回路に火を付けて
来栖川電工のユーザーサポートからメールが届いた。
うちで使っている量産型マルチの、ファームウェアのアップデートの連絡だ。
早速ダウンロードする。リリースノートによると……今回の主なアップデート内容は、バッテリー制御の改善によるアクチュエーター出力の向上と稼働時間の延長らしい。
まあ要するに、電池を今まで以上に無駄なく使うようになって、電気代が多少は浮くということだな。
じゃあ、早速アップデートしてやろう。
「おーい、マルチ」
「――ご主人様、お呼びでしょうか」
「ソフトウェアのアップデートをするぞ。そこに座ってコネクタを出してくれ」
「――かしこまりました」
マルチが手首を外して、コネクタ部を露出させる。
そこにパソコンから伸びるケーブルを繋いで、アップデートを開始。
バッテリーの利用方法を変えるとなると、かなり大規模な改変になるのだろう。プログレスバーの進みが、やたらと遅い。
じりじりと進む青い棒グラフを見つつ、とりとめもないことを考えた。
……こういうとき、エロマンガや同人誌だと、ロボットが急にHになって迫ってくる、なんていう展開がよくあるよな。
ふと振り返ってみる。マルチは椅子に座ったまま、目を閉じている。手首から伸びるケーブルが無ければ、少女が疲れて寝込んでしまったといっても、違和感のない光景だ。
まあ、うちのマルチに限っては、迫ってくるなんてことは、あり得ないだろう……。
そうしているうち、データの転送が終了した。
短く電子音が鳴り、ケーブルが自動で外れ、手首が元通りに装着される。
数秒して、マルチは目を開いた。
「目が覚めたか。気分はどうだ?」
「――ご主人様? なんだか……」
「どうした? 調子が悪いのか?」
マルチの顔をじっと見つめてみる。
そういえば、いつもよりも頬に赤味がある。心なしか、無表情な瞳も、潤んでいるように見える。
「アップデートは成功したはずだよな。マルチ、一度再起動して……」
「――ご主人様、私、身体が熱いです……」
「大丈夫か?」
「――からだが……あ……つい……」
「わーっ! み、み、水! いや、消火器っ!!」
翌日の朝刊の一面には、ベストセラーのメイドロボの、バッテリー制御ソフトウェアの不具合による発火事故の多発を伝える記事が載っていた。
あとがき:
執筆当時は、ソニー製バッテリーの発火問題が世間を賑わせていました。
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