超現実派女優、透視能力者と直接対決!!



 女優、海山千美は、現実主義者として有名だった。
 普段から、神も幽霊もいないと公言し、受け狙いでその手の番組に呼ばれて出演したときには
「私の目の前に連れてきてみなさい」
 …がお決まりの言葉だった。

 そんな彼女が、今日は話題沸騰中の透視能力者と対面させられることになった。
 相手は、彼女の部屋の様子を透視してみせるという。
 疑い深い海山は、ここで番組スタッフさえも信用しないことにした。
 あらかじめ番組製作用に、部屋の写真と間取りを描いた図を渡してあるが、それは彼女が今暮らしているマンションではなく、彼女の実家の部屋のものだった。
 もしも能力がインチキで、番組スタッフがその写真や見取り図を基に、前もって部屋の様子を伝えていたとすれば、透視能力者はマンションではなく実家の部屋の様子を『透視』してみせることであろう。
(実家の部屋の間取りを言うに決まっている。インチキに違いない)
 彼女はそう確信しながら、楽屋を出てスタジオへと向かった。

 透視能力者は、その肩書きの胡散臭い響きとは裏腹に、明るいグレーのスーツと青いネクタイが好印象を与える、スマートな青年だった。
 よくテレビに出てくる占い師のような、黒いフードを目深にかぶって水晶玉を覗き込む姿をイメージしていた彼女は、ここで少し拍子抜けした。
 だが外見はどうでも良い。問題は、その「透視能力」である。
 小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座り、青年が彼女の目を覗き込んできた。
「明るい……何か光るもの……鏡ですね、大きな鏡があります」
 青年の呟きが伝わってくると、司会の女性タレントが部屋の写真と見比べながら、驚嘆した。
「すごい。本当に鏡がありますよ」
「そんなの、女の子の部屋なら、あるに決まってるでしょ」
 海山は一言で切り捨て、再び青年と向き合った。

「真ん中には四角い……テーブルですね。テーブルがあります。テーブルの上に……白い花がたくさん飾ってあるのが見えます」
「鏡の隣に、大きなもの……四角くて黒っぽくて……何か、物がいっぱい入っています。箪笥……多分、箪笥です」
「左手の方は暗くて……いや、廊下か通路のようなものですね。通路の先には、水があります……洗面台かバスルームか何かですね」
「部屋の床は赤いです……赤いカーペットが敷いてあります」
 青年は、次から次と部屋の様子を『透視』しているが、それは彼女の実家の部屋とも、もちろんマンションの部屋とも一致しない。
 結局、言い当てることができたのは、彼女の言うとおり女性の部屋には必ず置かれているであろう、鏡台だけだった。
 どよめきに包まれる観客席。首をひねる透視能力者を尻目に、彼女は勝ち誇ったような表情を浮かべて、ゲスト席へと戻った。

 やがて番組の収録は終了した。
 人気女優の海山は忙しい。次は別のテレビ局で、ドラマの撮影をしなければならない。マネージャーの運転する車で、混雑する道をひた走った。
 テレビ局に着き、廊下を歩いていると、ドラマのスタッフが声をかけてきた。
「今日はヤマテレビで、透視能力者と対決してきたんですよね。どうでした?」
「話にならないわ。どうせインチキだろうと思って、マンションじゃなく実家の部屋の間取りを渡しておいたのに、それさえ当てられないんだもの」
「だいたい、そんな番組に海山さんを呼ぶのが間違いですよね」
「そうよ、だからあの局は嫌なのよ。その点、お宅の局はドラマや普通のバラエティが多くて、気が楽だわ」
「そう言って頂けると嬉しいです」
 例の、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、海山は自分の控え室のドアを開けた。

 人気女優の彼女の控え室は、結構な広さを持っている。調度品も色々と整えられ、休息・仮眠用のベッドもあるので、ここで生活することもできそうなほどだ。
 スタイリストの女性が、先に部屋に入って待っていた。
 海山は鏡台の前に座り、大きな溜息をついた。
「ここの控え室が一番落ち着くのよね。実家よりマンションより気が楽になるわ」
「マンションのお部屋よりもですか?」
「そうよ。さっきの番組の収録中も、ここの部屋に来ることばかり考えていたもの。いっそ、ここに住みたいくらい」
 海山はふと、部屋の真ん中にある四角いテーブルに目をとめた。白いバラの花束が置かれている。
「綺麗なバラね」
「ファンの方からのプレゼントだそうです」
「後で花瓶にでも移して、飾ってちょうだい」
 鏡台の隣に置かれた黒いチェストから、タオルを一枚取り出して、左手の奥まったところにある洗面台へと向かった。
 ぬるま湯で手を洗いながら、海山は、何かが頭に引っかかるのを感じた。
 手を洗い終えて戻ってきて、床に敷かれた赤いカーペットを見た瞬間、その正体が分かった。

 廊下に、海山千美の悲鳴が響き渡った。

リストに戻る
インデックスに戻る