(C)2000 漆黒斎
と、昨年の今ごろ書いた戯言を再録してみました。今日も同じことをしてしまったことに気づいたのでした。まぁ、何と言うか、進歩が無いというのか、自動化されているというのか … 。
で、台風ですよ、台風。わくわくしますねぇ。雨そのものは嫌いじゃない。激しければ激しいほど、楽しくなりますね。難点といえば、ナチュラルホワイトメッシュの御髪が乱れることと、漆黒のコスチュームがよれよれになることでしょうか。
織姫さん達は、地上から逢引の様子を見られなくて幸いかもね。
さぁて、今晩の当直アナウンサーさんは、どなたかな?
(2000 Jul. 7)
本当に海老なのかどうか、天井の白熱球にすかしてみたが、繊維というのか組織が繋がっているようにも見えるし、そうでないようにも見える、気のせいかも、程度に細い筋が透けて見える。
食ってみると、とっても薄味。車海老姿焼き、と車海老姿揚げ、大きさだけが違うとしか思えない。確かに味は違うのだが、どちらにしても薄味。典雅とは縁が無い生活をしているので、「これが典雅というものだ」と宣言されれば、はいそうですか、と引き下がるしかないところが少し哀しい。
もう一方の缶「美味求真」の方には、赤丸の煎餅が入っている。こちらは、原材料がオキアミではないかと思われるほど、甲殻類独特の風味がいっぱい。濃い味わいで、まぁ、こちらの方が「らしい」印象だ。
いずれにせよ、やたらコストパフォーマンスの悪そうなブツであった。
(2000 Jul. 14)
岡井ワンナ、もとい、若い女がドア真っ正面にいるのだ。ふつう、降車が先なのでドア前は少なくとも人一人通れるくらいには開いているものだ。(除:関西一部方面)
ところが、3列に並んでしまって、ドア前がきっちり塞がっているのだ。で、その岡井ワンナ、よく見れば困った顔をしているのだ。おかしい、傍若無人女であれば、「当然」とばかりに眼をぎらつかせて突進の構えを取っているものだが…。なんと、その脇にぢぢいが列の先頭横から割り込んで来ているのだった。
ドアが開き、中央に陣取っていた俺は、ワンナをかわし、ぢぢいにショルダータックルを噛ませ、その場を抜けた。後方で鈍い音がして、血飛沫と悲鳴と賞賛の声が上がったような気がしたが、知ったことではない。
(2000 Jul. 14)
このやろうじゃまじゃねぇか、とか心の中だけで雄叫びを上げる小心者の俺だったが、その脇で「タイヤの後ろをきっちり段に合わせると良いのよ」などと、「ベビーカートをエスカレーターに載せるコツ」の伝授が始まった。大体、安全のためにカートはエスカレーターには乗せないのが常識なわけだが、更には他人の邪魔にならないよう気配りをするのはエチケットとしてそれ以前の問題だが、とにかくガキより誰より自分自身がコンファタブルであることを人生の指針としている連中らしく、みんなでカートを載せていたのだった。
戦艦ポチョムキンとかアンタッチャブルとか見たことがないのだろう。
密かに印を結び、転落の呪法を孔雀明王に祈る俺だった。
ガキの泣き声叫ぶ声を聞いたような気がするが、知ったことではない。
(2000 Jul. 14)
その玄関灯がつくる円錐形の光の中、お嬢さんが2人、2段ほどの階段に並んで腰掛け、何やら親密な様子。
ねぇ、ゆい、あたしなやんでるんだ
どうしたの、エリカ
あたしこと、どうおもう?
