プロローグ
「だぁー!! また負けだよ、こんちくしょうっ!」 「また増田がビリだね。あれ? 何連敗目だっけ?」 「8連敗目。尊敬するほど弱いわね」 「……。違うゲームやろうぜ! 今度はババ抜きなっ」 「あ、逃げた」「逃げたわね」 「さ、篠原。早く配ってくれ」 「あ、うん。分かった」 規則的に揺れる電車内で、裕子は3人にトランプを配っていった。 その様子を隣の席から見ていたレイは、 正面へと視線を戻し、窓の外を見ている綾に声を掛ける。 「どうしたの? 何か見える?」 そう尋ねると、綾は視線を外から離さないまま、首をふるふると振ってからこう言った。 「何も。変わったものはない」 「そう」 それでも、彼女はその景色に興味を引かれているのか、ずっと外を見続けていた。 そしてそんな彼女の隣に座っている琴音は、まるで母親のように優しく微笑んでいた。 口元に紙製のポスターを当てて言う。 「あとどれくらいで着くかな?」 少し考えてから答えを返す。 「うーん、そうだね。あと30分って所じゃないかな?」 「ありがとう。楽しみだなぁ」 そう小さく呟いてから、琴音はポスターを口から離した。 お隣さんとは違って穏やかなこの席は、修学旅行とはほぼ真逆の心休まる場所となっていた。 束の間の休息を最大限堪能するレイ。 「うわっ! またババかよ……。ほらよ」 「はい。……あ、揃った。あがり」 「マジか〜〜〜〜〜〜」 脱力しきったように、椅子から腰の所まで滑り落ちる増田。 その様子を見て、他の3人は笑みを浮かべていた。 「また増田君の負けね」 「へいへい。どうせ弱いですよーだ」 すねてジョーカーを放り出す。 そのカードを回収して他のカードをまとめた倉崎は、 山札を器用に混ぜながら増田に対してこう言った。 「顔に出過ぎなんだよ、増田は。 ポーカーフェイスとまではいかなくても、もっと普通にしてればいいのに」 「普通のつもりなんだがね」 相手がジョーカーを手に取った時は得意気な顔をして、 それ以外を手に取った時は嫌そうな顔をすることが、増田にとっての普通らしい。 もちろんそれを全部見破っている美影は、微笑みながら彼にこう言った。 「あれが普通なの? 不自然なほど分かりやすかったけれど」 「マジか。じゃあ今度教えてくれよ。ポーカーフェイスのやり方」 「やり方とかあるの?」 倉崎の方に視線を移し、キョトンとした表情で問いかける。 聞かれた倉崎はとても困った顔をしていた。 「僕に聞かれても……」 やはりこちら側も、これはこれで心休まる場所となっていた。 ほんわかとした雰囲気に変わりはない。 こちらに比べて騒がしいのは、きっと増田が居るからであろう。 (あ、そうだ。……) ふとあることを思い出し、レイは上の棚に置いておいたバッグへと手を伸ばした。 チャックを少し開けて、中からある物を2つ取り出す。 その物の電源を入れた後、レイはみんなに向かってこう促した。 「はーい、みんなこっち向いて。写真撮るよ〜」 「え、写真? ちょ、ちょっと待って」 みんな少し慌てながらも、ポーズを取ってくれる。 そして全員が準備出来た所で、レイはシャッターボタンを押した。 「はい、OKだよ」 「ありがと〜」 「どういたしまして」 そう返してから、レイはカメラの電源を落とした。 バッグには戻さずに、ポケットへと入れる。 (たくさん撮らなくちゃ) 初めて行く京都に、レイは内心凄くワクワクしていた。 期待に胸躍らせていると、増田がしまったと声を上げながらこう言った。 「やべっ。カメラ忘れた」 「あーあ。まぁしょうがないから携帯ででも撮れば?」 妥協案と言わんばかりに、提案する倉崎。 その言葉を聞いて携帯を取り出した増田だったが、少しいじった後、呟くようにこう言った。 「うーん……。別にこいつカメラそんなに良くないからなぁ……。でもまぁ、しょうがないか」 諦めようとした所に、レイが増田に対して声を掛けた。 笑顔を浮かべながらカメラを差し出す。 「あ、じゃあこれ貸すよ」 「え? 良いのか?」 「うん、僕二台持ってきてるし」 そう言って、レイはもう一個バッグの中からカメラを取り出した。 自分以外の全員が怪訝な視線を向けてくる。 そんなみんなを代表するように、増田が恐る恐る問いかけた。 