ある日曜の午後

2002年9月23日UP

 

 今、僕は家で温かいコーヒーを飲みながら、「無事に帰ることができて良かった。」という感慨にひたりつつ、これを書いている。とは言っても、あの北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国に拉致されたわけではない。そんな大事件ではなく、ただ、あそこに行って来ただけなのだ。昼過ぎに家を出たときは、こんなことになるとは予想もしていなかった。

 そこには初めて入った。先客は誰もいなかったので、待たずにすぐにやってもらえた。指示された席に座ると、少し恐い顔をしたおじさんが、僕の髪を切り始めた。そう、賢明な読者諸君ならば既におわかりだろうが、僕は床屋に行ってきたのだ。

 やけに大胆な切り方なのが気になった。スピードも速い。そんなに思い切りよく切ってしまったら、ただでさえ薄くなりかけている僕の髪がなくなってしまうのではないか。心配しながらも、気を悪くされたら困ると思い、なにも言わずに様子を見ていた。やがて髪を切るのが終了した。鏡に映った頭を見ると、意外ときれいに散髪されているようである。「ひょっとしてこのおじさんは、見かけによらずカリスマ的な技術を持っているのではないか?」と、ここで一度は気を取り直した。しかし、その安堵感も長くは続かなかった。

 次は洗髪である。おじさんは、僕の頭を力強く洗い始めた。ありあまっているかのような腕と指の力が、まともに僕の頭にぶつかってきている。頭皮が痛いくらいだ。そんなに強く洗って、僕の髪は大丈夫なのか? だんだんと僕は恐怖で身体がこわばってくるのを感じていた。

 どこの床屋でもそうであるように、洗髪が終わってから、おじさんは僕の肩をもみ始めた。僕はあまり肩がこらないが、もんでもらうと気持ちがよいので、これが床屋の楽しみのひとつでもある。しかし、ここでもおじさんの力強さが遺憾なく発揮された。僕は痛さをこらえていた。必死だった。

 床屋で顔を剃ってもらうとき、椅子の背もたれが寝かされる。僕は半分眠りそうになりながら、うとうとしているのが好きである。しかし、ここではそんな幸せが許されるはずもなかった。カミソリの刃が痛いのである。きっと血が出ているに違いないと思った。ずうっと前にも床屋で血だらけになったことがある。その床屋には二度と行かなかった。僕の顔は苦痛にゆがんでいたはずなのだが、おじさんの剃り方に変化は生じなかった。このあたりで僕が考えていたことは、ただただ無事に家に帰りたいということだけだった。

 椅子の背もたれが起こされ、ドライヤーを使った整髪が始まった。僕は早く終わってくれることを祈っていた。決して高望みをするつもりはない。ここまできたら少しぐらい変な髪になってもいいから、早く終わってほしいと思っていた。そしてようやく終わったかと思ったのもつかの間、おじさんは、電動あんま機を持ち出したのだ。それは予想外の出来事であった。おじさんはスイッチを入れ、ぶるぶると震えるあんま機を僕の肩と背中に力強く、力強く、もう一度書こう、「力強く」押し当てた。もう力が残っていない僕の身体は、しびれるにまかせるしかなかった。「肩が凝ってなんかいないんだ〜!」と叫ぶ力さえ残っていなくて、心の中で泣いていたのである。

 料金を払って床屋を後にしたとき、僕は後ろを振り返るのが怖かった。ふらふらになって帰り道を歩き、ようやく家に辿り着いたときの喜びの大きさは筆舌に尽くしがたい。そして今、気を取り直そうとしてコーヒーを飲んでいるというわけなのである。この地に引っ越してきてから1年以上も経過したというのに、いまだに行きつけの床屋を探す旅は終わっていない。いったい、いつまで続くのだろうか。

 


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