漆黒斎の庵
(C)1998 - 2001 漆黒斎
| ・ちらし | ・雪降る夜に |
| ・助手席 | ・その後のフレッツ・ISDN |
| ・買い出し | ・狩猟都市 |
| ・記念日 | ・たこ焼き定食 |
| ・Pay It Forwaed | ・携帯電話 |
| ・道路点検 | ・世界餅 |
それにしても、Dreamcast Direct,繋がらんな。もう2:30過ぎたよ。今回は初回限定版が2種類もあって悩ましいのだ。迷った時は全部、というのが漢の鉄則ではあるが、一つも予約できんのでは話にならんわな。
(2001 Jan. 26)
バスの中。信号待ちで隣に止っている自家用車。後席から幼児がこちらを見上げているので、しばらく観察する。やがてバスが動き出し、その自家用車を追い越す。ぼーっと見つづけていると、助手席には犬が、これまた当然の顔で座っている。この家では、幼児より犬さんの方が格上のようだ。
(2001 Jan. 27)
吹雪を衝いて買い出しに行って来た。正午過ぎ、既に12〜3cmくらい積もっていた。コンビニは大繁盛。食料品と煙草をどっさり。家の回りは坂が多いので、こういう時はとても危ない。まだ降っている最中なので、轍の跡が無いところをすざずざと踏みながら歩く。ノーマルタイヤのワンボックスが、スタックしかけて激しくタイヤを回していた。押してください、とか言われないうちに早々に立ち去る。
お母さんの凍えた顔をよそに、ちびっこは元気だ。にこにこと歩いている。マンションの駐車場には早くも雪だるま。坂の途中でトラックが牽引の準備中。その隣には完全にスタックして迷惑な放置車両。チェーンか何か用意はしていないものなのだろうか。
今日明日はストレッチするなり筋トレするなりしてから、ゲームでもやって篭っておこう。
(2001 Jan. 27)
今日はその超個人的な部類なのだが、結婚記念日である。いちいち再確認しなければならないほどマンネリ化しているというわけでは勿論ないのだが、やはりある種の感慨はある。で、例年スパゲッティを食すことにしている。まぁ、クリスマスに七面鳥を食うのと似たようなものだが、ことの性質上、個人的な理由に基づくものなので、これ以上は説明しないことにしよう。ちょっと恥ずかしい、というのか、面映いものがある。交通センター地下のイタリアンレストラン、とだけ書いておこう。
(2001 Jan. 29)
こういうのを聞いて「情けは人のためならず」よりは「見返り期待し いつも親切」という、往年のビックリハウス今月の御言葉的フレーズを思い出す私は、ひねくれ者というよりは、荒んでいる。
親切のネズミ講、恩着せの核融合連鎖反応メルトダウン、世話焼きの無限連鎖。正確には片効きの(上納なしの)連鎖なので、ネズミ講とは断定できないのだけれど、「素晴らしい方法」だそうで。こんなことで本当に幸せになるとでも思っているのだろうか。映画を見ていないので、どういうことか詳しくは判らないのだが、アメリカって、ばか?
(2001 Jan. 29)
途中、塀の上に猫型雪だるまが乗っている家や、落雪注意のダンボールを張り出した松の木、気持ち良さそうなハスキーなど見かける。しかし、危ないのはむしろ明朝だな。通勤用のビジネスシューズでは少々心もとないが、スーツにトレッキングシューズというのも、学校の先生みたいでちょっと、ね。やはり買ったばかりのスパイクアタッチメントにいよいよ稼動してもらうことにするか。
(2001 Jan. 29)
(2001 Jan. 29)
さて、いよいよプロバイダも最終決定せねばならぬ。現プロバイダにメールアカウントを残すことを考えると、wakwakがやはり料金の点で有利なので、こちらにすることにする。現プロバイダの料金コースを安い方に替えて、wakwakと契約すれば、現在の料金よりもわずかだが安くなる。無料のメール転送サービスを設定しておけば、今まで案内など受け取っている分は、そのままにしておいても問題なし。あとは拙庵の引越し作業をゆっくりやるまでだ。
(2001 Jan.29)
さて、型落ちの強化感覚野郎には、ちょっと強めの刺激を与えるだけでいい。やつらのガードシステムにはまだ多少のタイムラグが残ってるから、立ち上がりの良い音でも聞かせてやれば暫くは使い物にならんだろう。俺は超指向性ガンスピーカを全帯域スウィープにセットすると、狛犬の方に向けた。(続くかも)
◇ ◇ ◇
えと、今朝通勤路で、地図を片手にデイパックを背負い、まるでトレッキングするような格好で出歩いておばさん連中を目撃した。仕事場は築地の本願寺や市場にも近く、銀座の端にも近い、という所なので、観光コースではあるのだろう。確かに、東京くらいになると、殆どジャングルと変わるところが無いかもしれない。都市を狩場としている狩猟民は、各々の獣道を通ってお気に入りの餌場−飲み屋や定食屋、レストランに向かい、また鉄の獣路を通り、あるいは鉄馬車に乗って寝ぐらに帰る。
コインロッカーは、岩棚の餌倉だ。狩場で良い相手を見つければ文字通りハントして来る。時には兇暴な肉食獣に出会う事もあるだろう。近未来SFなんかではよくあるシチュエーションだが、残骸にならずとも、その気になれば充分スリリングな探検ができそうだ。拙輩のような田舎者にとってはなおさらのこと。もっとも、拙家系は累代百姓らしいので、やはり狩猟には向いていないかも知れぬ。