「え、いや、その……。なんで?」 状況が整理しきれずに、しどろもどろな質問だった。 その質問に対してレイは、困ったように頬を掻きながら、こう答えた。 「えっと、実はこのカメラ。小明さんの物なんだ」 自分が手に持っているカメラを示しそう言う。 しかしそれだけでは説明が足りなかったらしく、増田は更に怪訝そうな顔をして、こう言った。 「は?」 「昨日僕に渡してきてね。 『先輩方の楽しそうな写真撮ってきてください』って。 増田君の持ってるそれは、僕のカメラだよ」 「お、おう……。そんなこと頼んでたのか、あいつ」 困惑した様子ながら、納得してくれたようだった。 続けて増田がレイに対してお礼を言う。 「じゃあ遠慮なく借りるわ。ありがとな、レイ」 「どういたしまして」 カメラ問題はこれで解決。 結果的に自然な形に収まった。あくまで偶然ではあるが。 「あ、じゃあもう一枚いいかな? さっきみたいに撮らせて」 「おう」 さっきとは微妙に違う構図ではあるが、全員またポーズを取ってくれた。 準備し終わった所で、レイは再びシャッターボタンを押した。 「はい、チーズっ」
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「そうだ。私クッキー作ってきたの」 談笑に入ろうとした所で、裕子が笑顔を浮かべながらそう言った。 クッキーという単語に、何人かが反応する。 「お、マジか!」 「本当っ? ちょうだい、裕子」 「…………」 三人とも目を輝かしている。 コンマ数秒で反応した増田。 即座にポスターを口に当て、クッキーを要求する琴音。 声こそ発しないものの、外の景色から目をためらいなく外し、裕子の方をじっと見つめる綾。 そんな3人の懇願に応えるように、 裕子は自分のバッグから布包みを取り出して、それを丁寧に開いた。 中に入っていた容器の蓋を開けてから、全員に差し出す。 「どうぞ。召し上がれ」 そう言われて、各人各々お礼を言いながらクッキーを1つずつ取っていった。 一口食べて一言。 「おぉ! うめぇなこれ」 「うん、美味しい」 「裕子、女子力たかーい」 「ずっと疑問に思ってたんだが、女子力ってなんなんだ?」 「女の子だけが持つ、男子を惹きつける力。またはそれに準ずる力を総称して言う」 「マジか」 「嘘。私も知らない」 「……。もう一枚」モグモグ 「早いわよ……。もっと味わって食べなさい」 「だからもう一枚」 「ふふ、いっぱい作ってきたから。はい、どうぞ」 「ありがとう」 そう言うや否や、綾は電光石火の速さでクッキーをつまんで口へと入れた。 容器いっぱいに入れられていたクッキーがみるみる無くなっていく。 そして、増田が対抗して再び食べ始めた所で、 レイはようやく初めに取ったクッキーを食べ終えた。 (美味しいな……) ただただ素直にそう思う。 今さっき食べ終えたクッキーは、 美味しかったのはもちろんだが、何故だか懐かしい味がした。 それとなく裕子の方に目を移す。 すると丁度、彼女と目が合った。 笑みを浮かべながら、レイは彼女にこう言った。 「美味しかったよ」 「ありがとう」 彼女も、笑顔を浮かべて返してくれた。 初めて会った時のような、暖かくて優しい笑顔だった。
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「おーいっ! あと少しで降りるぞー。準備しとけー!」 電車内に先生の声が通る。 その言葉を聞いた僕ら生徒一同は、ぽつぽつと降りる準備をし始めた。 上に置いておいたバッグを手に取りながら、増田君が言う。 「よし、お前ら手はず通りにやるんだぞ」 「分かってるよ」 「任せて」 僕を含めた他の4人は頷きで返す。 僕らの反応を確認した増田君は、 先生達に聞かれないようにと、少し小さめの声で、こう続けた。 「ならば良し。んじゃやるぞ。作戦開始だっ」 「「「「「「おー」」」」」」 みんなで控えめに手を上げて、結束を確認した後、 やがて電車は駅へと停まり、僕らは電車を降りていった。
続
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