にんじんさん



 買い物を終えて家に帰る途中、近所に住むしおりちゃんと一緒になった。
「こんにちは、しおりちゃん。学校帰り?」
「うん。お兄ちゃんは、お買い物?」
「そうだよ。野菜が少なくなってきたから、色々買ってきたんだ」
 手に持った半透明の買い物袋を掲げてみせると、しおりちゃんは目を丸くして見ている。
「きゃべつと、にんじんと、たまねぎと……」
「しおりちゃん、よく知ってるね。お野菜は好き?」
「ううん、あんまり好きじゃない……。お菓子の方が好き」
 野菜と対比されるものはお菓子だろうか、と疑問に感じつつも、それは心の中に押しとどめた。
「一番嫌いなお野菜って、何?」
「うーんとね、ゴーヤ」
 あれは僕だって嫌だ。
「ゴーヤは沖縄名物だからね……。もうちょっと普通の野菜では?」
「うーん……。にんじんさん、かな」
 嫌いなのに、いちいち「さん」を付ける律儀さが微笑ましい。
「人参、嫌いなの? じっくり煮込むと甘みが出てきて、美味しいんだよ」
「ぜんぜん、おいしくないよ。甘くなんかないもん」
 口をとがらせて反論する姿がまた、とても可愛い。
「そうだ。しおりちゃん、今日はひま?」
「うん。何もすること、ないよ」
「じゃあ、後でお兄ちゃんの所に遊びに来ない? しおりちゃんを、人参大好きにしてあげるよ」
「ほんと?」
「本当さ。ランドセルを置いてから、おいで」

 ピンポーン。
「お兄ちゃん、お邪魔してもいい?」
「どうぞ。こっちも、ちょうど準備ができたところだよ」
「わ! これ、何?」
「キャロットケーキを一緒に作ろうかと思って。自分で作ると、ますます美味しく感じられるんだよ」
「お兄ちゃん……。多分、これを呼んでる人の期待を、激しく裏切ってると思う……」

あとがき:
オチは何か一味足りない気がする。
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