10 YEARS AFTER



 彼が最後に訪れたのは、彼が通う高校の片隅にある、パソコン部の部室だった。
 一ヶ月後に迫ったプログラムコンテストに出展するゲームの作成をいつものように進め、空が夕焼けに染まり始めた頃、いつものように帰宅した。
 同じくパソコン部に所属する、一学年下の女子生徒と校門の所で別れたのが、最後の目撃証言だった。
 彼の家までは徒歩で十分ほどだが、それから数時間が過ぎても彼は帰宅せず、深夜になって家族が警察に届け出た。
 懸命の捜索にも関わらず、彼が事件や事故に巻き込まれた形跡も何も見つからず、やがて彼は死んだことにされ、葬儀も行われた。

 それから十年の歳月が過ぎた。
 当時パソコン部に所属していた少女は、今では某建設会社の事務処理兼受付嬢として働いていた。
 彼女の通勤ルートの途中に母校があり、その前を通るたびに、彼女は失踪した少年のことを思い出すのだった。
 舞い落ちる枯れ葉を眺めて、ふと思った。
「そういえば、先輩がいなくなったのも、こんな枯れ葉の季節だっけ……」
 すっかり寂しくなった木の枝を見上げ、そして目線を戻したとき。
 彼女は、そこに人影を発見した。
 学生服を着て学生かばんを提げ、眼鏡の奥の瞳が鋭い輝きを放つ、あまり背の高くない少年。
 一瞬、彼女は自分の目を疑った。
 それはまさに、十年前に消息を絶った、パソコン部の先輩の姿だった。

 驚愕と混乱、絶叫と嗚咽とが入り交じった数刻の後、二人は彼女の部屋にいた。いきなり十年後の世界に当時のままの姿で現れた姿を、彼の両親に見せるには、まず色々と準備が必要だろうと思ったし、彼の方もまだ訳が分からないようで困惑していたのだ。
「……なるほど、新聞も確かに十年後の日付だ。じゃあ俺は本当に、十年後にタイムスリップしてしまったのか?」
「タイムスリップしたのかどうかは分かりませんけど、先輩がいなくなってから十年後で、先輩が十年前のままの姿なのは、紛れもない事実です」
「んむ……」
 彼は何を言って良いのか分からないといった様子で、腕組みをして、窓の外をしばし眺めた。
 そして目線を戻すとき、ふと部屋の片隅に目を留めた。
「あれ、君、まだパソコンやってるんだ」
「はい。仕事でも使っていますし」
「ふうん。十年も経ったら、パソコンもだいぶ進歩したんだろうなあ」
「そりゃもう。あの当時からすると、信じられないようなスペックですよ」
「CPUなんか、あの頃は200メガヘルツとかだったけど、今はどのくらい?」
「そこにあるパソコンに入ってるのは、ちょっと古い型ですけど、それでも2ギガヘルツ……2000メガヘルツです」
「十倍じゃないか! すごいなあ。そしたら、ウィンドウズだって、ほんの数秒で起動しちゃうんじゃないか?」
「え、えっと……それは、その……」
「配線技術や電力効率も進歩してるんだろ。もしかしたら、乾電池二本で動くパソコンとかもあったりして」
「い、いえ……それは……」
「画面も綺麗なんだろうなあ。そのパソコンのディスプレイ、随分薄いけど、何か新技術? 今さらブラウン管の画像なんて見られないくらい?」
「そ、そんなことは……」

 CPUは速くなったが、それに伴ってOSも複雑化し、起動するまでにはやはり一分以上かかる。
 消費電力は上がり続け、現在ではCPUのみで100ワットを消費するものさえある。電源ユニットは400ワットだの500ワットといったものも珍しくない。
 液晶ディスプレイは普及したが、消費電力や省スペース性はともかく、画質面では未だにCRTの性能を追い続けている。
 こんな現実を思い、彼女は心の中でつぶやいた。
(パソコンって、本当に進歩してるのかな?)
 目の前では、十年前からやってきた学生服姿の少年が、物珍しそうに彼女のパソコンを眺めていた。

あとがき:
何て言うか、今のWindows機よりも、MSXの方が「使ってて楽しかった」気はする。

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