どうおもうってエリカ …
あたしね、ゆいのことすきなの
などという会話が行われていたかどうか、そんなことは知らんが、ともかく、夏ともなれば、町中のあちこち、暗闇やら店の脇、路地裏からメインストリート、駅のコンコースなどなど、いたるところに若者が落ちているのだ。
猫が通りの真ん中に落ちているのはそれなりに楽しいのだが、若者は妙な所に妙な格好で落ちているので心臓に良くない。地区の風紀委員は何をしているのだろうか。
おもむろにM16Eアサルトライフルにグレネードランチャーを装備し、対戦車榴弾をポンとぶっ放した。
丸焼きになった血と肉の塊を視界の隅に捉えたような気がしたが、知ったことではない。
◇
と、ここまで会社で書いてメールで家まで送ったその帰り道。
忘れていたのだ、すっかり。
今日は祭りの日だった。商店街の中は騒然とした様子。そかしこに落ちてること落ちてること。浴衣を着た山姥あるいは、浴衣を着たガングロ、制服のミニスカから惜しげも無く脚をさらしたお嬢ちゃん達、厚底靴のあたまわるそ〜〜〜なねいちゃん。
「迷える子羊に引導を」というフレーズが頭を過ぎったが、ここはぐっと堪え、プレッシャーリリース型地雷をしっかりとお嬢ちゃんに握らせて立ち去る俺だった。
25.3m程歩いた時に、爆音と怒声と驚愕の叫びを聞いたような気がしたが、知ったことではない。
(2000 Jul. 14)
ぞろぞろと校舎2階の教室から下りて来たのは、事故で腕をなくした同級生、たしか医者になったはずの男と、その他の友人たち。私は、祖父の葬式に行くからとみんなと別れる。家に着いてみれば、親父が「俺はどこに立ってしゃべればいいんだ」などと、どうでも良いことを尋ねる。「どこでもいいじゃないか、そんなこと」と答えて、また外に出る。
次に遭ったのは、ミュージシャンS氏と、音響の専門家T氏。お好み焼きを食べに行くと言う。ついていくと、勘定は彼らが折半しているので、端数の80円だかを払えば良い、と言っている。千円札を出して払おうとすると、店員の兄ちゃんがとろく、文句を言う。店の親父がさらに混ぜっ返すので訳が解らなくなってしまう。私は、携帯電話で警察にでも通報するとかなんとか、冗談交じりに親父を脅していたりするのだが、その冗談が通じたと見えて、親父も苦笑い。
というような夢らしいというのか何と言うのか、支離滅裂な風景を見て目覚めた。昨夜見た、皆既月蝕の赤い月のせいか。
ぎっくり腰の発作が起きてひどく痛いので、会社を休むことにして、もう一眠りした。
さて、病院。階段下の待合ベンチに行くと、今日は込んでいる。どうも緊急手術か何かあったらしく、医師が不在のようだ。「ドグラ・マグラ」を読みながら待つ。延々待ち、薬を処方してもらって帰る。
というような一日でした。
(2000 Jul. 17)
というわけで考えてみた。
今年、働き出してから満17年になった。定年が60歳、どこで働くかは別にしても、そこまで働くとしてあと17年。ちょうど半分過ぎたわけだ。平均余命だともう半分も無いので、もういい加減セカンドライフを考えておかなければならないと思う。
ま、この文章を書いている最中に頓死するかも知れず、どうでも良いといえば、そうかも知れぬ。取りあえず、もう半分しかない、と考えるよりは、あと半分もある、と考えることにしよう。
今までの人生のイベント密度が高かったか低かったか、それはわからないけれども、まだまだやりたいことは沢山あるし、知らないことも沢山ある。これから出会うであろう楽しみに期待、というところか。
(2000 Jun. 17)
風呂付きの部屋に住むなんてことは、贅沢だったので、共同トイレに共同洗面所、洗濯機なんてのが標準装備で、風呂は銭湯に通っていた。あの頃の感覚が抜けないので、今や、銭湯に行くのも贅沢な気がする。
実際にはどうなのだろう。戸塚にも、銭湯が駅前に1軒あったのだが、再開発のおかげで無くなってしまった。もう一軒、駅から離れたところだが、街道沿いにある。利用者層はどういう人たちなのだろうか。
広い浴槽にゆったりと浸かって手足を伸ばし、温まるのは実に気持ち良いので、たまには行きたいなぁ。
いや、温泉に旅行っていうのが、本当は望ましいのだけれど。
(2000 Jun. 17)
会社で悶々としていたら、ふと餡子が食べたくなった。小倉トーストと小倉アイス、小倉ホットケーキが今、頭の中を走りまわっている。くそ、こう書いているうちにも、どんどん腹が減ってきたぞ。とっとと帰るか。
(帰宅中)………
で、帰りにコンビニに寄ってゆであずきと食パン、バニラアイスを買ってきた。むふふふ。ホットケーキの素はやめたが、餡子スペシャルの準備は出来た。
その餡子美味しいねと君が言ったから7月22日は餡子記念日
(2000 Jul. 21)
さて、宇宙空間に漂う謎の質量、4°Kの黒体、とかまぁ、そんな難しいことではない。
拙輩、黒いものが好きだ。
夕方から駅前まで出かけ、黒ブリーフと黒枕カバーを求める。無印良品のコーナーに行ってみると、黒腕時計があった。次はあれだな。
で、まあ、着るものならば、無印良品とか、モノトーンのものを扱っているところはいくらもあるのだが、家電、PCなんかの類だと、流行り廃りがあって、近頃はなかなか黒いものが無いのだ。一時期、アンプとかCDプレイヤーとか、なんでも黒かった時期もあったのだが、このところ、みんな金色系統になっているようだ。
