舞台には高座と紫のお座布団。下手から、青っぽい羽織と白の着物、白足袋という姿に着替えた南原さん登場。純和風の噺家さんのスタイルと思いきや、羽織は薄手のデニムのようで左右の胸にボタン付きの飾りフラップがあり(ポケットもついてるのかは不明)、着物もお尻にポケットがついていたりする衣装なのでした。羽織の紐は茶色です。
 星空を模した照明、遠くで蝉の声、と、夏の夜を感じさせる効果の中、語り始める南原さん。夏の夜といえば花火大会なんかが楽しいですね、てな話をきっかけに、子供の頃は友達とひたすらバカ騒ぎするのが面白かったし、自分の場合は高校生になっても、専門学校生になってもやっぱり友達とキャッキャ遊ぶのが楽しかった(内村さん、出川さん、入江さんといったおなじみの名前が登場)、なんて思い出話?から、女性の浴衣姿っていいですねという話へ。髪がポニーテールだったりするとなお嬉しいらしい(笑)。ゲレンデ美人は三割増しで良く見えるなんていいますが、浴衣の場合はこれが五割増しくらいになってる。だからこの両方をミックスして、スキー場で浴衣着てポニーテールにしてたら…七割減ですが(笑)
 てな感じのマクラがあって、本題の落語に移ります。南原さんは羽織を脱いで後ろに置きます(羽織を脱ぐのは今から落語のストーリーの部分に入ることを示す動作ですね)。白と茶の縞の帯が見えました。そしていよいよ本題、南原さんの創作落語です。

 さえない中学生、コウダカズトは、友達にドタキャンされたせいで一人で花火大会に来ています。人波の中、楽しそうなカップルなんか眺めてても少しも楽しくない。同じ学校の女生徒カズミちゃんに憧れているカズトは、彼女と一緒に花火なんて見れたらいいのになぁ、などと夢想するものの、気弱で口下手な彼にはそんなの出来そうもない。と、人ごみの中になんとそのそのカズミちゃんの姿が…。思わずそっちへと人波をかきわけ進み、思い切って声をかけます。『カズミちゃん!』その時、上空で大きな花火の音が…。そしてカズトに振り向いた人物は、カズミちゃんではなく、壺を持った見知らぬ老人でした。
 『なんじゃお前は?わしの名はカズミじゃなくてカズマじゃ』…驚くカズト、慌てて『人違いでした、すみません』とそそくさと去ろうとするのに、老人はなぜかカズトから離れようとしません。『なんだこのお爺さん?超キモ!そっこー逃げよ』『超キモ?そっこー?』カズトの言葉に、老人は持っている壺の中を覗きこんでは『ふむふむ…とても気味が悪いから即座に逃げようという意味か。こら、わしは何も気味悪くなどないぞ』老人は壺の中を覗くとカズトの言う若者言葉の意味が理解できるようです。
 (扇子をちょっとだけ開いて逆さに持ち、壺に見立ててます)
 新型の電子辞書かな?と思ったカズト、好奇心にかられてそれを見せて欲しいと頼むと、意外にあっさり壺を貸してくれる老人。さっそく中を覗いてみるカズト、だけど何も見えません。あれ?と思っているカズトの身体は、なぜかその壺の中へとぐんぐん吸い込まれていき…。
 (音響と照明の効果のほか、南原さん自身も座ったままの演技で、スペクタクルなことが起きてる世界を表現してます。倒れこみながら両手で高座の床をだだん!と叩いて大きな音を出したりしてます)
 気がつくとカズトは壺の中。何がなんだかさっぱりなカズト、とにかく外に出たい一心で、なんとか手が届く壺のへりに手をかけ、岩登りの要領でどうにか外に出ました。
 しかし外に出ると、そこには見慣れない五重の塔が。この街にこんなものあったかな?と疑問に思いつつ、重い戸をよいしょと開けてその中に入ってみる、と、入った途端に戸が閉まってしまう…。パニクるカズトの前に現れたのは、この五重塔に暮らす自称『師範』。彼の口からここが『言葉』について学べる場所と知ったカズト、ラッキーとばかり『言葉を教えてくれるんですか?それはありがとうございます』。と、師範は『喝!』と大声。ありがとう、という言葉はそんな軽いものじゃない。これは本来『有り難し』、滅多に有り得ないことという意味なのだ。へぇ〜!と呑気に感心してるカズトに向かって師範は、正しい“ありがとう”を言ってみなさいとの課題?を出します。が、有り得ないことと言われてカズトが思いつくのは『上戸彩が告白してくれた。ありがとう!』『サッカー日本代表に選んでもらえた。ありがとう!』てな、単なる有り得ない妄想…。そうじゃない!と師範は、まともな例として『暑い日、仕事を終えて帰宅した自分に、何も言わないのにそっと冷たいお茶を出してくれる妻に、ありがとう。』なんてのを披露するのですが、自分は中学生なのでその例はわかりづらい、などと言うカズト。それではと師範は『登校途中、すれ違った他校の女子が、自分が昨日落としたハンカチを拾っていて渡してくれた。ありがとう』との例を。なるほどそれなら、と想像してみるカズトですが…『登校途中、すれ違った他校の女子にカツアゲされ、お金を渡したらその女子が“お、ありがとう”』…なぜか間違った流れに。カズトのあまりなマイナス思考に師範はさじを投げそうな気配、しかしここで見捨てられてはとカズトは半泣きで『もっと教えて』とすがります。情けないカズトの様子に師範、わかった、とことんつきあってやるから、と約束してくれます。涙でぐしゃぐしゃの顔でカズトは心から『ありがとうございます』。とその時、扉の開く音が…。カズトが本当の『ありがとう』を言えたので、この階層の課題はクリアとなったようです。今のはただのラッキーじゃ!と慌てる師範をよそに、カズトは喜んで次の層へと進んでいくのでした。