(2001 Jan. 31)
さて、先週の土曜日、吹雪を衝いて買いに行ったタコ焼きが残っていた。賞味期限も気になるし、今晩はこれをおかずに飯を食ったのだ。マヨネーズソース味+かつお風味のシーフード団子である。である、というか、そう思えば素敵だ。因みに、かつお削り節と、かつおぶし削り節は違う。
意外と美味かった。などと言うと、この貧乏人が、とか言われそうだが、貧乏人はコンビニでタコ焼きなど買わんものだ。そういう愚留目野郎は、鵞鳥の脂肪肝やら鮫の腹子でも食っていればよろしい。
この、ごはん+小麦粉製品というのは、関西では普通なのかもしれない。よく出張していた頃、昼食といえばうどん+蒸篭飯(釜飯だったか)を当たり前に食っていた。お好み焼き定食とか、焼きそば定食などというメニューも見た覚えがある。炭水化物、最近の言い方だと炭化水素、昔の言い方だと含水炭素のかたまりだ。ラーメン定食とかいうのも学生の頃にはお世話になった。
栄養バランスとか消化とかを考えると、確かにどうかとは思うし、殊更に満腹感だけを追求する変な食事をひけらかすつもりもないが、少々珍しい出来事だったので、猛吹雪に感謝しつつ、この項終わり。
(2001 Jan. 31)
「これー、ぴっちでー、けーたいじゃないしー、でんしゃのー、なかでー、はなしてもー、いいしー」
とか言い出すばか者が現れるので困ったものだ。ばか者に便利な道具を持たせるもんじゃない。
拙輩も持ち歩いているのだが、仕事で持たされているのでなければ、出来ればやめたい。仕事用だからやめたい、か。便利なのは認めるのだが、どうもデザインが気に入らん。こう、アルミ単板削り出しカーボンブラック艶消し塗装の直線デザイン、とかいうのだったら喜んで持って歩くのだが。SVR-715みたいなけーたい、もとい、携帯電話は無いもんかな。
(2001 Feb. 1)
厳かに長老が語り始めた。
「創めに水ありき。水はすべてなりき。…」
5人は世界の運命がかかる秘儀を伝授されたのだった。
秘儀伝授の終わりに、長老が意味深な含み笑いを浮かべたことが、少し気掛かりではあった。
そして今目指す山頂は、その秘儀を行う場所、聖別された祭祀の場である。
山頂にたどり着いた5人は、儀式の準備を始めた。
黄金色の満月が天頂に差し掛かる頃、低い二重の石組みに囲まれた
円形の平地の中央にあるくぼみに臼を据えた。
脇にある「神の井戸」から釜に水を汲み、火にかけて沸騰を待った。
蒸篭にもち米を均すと、蒸気の上がる釜に積む。
やがて一枚の蒸篭が蒸しあがった。湯気の上がるもち米を臼に移すと、
4人は手に手に杵を持ち、臼を囲んで正確に東西南北の方角に立った。
残る一人は手水をつけるため、北東の方角に待機した。
始まりの呪文の詠唱が低く流れた。原初の蒸気の呪文だ。空気が重く、熱くなる。
それから男神の呪文、熱い蒸気が俄に冷え、若者の肩に降り注いだ。
それから、女神の呪文が唱えられると、静かに最初の手水を打つ。北の一人が杵を振り下ろす。
ついで西、と半時計回りに杵が下ろされる。
そのリズムは次第に早くなり、やがて熱狂へと変わった。
若者たちは交互に激しく杵を打ち、もち米を捏ね回す。
額から、肩から汗が噴出す。掌が裂け、血が飛び散る。
と、空気が蠢き、高く低く声が聞こえた。
村の者達は、全員耳に蝋を詰めて家に篭っていた。
ただひとり長老が空を見上げ、確かに声が響くのを聞いていた。
「やりおったの」
「これが … 長老の言っていた女神の声 …」
ようやく若者たちは、長老の含み笑いの意味を理解したのだった。
若者の一人が叫ぶ。
腰のあたりに熱いものがこみ上げ、立っているのが困難になる。
しかし、若者たちは堪え、杵を更に激しく振り下ろし、手水を打ち続ける。
空の声が一段と高くなる頃、若者の一人が臼に伏せると激しく腰を振った。
熱く、柔らかく、ねっとりと纏わりつく餅に、己が自身を突き立てると、空の声は激しく震えた。
同時に、若者は精を放った。そして4人が続く。
精をたっぷりと含んだ餅を、大地に広げると、ちぎり、こねて人型に作り、魂を込める。
代々の長老が、儀式の間の奥に秘蔵していた餡子。漉し餡である。
33個の人型が出来上がった。
そして更に2回、同じことが繰り返され、あらん限りの精を放出した若者達は腎気を失いつつあった。
3杯目の臼だけは34体を作る。
最後の力を振り絞ると、若者たちは原初の人、すべての村の先祖を四方に撒いた。
儀式は明け方に終わった。
3枚の蒸篭、臼と杵、そして5人の若者が世界創造の営みを再現する。
この儀式によって、古い世界は20年ごとに新たな世界へと再生するのだ。
その場に倒れた若者たちの回りから、光が迸り、空へと昇る。
星々が輝きを増す。
いつ来たのか、長老が若者たちの脇に立っていた。
一人一人に薬草を煎じた汁を飲ませる。
エクスタシー − 即ち存在の外(ex-)に立つ(stasis) - この世の死を経て
若者達は再び生を得る。
「ようやった。世界は生まれ変わったのじゃ。そしてお前たちは、村の長となる
試練に耐え抜いた。それぞれの村に戻ったら、長の名乗りを上げるが良い。」
そういうと長老は静かに去った。一瞬、蒸気が虚空に昇るのを、
若者は朦朧とする意識の中に捉えていた。
(2001 Feb. 2)