人生の問題 ( 茜さんの合格を祝して)





数学の苦手な子によく言ったものだ。
「人生にはもっともっと解くに難しい問題があるのだよ。」
その子は首を傾げて思っただろう。
--人生の中で一つの答えなんか求めていないんだ。
それを察して次の様に言葉を添えた。
「問題を解いて行く過程、つまりプロセスってやつが大切なんだ。」
多分、その子は思っただろう。
--お釣りの計算さえ出来れば、人生御の字さ。

英語の苦手な子によく言ったものだ。
「何千もの単語を覚えないと大学には入れないんだよ。」
その子は皮肉な眼差しを浮かべて思っただろう。
--英語の他に覚えなくてはならないことがもっともっと有る筈だ。
目的を遂げる為の手段が英単語だ。
単語カードを繰りながら
繰り返し繰り返し繰りながら覚え込んだら大学生だ。
そう言おうとして言葉を飲んだ。
あの頃覚えた単語は殆ど忘れてしまった。

国語の苦手な子は思っているだろう。
--登場人物の心理なんか書いた本人に聞かなければわかりっこないんだ。
出題者の気に入るような答えなんかに合わしてられないぜ。  
「そうだ、そうだ。その通りだ。」と、国語教師の僕は思う。

無事、大学生になった君に、大学の先生から教わった言葉を伝えよう。
「大学とは方法論を学ぶところなんだ。」
あの頃の僕はすぐに本屋に駆け込んでデカルトの『方法論序説』を買った。
勿論、途中で投げ出した。

君の合格を祝うためにワープロを叩いていた僕の肩越しに
「ねえ、お父さん」と、女房の声がする。
「この前の林檎三つ、どなたに頂いたのですか?」
「それがどうした?」と、僕はぶっきらぼうに答える。
ぶっきらぼうは英語でどう言うのだろうか。
「柿を持っていったらお返しに林檎をもらった。」
「だから、どなたから頂いたのですか?」
「答えなければならないのか?」

奇妙な沈黙があって、
数分後
柿と林檎は小さく切られ爪楊枝に突き刺されて
一つの皿に同居していた。



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