 次の戸を開けると、そこにはなぜかアルプス席で阪神戦を観戦中の関西人のオヤジが。この層は『灼熱の砂漠でも話し相手さえおったら生きていける』関西人の会話を学ぶ場所らしい。立て板に水のごとくまくしたてる関西人にただ圧倒されるカズトに出された課題は…『タレントの南原清隆が自分を追い込むために自ら考案した早口言葉』。
 (上手から再びモニターが登場し、画面にその『早口言葉』が映し出されます↓)

 くっつき つっつく つくつくぼうし
 靴つつきつつ つくしつつく つくつくぼうし
 つくづくつくしつつ 筒つつきつつ 続く

 (…今回のライブ中最大の難関かもしれない(笑)南原さん、創作落語の最中ですが素になってます。小声で『まだ一回も成功してない…』とか言ってるし。大丈夫か?てな空気漂う客席の見守る中、南原さんの挑戦が始まりました。
 大方の予想どおり、どころか予想を上回り、最初の一音がいきなり出てこない南原さん(笑)気を取り直し、挑戦は続きます。二回、三回…言えません。一生懸命、気合いを入れてみたり、または『イアン・ソープの言うエンジョイで、楽にいってみよう』とか『早口な人の物真似すれば。広川太一郎風に』とか『言葉の意味をまず把握して』とか『成功した自分の姿を先にイメージしておこう。昨日の末続みたいに』とか『完全撤収は10時!』とか、いろいろ工夫してますが…言えない。どうしても言えない。聞いててだんだん、これは言えないという芝居なんだろうか?言えないという筋の落語なんだろか?と私ゃ思えてきたくらいなんですが…しかし、何度目かもわからなくなった頃にようやく、成功することができました!南原さんがんばった!…長かった…)
 なんとか言えたカズト、次の層へと進みます。

 戸を開けた先はなんだか陰気な場所。幽霊のような暗い声で男が現れ、カズトを驚かせます。ここは『死語の世界』。一世を風靡しながら消費され忘れられていったかつての流行語の数々を連発する男。『死語の世界へ、いらっしゃ〜い!』聞いてるこっちが恥ずかしい?古い流行語を立て続けに聞かされてカズトはかなりのダメージ。『お前もなんか言え!』『いやです〜、そんなの恥ずかしい、ぶっちゃけ言いたくありません』と、扉の開く音が…。カズトの言った『ぶっちゃけ』に戸が反応し?クリアしてしまったようです。この言葉がもう死語に入ってるの!?と驚いたカズトが思わず『なんでだろう〜?』と口走ると、師匠は『それも、来年入る』。

