お姉さんが教えてあげる



「よっ、タケ坊。いま学校帰り?」
 気怠そうに歩いていた学生服の少年が、その声に目線を上げた。
 そこにいたのは、背が高く、サラサラの黒髪を肩くらいまで伸ばした、縁なしメガネの女性。隣に住んでいる大学生の、通称“リコ姉”だ。
「ああ、終わったよ」
「なんだ、元気ないぞ。もっとシャキッとしろ」
「るっせぇなあ」
 反論しつつも、渋々ながら背筋を伸ばしてみるところに、根の素直さが見て取れる。が、薄っぺらい学生カバンを持った方の肩が下がって、どうにもだらしがない。
「……まあ、さっきよりはマシかな。ほら、足を高く上げて、家はすぐそこなんだから、頑張って歩け」
「元気なんか出ねえよ」
「しょうがないなあ。どうした、女の子にでもふられたか?」
「ぐっ」
 少年が目に見えて動揺した。どうやら図星を付いてしまったらしい。
「そうかそうか、タケ坊も青春の一ページを刻んできたか」
「笑い事じゃないよ……」
「んで、お相手は? 同級生?」
「うん」
「で、何て断られた?」
「そいつ、大学生の男と付き合ってるんだってよ。同級生なんか冗談じゃないって鼻で笑われた」
「大人ぶりたくなる時期だからね。それにしても、大学生とはね」
 リコ姉が小さな溜め息と共に苦笑した。
「ところで、その……」
「ん? どした?」
「リコ姉は大学生なんだから、子供がどうやってできるのか、もちろん知ってるよね」
 リコ姉が咎めるような表情を浮かべかけたが、それは形になる前に半瞬で消え去り、かわって我が子の成長を見守る母親のような顔が現れた。
「タケ坊も、そういうことに興味を持つようになってきたか。もう中学生だもんね」
「子供扱いしないでよ!」
「ははっ、ごめんごめん。しかし、あのタケ坊がねえ」
 謝りつつも、表情は変わらない」
「タケ坊は? 知らないの」
「俺だって……いや、それは……」
 いくら背伸びをしようとも、うぶな男子中学生である。はっきり答えられずに、口ごもる。
「なんなら、お姉さんがじっくり教えてあげよっか?」
「えぇっ、リコ姉が!?」
「何よ。あたしじゃ不満なの?」
「いや、全然そんなことは! 是非お願いします!!」
 リコ姉の目には、悪戯っぽい光が宿っていた。

「で、これがmRNA、rRNA、tRNAというわけ」
「…………」
「このときにmRNAに転写された遺伝情報の開始位置を表す部分を開始コドンと言ってね」
「…………」
「開始コドンはコドンフレームの中で塩基配列がリボゾーム上の……」
「…………」
「こら! タケ坊、ちゃんと聞け」
「もういいよ、難しくて全然わかんないよ!」
「生物学部のあたしの知識を見込んで、生物が発生するまでのプロセスを聞いてきたんでしょ!」
「そんな意味じゃないよ」
「口答えしないの。さあ、どんどん行くわよ。いい? そんで、リボゾームでmRNAの遺伝情報を翻訳するときに……」
「誰か助けてぇ!!」

  〜 終 〜

あとがき:
しばらく寝かせてたネタと、今日の仕事中に唐突に思いついたネタを強引にミックスしたので、導入部から本題への繋がりが悪い気がするけど、まあいいや。w

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