IRON POT
#1『浮気な組長夫人と浮気してボク死んじゃうかもの巻』



テルオ (内村光良)
テルオの弟 (名倉潤)
レイコ (奥貫薫)
山崎 (大浦龍宇一)
編集者 (宮藤官九郎)
泉 (志賀勝)
組員 (柴崎蛾王)
若頭 (白木みのる)
姐さん (絵沢萌子)
組長 (麿赤兒)

♪メイン・テーマ『FLOOTIE』(by NEW COOL COLLECTIVE、アルバム『BIG』収録)


○坂道

 大きなダンボール箱の乗った台車を押して、テルオが坂道を上ってくる。
 ダンボール箱に首だけ出してすっぽり入っているテルオの弟の口ずさむ歌が聞こえる。
 ちなみに箱の側面には「業務用 電気釜」の文字。

弟 ♪かたつむりになるよりはー、すずめになりたいー。できることならー。くぎになるよりはー、とんかちになりたいー。できることならー。

 坂道をほぼ上りきったあたりで、立ち止まるテルオ。

テルオ …お前さ、働けよ。
弟 どうやって。

 弟は口調は男の子だが、顔には化粧をしている。

テルオ その箱から出てさ。
弟 言ってるじゃん。女の身体になるまでは出ないって。
テルオ いくらかかるんだっけ、手術。
弟 300万。…お兄ちゃんのマンガ、もっと売れてくれたらなあ。
テルオ …行くわ。
弟 駅まで送ってくよ。
テルオ いいよ、ここで。
弟 じゃあ悪いけど、向き変えてくんない。

 テルオ、台車をUターンさせて今来た方向に向けてやる。

テルオ じゃあな。
弟 うん。元気でね。♪遠く遠くへ行きたいー。白鳥のようにー。

 テルオが手を離すと、台車、坂道の下に向かって転がっていく。
 やがて、なにかにつまづいて箱の中の弟ごと引っくり返る。
 複雑な表情で見送るテルオ。


○テルオの部屋

 回転するカセットテープ。ナイターの実況が聞こえる。

テープの音 …ホームイン!ベイスターズ、サヨナラ勝ち!…
レイコ やったーっ!横浜ー!

 テーブルの上のラジカセでナイターを聞いているレイコ。
 机に向かって原稿を描いているテルオ、時計を見る。深夜である。
 テルオ、ラジカセのスイッチを切る。

レイコ 何すんのよ?
テルオ 録音するなよ!
レイコ しょうがないでしょ、ラジオでしかやってないんだから。
テルオ うるせえんだよ、集中できねえんだよ。
レイコ もう、ほら、手がおるす。そんなんじゃいつまでたっても弟さんの手術代稼げないじゃない。
テルオ はあ…(溜息)
レイコ ねえ、愛してる?
テルオ (やや面倒くさそうに)愛してるよ。
レイコ (嬉しい)いやん。

 レイコ、またラジカセのスイッチを入れる。

テープの音 …終盤、逆転勝ちベイスターズ…2対1、劇的なサヨナラ勝ち…
テルオ はああ…


○タイトル―IRON POT


○テルオのマンガの画面(画・しりあがり寿)

女 『行かないで、アイアンポット!』
男 『どうしても300万必要なんだ』
女 『…じゃあ私があげるわ』
男 『ありがとう…』


○泉の事務所

泉 なんじゃあ、このマンガは!

 テルオのマンガを読んでいたヤクザの泉、怒って雑誌をまっぷたつに破ったところ。
 机の上のものをぶん投げ、日本刀をぬき、壁の鹿の剥製の角をたたっ切る。
 なおも暴れだしそうな泉の様子に部下の組員があわてている。

組員 兄貴〜!
泉 このマンガはな、ドラマツルギーがないんじゃ!

 部屋の電話が鳴る。

組員 はい、はい、少々お待ちください。
泉 (電話を受け取り)誰や?


