卒業
ポキポキよく折れるチョークを
「骨粗しょう症のようだ。」と言った山岡さんは
生徒の質問に
「単語は金魚だよ。水槽が文脈だ。」と答えた。
「水槽から一匹金魚を取り出したら死んでしまう。
文脈の中で意味を捉えてこそ単語は生きるんだ。」
彼の説明を隣で聞きながら
「英語の先生はいいなあ。生徒がいくらでも質問に来る。」
と羨んだ僕は、三十数年前の春休み
新しい単語カードにhesitateと書き込んで始まった
浪人生活を思い出したりもした。
その頃『卒業』という映画を初めて見た。
水槽を虚ろな目で見つめていたダスティン・ホフマンは
ロビンソン夫人と姦通し、その娘「エレーン」を求めて叫んだ。
決してためらったりしなかったのだ。
久し振りにビデオを見て僕は
ミスター・ロビンソンの苦悩を思いやった。
元気が有り余り
水槽から飛び出してしまう金魚もいるだろう。
土砂降りの雨で池の水が溢れ
流された金魚が干からびてしまうこともあるだろう。
チョーク箱にもう一本、黄色を加えて僕は
昼からの古典の授業へと
進路指導の部屋を出た。