砂漠の走馬燈



 暑い。
 今日も気温は灼熱と呼ぶに相応しい勢いで上昇し、私の周囲は水気も何も無く、砂混じりの乾いた風だけが吹き抜けてゆく。

 私のいる場所は、この家の玄関の脇。
 この家から、父も、母も、子供も、猫も、すべての暖かさが消え去って、幾星霜にもなる。
 隣の家も、向かいの家も、そのまた隣も、もう誰も住まなくなって、何年になるだろうか。
 向かいの家の縁側が、塀の脇からわずかに見えている。木製の床は既に朽ち果て、縁の下が露わになっている。そしてそこには、既に白骨化した猫の姿。あれは、うちの猫とよく遊んでいた、向かいの家の猫だろうか。

 私はずっと長い間、この扉の脇で通りを眺め続けているが、かつては幹線道路だったのに、ここしばらくは誰も通らない。
 こうしていると、かつての賑やかな日々、毎日数多くの人々が行き来し、それぞれの家のドアを開け、自動車が走っていた光景が、まるで幻であるかのように思われてくる。
 アスファルトはひび割れ、街路樹は枯れ、家は崩れ、やがて全てが無に帰すのだろう。
 私も、いつまでこうして通りを眺めていられるのだろうか。

 ……わずかな振動。
 背後から、何か衝撃のようなものが近付いてくる気配。
 みしり、みしりと軋み音が段々と大きくなる。
 私は身動き一つできず、ただ成り行きに身を任せるしかない。

 予感は当たった。
 誰も手入れすることなく長い時間が過ぎ、私がいる家も、とうとう崩れ落ちようとしていた。
 柱が折れ、屋根が落ち、砂煙が舞い上がり、そして。
 そして、煙が晴れたとき、そこに家はなかった。
 かつては家を構成していた、木と、コンクリートと、紙と、プラスチックと、その他の無機物の塊となった。

 だが、これで良い。
 今となってはもう、私を見て、役立ててくれる人は誰もいない。
 それならば私も、この運命に従って、土に還ろう。
 数十年前に核戦争で滅びた、人間という者達と共に、眠ろう。
 いつか遠い未来、何万年か何億年か後、この星に生まれくる新たな生命のために。

 かつては、家の玄関脇に掛けられていた温度計だった私は、今ではただの壊れたプラスチックとガラスと水銀の混合体となっていた。

あとがき:
書いてる途中で、「これってもしかしてカオスエンジェルズ?」とか思ったけど、まあ良いや。(ぉ
直接的な影響としては、藤子・F・不二雄のSF短編の方が強いと思うけど。

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