河豚は食いたし命は惜しし



 放課後の騒がしい廊下を走り抜け、俺は自分のクラスへと飛び込んだ。
 友達の秋山の姿を探す。秋山は……いた。自分の席でカバンに荷物を詰めている。
「秋山! 良かった、まだ帰ってなかったか!」
「どうした? そんなに慌てて」
「三組に園田って女の子がいるだろ。確かお前と同じ中学だったよな」
「そうだけど?」
「園田のこと、何か知ってたら教えてくれ! 趣味とか、部活とか」
 と、園田の名前を出した途端、秋山が顔を曇らせた。
「柿沼、お前……あいつのことが気になるのか?」
「ああ、すごく気になる! 悪いか!!」
「悪くはないけど……実は、あいつ、あまり良くない噂があるんだ」
「良くない噂?」
「あいつ、見た目が結構可愛いから、中学の頃から色んな男に言い寄られてたらしいんだ。でも、付き合い始めても、一〜二ヶ月ですぐに別れては、また別の男とくっ付いて、それを繰り返して何人も……」
「本当か!? あんな清純そうな顔をしてて……」
「おまけに、別れた後で入院した奴もいるらしいし。陰では、食うと死ぬ『フグ』なんて呼んでる奴もいた。とにかく、あまり近寄らない方がいいと思うぜ」
「そんなデタラメな話、信じられるか! 俺は絶対、園田を振り向かせてみせる!!」

 数日後、俺は勇気を振り絞って、園田に告白した。
 園田も、真っ赤になりながら、頷いてくれた。
 それから毎日一緒に帰り、休日にはデートを重ね、俺達はどんどん親密になっていった。
 園田は、デートのときには弁当を作ってきてくれるし、細かいところに気が付くし、服装のセンスも悪くない。俺のことを一途に想ってくれる、まったく申し分のない、俺にはもったいないくらいの恋人だ。
 そして園田には、父親がいないらしい。彼女がまだ幼い頃、亡くなったということで、顔も写真でしか見たことがないそうだ。そんなプライベートなことまで、泣きそうになりながら、俺に打ち明けてくれた。
 何が悪い噂だ、何がフグだ。おおかた、園田の可愛さに無理矢理押し倒そうとでもして、振られたんだろう。馬鹿馬鹿しい。

 やがて夏が過ぎ去り、秋が訪れた。
 ある日曜の夕方、俺と園田は並んで公園を歩いていた。
 園田がぽつりと呟く。
「ここ、だったよね」
「ん? この杉の木?」
「うん。初めてのデートの、待ち合わせ場所」
「そうそう、そうだった。ちょうど俺の頭の上に、杉の葉が落ちてきたんだよな。あれは痛かった」
「ふふふ……」

 俺達はベンチに腰を下ろして、夕焼け空を眺めながら、色々な話をした。
 一陣の秋風が吹き抜け、何とはなしに二人とも無言になる。
 夕暮れ時で、公園で遊んでいる子供達もいなくなった。広い公園に二人きり。 嫌でも、お互いのことを意識してしまう。
 ……意を決して、俺は、園田の柔らかい頬にそっと手を伸ばし、顔を近づけた。
「なあ、園田……」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「私、柿沼君に、話しておかなければならない事があるの」
 俺に話すこと?
 きっと、秋山が言っていた、昔の男達のことだろうか。
 そんなこと、俺は気にしない。今こうして、可愛い園田が、俺の横にいてくれる。それだけでいい。
「そんなこと、どうでもいい。俺は、園田のことが好きだ。昔のことなんか、気にしない。今の園田がいてくれれば、いいんだ」
「待ってってば、違うの、話を聞いて」
 園田は俺を押し留めようとしているが、ここは俺が本気で園田を好きなことと、過去なんか気にしていないということを、示すべきだろう。
 園田を強引に抱き寄せ、唇を重ねる。
 唇の柔らかさを感じた瞬間、脳天から背骨までしびれるような衝撃が走り抜けた。

 やがて、しびれは手足にも広がり、俺は身体を支えられなくなって、ベンチに崩れ落ちた。
「だから、待ってって言ったのに」
「そ、その……だ……なに……なにが……」
「私、特異体質なの。フグみたいに肝臓で毒が作られてて、それが血液や唾液に含まれてるの。自分は大丈夫だけど、他の人が吸収すると、神経系がマヒしてしまうのよ」
「ど、毒が……!? そんな……ばかな……ことが……」
「本当よ。お父さんも、私が小さい頃にキスして、身体のしびれが取れないまま出勤する途中、交通事故にあったの。全部、私のせい」

 ようやく分かった。
 以前、園田と付き合った男達が皆、どうして一ヶ月くらいで別れてしまい、そのうち何人かは入院する羽目になったのか。
 園田が亡父の話をするとき、どうしてあんなにも哀しそうだったのか。
 どうして園田が、俺がキスしようとしたときに、あれほど抵抗したのか。
 薄れてゆく意識の中、園田が目に涙を溜めているのが見えた。抱きしめてやりたかったが、俺はもう、指一本動かせなかった……。

あとがき:
「オバケのQ太郎」で、U子が初登場したとき、Q太郎がいきなり
「フグ料理っておいしいね」
と言って、ボコられた場面があったような無かったような。

秋の農村の風景をイメージして「園田」と「柿沼」という名前を付けたら、なんとなくガル○ォースっぽくなったので、クラスメイトの名前を急遽「山本」から「秋山」に変更。w

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