金色というのは、よほど気をつけておかないと、単なる成金趣味の下世話な感じになってしまう。色としてはあまり好きではない、というか、むしろ嫌いな方だ。
理想的には黒と銀、またはプラチナ、クローム系のものだけにしたい。しかし、真夏でも黒一色の格好をしているのも、私的には好きでやっているので、勿論OKなのだが、さぞ暑苦しく見えるのだろうなぁ。少しは気を遣わないといかんかな。
(2000 Jul. 23)
ここ数日、夢をよく見る。20年ほど前のエピソードが元の奴が多いようだ。今朝の夢もそうだった。まぁ、色々フィルタリングやらモーフィングやらが行われているので、都合の悪いことは知らんぷりぷりなのだが、何故か痛さは3倍激辛になっていたりする。黒い枕のせいかも知れぬ。というわけなので、詳細は御勘弁願いたい。
と、なんだかどうも過去の記憶や印象の整理に入っているのか、妙にリアルな夢が多い。もう少し破天荒、支離滅裂、ファンタスティックな夢も見たいのだが、そうは行かないらしい。
(2000 Jul. 26)
ちゃんと砥石でしゃーこしゃーこと砥ぎたいところだが、失敗するとただの鋼板になってしまいそうなのでまだ手が出せない。包丁に着けて、砥石との角度を一定に保つためのアダプターも存在するようなので、ハンズにでも行って探してくるか。
そんな訳で、一日早いが丑の日スペシャル鰻供養だ。合掌。
(2000 Jul. 29)
写真取ってください:
アマゾンセンターでは、若いカップルにシャッターを押してくれと頼まれる。観光地に行くと何故か必ず1回は頼まれる。よほど人が良さそうに見えるのだろうか。まぁ。殺気を漂わせている訳ではないけれども。
女房は「シャツの裾をズボンに入れている人は、写真を頼まれやすい」との奇態な説を唱えている。他にも実例があると主張しているが本当だろうか。で、こういう時に頼む方が言う言葉は決まっていて、
「ここを押すだけでいいですから」
かの浅井慎平氏は、わざと頭を飛ばしたりするそうだが、そこまでするのは気の毒だからきちんと撮ってやる。明日にはほろ苦い思い出になってしまうかも知れないイベントに手を貸したわけだ。善いことをすると気持ちが良い。あの二人に幸多からんことを。
オルメカの人頭像:
周回コースの脇には、それぞれのゾーンに合わせたモニュメントや像が置かれている。アマゾンの密林ゾーンには、オルメカの人頭像のレプリカが転がっていた。一緒に並んで(というか、足元にあるのだが)写真を撮る。なお、伊勢丹美術館で「謎の超古代文明展」というのをやっている。本物サイズを見たければそちらへ。デカいんだ、これが。
日本の山里ゾーンには「やせうま」という、藁葺き屋根のかかった小さな土のほこら状のものがある。「やせうま」っつうと、大分県地方のお土産で知られた食い物だが … 。とか考えつつ、英語の解説を見たらわかった。炭焼窯だったのだ。日本語できちんと書いていて欲しいもんだ。
その他、「トゥーラの戦士像」(アマゾンの密林)とか、「アボリジニの墓標彫像」(オセアニアの草原)などが立っている。また、所々にある休憩コーナー、観察用の屋根付きの亭の内側には、ガネーシャの像、太陽神バロンの面、浮き彫りの壁面飾りなどが、さり気なくかかっていて面白い。
ロシア料理:
動物園の帰り、横浜駅地下街のロゴスキーでロシア料理を食す。つぼ焼きスープ(カップにパンで蓋をしたもの)、サーロインステーキと黒パン、サラダにボルシチ(人参が上手く切れない!!「10点というところですね」)。食後はロシアンティー。暑いときにロシア料理というのも良いです。
(2000 Aug. 7)
躾の行き届いていないガキがもたもたと邪魔だったので、一応「ちょっとゴメンネ」とか言いながらチョコバーを取ったら、何と、若い母親から睨まれる始末。親の方から躾けてやらにゃならんようだ。ったく。
俺にマシンガンを持たせていたら、毎日10人ずつ程度は穴だらけ確実だ。
さて、17歳が金属バットを大っぴらに振り回しても、熱い声援が飛ぶ、という祭りが始まった。
セーラー服には機関銃だが、ユニフォームには金属バットだ(面白くない)。
今年は参加49校のうち、44校が坊主頭だそうだ。「気合を入れたい」という諸君の他、「有名タレントが坊主頭だから」というファッション派も多いそうだ。
坊主頭と金属バットとの関係は斯くも複雑なのだ。
それにつけても、仙台の若者のナイトライフは、その後どうなのだろうか。 商店街からは追い出しを食らったと聞く。 どこかに活動の場所を見つけていれば良いのだが。
さてと、斯く言う拙輩も今日(11日)から夏休みだ。何しようかなっと。
(2000 Aug. 11)
(2000 Aug. 12)
アンコール含めて10曲、良かった。帰り道、やっぱライブはええわい、などと六本木のかっこいい外人さん方、きれいなおねぃさん方の脇をすりぬけつつ思う。アマンドの前まで来ると、キルトを着てバグパイプを吹いている如何にも英国人(この場合、スコットランド人と言わなきゃいけないかな)を見かける。少し聴いていたかったのだが、なにぶん田舎暮しなもので、終電が気になり立ち去る。確かこの人、随分前に有楽町でも出会ったような気がする。
六本木の夜は、やっぱり素面で歩くもんじゃないわな、と思うが、素面でなきゃ歩けないとも思う。ま、ライブ以外の用事で六本木に出かけることは無いので、良いんだけど。
(2000 Aug. 23)