大宮若連年譜           

現在継承されている大宮神社祭典は、昭和24年に復興したものである。それ以前の祭りは

毎年7月18日に神社へお参りし、拝殿で車座になってお神酒をいただくだけといわれている

しかし、少し前までは現在のような神楽や神楽獅子があったとの話。

そもそも神楽獅子とは伊勢神宮や熱田神宮の信仰を背景に諸国を巡回して演じた獅子舞で

あり、家々の門戸に立ち御幣や鈴などを打ち払って悪魔払いの御祈祷としたらしい。

大宮神社に伊勢神宮の天照大御神を奉ってあることから祭の起源はさらに古いかも知

れない。上松の他の五社との関連はどうなっているのか現在調査中。


とりあえず、昭和24年以降の資料を編纂しているので順次公開します。


  年   代      若連委員長    主な出来事            

昭和24年(1949) 福海 金三郎 世話人の了解を得て神楽復興 名称『大宮若連』

昭和25年(1950)    々   5/14上松町大火 

昭和26年(1951)    々   東西小川の氏子も加わる

昭和27年(1952) 原 熊太郎

昭和28年(1953)    々

昭和29年(1954) 横山 通一 10/9禰宜徳原勇雄氏逝去上松町氏子総代会設立(六社) 

昭和30年(1955)    々   2/15禰宜徳原建己氏継承

昭和31年(1956) 加藤 金太郎

昭和32年(1957) 新井 貞夫

昭和33年(1958)    々    神楽復興十周年

昭和34年(1959)    々   9/27伊勢湾台風襲来   

昭和35年(1960) 大橋 長九郎

昭和36年(1961) 新井 増雄  9/30愛知用水完成 

昭和37年(1962) 中村 祥一

昭和38年(1963) 木下 吉也

昭和39年(1964) 吉村 百之  芸ざらい中止

昭和40年(1965) 山本  保  6/3御神木 御杣始祭

昭和41年(1966) 中山 昭博  祭典日を土日に変更

昭和42年(1967)   々

昭和43年(1968) 上野 恵史  神楽復興二十周年 木曽郡に改称 神楽電球

昭和44年(1969) 池戸 今朝雄

昭和45年(1970) 狭場 一一

昭和46年(1971) 山田 邦旺

昭和47年(1972) 田上  勇

昭和48年(1973) 今井 久美   白張り提灯をローソクにもどす。

昭和49年(1974) 吉田 寿造

昭和50年(1975) 久保  博

昭和51年(1976) 金城 高教

昭和52年(1977) 安江 芳文

昭和53年(1978) 大橋 好雄   神楽復興三十周年

昭和54年(1979) 大畑 孝信

昭和55年(1980) 木下  明

昭和56年(1981) 中宿 和敏  段物練習始まる 『白波五人男』  

昭和57年(1982) 小野谷 一男  

昭和58年(1983) 安江 文男  『佐倉宗五郎』

昭和59年(1984) 小泉 光男  神社倒壊 遷座式 『稲川鉄ヶ嶽』

昭和60年(1985) 福海 清一  神社完成『忠臣蔵七段目』御神木 御杣始祭  

昭和61年(1986) 谷迫 富美夫 だんまり』 伊藤綺羅師

昭和62年(1987) 佐郡 万和  屋外舞台設営 広告チラシ  

昭和63年(1988) 片瀬  勉  神楽復興四十周年 記念テレカ作成 禰宜徳原正三氏

昭和64年(1989) 田中 伸一  大鹿歌舞伎観賞 海彦、山彦  

平成 2年(1990) 近藤 敏広 

平成 3年(1991) 金城 義教   めずらしく雨は降らなかった。

平成 4年(1992) 大戸  巧   大鹿歌舞伎観賞終わり

平成 5年(1993) 佐郡  巧   どしゃ降りのおねりだったが、一つ太鼓の時は雨はあがった。

平成 6年(1994) 町野  敏

平成 7年(1995) 矢口 一紀  見帰公民館完成 仮宿 芸ざらい中学校体育館

平成 8年(1996) 渡辺 明弘  芸ざらい中学校体育館   ざらい中学校へ変更

平成 9年(1997) 吉村 重幸 

平成10年(1998) 尾崎  肇  神楽復興五十周年 上松バイパス開通式

平成11年(1999) 林  克宏  芸ざらい実行委員会 バンダナ作成

平成12年(2000)  林  克宏 

平成13年(2001) 新井 光一

平成14年(2002)  原 博道

平成15年(2003)  倉口 一志

平成16年(2004)  田上 正己

平成17年(2005)  柴田 亘

平成18年(2006)