 次の場所は、なぜか冷たい風が吹く寒いところ。なんだこの寒さ?と震えるカズト。
 (後ろに置いてた羽織を寒そうに着込みます。以降、これをコートに見立てて芝居をしていきます)
 すると今度は、急にポカポカと暖かくなってくる…。何これ?と不思議がるカズトに、現れた男はここは『北風と太陽』の世界と告げます。二人の他にもうひとり、コートを着込んだ男がそこにいる。あの男のコートを脱がしてみなさい、と言われたカズトは、童話の太陽みたいに暖かくすればいいんだよね、とその男に近づきます。『こんにちは!いいコートですね、ちょっと見せてください』太陽のような笑顔で言ったカズトを、男はしかし逆に怪しんだようで『あっちへ行け!』と追い払われてしまいます。あれ?と首をひねるカズトに、師匠は『いつも太陽のようにすればいいというものではない。相手の気持ちを考えなければ』と、今度は自分がやってみせます。コートを着ている男に向かい、馬鹿にしたように『なんだ、よく見たらたいしたコートじゃないな』すると男は『なんだと?よく見てみろ、これは上等のコートだぞ』と怒ってコートを半分脱ぎかけます。なるほど、とカズトが再び挑戦。『なんだ、よく見たらたいしたコートじゃないな』『なんだと、また変なのが来やがったな。これは爺さんの形見の上等のコートなんだぞ』それは古い時代の質の良いコートで、こういうのを着こなせるのが本当の男というものだと得意げに語る男。『お爺さんのこと、好きだったんですね』感心するカズトに男はだんだん心を開いていきます。『でも重そうなコートだなあ』『おう、持ってみるか?』男はコートを脱いでカズトに渡してくれました。
 やった!と喜ぶカズト、太陽のようにするばかりでなく、時にはわざと気に障ることを言ってから相手の懐に飛び込むという手もあることを知って、次の層へと進みます。

 最後の場所でカズトを待っていた師匠、やおらベリベリと変装を解くと…それは壺を持っていたカズマ老人でした。まさか、今までの人たちみんな貴方が変装してたんですか?と目をむくカズトに、これまで学んだことをふまえ、自分をカズミちゃんと思って話しかけてみなさいと促す老人。『なんでカズミちゃんのこと知ってるんですか!?』『お前のことならなんでも知っている』カズトが以前、サッカー部の試合でうっかり自殺点を入れたせいで『エスコバルくん』(94年のワールドカップで自殺点を入れてマフィアに射殺されてしまった選手の名ですな)とあだ名をつけられ、その名をみんなが忘れている最近では単に『撃たれた人くん』と呼ばれていることだって知っている、などと指摘され仰天するカズトですが、言われたとおり、これまでの経験をふまえてカズマ老人相手に話してみます。まずはぐしゃぐしゃの泣き顔で『ありがとうございます』…っていきなり言っても。関西人に教わった早口で、また死語を駆使して『君とアッチッチになってニャンニャンしたいです!』などとやってみても意味はなく。北風の要領で『なんだ、よく見るとブスだなあ』なんてやっても鉄拳くらうだけ…。何もわかっとらんな、と老人は嘆き、大切なのは口先の言葉ではなく気持ちを伝えることなのだとあらためて説きます。そして老人、カズマに向かって『だがお前はよく頑張った。言葉についてなかなかしっかり理解してきているようだ』と誉め言葉を…しかし、その口調は皮肉っぽく、その言葉のようには少しも思われていないらしいことがありありとわかります。カズトにもそれは通じたようで、『ごめんなさい、僕は何もわかってませんでした』と思わず身を屈めるカズト。あれ?言われているのは誉め言葉なのに、それとは逆の気持ちが自分には理解できている。そのことに気付いたカズトに老人は『受け取ることはできるようだな。今度はお前が、自分の気持ちを正しく伝えられるように話してみなさい』。それを受け、カズトは『はい…とても勉強になりました。言葉について深く知ることができました』てなことを言うのですが、まだまだたいして身についていないらしいことは明らか…。が、そんな気持ちも隠さず伝えられたという意味でOKなのか?扉の開く音が聞こえてきます。ごめんなさい〜と恐縮するカズトにカズマ老人は、ふいに『私は、お前が大嫌いだ』と告げます。『お前など大嫌いだ。ここでお前と過ごした時間は、私にとってとても、つまらなかった』。突然の冷たい言葉、しかし、老人の口調は厳しいけれどどこか暖かく、カズトを見つめる眼差しは重々しくも優しげで、彼の中にその言葉とは逆の想いがあふれていることがわかります。
 『えっ…』戸惑うカズトに老人は『私は、お前の他人です』と続けます。それもまた言葉とは逆のことを言われているのだと理解したカズト、その意味を考え始め…『他人の反対…ってことは、身内?』『私は、お前が死ぬ前に生まれました』『死ぬ前に、生まれた…?』そしてカズトは思い出します。自分に、自分が生まれる前に亡くなった、カズマという名の祖父がいたことを。
 『あなたは、コウダカズマという名ですか?』『違います』静かに答えるカズマ老人。カズトにはそれも逆の意味だとわかります。『どうして気付かなかったんだろう、カズマという名は珍しいのに』そしてカズトは、祖父であるカズマ老人ともっと話をしていたい気持ちでいっぱいになります。しかし老人は、もう時間がない、扉が開いているうちにここを出なさいと言う…。肝心なのは心、気持ちを伝えることが大切なのだ。言葉を大切に、と、カズマ老人に教えられ、カズトはこの不思議な世界を離れることになります…。

