ツツジの頃

 

葛城山

 

 

病院のロビーで二度見かけたことがあったので

三度目の何とやら

「ひょっとして木多さんの裏に住んではった?」

と尋ねてみた

 

「ええ西村ですけど」

「赤井です 煙草屋の」

「はあ何となく覚えています」

 

赤井が多い村だから

彼女の記憶はかろうじて

せり出した店先の陳列棚にあった

のかも知れない

 

「よう覚えてますよ 僕は」

 

四十年程前の春の夕暮れ

何をはしゃいでいたのか木多さんの前の道

うしろ向きで僕の父親にぶつかって

あわてて向き直って

「ゴメンねゴメンね おじちゃんゴメンね」

満面の笑みと共に謝り去って行ったおさなごの姿

咄嗟のことに父は

「おやおや」

とだけ言ったようにも思うのだ

 

「それにしても木多さん

博打でえらい損しやはって

家屋敷みんな売ってしまわはって」

 

木多さんの裏の借家も更地になって

そのあとに今流行の一階ガレージ

積み木のような三階立てが

高さを競わず建ち並んだ

「木多さんの生け垣のツツジは

実にこんもりとふくらみがあって 

満開の頃はそらあ見事でした」

 

満開のツツジの道で

僕は絵本のような会話を聞いたことがある

 

お祖母さんに手を引かれたおさなごが

「チョウチョさんはもうネンネしたの?」

と尋ねている

「かしこく寝ましたよ」と答えたお祖母さんに

「チョウチョさんはお風呂に入ってからネンネしたの?」

と尋ねている

 

ひょっとして、その女の子は

西村のユミちゃんだった、のでは

ありますまいか?

  

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