サノバビッチ



 ある休日の午後。
 近所に住んでいる、まゆちゃんが遊びに来た。
 ちょうどレンタルしてきた映画を見ているところだったので、二人で並んでジュースを飲みながら鑑賞した。
 英語音声に字幕だから、小学生にはちょっと難しいかも知れないし、欧州のマフィアを題材にした映画では内容もあまり女の子向けではない気がするが、まゆちゃんはじっと見ている。

「ねえ、お兄ちゃん。映画で、何回も『サノバビッチ』って言ってるけど、どういう意味?」
「字幕にちゃんと出てるだろ。『畜生め!』と、相手をののしる言葉だよ」
「さのばびっち、さのばびっち……。でも、なんかちょっと面白い言葉だよね」
「本当は一つの単語じゃないけどね」
「そうなの?」
「うん。英語で書くと、サン、オブ、ア、ビッチ、という四つの言葉になるんだ」
「それがどうして『畜生』なの?」
「そのまま訳すと、あばずれの息子め、という意味になるんだけど、欧米ではこれは……」

 説明を続けていて、はたと気付いた。
 この調子だと、「ビッチ」とは何か、を詳しく説明しなくてはいけなくなる。小学生女児相手にそれはまずい。
 適当にごまかしておいた方が良いだろうか。

「つまり、『お前の母親はろくでもないやつだ』ということで、まともに育てられていないんだろう、と言ってるんだよ」
「ふうん。じゃあ、言った相手よりも、お母さんの方を馬鹿にしてるんだ」
「そうかもね。日本で言う『お前の母ちゃん出べそ』と同じなのかな」
「ふふふ。そんな風に言うと、なんだか可愛い感じ」
「実際は全然可愛くない言葉だよ」

 ごまかした結果、なんだか結論が変な方向に向いてしまったが、とりあえず話が収まったのなら良いだろう。
 その後も二人で映画の続きを見た。 主人公が射殺されるラストシーンで、まゆちゃんが俺に抱きついてきたのが、ちょっと嬉しかった。

 次の週の土曜日。
 ベッドに寝転がって漫画を読んでいると、階段を駆け上ってくる軽い足音が聞こえ、直後にまゆちゃんが部屋に飛び込んできた。
「ちょっと! お兄ちゃん!」
「まゆちゃん、どうしたの? そんなに怒って」
「どうしたの、じゃないよ! お兄ちゃんのせいで、先生に怒られちゃったよ!」
「僕が? なんで?」
「お兄ちゃんが、『お前の母ちゃん出べそ』のことを英語で『サノバビッチ』って言うと教えてくれたでしょ! 学校で友達に話したら流行っちゃって、訪問に来たALT(外国人英語講師)の先生が聞いて、ものすごく怒ったんだよ」
「いや、俺、そんなこと言った覚えは……」
「誰が言い出したのかって、犯人捜しが始まって、私のせいにされて怒られた! 全部お兄ちゃんのせいだからね!!」

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