 気がつくと、カズトはもとの花火大会の人ごみの中。五重の塔などどこにもありません。夢だったのか? しかし夢でなかった証拠に、カズトの手にはまだあの壺が。『カズマおじいちゃん…』想いをはせるカズト、ふと見ると、人波の中にカズマ老人の姿が。『カズマおじいちゃん!』人をかきわけかきわけ、見つけた後姿に声をかける、と、その時大きな花火の音が…
 『あら?サッカー部のコウダカズトくんよね』振り向いたのは、カズマ老人ではなくカズミちゃんでした。『えっ…ボ、ボクのこと知ってるんだ』『どうしたの、壺なんか持って』『ええと…』口ごもりながら、不思議な老人との出来事のことを話そうとするカズト。壺を覗いたらその中に吸い込まれて、でもそこは出て、でも出たら五重塔があって…しどろもどろなカズトを不思議そうに見ているカズミちゃん。『…えっと、話せば長い話なんだけど、あの…』『いいわ』『えっ?』『ゆっくりお話しましょう』思いがけないカズミちゃんの反応に驚くカズト。『わたし、不思議な話、大好き』。カズトはハタと思い当たります。そうか、これはつまり…『彼女の、ツボにはまった』。
 …おあとがよろしいようで。

 (※エスコバルくんの話は別の場面で出てきたネタだったかもしれません。すみません記憶がザルで;)

 というわけで、約2時間半のライブは終了。ザ・ナックの『マイ・シャローナ』が流れる中、高座の上であらためて深々とおじぎする南原さん。結局彼は、何人の人物を演じ分けていたんだろう。途中、一時はどうなることかと思われた場面もありましたが(笑)無事に終わることができて良かったです、てなことを交えつつ、丁寧にごあいさつする南原さん。
 終わって高座を立つ時、足がしびれた!っていう顔をして見せてよろよろ立ち上がって行かれたのはご愛嬌。最後の最後までサービス精神旺盛な南原さんなのでした。着物の裾が割れてほっそい足がちらりと見えまして、ちょっと儲かった気分でした。ってどこ見てんだよ;

 確かな技術に裏打ちされた演技者には、どんなことでも出来る、可能性に限界はないんだと感じさせられて、それがとても嬉しく思えるライブでした。収容人数300人ほどのホールだったけど、果てしなく広い宇宙がそこに広がって見えたような気がしました。そしてどこまで行っても、どこまで世界が広がっても、そこに南原さんがいる。分け入っても分け入っても南原さん。南原さんの世界の入り口はとても日常的で、易しくて、誰にでもひょいっと入っていけるけど、一歩そこに足を踏み入れると、そこはとんでもなく広くて、いろんな素敵なものが散りばめられているんだよ。なんて、今更ながら気がついてドキドキしてしまいました^^


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