TOP

前の話へ / 目次 / 次の章へ

 

 

第一章 適当かつ大胆な作戦

 

 

 

 

「はい、クラス毎にバスに乗って! 全員乗り終えたら点呼取るからなー!」

電車を降りて駅を出た後、

僕ら市村高校の生徒達は目の前に停まっているバスへと誘導されていた。

そこから、ガチガチに固まった寺院巡礼が始まるのである。

もちろんそのことを知っている僕達は、

せめてもの抵抗と、仲の良い友達と話をしようとするのだが……。

「そこ、喋るな! 静かにしていなさい!」

この言葉で一蹴されてしまう。

全員私服だというのに、まるで軍服でも着ているかのような束縛具合だった。

「順斗君。ひーちゃんはいつでも大丈夫だって」

こっそりと顔を近づけて、鈴本さんが僕に耳打ちをしてきた。

喋ったら怒られてしまうので、僕は黙って頷いた。

先生方には、多分バレてないと思う。

「もうすぐ作戦開始だね。なんかわくわくしてきちゃった」

そう言う鈴本さんの方を見ると、本当に楽しそうな顔をしていた。

心なしか目も輝いているように見える。

まぁかくいう僕も、ちょっとだけわくわくしていたりする。

全日自由行動なんて胸が躍らないはずがない。やったら駄目なことなんだけどね。

「うっ……痛ててててっ! は、腹が……」

「だ、大丈夫!? 先生! 先生っ!」

後ろのほうから悲鳴が聞こえたかと思ったら、同時にざわつき始めた。

その悲鳴の主は、増田からのもの。

作戦開始を意味する僕らへの合図だ。

 

「おい、どうしたんだ?」

「具合が悪くなったらしいわ」

「おい、誰か先生呼んでこい!」

 

ざわめきがどんどんと大きくなっていく。

ついには列も崩れ始めた。

これが好機と思った僕は、鈴本さんの方に手を伸ばしてこう言った。

「よし。行こう、鈴本さん」

「うん♪」

僕らはその騒ぎに乗じて、クラスの列から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

「え、仮病?」

「ああ、仮病だ。下手に変なことやるよりずっと簡単で、バレないと思う」

増田は自信ありげにそう言った。

作戦会議をするだなんて仰々しく集めた割には、随分と簡潔な作戦だった。

「そんなので大丈夫なの?」

「うーん、すぐにバレちゃうんじゃない?」

そのせいなのか、他のメンバーから心配の声がちらほらと上がってくる。

僕だってそう思う。

仮病ごときで本当に騙せるのだろうか。

騙し通せるとは思えないんだけどなぁ……。

しかし増田はそんな心配も余所に、はっきりとこう返した。

「大丈夫だって。その分リアルな演技をすればいいだけよ」

「…………」

思わず黙り込んでしまった。

確かにその通りなんだけどさぁ……。

もうちょっとこう……なんていうか、その……少しは考えよう? ね?

「で、肝心の割り振りだが――」

聞いちゃいない。いや、言ってもないが。

「俺と美影が仮病係。んで、レイと篠原が心配係だ」

「心配係?」

篠原さんがそう聞き返すと、増田は待っていたかのようにすぐ返答した。

「仮病をリアルにするには、心配する人は必要不可欠だろ?」

「あ、なるほど」

その答えを聞いて、隣にいたレイ君が手をポンと叩いた。

増田なりに細かく考えているようである。

続いて柊さんが疑問の声を上げた。

「ちょっと待って。私も仮病を演じなくちゃいけないの?」

「えっ? 演じなくていいと思ってたの?」

なんでそんなことを聞くのか、と言わんばかりの顔でそう即答する増田。

そんな増田に、柊さんは少し不服そうにこう返した。

「なんで当然のように言われなくちゃいけないの。私は嫌。あなた一人でも十分でしょ」

「いや、女子側にも一組必要だし」

「……」

返す言葉が無くなってしまったのか、しばし黙り込む柊さん。

数秒経った後、ようやく搾り出した返答を携えて、彼女はこう言った。

「なら別に綾だって――」

「お前が一番自然だと思ったから」

「分かったわよ……」

やや目に涙を溜めて、柊さんは増田の説得に折れてしまった。

今回ばかりは何故だかとても悔しそうである。

その後、彼女は力無く呟くようにこう言った。

「高校生が仮病を使うなんて不自然なのに……」

もう不憫に思えて仕方がない。

「元気出して。柊さん」

「……ありがとう」

声を掛けずにはいられない僕だった。

せめて全てが終わった修学旅行当日には、存分に羽を伸ばしてもらいたい。

そんな柊さんを言いくるめた増田は、今度は篠原さんとレイ君に何やら指導をし始めた。

結構真剣に語っている。

数分の間、講義を続けた後、

増田は僕達の方に改めて向き直り、ざっと見回しながらこう言った。

「さて、まぁこれが作戦の概要だが、何か質問とかあるか?」

僕を含め、誰からも質問が出ることはなかった。

その反応を見て小さく頷いた増田は、話を切り上げた後全員を解散させた。

「あ、そうだ」

ばらばらと帰り始めたその時、増田が何かを思い出したかのように呟いた。

僕らもその声を聞いて立ち止まる。

そしてその後、

増田が言った言葉は僕らの不安を十二分に煽るような適当極まりないことばだった。

「言い忘れてたが、倉崎・綾・鈴本は俺らが仮病使ってる時に適当に抜け出してくれ」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

「これにて作戦会議は終了。そんじゃな」

そして再び歩き出してしまった増田の背中を見て、僕は大きな溜め息をついていた。

本当に大丈夫なんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

前の話へ / 目次 / 次の章へ

TOP