 そうだろうとは思っていたが一応聞いてみた。 あの人ごみは、まだ綾にはちときつい。 多少遠回りだが色々見て回れるだろうし、これはこれで良いものだ。 「…………」 綾も平常運転のようだ。 いや、いつもより少し眠たそうか? そんな他愛のないことを考えながら、俺達は自然に囲まれた小道に足を踏み入れていった。
続
|