○若頭の部屋

 大きな椅子に座って膝に猫をのせている若頭、電話をかけている。

若頭 はっはっはっはっ、久しぶりじゃのう。


○泉の事務所(以下、カットバック)

泉 ど、どうもごぶさたいたしております。
若頭 実はの、ちょっと厄介なことになってのう。
泉 と、申されますと。
若頭 姐さんにな、悪い虫がついたんじゃ。
泉 姐さんにですか?
若頭 相手はな、またこれよりによってお前、山崎んとこのぼんじゃがや。
泉 へえ、あの山崎組の。
若頭 そんじょそこらにおる虫やったらの、どないでもなるわい。しかしお前、相手は仮にもやで、山崎組の跡目じゃ。そんなもん下手打ってみいや、え、おおごとになるぞ。
泉 それで。
若頭 まあ、そこでな、ワシが描いた画じゃがな。山崎と姐はんにやな、それぞれ男と女を、この別の奴をひっつけさせてやな。そんでまあお互いに別れさす、ちゅうのはどや。
泉 でも、またその男とけったいなことになったらどないしまんのや。
若頭 そんなもん、消したらしまいやないか。
泉 は?
若頭 お前にな、その消えてもらうタマをやな、ちょっと用意してもらいたいと思うのやがの。
泉 いやあの、それはですね…
若頭 にゃあお〜、にゃあお〜!(と猫の鳴き真似をして、片手の銃を天井に向けて発砲する)
泉 ど、どないしました?
若頭 へっへっ。うちのタマがわしを引っかいたんで、消しただけじゃ。
泉 消した!
若頭 はっはっは。頼むでよ。

 電話、切れる。

泉 か、かしら…頼むってそんな…。恐ろしい人や。そんな、死んでもええ奴なんて…

 泉、ちらりと組員を見る。組員、あわててぶるぶるぶると手を振って断る。
 泉、さっき破った雑誌に目をとめる。

泉 おった!


○テルオの部屋

 電話が鳴る。テルオ、電話をとる。

テルオ はい。


○マンガ雑誌の編集部

 デスクから電話をしている編集者。

編集者 ネッカチーフ出版のクドウです。内田さんの熱烈なファンって人から電話があってね。


○テルオの部屋

テルオ え、そんな人いたんですか。(ちょっと嬉しそう)
編集者 住所知りたいっていうから、教えといたから。
テルオ ええ?ちょっ…
泉 こんにちわ。

 と、電話が終わるのと同時に泉がいきなり入ってくる。
 テルオ、明らかにヤクザな泉に驚いて部屋の隅に飛びのく。

テルオ はい!
泉 マンガ、見たよ。
テルオ あ、そうですか。
泉 (無言で手招き)
テルオ はい?(泉の側にこわごわ寄る)なんでしょうか?
泉 あんたのマンガな。
テルオ はい。
泉 おもろないんじゃ!

 怒号とともに、泉の右腕がびよーんと450cmに伸びてテルオをぶっとばす。

テルオ あ゛ー!
泉 わかったか!(腕、戻ってる)
テルオ な、なんなんすか?
泉 今日はな、おりいってあんたに頼みたいことがあって来たんや。
テルオ た、頼みですか?
レイコ 屋敷三塁を回った!

 とか一人で実況しながら、レイコ、ヘッドスライディングで部屋に飛びこんでくる。

テルオ あ、ちょっと…
レイコ …セーフ!
テルオ (泉に平謝り)すいません〜。
泉 なんやこの女?なにがセーフや。こんなもんアウトやろ。
テルオ アウトですアウト。

 泉、やおらテルオの髪をつかんですごむ。

テルオ あー!おかあさーん!


○『10分後』(カップ麺の容器が段々カラになっていくという映像。最後に現れるカップの底に『10分後』の文字が出る)

泉 ま、というわけで、お前が山崎の女になれ。
レイコ ええ?
泉 あんたの命は保証する。…で、お前が姐さんの男になれ。
テルオ (情けない顔で頷く)
泉 お前の命は保証せん。
テルオ (頷きながら)なんで僕なんですか。
泉 この世でな、お前は必要ない人間や。
テルオ はあ。
泉 なんじゃこのマンガ。(雑誌を放り投げる)
レイコ あんたのほうが必要ないじゃない。
泉 なんじゃこの女。
テルオ すいません〜。
泉 なんじゃこの男。…ま、タダとは言わん。ここに大金の7万5千円ある。これで手ぇ打て。
テルオ え〜?

 がっくりするテルオ、弟の姿をふと思い出す。


○原っぱ(テルオのイメージ)

 ダンボール箱から首だけ出して叫んでいる弟。

弟 兄ちゃん〜、はやく女の子になりたいよ〜!


○テルオの部屋

テルオ …やります!
レイコ え!?


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